忘れられているような気もするが、自身がカイナシティに来たのには理由がある。
カイナシティ造船所にデボンからの荷物を届けに行くためだ。
「でも確か『うみのかがくはくぶつかん』にマグマ団とアクア団…………この場合、アクア団かな? が来たはず」
だとするなら、バトルすることになるかもしれない。
「ただ…………来るのかなあ?」
すでにアオギリたちは、自身が荷物を持っていることを知っている。
前回負けておいて、そう簡単にまた襲撃してくるだろうか?
「あり得るのは…………渡した後、かな?」
荷物を渡し、自身たちが次の街へ行くために居なくなった後に襲撃、奪取、というのはあり得るかもしれない。
実際のところ、数頼りに真正面から来られてもそう怖くは無い。
全年齢ゲームの実機ならばさすがに無かったけれども、当たり前のことだがポケモンの技を人間に撃つと最悪死ぬ。というか普通死ぬ。アニメはギャグだから済んでいるのだ、もしくは全員スーパーマサラ人だから済んでいる。
なのでうっかり攻撃が逸れてトレーナーに当たっても、普通に殺人になる。
さすがに自身とてそれは抵抗があるのでする気は無いが、余り数頼りに来られると
「一応手は打っておいたけど」
さあて、どうなることやら。
* * *
クスノキ造船所。
その名の通り、クスノキという人物が作り上げた造船所であり、実機ならば殿堂入り後に『バトルビーチ』へ行くための船に乗れる場所でもある。
因みに現在は、『かいえん1号』と呼ばれる潜水艦を作っているはずである。
そしてそのためのパーツが、今届けようとしている荷物だ。
「おっきいー」
「そりゃ、船作るところだからね、建物自体も大きく作らないと、船が入らないよ」
目を丸くするハルカに思わず噴き出しながら、四人で造船所へと入る。
中に入れば、すぐ目の前で建造されている途中の船が見え、その光景に四人して思わず目を丸くしてしまう。
と、入り口でそんな風に船が作られる光景を見ていると、奥から禿頭の男がやってくる。
「ん…………? キミたち、誰だい? ここは子供が来るようなところでは無いと思うのだけれど?」
男がこちらを見て、首を傾げる。いきなり追い出されるようなことは無いらしい。
「デボンからクスノキ館長にお届け物です」
そう言いながら、荷物からデボンで預かった風呂敷を渡す。
「おお、これは…………デボンに頼んでおいたパーツかい。ありがとう、ただ私のほうで勝手に受け取るわけにもいかなくてね、済まないんだが館長に直接渡してもらえるかい?」
「クスノキ館長はどちらに?」
「博物館に居るんだ…………えーっと、造船所を出て、北側に見える大きな建物だよ」
なるほど、そこは原作通りか。と内心で思いつつ。
「分かりました…………じゃあ、行ってみますね」
「済まないね。ボクの名前はツガだ、もし館長が居なかった時はもう一度こちらに来てもらえるかい? ボクの名前を出せば奥まで通してもらえるようしておくから」
男、ツガの言葉に頷き、造船所を出る。
「さて、じゃあ『うみのかがくはくぶつかん』に行こうか」
「博物館ですか」
告げる言葉に、ミツルがぱぁ、っと目を輝かせる。
博物館という言葉に心惹かれているらしい、心なしかいつもより足取りが軽い。
「ハルちゃんは博物館ってどうなの?」
ふとした興味で尋ねてみるが、ハルカはきょとんとした表情した後、少しだけ唸った。
「え? 嫌いじゃないよ? 嫌いじゃないけど、ほら、あたしは実際に体動かすほうが好きだし」
ね? と聞き返してくるハルカに思わず、あー、と納得してしまった。
「シキは?」
「え…………私は、ほとんど行ったこと無かったから、分からないわね。前に行った時はほとんど何も見なかったし」
少し困ったような表情のシキに、ハルカと二人で首を傾げる。
「博物館に行ったのに?」
「何も見ずに帰るって」
「「何しに行ったの?」」
思わずハルカと言葉が被るくらいには当然の疑問に、シキが笑って誤魔化す。
そんな他愛の無い話をしながら歩いていると、やがて『うみのかがくはくぶつかん』に到着する。
実機時代だとそれほど広くも無い二階建ての建物だったが。
「おおっきいいいい!!」
「すごっ…………いや、凄いわねこれ」
「おおおおおおおおおおおおお!!!」
ミツルのテンションがいつになく振り切れている。
「ミツルくん、なんでそんなにテンション高いの?」
ミツルってこんなキャラだったっけ? と思っての、当然の疑問。
そしてそんな疑問に対する答えは。
「だって、海底で発見された物の展示とか、ロマンがあるじゃないですか」
割と男の子な理由だった。なんか納得。
館内に入ってみれば、海を彷彿とさせる青と白を基調としたシックで落ち着いた雰囲気で、漣の音のようなBGMが流れていた。
受付で実機と同じ五十円を払い、中へ入ると様々な展示物が置かれている。
同時に。
「あーいるね」
「ホント、どこにでもいるわね」
「あの、あれって…………」
「ありゃりゃ」
青、白、黒、どこを見てもそんな感じ。
青と白の縞々Tシャツに、黒のズボンと頭巾。
どこにでもいるアクア団の恰好である。
「…………こんな堂々といるんだ」
さすがに驚きである。実機ならともかく、現状チャンピオンである自身という明確な敵がいるにも関わらずこんなに堂々と来るとは…………いや、実機でもチャンピオンのダイゴに追いかけられてたけど普通に団員全員制服着てたしこんなもんなのか?
館内に入ると同時に突き刺さる視線と動揺。
「なんだ…………こっちが来るの分かってたんじゃないんだ」
「いや、分かっててもやっぱり実際に着たら驚くんじゃない?」
まあ序盤でいきなりラスボス出てくるようなものなのかな…………うん、そう考えると酷い。
「ま、取りあえず襲ってくる様子は無いし、二階に行こうか…………館長そっちにいるはずだし」
「あれ? なんで知ってるの?」
「え…………?」
実機知識をふと持ちだしたら、不意にハルカに突っ込まれて少しだけ焦る。
「いや、ほら、一階見渡してもそれらしい人いないし?」
基本展示用のケースは透明だし、実機時代よりは広いが、それでも見通しは良いためぱっと見渡せばだいたい誰がどこにいるくらいかは分かる。
少し強引な言い訳だった気もするが、ハルカはなるほどと納得しように頷いた。
それじゃあ二階、と足を動かそうとしたところで、展示ケースに張り付いて動かないミツルに嘆息し。
「ほら、行くよ」
「あ、ちょ、ちょっとだけ待ってください。お願いです、お願いですからぁ」
「はいはい、後でね」
ミツルの襟元を引きながら二階へと昇る。
実機だと階段だったが、こちらだと普通にエスカレーターがついているため昇り降りは楽だ。
「ってあれ? シキちゃんは?」
二階を歩いている途中、ふと気づいたように声を挙げたハルカの言葉に視線を巡らせるといつの間にかシキが居なくなっていた。
「…………あれ? ミツルくんも居ない?」
さっきまでぐずっていたのだが、後でちゃんと展覧する時間も取るからと言って渋々ついてこさせていたのだが。
「…………まあ先に用事終わらせちゃうか」
「そうだね」
ハルカと二人並んで歩く。なんだか久々な気がする。
「こうして二人だけで歩いているの久しぶりだね」
「……………………」
「どうかした?」
「いや、全く同じこと考えてたから、びっくりしただけ」
そんな自身の言葉にハルカが笑みを零す。
「ミツルくんが引っ越してきてからはずっと三人だったし、それより前はハルくんリーグで忙しかったしね」
「だね…………まあ、それはそれとしても、ハルちゃんだってフィールドワークばっかりで、偶にミシロ戻ってもほとんど会わなかったじゃん」
「ソウダッタカナア」
なんて棒読み、なんてジト目で見やると、そっちこそ、なんて視線を向こうも送ってきて。
「っぷ、あはは」
「あははははは」
なんでハルカと二人だと毎回こんな感じなのかな、と思いつつ。
「やっぱり、ハルちゃんと一緒なのって落ち着くよ」
「んーそうだね、あたしもハルくんと一緒だとなんかリラックスする」
相性良いのかもね、なんて話ながら。
展示ケースの前で一人の初老の男性が佇んでいるのを見つける。
実機知識が正しければ、あの恰好…………多分目当ての人物だろうと予想する。
「こんにちわ、クスノキ館長ですか?」
声をかけると、スーツ姿の初老の男性が僅かに驚いたような表情で振り返り。
「む、はい? 私がクスノキだが」
再び鞄の中からがさごそとに持つを漁り、先ほどの風呂敷包みを取り出す。
「こちら、デボンからの預かり物です」
その言葉と共にクスノキ館長へと風呂敷を渡し、クスノキ館長がその中を覗き込んで。
「おお、これは私がツワブキさんに頼んでおいたパーツじゃないか…………キミが持ってきて…………くれ」
荷物から視線を上げ、こちらを見たクスノキ館長が段々と語尾を弱めていき。
「……………………チャンピオン?」
ぽつり、と呟いた言葉に。
「え? あ、はい、そうですけど」
あっさりと答えると。
「…………………………………………………………………………………………」
目を見開き、固まった。
* * *
「な、なんでチャンピオンがこんなところに?!」
「この博物館はいつからチャンピオン禁制になったんですか?」
「あ、いえ、そういう意味では」
しどろもどろ、といった様子のクスノキ館長。
まあいきなり地方チャンピオンが目の前に着たらこうもなるのか、と内心思ったり。
自身にとって、チャンピオンとは、ツワブキ・ダイゴを打ち破った証のようなものだった。
自身の知る限り最強の男を打ち果たした称号。
自身がこのホウエンという地において、最強である証。
そして、後に起きるだろう伝説を巡る戦いにおいて、恐らく最も役立つだろう地位。
自身にとってチャンピオンとはそれだけのことだ。
それで偉ぶるようなこと、というのは無い。というかそういう性格でも無いのは自覚している。
自身にとってチャンピオンという地位は信頼を得るための手段であり、ホウエンリーグを動かすための道具。その程度の認識で良いのだ。
自身の最愛の彼女たちがこの世界においても十二分に強いことはすでに証明された。
自身の自慢の少女たちがこの地方で最も強いポケモンであることはすでに実証された。
ならばもう良い。グラードンとカイオーガを巡るこの一件さえ終わってしまえば、チャンピオンの地位はもう必要ない。
実際のところ、もし今年の挑戦者が自身に勝てないのならば、今年いっぱいでその地位を返還しようと考えている。
その後は…………まあその後で考えるとしよう。
気づけば随分年月が経っているような気もするが。
まだ十二なのだ、何をするにしても遅すぎるということはないだろうし。
仲間がいて、家族がいて。
ならばきっと何だってできるだろうから。
「まあ、取りあえずは落ち着いて」
どうどう、とやや興奮気味の館長の肩を抑える。
「とにもかくにも、確かに荷物は渡しました」
「あ、ああ…………ありがとう、助かったよ」
「それで、少し話があるんですけど」
アクア団が潜水艇を狙っている、その話をクスノキ館長にしようとして。
「その前にオレたちの話を聞いてもらおうか」
背後から聞き覚えのある声がした。
* * *
振り返ればそこにいたのは、予想通りの男。
「…………まーた出会ったね」
「っち…………こっちは会いたく無かったがな」
アクア団の首領アオギリ、そして。
「アァン? ナンダァ? また出会っチマったナァ」
「…………ウシオまでいやがるのか」
イズミまで居ないだけマシと考えるべきか。
いや、それでもぞろぞろと十人以上引き連れてやがる。
「この間の教訓は生かすぜ…………テメェら!」
アオギリの掛け声と共に、次々とボールが投げられる。
ペリッパー、マタドガス、ゲンガー、ギャラドスを二、三体ずつと見事に前回の“じしん”に対策を打ってきた面子である。
「…………あー、タイミング良かった、といえば良かったのか?」
繋がる感覚。
それだけで、分かる。
「さて、前回の二の舞は踏まねえ…………今度こそ、テメェをぶっ倒してやるぜ」
アオギリがいきりたつように叫び。
「…………じゃ、まずお前からぶっ倒す」
ぱりん、と窓ガラスが割れ
「グギャァ?!」
ほとんど一方的にギャラドスを吹き飛ばし、一瞬で気絶させる。
「なっ…………なんだ?!」
突然の事態にアオギリもさすがに動揺したように叫び。
「遅れたかしら?」
「いやあ、いいタイミングだよ、
ばさぁ、と自身の前に降り立つ少女、エアに向かって笑みを投げる。
「で? あの子は?」
「少し遅れてたからもうすぐじゃない?」
エアがそう呟いた瞬間。
割れた窓から飛び込んでくるもう一つの影。
今度はこちらに向かって飛び込んでくるその影へと、両手を差し出し。
「にーちゃ!」
自身の腕の中に飛び込んできた
「おっと…………お帰り、
そう告げると、自身の腕の中で幼女…………
「ただーま! にーちゃ!」
楽しそうに楽しそうに笑った。
水代さんここでまさかの幼女追加。
というわけでラティアスのヒトガタ、サクラちゃんです。
因みに後々ラティオスのヒトガタも出てくるよ。