「………………………………」
「……………………ひあぁん?」
見上げた先にいたのは、赤と白の特徴的な模様を持ったぷかぷかと宙を漂っているポケモン。
「…………ラティアス?」
見覚えのあるそのポケモンの名を、呟き。
「…………にーちゃ?」
「…………………………………………は?」
一瞬、本気で思考が止まる。
そしてその一瞬で。
「にーちゃ!」
「うぇええ?!」
ポケモンがヒトガタに変化した、その事実に驚愕の声をあげてしまう、と同時にほぼ無意識に飛び込んでくる幼女に手を差し出し、抱き留める。
十歳の時だったら押しつぶされてたなこれ、なんて思いながら、自身の腕の中で頬を擦りつけてくる小さな少女を見やる。
赤くて、白い幼女。
配色から見て、先ほどのラティアスと考えて…………良いのだろうか?
というか何なのだろうこの状況。
「いや、誰?」
思わずそんな素っ頓狂な質問が口を吐いて出てしまうくらいには混乱していた。
「うゆ?」
何言ってるの? みたいに首を傾げてくるが、こちらとしても意味が分からない。
「えーっと…………ん、ん?」
なんで抱き着かれてるんだ? とか、そもそも初対面なのになんでこんな懐かれてるの、とか。
色々疑問はあるが。
「…………何か飲む?」
視線の先、先ほどまで気づかなかった建物の影にちょうど自販機があるのを見つけ、尋ねた。
* * *
「…………な、なんだ」
窓の外から突入してくる二体に、さしものアオギリも度肝を抜かれたのか、動揺が見て取れる。
「さーて…………エア」
ぱちん、と指を鳴らす。それだけで意図は伝わる。
“いかく”
「ルオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!」
エアが咆哮する。育成によって、ついに自身もヒトガタに限るが、特性の複合を可能にした。
その結果が――――。
「「「「「「「「ッ?!」」」」」」」」
「な、おい、てめえら!?」
硬直し、動かなくなるポケモンたちに、アクア団の面子が慌てる。
元々特性“いかく”の効果に、レベルの低い野生のポケモンが出にくくなる、といった効果が実機にもあったが。
弱者はエアの前に立つことすら許されない。戦えない、その咆哮一つで心が折れる。
実機風に言うならば。
それは最早生物としての絶対の本能から来る行動だ。
恐らく『メンタルハーブ』でもあれば、辛うじて動けるかもしれないが、それでも動けて一手。
そもそもそんなもの持っているポケモンがここにいるわけも無く。
「数で押そうとか、甘ったるいんだよ…………舐めるなよ」
自身に抱き着くサクラの背をぽんぽん、と二度叩く。
叩き伏せるべき敵を前にして『ドラゴン』の本能が疼いたのか、サクラが動けず縮こまるポケモンたちを見て。
「…………うゆ!」
“ミストボール”
その小さな指先に形成された霞がかった球体が放たれ、傍にいたペリッパーを撃ち落とし。
“ちょうだん”
“はじけるエナジー”
ばたり、ばたり、と次々と倒れ伏すポケモンたちに、アクア団たちが呆然とし。
「ウシオオオオォォォォ!」
「おう、アニィ!」
アオギリとウシオが前に出てくる。
「来るか」
同時、サクラをボールに戻し。
「ハルちゃん…………下がってて」
「いいの?」
「館長守って…………そっちのほうがありがたい」
「ん…………分かった、頑張って」
ハルカがクスノキ館長を連れて後方へと下がって行くのを見て。
「エア」
「何?」
「片方止めれる?」
「…………誰に言ってるの?」
とん、とエアの肩を叩いて。
「頼んだ」
「任せなさい」
それぞれの相手へと向かった。
* * *
ここまでやっておいて何を言ってるのだ、と言われるかもしれないが。
アクア団とは
人類文明の発展に伴い失われていく母なる海、ポケモンたちの住処。
それらを憂いた者たちが群れ集い、そうしていつの間にか巨大な組織になっていた。
まあそれでも巨大な組織が一枚岩になれるはずも無く、不良ぶった団員というのも多くいるのも事実ではあるが。
だが結局のところ、メンバーの大半はリーダーであるアオギリを慕って集まっている者たちである。
真剣に環境のことを考えているメンバーなど今となっては一握りでしか無いが。
リーダーのアオギリがそう言ったから、それだけの理由で本気になってくれるバカたちがアクア団にはたくさんいる。
自身で認めてはいないが、アオギリという男は根本的に情に厚い。
故に、その団員たちはアオギリにとって仲間であり、同志であり、家族のようなものだった。
だからこそ…………怒る。
団員たちのポケモンを傷つけられたことに。
例えそれが自身たちの自業自得であったとしても。
「オレの
「はん…………目の前の崖に自分から落ちたやつのことなんて知るかよ」
もうチャンピオンだから数で押そうとか、戦いは極力回避しようとか、そんなちまちましたことは止めた。
最初からこうすれば良かったのだ。
「それが一番オレたちらしいってことだぜ」
ボールを振りかぶり。
「行くぜオラァ!」
投げた。
* * *
互いが投げたボールから放たれたのは。
「ガブリアス!」
「ギャラドス!」
こちらが出したのは
「…………二体目?」
先ほどもギャラドスを出してエアに倒されていたような気がしたが。
“いかく”
いや、感じる圧力が違う。
先ほどのギャラドスよりもかなり強そうだ。
「こっちが本命のPTってことか」
ギャラドス相手ならば…………と、思考を巡らせ。
「飛ばして行くぜ…………さあ、さあ、さあ!」
目の前でアオギリが拳を突き上げる。
そして。
そして。
そして。
「――――アオニソマレ」
全身を浮遊感が襲った。
“ あ お の せ か い ”
ごぼり、と。
口の中から泡が漏れて出た。
深く、深く、沈んでいく。
そうして。
「っ?!」
はっとなる。
ほんの一瞬、だったが、確かに感じた感覚。
「なんだ今の」
漏れ出た声に、アオギリが嗤う。
「
気づく。
周囲の景色が一変していることに。
「…………異能、トレーナー!?」
その意味に気づき、叫ぶ。
「ようやくその澄ました顔色変えてやったぜ、クソガキ」
「…………だとしても、変わらない。やることは変わらない!!!」
“つながるきずな”
場に出ている
「ギャラドス! “こおりのキバ”だ!」
「グギャアアアアアオ!」
“こおりのキバ”
冷気を纏った一撃が
「あら、残念」
「なっにぃ?!」
“イリュージョン”
後に残ったのは、飛びかかったギャラドスの牙を掴んだ
そうして、ルージュの両手に黒い球体が生み出され。
“ダイレクトアタック”
“ナイトバースト”
弾けた。
「グ…………ギャ…………オオオオォォォ!!!」
「は?」
だが倒れない。苦し気に叫びながらも、けれどギャラドスは倒れない。
『とくこう』2ランクを積んだゾロアークの一撃で、倒れない?
確かにギャラドスの『とくぼう』はそれなりに高いが、それでも、だ。
「このフィールドの効果か」
フィールド効果、というのは実のところ実機にも存在する。
例えばフィールドで雨が降っている状態でバトルをすれば場が『あめ』になる、とか。
グラードンとカイオーガが復活した時など、その際たるものだろう。
残念ながら『グラスフィールド』や『エレキフィールド』など、場の状態に関するフィールド効果というのは実機には存在しなかったが、現実ならば時々だが、そういう効果もある。
そして異能トレーナーの場合、その効果を意図的に発現することができる。
それは実機時代には存在しなかったフィールド効果も含まれており、プリムの“だいひょうが”やシキの“さかさまマジカル”などもそれに当たる。
そう考えれば、このフィールドの効果も何となく見えてくる。
「『みず』タイプ特化の補助フィールドってことか」
アクア団のリーダーの異能としてはまさしく、と言ったところだろうか。
今思っていることをそのまま言うならば。
ここは博物館だ。
だが同時に深海でもある。
一体何を言っているのだ、と言われると困るが、そうとしか言いようが無い。
まるで海の底に落とされたような感覚が、全身を支配する。
ボール一つ投げるのにも、余計な抵抗を感じる。
水に濡れているような感覚、実際には濡れてなどいないのに。
水圧とでも呼べる圧力を感じる、だが実際には何の圧もかかってはいない。
呼吸は出来るし、見えているものが実在しないのだと、どこか感覚が理解している。
だが同時に存在していると感覚が訴えている。
感覚の差異に気分が悪くなりそうだが、ボールを投げるのにも、指示を出すのにも支障が無い。
ならば問題は無い。
バトルを続けよう。
「ルージュ…………交代だ」
ボールにルージュを戻す。
「…………化け物かよ」
次のボールを握る自身に、アオギリが思わず、といった様子で呟く。
「この深海に突然放り込まれて、それで一切戸惑い無しでバトルを続けるやつなんざ、さすがに初めてだぜ」
「……………………?」
一体何を言っているのだろうか、と思わず首を傾げる。
「手は動く」
ボールを振りかぶり。
「口は動く」
投げる。
「なら…………ポケモンバトルはできるだろ?」
出てきた紅白の幼女に、指示を出す。
「サクラ…………“ミストボール”」
まだ出会って日が浅いため、無音での指示は出来ない。
一応絆は繋がってはいるが、残念ながら回すことは恐らくできないだろう。
サクラとの絆は、自身とサクラの双方向にしか向いていない。
サクラがルージュやアースたちと絆を結んでくれれば回すことも出来るのだろうが。
まあ今はそれも無い物ねだり。
そもそも。
「あい!」
“ミストボール”
放たれた霞の球系がギャラドスに命中し。
“ちょうだん”
「グギャア?!」
もう一度命中した球形がさらに弾かれ、跳ね、ギャラドスを撃つ。
「グ…………ギャウ…………」
さすがに三度の攻撃には耐えられなかったらしい、ギャラドスが力無く崩れる。
「クソが…………戻れギャラドス。次だ! グラエナァ!」
「ぐるううううう!」
舌打ち一つと共に、ギャラドスをボールへ戻し。
アオギリが次のボールを投げる。
“いかく”
「ひうっ」
出てきたグラエナの威嚇に、サクラが一瞬怯む。
恐らく“ミストボール”を見て出してきたのだろう。
ラティアスの専用技だが、ラティアス自体は非常に珍しいが全く捕まえた人間がいない、というほどでも無い。知っている人間はタイプまで含めて知っている。
「サクラ“エナジーボール”」
「グラエナ! “いばる”!」
互いの指示が飛ぶ。
“エナジーボール”
“いばる”
ほぼ同時の行動。
『すばやさ』を考えればやはりラティアスが圧倒的なのだが、経験の差がここに来て露呈する。
サクラ…………ラティアスは幻のポケモン、そして種族値も合計600と才能だけで言えば、エアよりも高いものを持っている上に、ヒトガタ、つまり6Ⅴだ。
捕まえたのが昨日にも関わらず、一晩で裏特性とトレーナーズスキル一つを物にしてしまったことを考えてもその才能は飛びぬけている。
だがそれでもたった一日なのだ。
アオギリのグラエナのように、幾度となくバトルを繰り返してきたポケモンと比べれば、やはり技の出が一つ遅い。『すばやさ』の差が生かしきれていないのだ。
だから当然のように“いばる”が決まる。
と同時に。
“サイコベール”
「やっ!」
一瞬、サクラの体が光が屈折したかのうように歪み、サクラが
「グルアァァ?!」
グラエナの様子に異常を起きる。だがその異常が表に出る前に、放たれた“エナジーボール”がグラエナの体を跳ねさせる。
二度跳ねた“エナジーボール”がグラエナを沈黙させる。
「…………んだ、今のは」
アオギリが目を細めてサクラに視線を送る。
「ひ、ひうぅ…………にーちゃ」
視線に怯んだサクラが咄嗟に、自身の後ろに隠れ、ズボンを掴んでくる。
「…………サクラ、前に出ないと戦えないよ」
「あのおじちゃ、こわい」
「…………もうちょっとだけ頑張ってみようか」
「…………あう…………がんばる?」
「そうそう、頑張ってみて」
落ち着くように頭を撫でてみると、効果覿面だったらしい。
「うゆ、がんばる」
アオギリの視線にも負けず、自身の前に出る。
何だか今まで無かったタイプだよなあ、と少しだけ気が抜けてしまうが、それは向こうも同じだったらしく。
どんな顔したら良いのか分からないせいで、凄まじく微妙な表情になってしまっているアオギリがいた。
「…………たく、調子狂うぜ。次だ、アオ!」
そうしてアオギリが投げたボールから出てきたのは。
「…………たくよう、ちと情けねえんじゃねえか、リーダーよ」
青いジャージに白の短パンを着た、青い短髪の目つきの悪い少年。
ジャージには黄色の十字傷のような模様や、赤と黒の目玉模様など、とあるポケモンを彷彿とさせるモチーフが描かれており。
つまるところ。
「ヒトガタ…………か」
サメハダーのヒトガタ、ということだ。
水代の小説において、幼女とは最強の存在である。
データ作りはしたけど、色々省略してる。
四章は基本データ戦闘あんまり抜くって言ってあるしね。
作ってたら無駄に時間かかるから、どうせヤラレ役のデータなどいらんだろ。
アクア団のアオギリ
今回のメンバー
・ギャラドス
・グラエナ
・サメハダー
トレーナーズスキル(P):あおのせかい
場の状態を『しんかい』へと変更する。
場の状態:しんかい
『みず』タイプのポケモンの『ぼうぎょ』『とくぼう』『すばやさ』が1.5倍になる。『みず』タイプのポケモン以外の『みず』タイプの技の威力を1.5倍、『みず』タイプのポケモンの『みず』タイプの技の威力を2倍にする。『ほのお』タイプの技の威力を半減し、『でんき』タイプの技が無効になる。毎ターン開始時、『みず』タイプのポケモンのHPを1/4回復する。
そして我らが信仰せし幼女神様。
名前:サクラ(ラティアス) 性格:おくびょう 特性:ふゆう 持ち物:ものしりメガネ
わざ:ミストボール、シャドーボール、エナジーボール、じこさいせい
裏特性:ちょうだん
たま・爆弾系の攻撃技を1-3回攻撃にする。対象を敵全体からランダムで一体に変更する。
専用トレーナーズスキル(A):はじけるエナジー
対象一体の攻撃が相手に命中した時、相手の場に他のポケモンがいるならば、相手に与えたダメージの半分を他のポケモンにも与える。
アビリティ:サイコベール
自分の残りHPが最大値の時、自身が受ける状態異常を相手に移す。
Q.つまり?
A.眼鏡幼女だよ!!!