――――ざあざあと、雨が降っていた。
ミシロタウンには病院というものが無い。
むしろ診療所すら存在しない。基本的に住宅街とオダマキ研究所があるだけの小さな町であり、買い物などをするならば皆コトキタウンまで歩いて出る。
だから、母さんが運ばれたのもまたコトキタウンにある小さな診療所だった。
診療所だからといってバカには出来ない。
というか、前世でもそうだったがなんでもかんでも大きな病院に行けばいいというものでも無い。
大きな病院、例えばカナズミ大学付属病院やカイナ治験病棟など、この世界にも大きく有名な病院というものはあるが、ああいった規模の大きな病院というのはそれ相応に治療困難な患者を受け入れるためにある。
つまり風邪を引いた、程度で大きな病院に行っても、散々待たされた挙句、風邪薬飲め、の一言で終わることだってあるのだ。
風邪など日常的によくある症状ならば、規模の小さな…………診療所などのほうが返って対応が丁寧だったりする。
何せ診療所というのはつまり、体調が悪い患者、を対象に絞った場所だ。普段から対応に慣れているし、その分対処も手慣れていて確実だ。
つまり規模の問題だ。
深く狭くの大きな病院か、それとも浅く広くの診療所などか。
基本的に、病気になった時は余程特殊な症状でもない限りは一度診療所で見てもらう。
診療所で対処できるならそこで終わるし、もし対処できない時は診療所が病院を紹介してくれる。
――――幸いにも、今回は診療所で止まってくれたらしい。
ほっと、一安心したような、けれど倒れたという事実には変わりないので安心できないような。
何とも複雑な気持ちを抱えながら、コトキタウンまでエアに飛んでもらい、急行する。
母さんが居るらしい診療所へと急ぎ足で向かい、さして広くも無い町、すぐに目的の施設を見つける。
駆け込むような勢いで受付へと行き、母さんについて尋ね。
「…………入…………院?」
「と言っても、検査入院だから、そんな大した話じゃないのよ?」
愕然とする自身に、不味いことを言ったと思ったのか、必死にフォローをする看護婦さんに何とか頷く。
不安になる内心を押し殺しながら教えてもらった病室へと足早に進み。
「…………母…………さん?」
病室の扉を開いた先にあったのは――――。
「はい、アナタ…………あーん」
「いや、お見舞いの品なのに、俺が食べて…………あーん」
お見舞いに持ってきたのだろうゼリーをお袋様に食べさせてもらっている親父様の姿だった。
「……………………」
「……………………」
自身も、そしてついてきたエアも、その余りにと言えば余りにな光景に思わず膝を突きそうになる。
そうしていると、病室に扉を開いたことに気づいた両親がこちらへと視線を向け。
「あら、ハルちゃん」
「ハルトか」
と、そんな呑気な様子で自身を呼んだ。
* * *
「大丈夫なの? 倒れたって聞いたけど」
「やあねえ、倒れたって言ってもちょっと眩暈がしただけなのよ」
心配しながら問いかける自身に、いつもの朗らかな笑みで母さんが答える。
そんな母さんの様子に、少しだけ安堵し。
「って、眩暈って…………原因は? 疲労? 検査入院って聞いたけど、一度は診断してもらったんだよね?」
「まあ、落ち着けハルト、母さんだって倒れて大変なんだ、そう一気に聞くもんじゃない」
「あ、うん」
父さんに諭され、そう言えばそうだった、と思い直す。
どうにも冷静じゃないのは分かっているが。
「家族のことだし…………心配になるよ」
前世から通して、自身にとっての初めての家族だから、余計に、だ。
そんな自身の言葉に、両親が微笑ましそうに笑みを浮かべているのを見て、少しだけ恥ずかしくなる。
「あら、意外とアンタもそういう感性あるのね」
そしてそれを横からニヤニヤしながら見ているエアに、思わずイラッときて。
「エア」
病室のベッド、母さんが寝ている傍にあるパイプ椅子を一つ拝借し、エアの名前を呼んで。
「…………おいで?」
にこり、と笑みを浮かべて膝を叩く。
「…………は?」
にやけ面が一瞬で消え去るくらい素で驚いた様子のエアに。
「
やや口調を強め、告げる。
「え…………いや…………」
「おーいーで?」
笑顔を浮かべ、問答無用と言わんばかりの態度にエアがアワアワと動揺して。
「ハルト、その辺にしておいてやれ」
「そうよハルちゃん、いくら可愛いからって余りエアちゃんを苛めちゃダメよ?」
「はーい」
そんな両親の言葉に素直に頷きながら、エアに視線をやり。
「ふふ」
にこり、と笑みを浮かべる。
…………このロリドラゴンめ、人を揶揄おうなど百年早いのだ。
まあ久々にあのコンパクトサイズを抱っこしたかったから、というのも無くは無いが。
真赤にした顔を帽子で隠しながらこちらを睨みつけてくるエアの顔が可愛かったので良しとする。
…………なんだかんだ、自身だってあの相棒に惚れてるんだなあ、なんて納得してしまう。
まあそれはさておき。
「それで、結局…………何が原因だったの?」
実際のところ、冷静になって見やれば顔色はそれほど悪くない。
疲れているような様子も無いし、だったら眩暈って一体何が原因なんだ、と疑問に思いながら尋ね。
「えーっと…………ねえ」
「いや、そのだな」
どこか気まずそうな、それでいて気恥ずかしそうな様子の両親の姿に首を傾げ。
けれどいつまでも黙っていられないと母さんが口を開いて。
「…………できちゃったのよ」
告げられた言葉の意味が理解できず、一瞬首を捻り。
「…………あっ、え、え!?」
自身より早く、エアがその意味に気づいたのか、目を見開き驚愕の視線で母さんを見て、直後に頭が茹で上がったのかと思うくらいに真赤に頬を染め上げる。
そのエアの様子を見て、ようやく察しが付く。
「…………あの、お母様、できたって、まさか」
ぎぎぎぎ、と錆び付いたブリキ人形のようにかくかくと首を回し、視線を母さんに向ければ。
ぽっ、と少し頬を染めて。
「そう…………赤ちゃん、できちゃったの」
そう言った、直後。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?!」
病室に、自身の絶叫が響き渡った。
* * *
――――ざあざあと、雨が降っていた。
ぱしゃ、ぱしゃ、と。
一歩足を踏み出すごとに足元で水が跳ねる。
「ひゃあ…………これはハルくん先に飛んで行って正解だったね」
「そうですね、距離的にももうコトキタウンについているでしょうし。ほとんど入れ違いで降ってきましたね」
カイナシティを北上し『110番道路』から『103番道路』を経由して、コトキタウンへと進む道中。
『103番道路』の大きな湖の畔は雨で道がぬかるんでいた。
「っと、道がぬかるんでて危ないね」
「畔のほうは浅いから、転んでも濡れるくらいですけど…………まあそれはそれで嫌ですし、気をつけましょう」
とん、とん、と雨が傘を叩く音。それほど勢いは強くは無い。小雨、と言っても良いレベルだろうが、次から次へと傘から滴り落ちる雫が、まだまだ雨は止まないと言っているようだった。
「それにしても、大丈夫でしょうか」
「ハルくんのお母さん? お父さんすっかり慌ててたから、あの後お母さんから聞いたけど、眩暈がしただけだって言ってたよ? 一応コトキタウンの病院で見てもらってるんだって言ってた」
「眩暈ですか? 以前会った時はハルトさんのお母さん、随分元気そうでしたけど」
だよね、とハルカが頷きながら、ふと視線を周囲へと向け。
ピピピ、と電子音。
「あ、ハルトさんから通話だ」
ミツルが自身のナビを通話状態にし、話し始める。
「もしもし、ハルトさんですか?」
話始めたミツルを放置して、ハルカが動き出す。
湖の両脇には鬱蒼とした森が茂っている。
南側はミシロの森とも繋がっている巨大な森林地帯だ。
その中央部分をごっそり抉ったかのように湖が佇んでいるが。
その森のほう、一本の木の根元に転がる赤くて青い何か。
それが血まみれのポケモンなのだと気づいた時、背筋が凍った。
「大丈夫っ!?」
走り出す、走って走って、ぬかるむ足元に転びそうになりながら、それでもそこまでたどり着き。
疲弊し、衰弱し、全身が血まみれの、今にも死んでしまいそうなポケモンの姿を見たハルカの判断は速かった。
「『きずぐすり』…………それと『げんきのかけら』も」
『きずぐすり』は本来瀕死のポケモンに体力は回復してくれないが、けれど出血が酷すぎる。雨で流れてこの状況となると、すでにかなり損耗しているだろうと予測できる。
一秒でも早く、自然回復を待つ余裕すらないこの状況ならば、『げんきのかけら』と併用して『きずぐすり』で良いはずだ。すぐ様『きずぐすり』を使って外傷を治療し、包帯をきつく巻いて無理矢理に止血する。ひとまず流血はこれで問題無いとしても。
問題があるとすれば…………『げんきのかけら』か。
「…………使うべきか。使わざるべきか」
『げんきのかけら』とはつまるところ、活力剤だ。
元気の無いポケモンの体に栄養を与えて元気を取り戻させる、と言った効果の道具であり、決して死にかけた重体のポケモンに使うようなものではない。むしろ刺激の強さに劇毒に成りかねない。
それでもハルカが『げんきのかけら』を取り出したのは、ひとえにそれが効果があるかもしれないと思ったからだ。
普通のポケモンならば効果が無いかもしれない。
だが目の前のポケモンにならば、意味があるのかもしれないと思う。
ハルカは知っている、目の前のポケモンを。
実際には見た事は無いが、けれどそういう存在がいるのだと親友に教えてもらったことがある。
むげんポケモン、ラティオス。
自身の目の前で死にかけたポケモンの名前。
幻のポケモンには並のポケモンを遥かに上回るポテンシャルが備わっている。
通常のポケモンが重体の時に『げんきのかけら』など与えても劇薬にしかならないが、或いは幻のポケモンの持つ力ならば、回復の切欠になるかもしれない。
ハルカとて幼い頃よりフィールドワークを重ねてきた身だ、野生の生存競争に負け、屍を晒すことになったポケモンたちというのは何度も見てきている。
そして幼少よりハルカはそれに手を出すことは無かった。
何せそれは自然の掟だ、弱肉強食、どこの世界だろうと変わらない絶対の真理。
それに手を出すということは、助けるということは、ハルカが責任を持たねばならない、助けた責任を。
幼少のハルカにはそれができなかった。けれど今のハルカにはそれができる。
今のハルカは、ポケモントレーナーなのだから。
「決めた…………」
右手に持った薬瓶の蓋を開き『げんきのかけら』を倒れ伏すポケモン、ラティオスの口元へと持っていく。
「ゆっくり…………なんとか、飲み込んで」
少しずつ、口の中へと注ぎ込んだ薬品だったが、けれどすでに意識も無いらしく飲み込むことすらしない。
「……………………仕方ない、か」
少しだけ躊躇はあったが、けれど背に腹は代えられない。
薬瓶に口付け、中身を口に含む。
そのまま、ポケモンの口元へと顔を近づけ。
口移しに薬品をポケモンへと流し込み、無理矢理に飲ませていく。
とくん、とくん、とハルカの手が触れた首で脈が打つ音を感じる。
まだ生きている、それだけでハルカには十分だった。
「ミツルくん!!!」
少しだけ距離の離れてしまった少年の名を呼ぶ。
「ハルカさん!? どこですか!!」
どうやらハルカが居なくなったことには気づいたらしいが、どこにいるかまでは見つけ切れていないらしい。
「こっち!!! すぐ来て!」
ハルカの声を聞きつけた少年が慌てた様子で走って来る。
何度も転びそうになりながら、ハルカと、そしてその傍のポケモンを見つけて目を見開く。
「ハルカさん、このポケモンって」
「ミツルくん、サーナイト出して」
「えっ…………あ、分かりました!」
ハルカの意図をすぐ様理解したミツルがサーナイトと、それからエルレイドをボールから解放する。
「サナ、このポケモンをサイコキネシスで運んで…………そっとだ、酷い傷だから、慎重にお願いだよ」
ミツルの指示に従い、サーナイトがサイコキネシスでラティオスの体を浮かび上がらせる。
「エル、コトキタウンまでサナを連れて行ってあげて、弱ったラティオスが野生のポケモンに襲われないように気をつけて」
エルレイドもまた、ミツルの言われた通りに動きだす。
「ハルカさん、ハルトさんに連絡しましょう」
「ハルくんに?」
「ハルトさんが捕まえたばかりのラティアスがいたはずです、ラティアスなら“いやしのはどう”が使えます」
けれどそれも気休めに過ぎない。最早その程度でどうにかなる傷ではないことはミツルも分かってはいるが。
「ポケモンセンターに運ぶまでの繋ぎくらいにはなるはずです」
「そっか…………分かった、ハルくんに連絡しよ」
ミツルの提案に頷き、ハルトのナビへと連絡を取る。
――――雨はまだ降りやまない。
ルート①みなみのことうデッド
みなみのことうにラティアスと向かったハルトくんがラティオスの死体を見つけるルート。
ルート②みなみのことうコメディ
みなみのことうに行ったら案外ひょこっとラティオスが出てくるルート。
ルート③さようならにーちゃ
ざんねん、きみのぼうけんはここでおわってしまった
ルート④あめのもりのレスキュー
今回のルート、ただし生きるかどうかは不明。
ルート⑤あくのラティオス
なんということだラティオスは悪の組織に捕まってしまったぞ
以上、三日くらい考えてたラティオスの末路。
正直、殺すかな、って思ってた。ハルトくんが唯一のにーちゃになるためには、本物のにーちゃは邪魔なんだ(ヤミ思考
でもこの小説って基本ほのぼのファンタジーだからそういうダーク要素は合わないかなと思って止めた。
カロス編なら間違いなく殺してた。