「………………これは何というか」
予想外、としか言いようが無い。
「…………むう、やはりダメか?」
「ダメ…………ってことはないけど」
困ったような表情をするラティオス…………アオバに、思わず唸ってしまう。
いや、元来ラティオスは、というか原作的にはラティアスだろうか、まあラティ種の区別は雌雄であって種族的には同じらしいのでラティオスもだが、擬人化する種族なのだ。
擬人化とは言ってもこの世界で言うところのヒトガタとはまた違うのがややこしいところであり、ラティオス、ラティアスのラティ種の羽毛はガラスのような物質になっており、光の屈折を操作することで姿を変えたり消したりすることができる、という公式設定が存在する。
ラティ種というのは公式の数少ない擬人化ポケモンなのだ。
つまりそういう素養、というか下地というか、擬人化する才能のようなものがある、ということ。
そして。
「まさか…………ヒトガタじゃないとはなあ」
ルージュとノワールの姉弟が両方ともヒトガタだっただけに、予想外が過ぎた。
いや、正確に言えば
――――アオバの才能は借り物だ。
否、ラティオスという種であるからして、
同じラティ種であり、そして兄妹であり、そして
アオバがヒトガタになれるのは、サクラの力を借りているからだ。サクラの才能を借りて姿を変えている。
6Vでも無いのに擬人化できるのはラティ種の下地と
ミツルくんのラルトス二匹を除けば…………自身やハルカの手持ちとしては初めてかもしれない、6Vでないポケモンとは。いや、それはそれでおかしい、というかエアたち六体まではともかく、自分とハルカのヒトガタとの遭遇率って異常ではないだろうか。
まあそれは置いておくとしても。
「サクラとのシナジーが高すぎる…………これ単体で育成とかできるのか…………?」
恐るべし妹愛、というべきか。同調度合が度を越しているというべきか。
簡単に言えば、
性能的に言うなら、恐らくサクラが同じパーティにいないだけで性能半分くらい下がりそう。逆に同じパーティにサクラがいるなら1.5倍くらいは強くできそうな、そんな
アビリティ、というものに関して、知識はあったし、相対して何度も体感もしたことがある。だが自分で触れたのはサクラの育成を通してが初めてだ。
何というか、あれは特性や裏特性よりも体質的な特徴を煮詰めた物とでもというべき代物だった。
こちらの世界に来て分かったことではあるが、ポケモンの特性というのは案外技術的なものだ。
トレーナーが教えた技術ではなく、野生で生きている内に身に着いた技術、とでも言うべきか。
例えばラティオス、ラティアスの特性は“ふゆう”だ。
特性“ふゆう”を持つポケモンは宙に浮かび上がって『じめん』技や設置技の効果を受けなくなる。
これは『ひこう』タイプと同じ特徴を持ちながら、『ひこう』タイプを持たない便利な特性だ。
つまり浮かんでいるから『じめん』技…………例えば“じしん”とかは受けない、という話なのだが。
例えばメガリザードンX。黒いほうのリザードンだが、メガシンカしたことでタイプから『ひこう』が失われてしまう。
だがゲーム画面だとどう見たって浮かび上がっているにも関わらず『じめん』技が弱点で受ける。
それに、“ふゆう”を持っていても特性“かたやぶり”が相手だと『じめん』技を受けてしまう。特性“かたやぶり”は相手を攻撃する時に相手の特性を無視する特性だ。
イナズマの特性はメガデンリュウの特性が“かたやぶり”なことを参考に
特性も技術、と言ったが正確には素養を使った性質、とでも言えばいいだろうか。
例えばエア、ボーマンダならば特性は“いかく”と“じしんかじょう”だが、ボーマンダにはその両方の素養があるのだろう。そしてどちらかの素養を
つまり、下地は生まれついてのものではあるが、それを特性として発現させる必要がある。
それとは違い、アビリティは生まれついて持っているものが多い。
それこそラティ種なら光の屈折を操作する力や、超能力を操る力など、実機だとフレーバーだった要素を実戦で使えるレベルまで煮詰めたものがアビリティとなる。
だから、ある程度、ではあるが種族ごとにアビリティというのは似通る。伝説種のような固有存在はともかく、ラティ種のような複数存在する種はこの傾向が強い。
とは言っても、個体差、というのは確かに存在するため、アオバとサクラのアビリティが同一かと言われるとそれはまた別の話なのだが。
「…………いや、待てよ?」
確かにアオバ単体で育てようとすると色々と無理が出てきてしまう。
だから、逆に考えればいいのか?
「サクラとタッグで、ダブルバトル専用として考えれば…………?」
同じタイプ、同じ特性、大して差の無い種族値、はっきり言って実機知識から言えばバカみたいな組み合わせではあるが、現実のダブルバトルで一番重要なのは、タッグを組む仲間とのコンビネーションだ。
全体技を撃っても別に棒立ちして受けなければならない理由も無いのだ、仲間を巻き込む“じしん”を撃ったところで先に分かっていれば退避しておくこともできる。
そもそも実機じゃないのだ、一々コマンド入力で技を選択できるわけでも無い上に互い違い矢継ぎ早に指示を出す実戦ではトレーナーがどれだけポケモンのことを理解しているか、そしてポケモン同士がどれだけ互いのことを理解しているか、というのは重要になる。
――――なるほど、思ったより悪くない案かもしれない。
育成の方向性、とでも言うべきものが決まってくる。
「と、なると」
その方向で育成する以上、必要不可欠なことが一つある。
「ハルカちゃんにも話通さないと、ね」
ダブルバトルで使うということは、トレーナーであるハルカにも話を通す必要がある。
しかし、実機だと割とそういうシーンあったが、この現実で自身がハルカとダブルバトルすることなんてあるのだろうか?
「…………アオバの出番無いかも」
ふと呟いた一言は、けれど割と現実味があって、困惑してしまった。
* * *
ゴゴゴゴゴゴゴ、と。
地響きを立てながら、山が揺れる。
「…………おお」
感嘆したような声を挙げながら、男が一歩、前に歩み出た。
ぐつぐつと穴の底で煮えたぎる溶岩、そしてそこからもうもうと昇る黒煙を眼鏡のレンズ越しに見つめながら、男が笑みを浮かべる。
「この僅かな欠片でもこれだけのことができるか」
「ウヒョヒョ、それではリーダー、例の計画も」
「うむ…………アレが手に入り次第、始めようではないか」
眼鏡をかけた男の後ろに立っている、小太りの男が告げた言葉に、リーダーと呼ばれた眼鏡の男が一つ頷く。
「ですがアレこそが我々の計画で最も重要で欠かすことのできないものでありながら、最も入手することが困難な物です。リーダー、どうするつもりで?」
「くく…………アレを手に入れる算段などとうについている。余計な手出しをされぬために、それ以外の全てを整えてから手に入れようと思っていただけのことだ」
男の言葉に、周囲にいた他の団員たちもどよめきを見せる。
「で、ではリーダー…………いよいよ我々の悲願が」
団員の一人の言葉に、男がうむ、と頷く。
とは言ったところで。
団員の全てがリーダーである男の理想に納得しているわけではない、と男自身分かっている。
だがこの場にいるのは男の思想に同調し、理想に同意した選ばれた者たちだ。
いよいよ理想、思想、悲願の成就の時が来た。その言葉に、皆が皆喜びの様相を見せ。
「…………リーダー」
ふと、後方で連絡を受けた小太りの男が男を呼ぶ。
何だ、と視線を向けると男が近づき耳打ちした言葉を聞き。
「何…………? アクア団が?」
「ウヒョヒョ、どうやら間違いの無い情報のようですよ」
告げられた言葉に、思わず目を細める。
――――アクア団。
それは自身たち…………
人類の発展のため、世界に陸地を増やそうと活動するマグマ団とは真逆に、ポケモンたちの営みを守るため、世界に海を増やそうと活動するのがアクア団。
そしてそのための手法がマグマ団と同じ
マグマ団の天敵アクア団。
そのアクア団がポケモン協会のトレーナーたちによって壊滅し。
アクア団首領アオギリもまた、縛についたという。
気に食わない相手ではあったが、アオギリの強さを男が何よりも知っている。
何度となく衝突し、けれど決着は着かずに終わった。
あの男の強さは並ではない。
もしかすると、ジムリーダーすら匹敵、或いは凌駕するだろうあの男を倒し、捕縛した人間がいる。
否、それだって分かっている。
確かにアオギリは強い、強いが。
マグマ団、アクア団の
「…………チャンピオン、ここまで早く動いてくるか」
現ホウエンチャンピオンハルト。
約二年前、若干十歳という年齢でホウエンの頂点にたった少年。
そして当時まだ表に出ていなかったはずのマグマ団、アクア団という二つの組織の目論見を察知し、次々と手を打ってきた厄介な相手。
正真正銘ホウエン最強のトレーナーだ。所詮子供、と侮ることはできない。
「南に向かった者たちから連絡は?」
視線を向け、小太りの男へ尋ねると、男がゆっくりと、けれど確かに首を横に振る。
失敗か、と口の中で呟き、けれど言葉を声にしないまま飲み込む。
南へは彼女が赴いているはずだ、野生のポケモンごときにまず負けるというのは考えにくい。
と、なれば…………。
「逃げられたか、カガリ」
彼女のポケモンは強大で、強力だが鈍重だ。逃げに徹されればそうなる可能性はある。
だからこそ、数で囲み、逃さないように複数の団員たちを遣わしたのだが。
「…………ふん、まあ良い。ホムラ、キサマは計画の準備をしておけ」
「リーダーは、いかがするつもりで?」
問われた言葉に少しだけ鬱陶し気に男が眼鏡をくいっ、と直し。
「決まっているだろう」
にぃ、と口の端を釣り上げて。
「最後の仕上げだ」
そう告げ、小太りの男へと背を向け歩き出した。
* * *
どうすべきか、なんてこと、決まっている。
「俺たちアクア団はチャンピオンに手を貸すことに決めた」
男、アオギリの告げた言葉に、団員たちの大半がどよめいた。
そして言葉にアオギリの真正面に立っていた男、ウシオが口を開く。
「ホンキかアニィ? あいつらは本当に信用できンノカ?」
ウシオの言葉に団員たちの何人かが頷く。
だが、アオギリからすればその質問は馬鹿が、としか言いようが無いものだ。
「できるできねえの問題じゃねえんだよ、もう」
すでに自身たちは一度
今こうして開放されているのも、つまりもうすでに反抗しても一瞬で終わるほどに詰まされているからだ、と言える。
「アジトの場所もバレた、未だに拘束されてる仲間もいる、さらに言うなら一番肝心なもんは軒並みチャンピオンが抑えてやがる。マグマ団のやつらがすでに動き始めてるって話もありやがる中で、この上チャンピオンをもう一度敵に回すのがどれだけリスキーな選択肢か、分からねえやつはいねえだろ」
「なら、アオギリ、諦めるというの?」
一歩、女が前に出て、口を開いた。
「イズミ」
アオギリが呼ぶのは女の名だった。
褐色の肌の女、アクア団の幹部イズミはどうなのだ、とさらに尋ねてくる。
――――もし。
「諦めたわけじゃねえ」
――――全て見た上で、それでもカイオーガが欲しいと言うなら。
ただ、少し気になっている。
――――別にそちらに渡しても俺は構わないよ。
「…………どういう意味だ、そりゃ」
――――まあ、本当にあんなものが欲しいって言うなら、ね。
あの時、チャンピオンが自身に囁いた言葉が気になってしまってどうしても耳から離れない。
ただのくだらない戯言。この間までのアオギリならばそう言って、チャンピオンを利用して何としてもカイオーガを手に入れようとしていたかもしれない、が。
一度完全に敗北し、
だから、余計な思考を回してしまう。
全ては問題無かったはずだ。
自身たちの計算には何の狂いも無いはずだ。
アレさえあれば、カイオーガは自身の意のままであり、アクア団の理想の実現のための重要な存在となってくれるはずで。
あんなもの、あんなもの。
「…………知ってやがる、ってのか」
どこで、どうやって、何を。
呟いた言葉に、けれど返って来る言葉は無かった。
…………zzz