好き、好き、好き。
自身の家族である彼女たちにも何度か言われたし、ハルカからも言われたこともある。
けれど、自身は未だに、彼女たちの好きと、ハルカから言われた好きに区別が付けられない。
恋と好意は名前こそ似ていても全く違う感情で。
けれど言葉にすれば『好き』という全く同じ単語で括られる。
特別、というなら彼女たちも、ハルカも、ミツルも、そしてシキだって特別だ。
そもそもミシロには同年代の子供が少ない。だからこそ、昔からハルカとばかり遊んでいたのだ。まあ自身もハルカもやりたいことばかりやって遊ぶ、といった感じでは無かったが。
交友関係は狭く、だからこそ深くなる。ましてそれが気が合う友達ならば猶更だ。
だから、自身にはその違いが分からない。
特別で、好きで、なのに違うと言われても何が違うのだと思ってしまう。
それでも、エアが、シアが、シャルが、チークが、イナズマが、リップルが。
好きだと、恋しているのだと、そう言ってくれたから。
一つだけ、自分の気持ちを区別するやり方を知っている。
* * *
「……………………好き、ってさ。そういう意味で?」
戸惑いながら、確認するように呟いた言葉にシキが頷く。
「そうよ」
あっさりとしたその返答に、困惑し、当惑する。
「…………いつから?」
だから、そんな意味の無い質問が口をついて出て。
「初めて会った時から」
「…………………………」
返って来た答えに、絶句する。
そんな自身の戸惑いに、シキが苦笑し。
「今すぐ答えて、なんて、そんなこと言わないから」
だから、
そんなシキの言葉に、ほっと、安堵した自分がいて。
「っ! シキ!」
咄嗟に、シキのその手を握った。
「は、ハル……ト……?」
驚いたように、その目が見開かれる。
黙っていればそのままやり過ごせたかもしれない。
言葉を濁せば、シキはきっとそれで納得してくれたかもしれない。
けれど、それじゃいけないと、そう思った。
何と言えばいいのか分からない、本当にこれで正しいのか分からないけれど、それは
だから、手を取る。
それが、自身にとっての一番明確な判別方法だから。
とくん
「本当に、これで正しいのか分からないし」
とくん
「本当に、こんなのでいいのか分からないけど」
とくん
「それでも今、意識してシキの手を握ってみたら、心臓が凄くバクバクしてる」
とくん
「だから、さ」
――――俺も、シキが好き…………だと思う。
分からない、分からない、分からない。
それが本当にどんな意味なのか、自分には分からない。
それでも、自身は目の前の少女が
その手に触れ、自身に意識を向ければ確かにいつもより心臓の鼓動が速くて。
思考が空回りして、どんな言葉を紡げばいいのか分からなくて。
普通の人はその様相を
だから、自信が持てない。
手放したくない、大切にしたい、守りたい、抱きしめたい。
そんな気持ちがあろうと、自身にはその気持ちを“好き”以外に形容できない。
だから真っすぐに想いを示せる彼女たちが羨ましくなるし、だからこそはっきりと言えない自身が情けなくもなる。
だからこそ。
「…………はあ、なにそれ」
目の前で、嘆息するシキに、唇を噛む。
「素直に振られるより困る答えね」
「…………ごめん」
謝らないでよ、と再びため息一つ。
「…………というか、断言じゃないにしても、振られなかったのが予想外だわ」
繋いだ手に視線をやりながら、少し頬を染めたシキがそう呟いた。
「正直、私、ハルトに何か好かれるようなことした覚えもないし、好きって言ったのだってこれが初めてだし。情けないとこ見せてばっかりだし、嫌われてる、とは言わないけど、好かれてるとは思わなかったわ」
「まあ確かに、寝坊多いし、生活態度だらしないし、凄い方向音痴だし、けっこう不器用だし、意外と隙が多くて細かいミス多いけど」
「…………そこまで言う?!」
「それでも…………一緒にいて楽しいと思うし、時々柔らかい表情してるの見ると可愛いと思うし、悩んでるのを見れば何とかしてあげたいと思うし、何よりさ、二年も一緒にいて、シキがいることが、もう俺にとっては日常なんだ。居なくなって欲しく無い、ずっと傍に居て欲しい、そう思うのって変かな?」
そうして自身の本音を吐露すれば、いつの間にかシキがこちらから顔を背けていた。よく見ればふるふると全身が震えて居る。
「…………どうしたの?」
「…………なんで、ハルト。そんな恥ずかしいこと、真顔で言えるのよ」
「恥ずかしい…………か? 俺の本心なんだけどなあ」
呟きと同時にぼすん、と顔面に軽い衝撃。
叩きつけられたそれを手に持てば、柔らかい感触、シキの使っていた枕だとすぐに理解する。
枕を退けて、シキのほうを見れば。
「そういうの…………ホント、反則だわ」
顔を真赤にして、僅かに涙目になりながらこちらを睨むシキの姿があった。
* * *
ひとまず落ち着こう、とどちらとも無しに距離を取る。
と言っても繋いだ手をシキが放さないため、自身も何となく繋いだままでいるせいで、距離を取るといっても本当に少し、だが。
「…………ねえ、ハルト」
妙な沈黙が場を支配する中、先に口を開いたのはシキだった。
「…………本当なら、聞くつもり無かったんだけど。やっぱり、どうしても気になるから、聞くけど」
迂遠な言い回し、まるで迷っているかのような。
「…………今回の一件、結局ハルトはどうしたいの?」
はっきりとした質問ではない、具体性も無いし、濁そうと思えば濁せるし、誤魔化そうとすればきっとシキは諦めてくれるに違い無い。
けれど、最早ここまで来たのならば、良いのではないだろうか、そんな思いがある。
信じる、と。
そう言ってくれたシキのことを自分だって信じて良いのだろうと、そう思う。
今回の全てを、これまで誰一人、それこそ、エアにすら語ったことは無い。
知る必要が無い、とまでは言わないが、知る人間が増えるということはそれだけリスクが増す、ということである。
決して信頼していないわけじゃない、信用していないわけじゃない。
だが、知ったからといって何か変わるわけでも無いし、むしろ知ったからこその
何よりも、
だから、信じて、信じてくれ、信じて欲しい、それだけを言い続けて、けれど言葉だけじゃない足りないから、チャンピオンという地位で信用と説得力をつけた。
それで大概の人間は信じた、だって別に嘘を言っているわけじゃないのだ。実際に言った通りのことが起きるのならば、信じざるを得ないだろう。
それでも、自身をチャンピオンで無い、ただのハルトとして見る相手からすれば、それは著しく信用に欠けるのだろう。
ミツルは、師だからと信じた。
ハルカは、友達だからと信じた。
シキは、疑った。
別にシキとの間に信頼が無いとかそういうわけじゃなく。
対等だからからこそ、シキは疑った。
本質的に言えば、シキ以外の人間はこの伝説を巡る一件に関して無関係、と言っても過言ではない。
いや、ホウエン全てを巻き込む以上完全に関係無い、とは言えないが、それでもソレを目的として旅をしているわけではない。
この一件に直接的に関わっているのは、自身とシキだけだ。
ダイゴだって結局のところ、本人の正義感と元チャンピオンとしての使命感で動いているに過ぎない。
シキをこの一件に巻き込んだのは自身だ。
伝説を打倒した彼女を、同じく伝説を相手どらんとする自身が、協力を求めた。
だから、今にして思えばこれは自身の過失だろう。
「…………そう、だね。ごめん、本当にそうだ」
確かにリスクはあったかもしれない。
それでも。
「シキにだけは、言っておくべきだった」
何事も無ければシキにはカロスに戻るという選択肢も、他の地方に行く、という選択肢もあったはずだ。
それなのに、もうすぐ伝説が蘇らんとするこのホウエンの地にシキを引き留めたのは、間違いなく自身なのだ。
そこまでして引き留めた相手に、隠し事をするのは、不誠実と言われても仕方が無かったかもしれない。
「…………少し、ややこしい話になるけど、聞いてくれる?」
自身の言葉に、シキがゆっくり、けれど確かに頷いた。
* * *
告げられた言葉に、思わず眼頭を指で抑える。
ホウエンの危機、伝説のポケモン、隕石、レックウザ、メガシンカ。
次々と出てくる単語の意味を一つずつ噛み砕き、理解していく。
そうして理解していくにつれ、ハルトの行動の意味も分かって行く。
だが同時に沸き上がる疑問がある。
「…………ハルトは、どこでそれを知ったの?」
最早情報という言葉すら当てはまらない。
だってそれは未来の話だ。まるでそれは未来を知っているかのような話だ。
これまで話さなかったのはこの質問をされたくなかったからでは、という思いすら沸くくらいに不自然に知り過ぎた理由、その答えは。
「実は俺、別の世界から来たんだ、って言ったら信じる?」
告げられた言葉に、思考が止まる。
それは意味が分からない、とか理解が追いつかないとかそういうことでは無く。
「…………
思わず呟いた言葉に、ハルトが硬直した。
* * *
「…………
シキが思わず、と言った様子で呟いた一言に、逆にこちらの思考が止まる。
ハルト、も? と言ったか?
「どういう、こと?」
この世界に転生者が他にいる可能性は、決して無くは無いと思っていた。
実際自身のような例があるのだ、自身だけが例外、なんて不自然な話だし、自身が知らないだけできっとそんな人間は他にもいるのだろう、とは予想していた。
それでも、シキがそうだとは思わなかった。
正直自身の場合、死んだ覚えも無いので転生と言っていいのか謎ではあるのだが。
転生者は記憶を前世から受け継いでいる以上、どうやっても幼少の頃は歳不相応の歪があるはずだ。
記憶を受け継いでいないならば、それを自覚するはずも無いから、それは最早転生者と呼ぶのかも謎だが。
シキにはそういう不自然さは感じない。出会った時で十三、今は十五。確かに歳の割りに落ち着きがある、というか冷めている部分が見受けられるが、それは違和感と呼べるほどの物でも無い。
だからこそ、その予想が外れたのかと驚きに目を見開き。
「あ、ち、違うわよ? 私のことじゃないから」
その言葉に、え、と呟く。
「その…………こっちの話になるけど、ね」
少し、躊躇いがちに、シキが口を開く。
語られたのは、
マシロと言う少女の物語だった。
* * *
最後の選別は至ってシンプルだった。
残った二人で戦い、勝てば残る、負ければ放逐される。
そして結果もまたシンプルだ。
マシロだった少女が負けて、少年が勝った。
そうしてマシロだった少女は放逐され。
そしてそれこそが少女のたった一つにして、最大の負い目だった。
孤児が放逐されれば野たれ死ぬ。そんなの当たりまえのことだ。
ましてこの館は、人里離れた山の奥にあるのだ。生きて山を出ることすらできない。
少女の年齢は十。公式トレーナーとして活動するに十分な年齢であり、そして少女は屋敷を出る時に自身の最も信頼するポケモンを盗みだした。
敗者に与える物など何も無い、それが『オトウサン』が決めた掟だった。勝者である少年は、少女の持っていた全てが与えられたが、その中に一つ、少女の相棒たるポケモンのボールが無いことには気づいていた。
けれど、少年は何も言わなかった。何も言わない程度に少年は聡明で…………そして優しかった。
そう、少年は気づいていた。
少年の異能は簡単に言えば『奪う』こと。けれど『奪った』力を『逆転』されればそれはマイナスにしかならない。
故に少年の異能は少女とは相性が悪い。それも致命的なほどに。
けれど、少女は異能の方向性を変えていた。
狭く深かった異能は、浅く広くなり、凡庸性は上がってはいたが、代わりに
ここまで生き残った両者だ、その致命的な隙を少年は容赦無く抉った。
結果的に少年が勝ち残った。
けれどそれは少女が手を抜いていたからだと少年は理解していた。
そしてその理由も。
一つは少年の年齢が未だに十に届かないから。
つまり放逐されたとして、少女はまだ人里にたどり着けばトレーナーとして生き残る道がある。けれど少年が放逐されれば社会に居場所の無い孤児に生き残る道など無い。
少年と少女が生きるカロスという地は、他と比べても発展した地方だ。だからこそ、社会歯車一つ欠けては回らない緻密な物となっており、余分な歯車は必要とされない。或いはホウエンならば、いくらでも生きる道はあったかもしれないが。
けれどそれを言っても仕方がない、実際ここはカロスなのだから。
その異能を恐れられ、生まれた直後に親に捨てられ、存在すら消された、戸籍すら持たない孤児に生きる道などありはしないのだ。
そうだから、それだけを見れば少年は、少女に感謝すべきなのだろう。
少なくとも生きる道を繋いでくれたのだから。
残された道が、血と災厄に塗れてさえいなければ。
少女が負けたその理由、二つ目は。
『オトウサン』の元から一秒でも早く逃げ出し、自由が欲しかったから。
だから負けた、
信頼する相棒のボール一つだけ持って、山を降り、そして『ヒト』の群れに隠れ混じった。
だから、逃げ出した。
少年は理解していた。逃げられたことも、置いて行かれたことも。
少女が負けたのは決して少年のことだけを考えたわけは無いことも。
それから二年後。
『シキ』と『シキ』は再び出会う。
――――惨殺された『オトウサン』を前にして。
意識しなければ女の子の手を握ってても特にドキドキしないハルトくん。
こいつ、不能なんじゃないだろうか、と作者が一番疑っている(
ちょっと精神構造が特殊過ぎてどんな反応させればいいのか、自分で作ってて困った。
そして何故俺はシキちゃんを普通のライバルキャラとして出さずに人間ヒロインにしてしまったんだ、と後悔する。
多少解説すると、シキちゃんの立場はかなり特殊。
人間ヒロイン、と言ったが、これ本当に妙絶かもしれないと思う。
トレーナーのポケモンは社会に従っているように見えて、その実、社会に従っているトレーナーに従っているだけ。だから、本質的には社会がどうなろうと、ポケモン自身は知ったこっちゃないといった感じでいる。
エアたちもホウエンが壊滅するのはさすがに困るけど、ハルトがどうにかするならまあそれに従うか、とトレーナーに追随している。
でも、シキちゃんはあくまで人間で、自分なりにこの一件について考えていて、しかも立場的には本来この件には無関係、ハルトくんに協力を頼まれただけ、という立場。
だから、エアたちはハルトくんが何も言わなくても無条件に信頼する。トレーナーだから。そして何よりも、ハルトの手持ちなので、何があろうとこの先、ずっと一緒にいることが確定している。
逆にシキは本来ハルトとはリーグで戦った、というだけの縁を、この伝説絡みの一件でさらに強く結んだだけなので、この一連の事件が片付いたらホウエンにいる理由が無くなる。
とこの辺を踏まえて今回の話を読んでみると前半部分が少し印象が変わるかもしれない。