血溜まりの中で倒れ伏す男だった物を見て、けれど何の感情も浮かび上がってこない。
当然だろう、そんな感情、この男が消させたのだから。
ただ驚きはあった、男に、ではなく。
「…………ん…………あっ」
今しがたこちらに気づいた少年に、だが。
「…………びっくりした」
まるで自身の心情を読み取ったかのように、少年がその言葉を口にした。
「…………
「…………まだそんな呼び方、してるのね」
自身を姉と呼んだ少年に、僅かに眉根を潜める。
けれど、結局何を言うことも無く嘆息一つ、それから血溜まりに沈む男に視線を映し。
「…………やったのね」
「え…………? …………あ、うん、だって邪魔でしょ?」
特に何の感慨も無さそうな視線で男の死体を見つめながら、少年がそう告げる。
「……………………そう、ね」
以前までの自身ならきっとそのことに何の疑問も持っていなかっただろう。
けれども、一度『ヒトの世界』に交じってみれば、それがどれほど不味いことは理解できる。
正確に言えば。
ヒトを躊躇いなく殺すその精神性。
あれから二年もの間、こんな場所に居たのだ。
人間性など失くしていても不思議ではないかもしれないが。
「これから、どうするの?」
そんな疑問を口にする。
あれから二年。少年もこれで十歳。トレーナーとして資格を得ることができる歳。
「…………そう、だね」
少年が僅かな思案の色を見せ。
「…………やらないといけないことがあるから、そのため、
「やらないといけないこと?」
少年の言葉に、思わず疑問を零す。
果たして、これまでの少年にそんなものがあっただろうか?
この場所にいる子供たちに、そんな明確な意思や目的があっただろうか?
「…………何かあった?」
自身がこの場所から逃げ出して二年。
もう二年もの歳月が経つ。
人が変わるのは十分な時間だろうが。
――――この牢獄で人が変われるはずが無い。
ここは時間の止まった場所だ。
存在する変化は、人が減る時だけ。
それ以外に変化などありはしない。
その、はずだが。
「………………………………」
少年は答えなかった。
何も答えずに、足元に転がったボールを拾い。
「もう行くよ」
「待って!
咄嗟にかけた静止の言葉に。
ぴたり、と少年が足を止め、振り返る。
「何かな?
シキ、と互いに呼び合いながら。
「…………っ」
凍り付いたかのように、声が出てこない。
その表情は笑みだった。どこか楽しそうにも見える満面の笑み。
けれど、目だけが冷たく自身を見つめていて。
その視線だけで、体が震えた。足が竦み、思考が止まった。
「…………ふふ、じゃあね、姉さん」
――――またいつか、
* * *
「それ以来、アイツは行方を眩ましたわ」
それはマシロだった少女がシキとなるまでの物語。
そしてシキがホウエンに来た理由。
「私は、それを追っている…………いや、もう追っていたって言ったほうが正しいかしら」
その原因は、間違いなく。
「俺、か」
自身がシキを引き留めたこと。
断言はしなかったが、つまりそういう事なのだろう。
「…………カロスに戻るって言ったのはそのため?」
以前に言っていた、カロスに帰る、という言葉。状況から察するにそういう事なのだろう。
「ええ…………アイツは一度カロスを出ている。だから私もアイツを追って色々な地方に飛んだわね」
ホウエンに来たのもその一環。というわけだ。
「でもだったら、なんでリーグに?」
そう、それが疑問。
「ホウエンで、一度だけ、アイツに追いついたのよ」
そう告げるシキの表情は、苦々しい物だった。
「その時にポケモンバトルをしたわ、それで」
それで、それで、それで。
「
「…………………………は?」
シキの口から出た言葉の意味が一瞬理解できなかった。
シキの強さは戦った自身が一番良く分っている。
「ホウエンに来た時ってことはさ…………」
そう、そのタイミングならばすでに。
「ええ…………
「…………サザンドラ一体に?」
「そうね」
あっさりと頷くシキに、眩暈すらしそうになる。
「…………仮にも伝説のポケモンが」
「そう、ね…………ハルト」
何と言えばいいのか分からず、絶句する自身に、シキが呼びかける。
「例えば、
「…………え、何?」
突然切り替わった話に、目をぱちくりとさせながら、問われた言葉に思案する。
「後から出したほうに上書きされる、かな?」
異能と言われて想像するのはシキの“さかさまマジカル”やプリムの“だいひょうが”などだが。
「全然違うわ」
あっさりと、シキが自身の答えを否定する。
「答えはね…………
「…………強い、って異能に強い弱いなんてあるの?」
あるのよ、と頷くシキに、首を傾げる。
残念ながら、異能なんて才能の欠片も無い自身には、良く分らない概念だ。
「私たちも感覚的に使っていて上手く言い表せないのだけれど、実際に干渉範囲が被った異能はより強いほうが優先される。実のところこれはトレーナー同士だけでなくポケモンにも発揮される話なのよ」
「…………どういうこと?」
先ほどから話がさっぱり見えない。
シキが何を言おうとしているのか、全く分からない。
「簡単に言えば…………アイツの異能は私よりも上を行く。そのせいで私の異能がアイツには通用しない」
異能トレーナーが異能スキルを封じられる。それは異能を起点としてパーティ作りをする異能トレーナーにとって致命的と言えるレベルかもしれない。
そして同時に。
「それでもね、人間の異能なんて本来伝説相手には無意味なのよ。私の異能がレジギガス…………ギガに適応されるのはプラスになるからであって、野生の時にはまるで通用しなかったわ」
そう、それが本来の力関係。伝説のポケモンの持つ圧倒的力に、人間ごときが対抗できるはずが無い。
はずが無いのに。
「
「…………矛盾してない?」
人間の異能なんて通用するはずないのにレジギガスに異能が通用した。
その矛盾を解決したのは、シキの一言だった。
「
「…………伝説のポケモンってそんな簡単に捕まえれたら苦労しないんだけど」
どの地方の伝説かは知らないが、レジギガス以上の伝説なんてどれもこれも馬鹿げた物しかいないはずだが。正直、一番被害が少なそうなのが、恐らくこのホウエンのレックウザだろうという時点でもうお察しレベルの存在である。
「どうやったのかは知らないけど、私と違って伝説のポケモンの力を引きだせてるみたいね…………お蔭でレジギガス含めて六縦とかちょっとあり得ないことになったけど」
こっちはあのレジギガス倒すのに、能力積んでメガシンカして、全力特攻でギリギリで押し切った形だったのに、他五体含め全部一体で倒しきったシキの弟のサザンドラとは一体…………?
「正直、昔戦った時はそこまでの差、無かったのに、とんでもなく強くなってて」
いつの間にそれほど強くなったのだろうか、そんな疑問をシキが覚えるのは当然で。
――――目的がありますから。だから強くならざるを得ないんですよ。
そう笑って答えたらしい。
「アイツの目的って何なんだろうって聞いたのよ、そしたら」
――――あはっ、そうですねえ、ならそうですね、このホウエンのリーグで優勝してきてください。そしたら教えてあげますから。
「仕方ないからその年のリーグに出て、それで」
自身に出会った、というわけだ。
「リーグの決勝でハルトに負けて、アイツは居なくなった。ううん、もしかしたら最初からそのつもりだったのかもしれない」
それで、そうして、それから。
「正直、もう止めようかと思ったのよ…………確かに一度はアイツと姉弟と呼び合った仲だけど、それでもね。結局本質的に私たちは他人だった。アイツは私と決別してあの場所から出て行った、ならもう私も良いんじゃないか、そう思った」
そんなことを考えていたシキに声をかけたのが自身。
「ハルトの目的を聞いた時、最初に思ったのはアイツのことだった」
伝説を持っている、何らかの目的があり、そしてそのために強くなっている。
そしてホウエンにやってきていて、そのホウエンで何らかの集団が伝説を蘇らせ利用しようとしている。
そこに関係性を見出したのを考えすぎ、とは言えない。
確かに自身だって実機知識を抜いて同じ情報を与えられれば同じ判断をするだろう。
「でも二年こっちで過ごして、違うんだって分かった…………」
呟きながら、シキがゆっくりと体を動かし…………ベッドの脇にかけられたシキの荷物へと手を伸ばす。
いつも肩にかけている鞄を掴み、口を開くと、中から一枚の封筒を手に取った。
「これ…………カロスにいる友達から送られてきた
すでに口が切られた封筒の中から一枚の紙を出し、広げる。
書かれていたのはシキの言う通り、カロスリーグの予選表。
その一点をシキが指さす。
そこには、一人の出場者名が書かれていた。
『シキ』
目の前にいる少女と同じ名前が。
* * *
ミナモシティはホウエンでも一、二を争うほどに大きな都市であることは以前に言った通りではあるが、観光街として有名な中央、交易街として有名な南、ホウエン最大のショッピングモールであるミナモデパートのある北、そして『おくりびやま』へと続く西と比べると、東側というのは特に何かあるわけでも無い、だだっぴろい海が広がっているだけの海辺の街だ。
どちらかというと住宅街のような街並みとなっており、強いて言うならば『灯台』が建っていることが他とは違う点だろうか。
「私があそこを逃げ出す前の話…………そうね、まだ私たちに
三人目の
「その頃って三人でカロス中を巡らされてたのよね…………それも自然のど真ん中、山に海に川に森に、どこでも行かされたわね。今思えばあの時に逃げる、という選択肢を持てなかった時点でもう暗示か洗脳か、かけられてたんでしょうね」
海岸沿いの道をハルトと二人歩きながら、少し昔のことを思い出す。
「その頃にね、まだ孤児院に居た頃の話、少しだけしたのよ…………その時に聞いたのよ、ハルトと同じ、別の世界から来たっていう話」
――――ホントだよ…………生まれる前の話。信じるかどうかは勝手だけどね。
「ニホンっていう地方のトーキョーっていう街に住んでたって言ってたわね」
「…………日本の東京…………俺と同じとこだ」
呆然としながらハルトが呟く。
「生まれ直す…………なんてこと、本当にあるのかしらね」
「…………さあね」
実のところ、未だにそれほど信じてはいなかったのだが、ハルトの存在がその言葉に僅かな真実味を持たせていた。
「実のところ、俺、死んだ記憶も無いんだ…………俺がこちらの世界に生まれ直前、最後の記憶は…………」
呟き、ハルトがぴたり、と止まる。
「……………………ハルト?」
足を止め、無表情に視線をさ迷わせる少年の姿に、小首を傾げる。
「…………何だっけ? まあいいか」
大丈夫なのか? そんな疑問が過った直後、ハルトの表情に笑みが戻る。
…………………………?
「…………ところで、ついてきたのはいいけれど、これどこに向かってるの?」
先ほどから見える光景は水平線に夕日が沈んでいく海ばかり、それを綺麗と言える程度の感性は持ち合わせているつもりだが、いい加減そればかりでは飽きも来る。
正直目的地も無く歩いているようにしか思えないのだが。
「目的地はね、あそこだよ」
ハルトが呟きながら指さす先、それは。
「…………灯台?」
ミナモの夜の海を照らす『灯台』だった。
* * *
ミナモシティの南東。
海に突き出すようにして固められた人工の土台の上に建てられたミナモの『灯台』。
思ったより遠かったな、と思いつつ、すっかり日が暮れ、夜の闇に包まれた空を見上げながら、その闇を切り裂き海を照らす灯台へと視線を移す。
「…………うん、ここだね」
「灯台に何か用だったの?」
「いや? 灯台自体に特に用は無いよ」
あっさり否定した自身に、じゃあ何故? といった疑問を隠せないシキが眉根を潜め。
「まあまあ、そろそろ、
そう、呟いた瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「っ! な、何!?」
海から聞こえる地響きのような音に、シキがびくり、と体を震わせながら海へと視線をやり。
否、海面を割って、何かがせり上がってきた。
「おー来た来た」
割と呑気な台詞だが、内心割と驚いている。
いや、
ただ…………。
「…………ちょっと大きすぎませんかね」
目の前に佇む全長百メートルは軽く超えて良そうな超巨大な
異能にレベルをつけるなら。
レベル1 ハルトくん 無能(異能無しの意)、つまりパンピー。
レベル10 フヨウさん スキルにならない程度の異能。感応能力などの別の技能と合わせることで効力を高める程度の物。
レベル40 アオギリさん 自分に有利なフィールドを作り出したり。
レベル50 プリムさん 場の状態を書き換え、天候も書き換え、さらにそれに連動したスキルを使える。
レベル70 シキちゃん 相手のポケモンに干渉する異能、実はシキにゃんのスキルの中で一番やばいのって“ビトレイアル”だったりする。
レベル99 シキくん 奪うことと押し付けることを極限化した異能。ただしそれだけならレベル80くらい、もう一つ凶悪なのがあるけど秘密。
というわけでようやく片鱗だけでも見せれた化け物サザンドラ。
ぶっちゃけた話、セレナちゃんが倒すべきカロス編のラスボスだよ(ネタバレ