唐突に目を覚ます。
自身がベッドに寝ているのだと気づいた瞬間、思ったのは“どうして”と言うこと。
どうして自分はここにいるのだろうか。
まるで見覚えの無い部屋。けれど、どこか懐かしい感じがするのは気のせいだろうか。
部屋にある窓から外を見れば暗い。月が出ている。
そうしてふと気づく。
ああ、これは夢か。
だって自身はこんな部屋覚えが無い、窓から見える風景も見た覚えが無い。
なんで自分がこんなところにいるのかも分からないし、そもそも自身が直前まで何をしていたのかすら分からない。
余りにも整合性が無い、余りにも唐突過ぎて。
だからきっとこれは夢だ。
目を覚まさなければならない。
もう一度、ベッドに入って眠ればこの夢は覚めるだろうか?
どうしてか居心地がいいと思ってしまったそのベッドを見て首を傾げる。
と、その時。
たん、たん、たん、と床を叩く音。
誰か来るのだと気づき、思わず入り口らしき扉を見つめ。
がちゃり、と予想とたがわず扉が開く。
そうしてやってきたのは…………一人の少年だった。
「…………ごしゅじんさま?」
ついて出たその言葉に、ああ、本当にこれは夢だなあ、と思った。
「
自身が主が、自身の名を呼んでくれる。ああ、夢にしたっていい夢だ。
ずっと、微睡の中にいた。多分今見ている夢も、微睡の中でふと都合の良い想像をしているだけなのだろうけど。
「えへへ…………ごしゅじんさまだ!」
ずっと欠けていた胸の中の空虚が埋まっていく。それが幻影なのだと分かっていても、それでも自身が主がそこにいるのだと思えばこそ、胸の疼きが抑えきれない。
自身の想像よりも、随分と小さくなってしまっている主に駆け寄り、その体を抱きしめる。
暖かい、夢なのになあ…………なんて思いながら。
「えへへへ」
嬉しさに笑みが零れる、きっと現実じゃ恥ずかしくてこんなのできないだろうなあ、なんて。
人見知り、と言うかなんというか、どうにも上手く言いたいことも言えない自分だが。
せめて夢の中くらいは素直になってもいいよね? なんて、そんな言い訳をしながら。
「ずっと探してたんですよ、ボク」
呟いた声に答えるように、主の手が自身の頭を撫でる。気持ちいい。気持ちいい。心地よ過ぎて、涙すら出てきそうだ。夢なのに、全部夢なのに。
「やっと見つけた、シャル」
耳元で呟かれる声に、脳髄が蕩けてしまいそうなくらい歓喜で心が満ち溢れていた。
ぎゅっと、強く抱き留めれば確かに自身の主がそこにいて。
「…………ご主人様?」
「なんだ? シャル」
「…………夢、じゃない?」
「なんだ、お前。これが夢に見えるのか」
にぎにぎ、と頬を優しく摘ままれる。確かに感触がある…………。
……………………………………。
…………………………………………………………。
…………………………………………………………………………。
「わ」
「わ?」
「わわわわわわわわわわわわわわわわわわ?!?!?!?!!!!?」
思わず手を放し、一瞬でベッドまで後退する。
「シャル?」
主が自身の名を不思議そうに呼ぶが、それどころではなかった。
「ご、ご主人様? え? 夢じゃないよね? なんで? 暖かったなあ…………ってそうじゃなくて、なんでボクここに…………? それにご主人様の良い匂いがして、ってだからそうじゃなくて」
頭の中がぐちゃぐちゃで、混乱して、混乱して、何も分からないままに慌てふためいて。
「
「え…………はい」
主のその一言でふと我に返った。
「とりあえず、座れ」
そのまま主の言葉に従うように、ベッドに腰かけると、主がその隣に座る。
「あ、あの、あのあの、ご、ご主人様?」
「お前はそう呼ぶのか…………いや、まあいいけど」
何故か自身が主を呼ぶと、一瞬妙な顔をされる。
「まず最初に聞きたいんだが…………お前、どこまで覚えてる?」
そんな主の言葉に首を傾げる。すると、主が。
「ああ、言いかたが悪かったな…………この部屋で目覚める以前のこと覚えてるか?」
「…………何となくは、覚えて、ます?」
本当に、何となくに過ぎない。
ボクはずっと微睡の中にいた。
夢なのか、
それすら分からず、ただぼんやりと自分じゃない自分が動いていた。
だから、何となく、程度には覚えているが詳細を語れ、と言われれば分からないとしか言いようが無かった。
そしてそんな自身の言葉を主も分かっていたとばかりに頷いて。
「まあそうなんだろうな…………分かった、てことは五年以上前のことも同じか」
こくり、と頷く。それ以外に頷けなかった。何となく、五年以上前とそれ以降では何かが違うことは理解していたが、けれど何が違うのかはっきりとは思い出せない。
ただ、五年前を境に自身も他の五匹もトレーナーを失った。だから必至になって探していたことだけは覚えている。
そしてようやく目の前に、自身の主がいるのだと思うと。
とくん、と心臓が跳ねる。
「………………………………」
「どうした? シャル」
思わず主を凝視してしまうが、その視線に主が気づく。
先ほどまで思い切り抱きしめてしまっていたが、これが現実だと意識すると、途端に恥ずかしくなって。
けれど、触れていないとまた主が消えてなくなってしまいそうで怖くて。
だから、ちょこん、と。
その服の裾を掴む。
そんな自身の行動に、ふむ、と主が呟き。
「…………本当にどうしたんだ? シャル?」
自身の頬に手を当て、そう問う。
「ご主人様は…………もう、いなくなりませんか?」
声が震えた。
また、また主を失ったら。
今度は、今度こそは
「ずっと、一緒にいてくれますよね?」
なんだか告白しているみたいだ、と気づき思わず顔が蒸気してしまい顔を背けたくなるが、けれど視線は逸らさない。そこだけは譲れなかった。
視線を逸らせば、またこの人は消えてしまうんじゃないかって、そんなことを想ってしまって。
だから。
「ああ…………もうどこにもいかない、お前も…………
そんな主の言葉に、ボクは安堵していた。
そんな一瞬の隙をついて、主ががばっ、とボクを抱き寄せる。
「ごごご、ご主人様?!」
思わず慌ててしまうが、ゆっくりと頭を撫でられ、背中を摩ってくれて。
段々とその心地よさに眠気を覚えてくる。
「…………おやすみ、シャル」
とろん、と落ちかけた眼。そして薄れていく意識の中で最後の一言だけ言いたくて。
「おやすみなさい、ご主人様」
それだけ言い残して、すぐさま意識は途切れた。
* * *
シャルの不安そうな表情で頭に焼き付いて離れなかった。
「…………他のやつらも、そうなのかな」
エアはいじっぱりな性格だ、それにエースとしての自負も持っている。だから不安を素直に表に出すようなやつじゃない。
シアはおだやかな性格だ、見た目相応に精神年齢も他二人と比べて少し高いようで、ある程度感情のコントロールが出来ている。
だからシャルと接して初めて気づいた。
自身はあんな表情をさせるほどに、皆を不安にさせていたのかと。
同時に、もう放さないと、ずっと一緒だと嘯いた時のほっとした、安堵の表情を忘れない。
今になってようやく分かる、どうしてエアがボールに入ることを嫌がっていたのか。
シアを手に入れたことで、自身に対する
かつての手持ちを捕まえるほどに、簡単には捨てられなくなるから。
自身にそのつもりがなくとも。
一度手放したと言う事実は、彼女たちに想像以上の傷を負わせている。
そのことを確信する。
そしてその傷は簡単に治るようなものでもないのだろう、正気を取り戻したシアやシャルの過剰なほどの自身への態度を見ればなんとなく察せられる。
「けど…………別に問題無いな」
そう、けれどもそんなもの問題無い。
自身が選んで、自身が育てて、自身と共に戦ってきた彼女たちだ。
もう手放さない、絶対に放してやらない。そう告げたのは純然たる自身の中での事実だ。
故にこの問題についてはもう考えない、考える必要すらない。
「お前ら全員…………
誰にともなく告げ、そうして笑った。
* * *
事件が収束し、ハルカたちと共にミシロタウンに戻って明くる日。
研究所へと向かうと、いつも通りの博士と…………ハルカもいた。
「あ、ハルトくん、おはよう」
「やあハルトくん、おはよう…………それと、改めてありがとう、感謝するよ」
「おはようハルカちゃん、おはようございます、博士」
二人と挨拶を交わし。
「おはよう少年、良い朝だね」
「…………お前もいたのか
白衣だらけの研究所内で、黒い外套を来た男がそこにいた。
ヒトガタスリーパーだ。
ハルカが付けた名を“マギー”と言う。
ハルカの記念すべき手持ち一人目。何だかんだ、この子もトレーナーの才能、と言うかポケモンに好かれる才能みたいなのあるよなあ、と見ていて思った。
まあそれはされおき。
「昨日の今日で二人してフィールドワークですか…………一日くらい休めばいいのに」
スケッチブックやノート、それに他にもいくつかの道具を詰め込んだバッグパックが二つ用意されているのを見て、思わず呆れた声が出てしまう。
「あはは、だってマギーがいるからいつもより遠出できるし、いつもとは違う場所でフィールドワークできる、って思ったらなんか途端に行きたくなっちゃって」
てへへ、と可愛く笑いながらそう告げるハルカに呆れつつ、視線を博士へと向ける。
「ははは、だってハルカがどうしても行きたいって言うからね。それに研究所に貴重なヒトガタポケモンがいるんだ、是非とも実地で観察してみたくて」
たはは、と可愛くない笑いを浮かべながらそう告げる博士に、よく似た親子だとため息をついた。
「あ、そう言えばハルトくんもポケモン捕まえたんだよね? 見せて見せて!」
それから少しその後の話などもしていると、ハルカがふと思い出したように顔を上げてそう告げた。
「む? そうなのかい? どんなポケモンか私も興味があるね」
それに同調するかのように博士が顔を上げ…………そう二人して目をキラキラさせられるとどうにもやりづらい気もするが。
「…………おいで、シャル」
仕方がないのでシャルをボールから出す。出すと同時に、向けられた視線にびくり、とし。
「……………………」
「あ、あうあうあう…………」
無言でマギーから向けられた視線に、思わずたじたじとなってしまい。
「可愛いかも!」
同時にハルカが飛び出しシャルに抱き着く。
「あわわわわわわわわ」
「やーん、何この子可愛い!」
抱きしめ頬ずりするハルカの行動に慌てふためくシャル。
「は、ハルカちゃん」
中々に眼福な光景ではあるが、さすがにシャルが嫌がっているので引き離す。
「あーん」
「う、うう…………うー」
残念そうに指をくわえるハルカちゃん、そして自身の後ろに隠れて影から顔を少しだけ覗かせながらハルカを警戒するシャル。そんな光景に癒されていると、博士がこっそりとナビでシャルを解析して。
「しゃ、シャンデラ?!」
思わず声を荒げた。
「しゃん……でら……? お父さん何それ?」
「イッシュ地方とカロス地方でしか確認されてない、ホウエンだと生息すらしてないはずのポケモンだよ。すごく珍しい!」
「ひうっ」
少し興奮した様子の博士の視線に、シャルが怯えて完全に自身の影に隠れてしまう。
「おっと、驚かせてしまったみたいだね…………ハルトくんも凄い運を持っているね。ボーマンダにシャンデラか」
そこにグレイシアもいます、とは言わない。
「キミが作る図鑑を見るのが楽しみになってきたよ」
そう言って笑う博士に、こちらも笑みを浮かべる。
「珍しいポケモンも見れて今すごくやる気が溢れてきた、これは早速フィールドワークに行かないとな!」
「あ、待ってお父さん、あたしもいくから! マギー、行くよ?」
「やれやれ…………忙しない一家だね。まあ、悪くは無い」
バッグパックを持って飛び出す博士を追いかけるハルカ、そしてその後を追うマギー。
すれ違い様にマギーがシャルを見て。
「…………すっかり変わってしまった。最早別人だなこれは、やれやれ」
そう告げて去っていく。
「あ…………あう…………」
何となくだが、覚えているらしいシャルがバツの悪い表情を浮かべて。
「許す、って言ってんだよ…………アイツは」
そんなシャルの頭にぽん、と手を置いて告げる。
「そ、そうなの…………かな? ボク、酷いこと、しちゃったのに」
少し気に病んだような表情だったが。
「お前がそう思うなら、いつか謝ればいいさ…………その時は、一緒に謝ってやる」
そう言うと、少しだけ、安らいだ表情になり。
「うん…………ありがとう、ご主人様」
柔らかい笑みで、そう告げた。
性格おくびょう!
ボクっ子!
トレーナーの呼び方:ご主人様!
寝ぼけてぎゅっとしてくるロリっ子!
A.天使爆誕
もっと可愛くしたい。