実機でそんなこと無かったので、気づかなかったが、この洞窟想像以上に寒い。
マイナス、とまでは行かないがそれでも気温一桁代なのではないだろうか、と思うほど。
正直まだ子供の体にこの寒さは堪えるものがある。
なんて思ってたら。
「っち、いざという時にテメェが動けねえんじゃ意味ねえだろうが」
とアオギリさんがどこから出したのか、黒いジャケットを貸してくれた。
というか…………これ旧作、というかルビーサファイアで着てたやつじゃね?
イメチェンしたと思ってたけど、元の服持ってたのか、と軽く感動した。
オッサン臭そうとか失礼なこと一瞬思ったが、ミントの香りがした。イメージ違い過ぎて腹筋が死ぬかと思ったが、苦々しげな表情で、イズミが…………とか言ってたので、幼馴染が勝手にやったものと思われる。
ところでウシオさんあの半裸で平然とついてきてるが、寒く無いのだろうか。
なんて思いながらも、洞窟内を進んでいく。
ところどころ浸水して海水に浸っている場所もあったが、実機でもあったことだ。予想はしていたので大半は『なみのり』できるポケモンを備えてきているし、残りの半分も『そらをとぶ』が使えるポケモンで移動した。実機と違ってその辺りに制限は無い。水辺だからといって飛んでいけない理由も無いのだ。
幸い、と言うべきか『海底洞窟』内はそれなりに広さがある。天井も低いところでも四、五メートルはあるし少し飛ぶくらいなら全く問題無かった。
途中途中道を塞ぐ岩も、エアを出して一発殴れば大体壊れる。『いわくだき』とか『かいりき』なんていらない、レベルを上げた圧倒的暴力があれば大体解決する話である。
「……………………?」
ふと、エアが後方を振り返る。
「ん? どうした、エア?」
「……………………いえ、今何か、感じた気がしたんだけど」
気のせいかしら、と首を傾げるエアに後ろを振り返る。
ぞろぞろと歩いてくるアクア団とポケモン協会から借りて来た少数のリーグトレーナーたち。
それ以外に特に何かあるわけでも無く、ただ歩いてきた洞窟の風景を広がるばかり。
「…………何かあるようには見えないけど」
ただ人間の自身には気づかなくとも、ポケモンであるエアならば気づける、という物もある。
「何となく、同種の気配がしたような…………」
「ボーマンダが…………?」
だがこんな海底洞窟にそんなポケモンいるはずも無いのだが。
数秒後ろを見ていたエアだったが、やがて首を振って、気のせいだった、とだけ告げる。
何とも言い難いもやもやとした感覚を覚えたが、最終的にエアがそう言うならばと納得してまた歩き出す。
その姿を後ろでじっと見ていた存在にも気づかず。
* * *
海底洞窟自体はそこまで巨大なものではない。
暗い洞窟の中だけに時間の感覚が曖昧ではあるが、それでも半日も経っていないだろうと分かる。
実機と違い、アクア団が丸々手伝ってくれているので、探索はかなり楽だ。人数の利というのはとにかく大きい。
実機のように一本道でもあるまいし、どうなるかと思っていたが、人海戦術によってどんどん奥へと進んでいく。
そうしていくつもの分岐道を得て、最後の長い一本道を超え。
そうして。
ぴちゃん、ぴちゃんと天井からしみ出した水が湖面に落ち、水音が跳ねる。
「お…………あ…………」
目前に広がった光景に、アオギリが言葉を失う。
『海底洞窟』の最奥、そこにそれはあった。
「…………震えが止まらないね」
目の前に
色が抜け落ちたかのように、灰色で、まるで全身が石となったかのようなそれ。
けれどその形だけは見間違えようがない。
「……………………カイオーガっ」
ホウエンの伝説、天災の片割れがそこにいた。
「おい…………」
呆然と目の前で動かない伝説を見ていると、アオギリが肘で突いてくる。脇を突きたいのかもしれないが、身長の関係で頬に合っているので止めて欲しい。
まあそれはそれとして、すぐ様その行動の意図を理解し、バッグの中から『あいいろのたま』を取り出す。
「お…………おお…………」
目の前のカイオーガに反応するように強く輝く珠を見て、アオギリが感嘆の声を漏らす。
カイオーガのほうに変化は無い、取りあえず『あいいろのたま』をバッグにしまう。
「お、おい、なんでしまっちまうんだよ」
「いや…………思ったんだけど、この状態でボール投げたらどうなるのかな、って」
取りあえずモンスターボールを一つ手に取り、投げる。
ひゅん、かちん
ボールがカイオーガに当たり…………けれどそのまま転がる。
モンスターボールはポケモンの『危険を感じると小さくなる』習性を利用して捕まえる物なので、どうやらこの仮死状態のような現状では捕まえられないらしい。
ならば、次、とリーグトレーナーたちを前に出し。
リーグトレーナーたちの出したポケモンたちが動かないカイオーガに一斉に攻撃をしかける。
「何やってんだテメェら」
「まあ待って、起きたら滅茶苦茶暴れるんだから、今の内に弱らせれないかな、って思っただけだよ」
無駄だったみたいだけど、という言葉は飲み込んだ。
炎が、電撃が、氷、水が、草が、風がいくつもの攻撃がカイオーガを襲ったが、その表皮に傷一つついていない。
どうやら伝説特有の理不尽な力で守られているらしい。
『あいいろのたま』を使用しなければ、一切の干渉ができない、ということか。
「…………なら、仕方ないか」
腰に九つのボールを確認する。
アオギリに目配せすると、すぐに意図を察したのか、団員たちを下がらせる。
リーグトレーナーたちもまた自身たちの攻撃が一切通用しないという現実に恐れながらじりじりと後退し。
「アオギリ」
「ん? …………なっ」
隣に立つアオギリに『あいいろのたま』を渡す。
「お前、これは…………」
「自分が起こそうとした存在がどんなものか、いよいよだ、見て、知って、それでもまだ、欲しいと思えるか…………試してみなよ」
「上等だっ、コラ…………」
自身の呟きに、アオギリが数秒黙し。
「これで、変わる…………世界は、この間違った世界は、変わるぜ…………ポケモンが…………アイツが生きていける世界を、創り出す、これはそのための、一石だ!!!」
『あいいろのたま』を思い切り振りかぶり…………投げた。
* * *
ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ
地響き。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
蠢きだす。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
それが。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
目覚める。
「グゴオオオオオオオオオオオオォォォォォォ」
* * *
『あいいろのたま』が目の前の巨大なポケモンへとぶつかると同時に、色が抜け落ちたかのように灰色だったポケモンに徐々に青と白が戻って行く。
体のラインが薄く光り輝き、そうして。
その目を開く。
同時に。
ぶん、と一薙ぎ。
起き様にその大きなヒレで周囲を薙いだ。
それだけで。
ズドオオォォォォォォ
「シアアアアアアアアアアアア!!!」
大波が生まれ、洞窟内を飲み込まんと荒れ狂う。
投げたボールから出てきたシアが、両手を突き出し。
“アシストフリーズ”
全霊を込めた技で波を凍らせ氷の壁を生み出す。
余波が広がり、カイオーガの浸かっていた湖水まで凍らせるが。
「グゴオオォォォォオ!」
カイオーガが一吠えすれば、またどこからともなく海水が溢れ出す。
溢れ出した海水の圧に耐えきれず、氷の壁に罅が入る。
「不味い!」
即座に『べにいろのたま』を取り出す、これを使えばカイオーガの力を幾分か軽減できるはずで。
「あ、おい、お前!!!」
その時、ふと後ろで聞こえた声。
同時に、たったった、と誰かが走り寄って来る音。
振り返ると同時に、どん、とぶつかって来る体。
「……………………おま…………え…………」
その瞬間、確かに見た。アクア団の服装をした一人の少女の姿を。
思い出す、エアの言葉を。
同種の気配、ボーマンダ、アクア団、紛れ込む。
「ヒガナアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
気づいた時には、もう遅い。
「キミがどうして私の名前を知ってるんだろうね…………まあ、それも後かな?」
倒れ込んだ拍子に『べにいろのたま』が奪われ、そのまま少女は走り去っていく。
後を追う、という選択肢は最早無い。
このタイミングを見計らっていたのだと即座に理解した。
最早どうしようも無い、カイオーガを放置してあれを追うという選択は最早できない。
直後、水の圧に氷の壁が砕け散り。
――――海底洞窟が水に沈んだ。
* * *
「リーダー…………はい、ミッション成功です。『べにいろのたま』の奪取に成功しました、はい」
洞窟を抜け、一人探査艇に乗り込み即座に脱出する。
海中を進みながら
「やはりカジノにあった物は偽物のようです…………ええ」
にぃ、と口元に笑みを浮かべる。
「それと残念なお知らせです。はい、アクア団とチャンピオンがカイオーガを目覚めさせました」
本当はちっとも残念なんかじゃない、むしろ好都合としか言い様が無い。
それでもそんな感情を堪えながら、沈んだような声で上司へと報告を続ける。
「はい…………はい…………『えんとつやま』に運べばいいのですね、分かりました、はい、では」
通話を切り、同時に。
「く…………あ、あはははは…………あはははははははははは」
笑い声を挙げる。
「いいよ、最高だ、最高のシチュエーションだ」
おかしくておかしくて仕方ない、という少女の姿だったが、それを見ている者は居ない。
「あの厄介なチャンピオンが次々と先回りしてくれた時はどうしようかと思ったよ、本当に」
明らかに知っている。伝説のポケモンのことについて、或いは自身よりも知識があるかもしれない。
だが邪魔されては困るのだ、このままでは世界が危ないというのに。
まさか二つの珠の偽物まで作っているとは思わなかった。二つの珠がどこにあるのか、さしもの少女も知らなかったため、それが偽物だと分かっていても、何も言えなかった。どうして分かると聞かれても困るからだ。
さらにあれほど早くアクア団が壊滅するとは思わなかった。リーダーであるアオギリがカイナシティで捕縛された時、少女はマグマ団のほうに居たため難を逃れたが、下手をすればあそこで詰みかけていた可能性だってあった。
全てあのチャンピオンの仕業だ。本当に厄介が過ぎる。
「でもようやく隙を見せてくれたね」
さすがのチャンピオンも、カイオーガを目の前にして、他に気を向ける余裕は無かったらしい。
迂闊に取り出した『べにいろのたま』もこうして奪取できた。
『あいいろのたま』はすでにカイオーガの元に渡ってしまっているが、被害が拡大すればむしろ目的の達成は容易くなるだろうし、結果オーライと言ったところか。
「あとはグラードンさえ蘇らせれば…………」
二体の伝説がぶつかり合い、結果的にホウエンは地図の上から消えるかもしれない。
だがそれでも為さねばならない。
為さねばホウエンどころではない、世界が滅びる可能性だってあるのだから。
「それにしても、どうなってるかな、チャンピオンたち」
少女が逃げ去った直後、どんどん海水がなだれ込んできたのは確認した。
少女は即座にポケモンで空を飛んで戻ったので、飲み込まれずに済んだがあの場にいた人間は全員飲み込まれただろう。
ひょっとしたら死んでしまったかもしれない。いや、その可能性のほうが高いか。
「まあ仕方ないよね」
そう、仕方の無い犠牲だ。
どうせホウエンにいる以上、滅びは避けられないのだ、今死ぬか、後死ぬか、そのどちらかの問題でしかない。
だが少女の目的がしくじってもどうせ死ぬ。規模が大きいか小さいかの違いこそあれ、どうやっても犠牲は免れない。
だから、割り切る。
そんな重たいもの抱えていられない。
振り切って、割り切って、走り切るしか少女には道が無い。
そんなもの、走り始めた時にもう失くしたのだから。
* * *
ぴちゃん、ぴちゃん
跳ねる水音が
「う…………くっ…………」
ゆっくりと、目を開く。
意識が跳んでいたことを自覚すると同時に、どうしてそうなったのか、考えて。
「…………カイ…………オーガ」
カイオーガの産み出した大量の水流に飲み込まれたのだと思い出す。
咄嗟にシアに凍りの壁を産み出させたが、けれど上から横からと水が流れ込み、あっという間に洞窟内を水で満たしてしまった。
そのまま流され、流され、途中で体を打ちつけて気を失い…………それから。
「…………ここ、どこだ」
ゆっくりと体を起こすと体の節々が痛む、が我慢する。
痛いだの、辛いだの言っていられない。
あの怪物を解き放ったまま野放しにしてしまった。
恐らく地上では他のトレーナーたちが応戦しているだろうが、足止めが精々と言ったところ。
「早く…………行かないと」
周囲を見渡す、恐らく洞窟内のどこか、だと思う、正直真っ暗で見えない。
すぐにポケモンに明かりを照らしてもらおう、そう思って。
「…………居ない」
モンスターボールが全て無くなっていた。
さあ、と顔から血の気が引く。
探さなければ!!! 慌てて他に何か無いかと探る。
あの水流に何もかも流されてしまった。手持ちで何かないかと考え続け、ポケットにマルチナビがあることを思い出す。
「…………あ」
起動させると、ふわりと灯りが付く。
だが画面にヒビが入っている、どうやらあちこちぶつけた時に割れたらしい。
それでも防水仕様のお蔭だろうか、こんな状態になっても付くとは思わなかっただけに、僥倖だった。
それほど強い光ではないので、まず足元を照らす。すぐ傍に持ってきたリュックがあった。
リュックの中身は浸水して大半がダメになっていたが、それでも防水仕様の機器がいくつか残っていた。
その中に懐中電灯が残っていたことに感謝しつつ、早速つけ、周囲を照らし。
絶句した。
「…………………………なに、これ」
ようやく絞り出した言葉、そしてその視線の先に。
アトラル・カっての今日初めてやったけど、なにあれ、楽しすぎだろwww