ポケットモンスタードールズ   作:水代

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滅びの魔海③

 かちん、と。

 時計の針が午前十時の時を告げる。

 

 ――――――――瞬間。

 

「…………空が」

 

 直前まで初夏の晴れ模様だった空が、突如として暗雲に飲まれていく。

「…………ハルト、失敗したのね」

 事前に予想はされていた事態の一つだ、だがそれでも、突然過ぎる異変にシキの周囲のトレーナーたちが騒めく。

「…………来るわよ」

 短いシキの呟き、さして大きな声でも無かったそれが、けれどどうしてか周囲のトレーナーたちの耳にすっと入って行き。

 

 ――――――――直後。

 

 ざぱああああああああああ

 

 海に大きな水飛沫が跳ね上がる。

 そうして、そうして、そうして。

 現れる、青く、白く、赤のラインの走った、海の化身が、現れる。

 

「…………カイ、オーガッ!」

 

 海上へと現れ、そのまま海の上を浮遊し始め。

 

「グゴオオオオオオオオオオオオォォォォォォ」

 

 空へ向かって咆哮する。

 咆哮に感化されかのように、暗雲渦巻いていた空からぽつり、ぽつり、と雨が降り出し。

 

 ()()()()()()()

 

 ざあざあ、を通り越して最早、ごうごう、としか表しようの無い勢いで降り注ぐ雨に、さしものシキの表情も引き攣った。

 降り注ぐ雨に負けじと、風が吹き荒び、海が荒れに荒れ始める。

 その勢いは凄まじく、そしてとてつもない速度でその範囲を拡大していくのが見えた。

「空が…………染まっていく…………!」

 まるで黒い雲が白い雲を喰らっているかのように塗り替わって行く空の色。

 

 最早立っていることすら困難になっている状況。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「ポケモンを出して!」

 激変する状況の変化に流されず、咄嗟に指示を出せたのは経験の差だろうか。

 実際シキ自身、一度は伝説と邂逅し、そして戦い、捕まえることに成功した歴史上でも片手で数えるほどしか居ない数奇な巡り合わせを持ったトレーナーだ。

 伝説のその不条理な理不尽さを知っているからこそ、()()()()()のことはあるだろうと予測できていた。

 予測できていても実際に体験してみればなるほど、これは違うと分かる。

 レジギガスは究極的に言えば戦闘能力に特化した伝説だった。だがホウエンの伝説は環境破壊に特化した伝説だとハルトから言われていた。

 この規模の天候災害がカイオーガが存在し続ける限り()()()続くのならば、確かにこれは世界を滅ぼすに足りる。

 

 だからこそ、ここで食い止めなければならない。

 

 シキの指示に自身の役割を思い出したトレーナーたちが次々とボールを投げる。

 

 投げられたボールから出てきたのは、複数のゴルダック、チルタリス、べロベルト。

 

 ハルトが二年前チャンピオンになってからポケモンリーグに要請し育成してきたポケモンたち。

 

 共通するのは――――。

 

 “ノーてんき”

 

 場にポケモンたちが出てきた直後、空を覆っていた分厚い暗雲が一瞬晴れ、隙間から日の光が差す。

 雨が止み、風が止み、波が落ち着く。

 天候殺し。そのためだけに育成されたポケモンとそれを所持するトレーナーたち。

 このために…………この瞬間のためだけに用意された手札だ。

 

 だから。

 

 「グゥ…………グゴオオオオォォォォ!」

 

 カイオーガがこちらへと視線を向ける。

「船、出して! 迎撃ラインまで下がるわよ!」

 敵視された。そのことを即座に理解し、船の操舵室に命令を飛ばす。

 そして自身は。

 

「頼んだわよ、クロ!」

 

 自身がエースのサザンドラ、クロを甲板に出し。

 

「グゴォォォォォ!!!」

 

 “こんげんのはどう”

 

「クロ!」

「グルゥォォォオオオオオ!!!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 カイオーガから放たれた水撃とクロの放った流星が空中で激突し、派手に爆発する。

「先に積んで置いて良かったわね」

 いざ、という時すぐに出せるように先に『スペシャルアップ』で積んで置いたのが功を奏したらしい、だが余りにもバカげている。

 

 散々道具で能力値を上げたサザンドラの“りゅうせいぐん”と素の能力で放った技が同等の威力などと。

 

「これだから伝説はっ!」

 レジギガスはまだ特性のお蔭で最初の間は余裕もあったが、何なのだこの怪物。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これでまた雨が降りだしたら」

 その言葉が契機になったのだろうか。

 

 ぽつり、ぽつり、と空から雫がしたたり落ちる。

 

「…………嘘でしょ」

 そんな自身を嘲笑うかのように。

「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 カイオーガが天に向かって大きく吼えると、先ほどと同じように雨が振り、風が吹き荒び。

「天候ライン下げて!」

 直後に理解する、先ほどより力が増していることを。即座に()()()()()()()天候殺しのトレーナーたちに一斉連絡をする。

「カイオーガに近いほど()()()()()()()()()! ラインを維持できなくなったら後退、近くの住人の避難はほぼ終わってるから、()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 告げた言葉に一部反発するトレーナーもいたが、けれど無理だ、こんなもの無理だ。

 

 以前ハルトに異能にもレベルがあると言った。

 異能を持たないハルトに対して、レベルという言い方が一番分かりやすいだろうからそう言ったが、異能者から言わせればそれは()()()とも言い変えて良い。

 自身の異能をどれだけ強引に()()()()()ことができるか、強制できるかの強さ、異能の強度。

 

 目の前の伝説の天候の強制力は、最初はまだ特性で書き換えるこのできるレベルの物だった。

 

 だが、今は特性で()()()()()()()天候をさらに()()()()書き換えている。

 

 中心点がカイオーガだけに、カイオーガに近いほどのその()()()が強い。

 しかも段々とその強制力が増している。

 恐らくこれに対抗できるのはハルトの話に上がった二体だけ。

 

 グラードンか、レックウザだけなのだろう。

 

 だがグラードンは目覚めさせれば別に災害を呼び起こすだけであり、レックウザはけれど今もこの空のどこかでどうやって呼び出せばいいのかも分からない。

 

「どうするのよ、これ」

 

 少なくとも、自身ではどうにもならない。こと異能の強制力で人間が伝説に勝てるはずが無い。

 と言うか気のせいだろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………まさか、とは思うけど」

 

 ――――まだ上があるのか?!

 

 その可能性に気づいた瞬間。

 

「グゥ…………グコオオオオオオ!!!」

 

 カイオーガが動き出す。

 ゆらり、ゆらりと宙を漂いながら。

 

 “おおつなみ”

 

 咆哮一つと共に、荒れ狂った海が突如規則性を持ち、大波を産み出す。

「クロッ!!!」

「グルオオオオオオオオ!!!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 放たれた流星が大波を撃ち抜いていく。

 ()()()()()()()()()()()()()()

「全員、何かに掴まって!」

 打ち消しきれない波が船を飲み込まんとし。

 

 ザパアアアァァァァァ

 

「クロオォォォォ!!!」

 

 “かえんほうしゃ”

 

 直前に放たれた特大の火炎が波を蒸発させていく。

 それでも尚打ち消しきれない波が船を打ち付ける。

 ぐらぐらと大きく船が揺れる。だがそれだけだ。

 二度の技で大きく威力が削がれた波は、船を揺らすだけに留まる。

 

「グゥ…………グウウウ」

 

 カイオーガがそれを感情の無い目で見つめ。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 “ほろびのまかい”

 

 先ほどの大津波を超える、最早それを波と表現して良いのか分からない、()()()()()()を超える高さの波がカイオーガの背後より迫る。

 

「…………………………嘘」

 

 呟き一つ。けれど動かない、動けない。

 技を出す? それに何の意味があるのだ?

 あの超巨大な波の壁、最早海を九十度回転させたかのような怒涛にどれほどの効果があると言うのだ。

 周りのトレーナーたちもただ茫然とそれを見ている。

 

 小さい、余りにも、小さすぎる。

 

 これが、伝説の力…………これが、これがっ、これが!!!

 

 あの巨大な力と比べて、自身たちの力の何と小さなことか。

 

「…………ハルト、本当にこんなものに勝てるの?」

 

 降り注ぐ波、直前に沸いた疑問を呟いて。

 

 直後、全てが波に飲まれ、海上から全てが消え去った。

 

 

 * * *

 

 

 透明な、まるで水晶のような何かの中で眠る着物姿の少女へ手を伸ばす。

 ほとんど無意識だった。

 かつん、と硬く、そして冷たい感覚が指先を走る。

 

「…………氷、か?」

 

 海底洞窟で、氷漬けになって眠る少女の姿を見ながら、分かり切ったことを呟く。

 分かり切った、否、分かってなど居なかった。

 目の前の光景に圧倒され、思考が回らない、何だこれ、何だこれ、何だこれ。

 実機にこんなイベントは存在しなかった。間違いなく、現実と実機の差異から生まれた状況。

 

「…………落ち着け」

 

 一つ呟き、同時に少女から目を背ける。見ていては、どうやっても混乱してしまう。

 目を閉じ、ゆっくりと自らに問いかける。

 

 今やるべきこと…………仲間と合流すること。特にエアたちのボールを全て回収しなければ。

 

「…………それだけ分かっていれば良い」

 一応この場所は覚えておこう。だがその前に、ポケモンの出現するこの洞窟内で、ポケモンを持っていないと言うこの状況はかなり不味い。

「そう言えば…………シアは?」

 カイオーガの放った波に飲み込まれる時、シアだけはボールから出していたはずだ。

 となれば、シアだけは自由に行き来できるはずだが。

「無事…………ならいいんだけど」

 意識を集中させる。大丈夫だ、繋がっているなら分かるはずだ。

 

 ――――絆を手繰り寄せる。

 

 それが自身が唯一他人に誇れる物だから。

 それだけは、誰にも負けないし、負けたくない。

 

 ふわり、と心の奥底に暖かい物が流れ込んでくる感覚。

 

 一歩、足を前に進める。

 すでに不安は無い。この先に、自身の仲間がいる。その確信だけがある。

 だから、足を進めれば良い。それだけ考えていれば良い、のだが。

 

「ここで来る? マジかよ」

 

 目の前でふわふわと宙に漂うポケモン…………フリージオを見て、思わず呟く。

 シアが、少しずつだが近づいてきているのは分かるが…………耐えきれるか?

 それでも、死ぬわけには行かない、だから生き残る、覚悟を決めて。

 

 ふわり、と自身の横をフリージオがすり抜けて行った。

 

「…………は?」

 

 振り返る、その先に。

 氷漬けの少女を見つめるフリージオの姿。

 表情が全く読めないので、どういう状況なのか理解できないが、向こうは動かないのならば、これはチャンスだろうか。

 そう思った瞬間、フリージオがこちらを振り返る。

「っ!」

 来るか、と身構えるが、動かない。

 

 やはりおかしい、野生のポケモンにしては何と言うか…………敵意のようなものが感じられない。

 だが洞窟に入ってきて最初に出会ったフリージオは明らかにこちらを攻撃しようとしていたし。

「……………………」

 どういうことだ、と思うが、口を開けばその瞬間襲われそうでどうにも緊張してしまう。

 しばしの見つめ合い、けれど相手は動かない。

 

 と、その時。

 

 ふわり、と。

 

 もう一匹、フリージオが現れる。

 自身と見つめ合っていたフリージオがそれを見た瞬間。

 

 ッッッ!!!

 

 声にもならない声で、気迫を上げてフリージオがフリージオに襲いかかる。

 氷を放ち、洞窟の壁を凍らせていく。

 なんだこの状況、突然始まったフリージオ同士の戦いにまたしても混乱してしまう。

 一歩、後ずさる。フリージオたちは互いに攻撃しあっていて気づく様子は無い。

 もう一歩、後退した瞬間。

 

 どん、と背後から何か衝撃が来た。

 

 後ろにも居たか?!

 

 そんな思考が過り。

 

「マスター!」

 耳元に聞こえた声に、体の強張りが解けていく。

 濡れた体だからか、冷たいはずの少女の体温が温かく感じる。

「…………シア」

「…………はいっ」

 自身を抱き寄せた少女の名前を呼ぶと、少女…………シアが僅かに涙ぐんだ声で、頷いた。

「良かった、本当に…………良かった」

「大丈夫だよ、だから落ち着いて」

 少女の後ろ髪を梳いてやれば、少しだけ落ち着いたのか、自身を抱きしめた力が緩む。

 

 その時。

 

 ッッッ!?

 

 後方で激しくぶつかりあっていたフリージオが悲鳴染みた声をあげる。

「っ…………シア!」

「はい!」

 直後、状況を思い出した自身の一括で、即座にシアが、自身の前へと躍り出る。

 視線を向ければ、フリージオの片方が力尽き、地面へと落ちたところ。

 そのまま見ていれば、フリージオの全身が融解し、煙のように白い気体となって消えていく。

 残ったフリージオがふわりふわりと宙を漂いながらこちらへと向き直り。

「……………………」

 無言で見つめ合い、やはり襲われることは無かった。

「ま、マスター…………?」

 シアも警戒はしているものの、何もしてこないことに戸惑っている。

 

 そのままふわふわと漂っていたフリージオだが、やがてくるり、と反転しまた件の少女の元へと向かう。

 そのフリージオへと視線を向けていたシアもまた、必然的に氷の内に閉じ込められた少女へと視線を向け。

「っ…………こ、これ」

「…………まあ、気になるよな」

 思わず、と言った様子でこちらを見るシアに、嘆息する。

 色々考えたが、やはり放っておくのもなあ、と言ったところ。

 やはりポケモンでも見た目は少女なのが、気になる。いや、いやらしい意味じゃなくて。

 

「…………どうにかできるか?」

 

 問うてみるが、シアが首を振った。

「できるとしたら…………エアか、リップルくらいでしょうか?」

 ゲンシカイキで『ほのお』タイプの適正を持つエアか、“だいもんじ”などを放てるリップルか。

 まあさすがに『こおり』タイプのシアにこれをどうにか、と言うのは難しい問題か。

「…………そもそも、生きてるのかこれ?」

 呟いた瞬間、フリージオがくるりとこちらへと向き直り。

「え、な、何だ」

「マスター!」

 心なしか先ほどよりも厳しい視線でフリージオが怒りを露わにしているような感覚。

「怒ってる? もしかして、まだ生きてるってことか?」

 自身の台詞を聞いて怒った、とするならそういうことだが。

 自身の問いかけに頷いたように、フリージオの視線から幾分か険が取れる。

 

 どうやらまだ生きているようだ、この状態で。

 

「と言うか…………生きてられるのか、この状況で」

 

 まあ前世でもコールドスリープ技術は存在していたし、同じようなもの…………だとは余り思えないが、実際生きている、と言うのならばそういう事もあるのかもしれない。

 となれば、どうにかこの氷をどうにかすればいいのだろうが。

「…………砕く、は危ないな」

「そうですね、一つ間違えれば中のポケモンも傷つくかと」

「…………ん? あ、やっぱポケモンなの?」

「え、はい…………何と言うか、人とは違うな、と言うのは分かりますから、多分ポケモンだと」

 こんなところで人間眠ってるわけないよな、とは思ったが、シアから見ればポケモンだとすぐに分かるらしい。

「…………またヒトガタかあ」

 普通のトレーナーなら一生に一度野生で出会えるかどうか、と言ったレベルの希少存在だったはずなのだが。だから思わずそんな言葉も出てしまう。

 何と言うか、ヒトガタに出合う度に厄介事にも巻き込まれているような気がするのは気のせいだろうか。

 

 とにもかくにも、現状では手詰まりだ。

 

「他のボールを探しに行こう」

 

 正直少女の優先度は低い。

 何せ今海の上ではカイオーガが暴れているだろうことは容易に予想できるからだ。

 

 ()()()()()()()()()()()、果たしてどうなっていることか。

 

 

 




これが、これこそが!!!

これこそが伝説だあああああああ!!!


(ゲンシ)カイオーガ Lv200(250) 特性:あめふらし(はじまりのうみ)

わざ:おおつなみ、こんげんのはどう、しおふき、アクアリング、????、めいそう、かみなり

特技:おおつなみ 『みず』タイプ
分類:なみのり+だくりゅう+たきのぼり
効果:威力150 命中-- 必ず相手に命中する。相手を『みず』タイプにする。

裏特性:でんせつのいふ
このポケモンは『ひんし』にならない限り、捕獲できない。自身の『HP』の種族値を大幅に上昇させる。自身が受けるダメージを全て半減する。

アビリティ:????

アビリティ:????

アビリティ:????

アビリティ:????

禁止アビリティ:ほろびのまかい
????



一応言っておくが。


まだゲンシカイキしてないからな?

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