モンスターボールのスイッチには、二つのロック機能がついている。
内鍵、外鍵、なんて呼ばれるそれは、要約すればポケモンが自力で抜け出せるかどうかの違いである。
基本的に自身はいつでもポケモンたちが出て来れるようにしているので、すでに大半の仲間たちがボールを出て洞窟内を移動しているのが分かる。
ただ、一つだけの例外を除いて。
「サクラのボールだけ鍵ついたままだわ」
最近捕まえたばかりの仲間であるサクラはまだ幼く、臆病な割りに好奇心旺盛であり、それでいて幼さから理性が緩く、自制心が弱い。なので、迂闊にボールのロックを外していると、勝手にどこかに行ってしまう、といったことが以前にあったので、それ以降、ボールに戻している時は、完全にロックをかけてしまうようにしていたのだが、今回ばかりはそれが裏目に出てしまった。
「ボール越しだから…………居場所が良く分らないんだよなあ」
繋がりは、感じる。自身と、サクラの絆の繋がりがあるので、無事なのは分かる。
ただボール一つ隔てているせいで、他の八人のように居場所がいまいちはっきりしない。
「他のみんなは放っておいてもこちらに来るでしょうし、こっちはこっちでサクラちゃんを探しませんか?」
シアの提案にふむ、と一つ頷き。
「そうしようか」
二人で洞窟内を歩き始めた。
* * *
波が、波が、波が、波が、波が。
見上げれば、空を覆い尽くさんばかりの巨大な高波が降り注ぐ。
呆然と、唖然と、ただそれを見上げ。
がくん、と。
突如足元が揺れる。
それが何が原因か、それを考えるより先に。
ずるずると、船が海中へと沈んでいく。
それを思考の止まった脳が理解をすると同時に。
――――そう言えば、これもハルトが予想していたな。
それを思い出す。
だから、腰に下げたホルスターから即座にボールを一つ取り。
「ミズイロ」
投げる。
「グワァオオオ!」
出てきたのは、水色の鱗を持つ竜、キングドラ。
シキのかつての仲間が持っていたタッツーが進化したポケモン。
キングドラ…………ミズイロが船の上に出てくるのとほぼ同時に、船が海中へと沈み。
「『ダイビング』」
シキがミズイロを掴んでそう呟き。
直後、船が完全に海中へと沈み切る。乗っていたシキと共に。
――――これが…………ダイビング。
ホウエンに来て初めて使った技である。というか、ホウエンくらいにしか存在しない技でもある。
ホウエンの海は波が穏やかで温かく、ダイビングで海中を泳ぐダイバーも多い。
他の地方が水温が低かったり、海が汚れていたり、凶暴なポケモンが多かったりと余りダイビングに適さない場所が多く、ホウエンくらいである、こんな遊びが流行っているのは。
本当は潜水装備をつけてから潜るのが正しいのだが、緊急事態故仕方ないと考える。
ただ濡れるのを想定したため合羽くらいは着ていたが、潜るのは本当に最後の手段と考えていたため全身が海水に浸かってしまって気持ち悪い。
潜る直前に首から下げていたゴーグルだけは付けたので目を閉ることは免れたが、日が差さない空模様だけに海の中は暗く不気味だった。
ごぽり、と口から泡が漏れ出る。
指示を、出そうとして海中であるが故に声が出ないことに気づく。
恐らくハルトなら何も言わずに伝わるのだろうが、あんな芸当そう簡単にできるはずも無い。
ハルトは自分で言うほど凡才でも無い、決して天才とは言わないが。妙に自己評価低いのに、何であんな自身満々なのだろうと思わなくも無いが。
潜水艦を指さしながら、ミズイロに指示を出す。それなりに長い付き合いだ、こちらの言いたいことを理解したミズイロが船へと泳いでいく。
ぐんぐんと海中を進んでいきながら、視界の中、海中に沈んだ潜水艦。
――――その下に潜む巨大なサメハダーを見る。
……………………ああ、なるほど。
一瞬それが野生のポケモンかと思ったが、よく考えればカイオーガが猛威を振るうこの状況で野生のポケモンが一々人間のことなど気にかけているはずも無い。
そもそもあの全長五メートルはありそうな巨大なサメハダーにシキも見覚えがある。
――――来ていたのね。
そんな内心を他所に、ぐんぐんと船に近づき、そのまま船の末端にある
* * *
「…………うわあ」
目の前の光景に、思わず出てきた言葉はそれだった。
ふわりふわりと、モンスターボールで一人でに浮き上がって移動していた。
「…………シュールね」
僅かに呆れたような表情で、ルージュが呟くが、気持ちは皆同じだ。
空中に浮かぶボールに手を伸ばすと、するり、と手をすり抜ける。
「…………もしかして、こっちを認識してないのかな」
幾度か捕まえようと手を伸ばしてもボールは手の中から逃げるばかりだ。
ふむ、と一つ考え。
「おいで、サクラ」
呟いた瞬間、空中でボールがぴたりと止まる。
やがてボールがフルフルと震え、吸い寄せられるように自身の手の中に納まる。
「…………エスパータイプって凄いね」
念動力でボールの中からでも移動できるのか、テレパシーとか色々やってたけど、エスパータイプの底知れなさを知った気分だ。
まあ、それはそれとして。
「出ておいで、サクラ」
かちっ、とボール中央のスイッチを押せば、光と共に幼女が現れ。
「にーちゃ!」
飛びついてくる。まあ分かっていたから危なげなくキャッチ。そのまま抱き寄せる。
「これで全員揃ったか?」
腰には八つのボール、そして今、手の中にあるサクラのボールで九つ。
「それで、これからどうするの?」
自身の腕の中のサクラにちらちらと視線を送りながらルージュが尋ねてくる。
そういえば妹も欲しかった、って前に言ってたからなあ。と、ふとそんなことを思い出したので、サクラの両脇を掴み、そのまま。
「ほれ」
「うゆ?」
「ぬわっ」
ひょい、とルージュに渡す。小首を傾げるサクラとは対象的に、僅かに慌てたようにルージュが手を差し出して。
「…………ふふ」
優しい笑みを浮かべ、サクラの頭を撫でる。サクラもそんなルージュに安心したのか、にへら、と笑みを浮かべる。
暗い洞窟内でそこだけ異様に華やかで明るい雰囲気が漂っているが、そんな二人を見て苦笑しながら、さて、どうしたものかと考える。
サクラを見つけるまでにかかった時間は大よそ一時間も無いだろう。
この広い洞窟内でボール一つ探すのにかけた時間と考えればかなり短い。
まあ繋がりのお蔭でだいたいどの方向にいるか、とか分かるし、そもそも探していたボールが自力で宙に浮いているので、視界に入った瞬間即座に見つけることができたのだが。
問題は、いくら当初よりも短くなったとはいえ、一時間である。
一時間もの間、外でカイオーガが暴れ回っていると考えると、胃が痛くなってくる。
探索中にすでに他に洞窟にやってきていたリーグトレーナーたちやアクア団のメンバーは全員海上へと戻るように言ってある。
最早ここにカイオーガは居ない以上、貴重な戦力を引き留めておく必要も無い。
アオギリもまたついに念願のカイオーガが目覚めたと喜び、早く外が見たいと渇望していたので、行って良いと言うと即座に飛び出して行った。
まあ最後の瞬間、自身の団員の中に裏切者がいたことだけは詫びられた。けれど勘違いしている、あれはアクア団の味方でも無ければマグマ団の味方ですら無い。それを知っているのは自身くらいなのだから、気にするなと言って。
――――もし捕獲できそうならしてくれてもいいよ。
と一つのボールを渡した。
紫と白のペイントにボール上部に『M』の文字の入ったそれは、二年の間にリーグに要請し、作っておいてもらったものだ。
『マスターボール』
どんなポケモンでも必ず捕まえることのできる実機で最高性能のボール。
ただしそれは『実機ならば』という但し書きが付く。
凡そ600族までならばこの世界でも確実に捕獲できるだろうが、準伝説種あたりからはちょっと怪しい。少なくとも無傷で捕獲というのは恐らく無理だろうと予想している。
伝説種に至っては『ひんし』に追い込まなければボールが弾かれるという話をシキから聞いている。
しかも一度『ひんし』に追い込んでも、驚異的な回復力で短時間で再び戦闘可能状態まで戻るらしい、とも。
『ひんし』にすれば何度かボールを投げるチャンスはあるらしいが、捕獲率はかなり低く、しかも連続して失敗していれば再び立ち上がって苛烈な攻撃をしかけてくる。
グラードンとカイオーガ相手にそんな面倒なことやっていられない。というかそんな余力が残るはずが無い。
シキだって、一度起き上がられた時は本気で死を覚悟したらしいが、やはり一度『ひんし』になると大分弱るらしい、それでも準伝説種よりも圧倒的に強いというのだからふざけた話だ。
まあ最初に一発で決められるならそれに越したことはない。ならば、その一発で確実に捕まえられるボールを用意しようとして、やはり思いついたのはマスターボールしか無かった。
とは言え、実機ならばマグマ団、アクア団のアジトにあるのだが、
…………カジノで資金削りすぎて、ボール開発できなかったらしい。
ま、まあ、代わりにデボンコーポレーションで総力を挙げて開発してくれたので、実機とは違い、四つのボールが手元にある。その内の一つをアオギリに渡した形だ。
因みに開発費とか製造費とか、見ただけで目が回りそうな額だった。実機のマツブサとアオギリは、よくまああんなもの基地に無造作に置いておけるものだ、と呆れるほどに。
ポケモン協会が支払ってくれて助かった、さすがにあれ全部こちらで払うとなると、ヒガナに加担してホウエン滅ぼしたくなるかもしれない。滅べば借金もチャラだ…………冗談だが。
ただ、アオギリがカイオーガを捕まえられるとは思っていない。
基本的に天候対策は打っているが、アオギリのポケモンは基本的にカイオーガと相性が悪い。カイオーガもまたアオギリのポケモンと相性が悪いのだが、カイオーガの場合伝説種としての力、否、格の差がある。単純な性能のごり押しで、タイプ相性の差など簡単に覆してくるだろう。
というか、実際のところ、アレはどうやったら捕まえられるのだろう。
シキがレジギガスを捕獲できたのは、シキのあの理不尽な異能、それから高い育成手腕のお蔭である。
極論を言えばシキは異能を展開して、“ばかぢから”“りゅうせいぐん”“リーフストーム”“オーバーヒート”の四種類の技を各ポケモンに覚えさせてそれだけ使っていれば、高威力技を使うほどに能力ランクを上昇させながら叩きこめる。レベル100のポケモンを各十匹以上揃え、後はひたすら技を連打するだけ。指示が出せずともそれ以外に技が出せないなら、最初からそれだけをさせるように育成すればいい。メトロノームやこだわり系アイテムなど、同じ技しか出せないことがメリットになる道具を持たせればあっという間に凄まじい火力を叩きだせる。
レジギガスは単体攻撃が多いポケモンだからこそ、そういう事ができる、だがカイオーガはそうではない。
基本的に海を揺らして波を作るだけでほとんどのポケモンを飲み込んでしまえる超殲滅特化だ。こういうタイプはシキは相性が悪い。
伝説を相手にする時、その伝説に対して相性が良いかどうか、これが本当に重要なのだと理解する。
ではカイオーガに相性の良い相手とは一体どんなトレーナーだろう。
その答えは。
* * *
「はー…………あれがカイオーガかい」
「アハハ、まさか伝説のポケモンを見る日が来るなんてね」
「凄まじい力ですこと、まあ関係ありません」
「ふんぬ…………準備は良いな? では、行くぞ!」
海中へと沈んでいった潜水艦を見送りながら、付近にあった小島に四人の男女がそれぞれボールを手に取った。
「この天候は上書きできません…………ですので、ええ、私は道を作りましょう」
ふっと、白いドレスローブの女、四天王プリムが息を吹きかける。それ自体には何の意味も無い、ただ異能のイメージをより明確に、そして目標をはっきりさせるための行為。
直後、ぴき、ぴきぴき、と海が凍り付いていく。
“だいひょうが”
ホウエンの海が凍る、そんな世界の理に反したような異常事態を、けれどその場の誰しもが当然だという顔で受け入れていた。
遠くに見えるカイオーガへと続く氷の道が完成すると同時に。
「メガオニゴーリ!」
プリムの投げたボールから出てきたオニゴーリが即座にメガシンカし。
“えいきゅうとうど”
道を広げていく。海が氷に侵食されていくかのように、分厚い氷の床が海の上に出来上がって行く。
「行って!」
プリムの声に、カゲツが、フヨウが、そしてゲンジがボールを投げ。
「グラエナァ!」
「ペペちゃん!」
「来ませい! オノノクス!」
グラエナが、メガジュペッタが、オノノクスが、氷上に出現し。
「伝説のポケモンカイオーガ…………敵に不足無し、各々、死力を尽くせい!」
「「「応っ!!!」」」
ゲンジの号令と共に、全員が飛び出す。
かくして、ホウエン最強クラスの四人のトレーナーがここに集結した。
前回言ってた保険⇒四天王だよ全員集合。
ミズイロ⇒『オトウサン』のところで他の子たちから引き継いだタッツーが進化した。シキにゃんは、他の子たちから引き継いだポケモンはなるべく荒事に使いたくないと思ってるが、非常時故仕方ない。
氷の中の少女⇒今回で名前くらい出すつもりだったけど、尺の都合上出なかった(
だいひょうが⇒カイオーガの支配は基本的に空。実のところ海も操ってるから『波』は作れるけど『作った波』は操ってないので、凍る。つまり天候は書き換えできないけど、実のところ、海のほうは意外と干渉できる。まあ海を凍らすとかかなり異能レベル高く無いと無理だから、できるの現状だとプリムさんくらいだけど。
気閘⇒別名エアロック。レックウザの特性でなく、潜水艦とかの水中での出入り口のことと覚えればおk。詳細知りたいならググるか、ジョジョ3部を読むべし。