十二年前。
とあるポケモンが空から降りて来た。
まだ当時少年だったアオギリはそれに纏わる一連の騒動の中心にいた。
――――助けてくれ…………頼む、俺たちを、助けてくれ。
あの日願った言葉は決して間違いでは無かったと思う。
あの日の言葉があったから、自身はこの場所にいるのだと、アオギリは思っている。
あの日、彼を守ろうとしたことは、絶対に正しかった、そう思っている。
それは恩返しのつもりだったのだ。
彼が再び空から降りて来た時、今より良い世界でありますように。
彼がもう一度この地を訪れた時、笑ってくれるように。
その一心で、アオギリは十二年前から今日に至るまで戦い続けてきた。
海を増やす、というのはその目的のついでだ。
地上は人間が増えすぎた。人間はポケモンの生活を脅かす害悪だ。
勘違いされがちだが、アオギリは決して人間が滅びれば良いと思っているわけではない。
ポケモンと人が手を取りあえることを、アオギリは知っている。
だが逆に、ポケモンから搾取する人間がいることも、アオギリは知っている。
だから、海を増やし、陸を削ることで、人間の生活範囲を狭める。
ポケモンから奪うことでしか生きられないような人間は、アクア団が粛清する。
そうすればきっと、ポケモンたちが安心して過ごすことのできる楽園が出来上がるはずだ。
細部に問題は数多いが、けれど最終的なアオギリの目的はそんなものだった。
カイオーガという海の化身を知ったのは、偶然にも似た必然だった。
最もアオギリ自身はそれを必然だったとは知らないのだが。
圧倒的な超古代ポケモンの力、それを手に入れれば世界を変えられる。
変えられる…………はずだった。
* * *
雨が降っていた。
風が吹いていた。
波が荒れ、海が暴れていた。
それだけならば予想通り。
だがその規模がまるで違った。
「…………なんだ、こりゃあ」
海底洞窟から脱し、海上に出て来たアオギリが見たのは、全てを飲み込まんと荒れ狂う海と、世界を沈めんと降り注ぐ豪雨だった。
「…………ダメだろ、そりゃあ」
誰に告げたわけでも無く、そう独りごちる。
「これじゃあ、ダメだ…………こんなものは、俺の望んだ世界じゃねえ」
雨よ降れと思った。
海よ増せと願った。
けれど。
「これはちげえ…………これは、
生物が生きることを一切考慮しない雨と波。
陸を飲み込み、海を荒れ果てさせ、やがて全ての生物が死滅する。
言うなれば、滅亡の雨、滅びの海。
――――全て見た上で、それでもカイオーガが欲しいと言うなら。
あの時、チャンピオンの呟いた台詞が思い起こされる。
「知ってやがったのか…………」
そうとしか思えない。いや、チャンピオンの行動を振り返ってみれば、最初から分かっていたとしか思えないような手ばかり。
だがならば、どうしてこんな怪物を蘇らせようとしたのか、そこに疑問を覚えるが。
「…………っち、後回しだ」
今はそんなことを考えている場合ではない、即座にそう判断し。
潜水艦内に残ったアクア団と合流する、まずはそこからだ。
「…………クソが」
浮上地点から遠く、海上で暴れるカイオーガと、それと戦う四天王たちを一瞥し、一つ舌打ちした。
* * *
水中をぐんぐんと進んでいく。
秘伝技としての『ダイビング』は本来、潜水用のスーツ一式を使ってゆっくりと浮き沈みをするものだ。
そうでなければ水圧で人間の体に重度の障害を引き起こす。
だがそんな時間は無い以上、恐ろしいほどの勢いで深海五百メートルを浮上していく。
勿論、何も考えずにそんなことをすれば他はともかく生身の自身はあっという間に死んでしまうのだが。
「えへ~」
自身の背中に抱き着きながら笑みを浮かべる
もし浮かび上がるだけでいいのならば、この風船のような空間に乗って浮かび上がるだけでいいのだが、海底洞窟から出るには入る時とは逆に百メートルほど潜る必要があるため、そこまで細かい操作はサクラにはまだ不可能だった。
とんとん、と繋いでいた手を指で数度叩かれる。
見やれば水面が近いのが分かった。驚異的な速度である。
どうする? と一瞬視線が問うてくるのでそのまま、と海面を指さすとこくり、と頷いて。
ごおおおおおおおおおおおおおおおお
激しい音を立てながら、海面が爆発したかのように爆ぜる。
荒波を切り裂いてそのまま空中へと飛び出し。
「エア」
「はいよっ…………と」
背中のサクラと、手を繋いでここまで引いてもらった
「飛べる?」
「誰に言ってんのよ」
カイオーガが復活したためか、激しい豪雨、そして吹き飛ばされそうな強風だが余裕綽々にエアが不敵な笑みを浮かべる。
「なら、任せた」
「どこまで?」
「ルネ」
「任せなさい」
短い言葉のやり取り、けれどそれでもこの相棒には全て伝わってくれる。
だから安心できる、だから信頼している。
打ち付ける雨を物ともせずに、エアが自身を背に担ぎながら飛行する。
ぐんぐんと高度を上げていき。
「……………………あ」
ふと、思いつく。
「何?」
自身の漏れた声に反応するようにエアがこちらへと視線を向け。
「エア」
「何?」
「予定変更…………もっと高く飛んで」
「…………分かったわ」
自身の急な願いにも何も問うこと無くエアがさらに高度を上げていく。
「これで…………後は」
雨が止んでいない、ということは四天王全員が対峙して尚、手が付けられない、ということに他ならない。
連絡はすでに飛ばしているが、時間が無いことには変わりない。
まだ世界が滅んでいないことから、ゲンシカイキはされていない、とは思うが猶予も分からない。
ならば、先にルネ方面へと向かえば間違いが無いだろうと予想。
だがその前に。
「一発、ドギツイのお見舞いしてやるか」
ボールを片手に掴み、目を細める。
「エア、雲の上まで抜けられる?」
「あんた、大丈夫なの?」
問いに問いで返され、一瞬思考する。確かに水の中と同じように余り空の…………空気の薄いところに行くのも良く無かったような…………。
「サクラ、お願い」
一旦エアに止まってもらい、サクラをボールから出す。
「はい、にーちゃ!」
先ほどと同じ要領で自身の周囲を念動の膜で覆っていく。
「エア」
「了解」
サクラを背負うことになるため、多少重くなるが、一切問題無いとエアがぐんぐんと高度を上げていく。
そうして雲を抜ければ晴れやかな青空がそこに広がっている。
そうして上から雲を見れば、とある一点に向かって渦を巻くように集中していることが分かる。
そして渦が逆巻くような流れで徐々にその大きさを広げていることも。
「…………
雲の広がりが止まっていない。つまり、伝説の干渉力を抑えきれていないということ。
さすがに格が違う、というわけか。
「まあいいや」
あの徐々に移動している渦の中心がカイオーガの真上と考えて問題無いだろ。
「エア、あそこ」
「…………ああ、何する気か分かって来たわ」
ここまで来ればエアにも察しが付いたらしい、納得したように頷いて、虚空を蹴った。
「さて…………サクラ」
「あい?」
「イナズマを出すから、サイコパワーで浮かせてやってくれる?」
「うゆ…………わかった、にーちゃ」
こくりと頷くサクラの頭を撫でて。
「出てきて、イナズマ」
イナズマを虚空に向かって出現させる。
「わっと、っと…………ひええ、た、高いですね」
足場の無い宙にふわふわと浮かぶその不安定さに何と無しに落ち着けないのか、下を見て顔を青くしながらイナズマが呟く。
けれど、やることは分かっているの、指を下に向けこちらへと確認をする。
こくり、と頷けば、向こうも一つ頷いて。
“むげんでんりょく”
ばち、ばちばち、とその指先に電流が集う。
触れれば人間一人簡単に焼き殺せそうなほどに集中した電力が、その指先で一つの塊となって。
「BANG!」
“レールガン”
渦の中心に向かって電撃が柱となり降り注いだ。
* * *
空から光が降り注いだ。
一瞬、その光景を脳が理解できず、思考が停止する。
それが
「グギャアオオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!」
あの怪物が、初めてまともに痛みを訴えた。
その事実がプリムにその光景が誰によって生み出されたものなのか理解させた。
「そう…………来たのね、
呟きを聞き、他の四天王たちが笑みを浮かべる。
「最後の一仕事…………気張れい!」
「「「応!!」」」
ゲンジの張り上げる声に負けじと叫び返し。
* * *
「さあ…………もう一発! 行くぞ、エア!」
* * *
直後。
“つながるきずな”
雨雲の内側から何かが飛び出す。
“むすぶきずな”
いつか見た覚えのある人の形をしたそれが。
“らせんきどう”
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
“ガリョウテンセイ”
攻撃を止め、海へと潜ろうとせんカイオーガの背に突き刺さった。
「グウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
絶叫、絶叫、絶叫。
真上からの奇襲、弱点タイプの『でんき』技で怯んでいた直後に受けた強烈な一撃は、カイオーガの力を大きく削いだ。
“■■■■”
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ふわり、とカイオーガの表皮に水色の紋様のようなものが一瞬、浮かび上がる。
“おおつなみ”
直後放たれた津波は、先ほどまでのものとは比では無かった。
「なっ!」
威力も規模も、先ほどまでの倍近い、全長百メートルに達せんほどの大津波。
「カゲツ!」
咄嗟にゲンジが叫び。
「応! プリム! 上だけ抑えてろ!」
カゲツが指示を出し。
「フヨウ! 手伝って!」
自身が助けを求め。
「ユーちゃん!」
フヨウが己がエースを繰り出す。
“だいひょうが”
“ポルターガイスト”
異能の氷が、ゲンガーの放つ騒霊が、真上から降り注ぐ海水をギリギリのところで逸らしていく。
そして同時に。
「サメハダアアアアアアアアアアアア!」
カゲツの絶叫と共に海の中からサメハダーが現れ。
「キシャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
“かみくだく”
その大顎で
直後。
ザバアアアアアアアアアアアアアアァァァァン
防ぎきれなかった波が頭上から降り注ぐ。
氷と騒霊の守りで、その大半を防ぎながら、それでも大きさが大きさだ、どうしても防ぎきれずに落ちてくる水がある。
雨と共に四天王全員の服をびしょ濡れにしながら…………それで終わる。
「…………逃げた、わね」
視界の中、海上にカイオーガの姿は無い。
雨が振り止まないので、倒れた、ということではないのだろうが。
逃げられた。
先ほどの奇襲で大ダメージを負って逃げた、と考えるのが自然だろう。
そうしてしばらくすると、上空から人影が見えてくる。
それが自分たちのチャンピオンの姿だということを確認すると同時に。
「…………なんとか、と言ったところかしら」
あの超古代の怪物を相手に生き残ったことに安堵した。
* * *
「…………良かった」
空から降り注ぐ雷に、その直後に降ってきてカイオーガに大きなダメージを与えた彼女の姿に、彼が無事に戻って来たことを確信して、ほっと一つ息を吐いた。
それと同時に、逃げ出したカイオーガのことを考える。
海中に潜られた時点で、大抵のトレーナーはまともな攻撃手段が無くなる。
というか、アレと水中でやりあうなど自殺行為に等しい。
となれば、カイオーガが海上に浮上するまで待つ必要があるのだが。
問題は、どこに逃げたか、ということ。
とは言っても、これはすでにハルトが答えを出してしまっている。
前世の記憶、と言ったか。あり得ざることだが、あり得てしまっている以上信じざるを得ない。
聞く限りでは大よそ自身たちの常識とそれほど違った世界ではないのだろうが。
「…………まあそれは後にしましょう」
今は目の前のことを、そう呟き。
無線を取り、操舵室へと繋げる。
「シキより連絡。カイオーガの逃亡を確認。ルネへと迎え」
告げる言葉に無線の向こう側から了承の返事が返って来ると、無線機を切る。
同時、船が動き出す。カイオーガが去った影響か、少しずつだが雨も小雨になり、波も穏やかになりつつある。これなら潜る必要も無いだろう。
甲板に一人立ちながら、同じくルネへと飛び去って行くハルトの姿を見送る。
泣いても笑っても、二年以上前から続いたこの一連の騒動ももうすぐ終わる。
それが終われば…………自身がここにいる理由も無くなる。
その時。
「…………どうしましょうかね」
問題が一つ解決すれば次の問題が待つ。
見通しの付かない未来に、シキは思わず嘆息した。
次回からカイオーガとの最終戦入りたいところ(じゃないとマジで終わらない)。
ところで。
あーるじゅーはち書いた。
俺にエロ書く才能は無いとはっきり分かった。
公開設定に変えとくので見たければ見ると言い。
一応内容はR18指定入ってるので、見ろとは言わない。というか未成年は見ちゃダメよ。