ルネシティ。
かつて隕石が降りできたとされる山をくり抜いて海に浮かべたような不可思議な土地の中央部に建てられた街だ。
ルネシティの中央、左右の街の中心部に『めざめのほこら』の入り口は存在する。
『めざめのほこら』は『おくりびやま』で浄化されたポケモンの魂が目覚めるところとされ、全ての始まりの場所とも言われている洞窟である。
一体何の始まりなのかは分かっていないが、ルネシティの成り立ちを考えたならば、ゲンシの時代の終わり、そしてそこから始まる新しい世界の始り、という意味なのだろうと勝手に思っている。
このルネシティという街。実機では三世代と六世代で成り立ちが違う。
ルビーサファイアエメラルドの三世代では海底火山の噴火によってできたカルデラ湖にできた街であり、オメガルビーアルファサファイアの六世代では隕石の衝突によってできたクレーターにできた街である。
この設定の違いが、グラードンとカイオーガ、そしてレックウザの伝説のポケモンとの関わりに大きく関係してくわけだが、今はそれは置いておくとして。
『りゅうせいのたき』には遥かゲンシの時代より今に至るまでレックウザを崇め祭る『りゅうせいのたみ』と呼ばれる人間たちがいる。
残念ながら『りゅうせいのたき』奥深くに隠れ住んでいるため、まず出会うことは無いと言って良いのだが、それとは別にここルネシティには『りゅうせいのたみ』から分派した『ルネのたみ』と呼ばれる人間たちがいる。と言っても、こちらは隠れてはいない、隠れてはいないが、その伝承を知る人間が極少数のため、結果的に『りゅうせいのたみ』と同じく知る人ぞ知る存在となっている。
ルネシティジムリーダー、ミクリはその『ルネのたみ』の一人だ。
『ルネのたみ』であるミクリは『めざめのほこら』に入ることができない。
そういう掟が存在している、してしまっている。
だから、ミクリにはそれを見送ることしかできない。
否、入れたからといって、どうなるものだろうか。
『みず』タイプのジムリーダーであるミクリだからこそ、『みず』タイプのポケモンとの戦い方は最も熟知していると言って良い。
だがどうだろう…………と空を見上げる。
雨が降っている。
ルネ全域を飲み込まんとせんほどの集中豪雨。
放置すればいずれホウエン全てを飲み込む滅びの雨。
「…………無力だな、私は」
「そんなことは無いさ」
誰に向けたでも無く、空に呟いた言葉に、誰かが返した。
振り返る、そこに立っていたのは。
「チャンピオン…………いよいよ、かい」
全身を潜水用のスーツで覆ったチャンピオンの姿だった。
「ああ…………入り口の守りを頼んだ。最悪の場合
「その時は、ああ…………私が対処しよう、
伊達に水のエキスパートを自称しているわけではない。
自身のポケモンたちの力を借りれば降って来る雨も、噴き出してきた水も、どうにでもなるという自信はある。
「助かる…………後ろを気にしないで済むっていうのはやっぱり大きいよ」
「…………そう言ってもらえると救われるよ」
世界が滅ぼす怪物を相手に、後ろで見ているだけしかできないというのはやはり辛い。
だが『ルネのたみ』の一員として、掟を破ることはできない。
だから…………。
「頼んだよ…………チャンピオン」
「任せといて…………そっちこそ、街を頼んだよ」
『めざめのほこら』へと歩いていくチャンピオンの背を見つめながら。
その姿が消えていくまで、ただ一言も発することはできなかった。
* * *
厳密に言うと、『めざめのほこら』とはルネシティの入り口から入って洞窟内を進んだ最奥の辺りを示す。
そこには大きな地底湖が存在し、地底湖の底はルネの外の海底と繋がっている。
実機だとカイオーガどこから入ったんだろう、と思っていたが、そういう絡繰りがあったらしい。
…………まあグラードンがどうやって入ったのかは謎だが。まさか潜ったわけじゃあるまいし。
実機だとまずは地底湖の手前まで進み、カイオーガの背に乗って進む、なんて危なっかしいことをしていたが、そんな間抜けなことしてたら確実に殺されるのが目に見えているため、最初から脇道からのショートカットを使う。
この辺りは実機知識があればこそ、だ。
そうしてしばらく、螺旋階段のような坂道を下へ、下へと降りていき。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
激しい水音が聞こえてくる。
それは恐らく、最奥に流れる滝の音なのだろうと理解する。
つまり、この先に。
「…………ふう」
息を吐く。
「…………すう」
息を吸う。
「……………………っ」
けれどボールを持つ手の震えは収まらない。
先ほどまで、あれだけ平然とできていたはずなのに。
間近に迫った怪物の威に体が、本能が、恐怖に、死の恐怖に震える。
先ほど奇襲でカイオーガを痛めつけた。
あれでカイオーガを本気にさせてしまっただろう。
しかもあの時はまだ
今度は…………本気の本気。
あの圧倒的怪物が、さらに威を増し、殺意を剥きだしに襲いかかってくる。
――――怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い。
足が前に進まない。
手が震え、膝が揺れ、歯がカチカチと鳴る。
――――本気であんなバケモノと戦う気か?
――――今ならまだ、逃げれるぞ?
今更になってそんな自分の内なる声が聞こえてくるが、けれど
カイオーガを目覚めさせてしまった時点でもう後ろなんて無いのだ。
前に進むしか、カイオーガを打ち破って進む以外に道なんて無いのだ。
「…………はあ…………はあ…………はあ…………」
呼吸が乱れる。過呼吸になりそうなほどに、幾度と無く呼吸を繰り返し、自身の思考に押し潰されそうになった、直前。
「…………ハルト」
聞こえた声、そして背中に感じる温もり。
後ろから回された手が自身の胴をゆっくりと抱き留める。
一体誰が、なんて分かっている。
「…………エア」
自身が彼女を間違えるはずが無い。
「…………怖いの?」
そして彼女が自身のことが分からないはずが無い。
「…………うん」
だから、素直に頷いた。
「怖い…………怖いよ…………さっきまで、大丈夫だと思ってた。ゲームの中でなら勝てる相手だった、簡単に倒せる相手だった。この世界は現実だけど、けれどゲームの流れに酷く似ていて、だから勝てる、そう素直に思えた。けど…………けどやっぱり怖いよ。この先に、居る。このまま放っておけば世界が滅びる、だから戦わなければならない。それがカイオーガを蘇らせた俺の責任だから…………でもね、足が震えるんだ。手が震えるんだ。体の震えが止まらないんだ。怖くて、怖くて、怖くて…………一歩も進めない」
一体、どうして自分はこんな怪物を蘇らせたのだろう。
一体、どうして自分はこんな場所に居るのだろう。
「…………何で、何で俺がこんなことしなきゃならないんだろう。何で俺がこんな怖い思いしてるんだろう」
呟きだせば止まらない。
「…………誰か変わって欲しい。勝てるわけないだろ、あんな化け物、しかもゲンシカイキすればもっと強くなるのに…………どうやって勝つんだよ、どうやったら勝てるんだよ」
エアは何も言わない、ただずっと黙ってそれを聞いていた。
「嫌だ…………もう嫌だ。帰りたい、帰って…………帰って」
その先には、何も無い。
自身が望んだ優しく、明るく、眩しい日常は無い。
ただカイオーガのもたらす破滅の未来だけが残っている。
「……………………っ」
涙が出そうだ。
詰んでいる、もうこの状況は詰んでいる。
分かっているのだ、自身が蘇らせなくともヒガナが蘇らせた、もしヒガナをどうにかしたっていつかきっと必ず蘇っていた。
だから、今やるしかないのだ。
知っている自分がやるしかないのだ。
それしか、自分が望む日常を掴み取る方法は無いのだ。
そう思っている、そう理解している、そう信じている。
だから。
「行かなくちゃ…………戦わなくちゃ…………独りでも、やらなくちゃダメなんだ」
いつの間にか自分に言い聞かせるように呟いたその言葉に。
「独りじゃない、でしょ」
ぎゅっと、エアが自身を強く抱きしめた。
「アンタは…………独りじゃない、でしょ」
呟きと共に、エアが自身の腰に…………そこにあるボールに触れ。
消えた。
「……………………エア?」
「…………マスター」
エアと入れ違うように、出て来た誰かが自身の背にそっと手を当てる。
ひんやりと冷たい肌の温度。
「シア?」
「…………何があろうと、誰が相手だろうと、私は、マスターと一緒です。マスターが望むままに、マスターが願うままに、マスターのために、戦います」
とん、とシアの額が自身の背にぶつかり…………消える。
入れ代りに誰かが出てくる。
「大丈夫だよ…………ご主人様」
「…………シャル」
感じる暖かさ。シャルが背中からもたれかかっているのを理解する。
「ご主人様が臆病な時は、ボクが頑張るよ。ご主人様が弱気なら、ボクが強くあるよ。ご主人様は、ボクが守るから」
その言葉に返そうとして…………消える。
「キシシ」
最早言葉は無い。そっと、握られた手の柔らかさを感じながら。
「なーに、難しく考える必要はないさネ。トレーナーはいつも通りやればいいさネ。大して変わりはしないサ。無理難題、無茶苦茶なんて今に始まったことじゃないサ。だから、いつも通り、トレーナーはトレーナーらしくあればいいのさネ」
ぎゅっと手を握られ、握り返そうとして、消える。
「ふふ」
耳元で聞こえた笑み。首に回った腕。
「マスターのちょっと珍しいとこ見れて嬉しいですよ。でも大丈夫です、私がいます、みんながいます。だから大丈夫、私が大丈夫って言ったなら、大丈夫です」
聞こえる優しい声に、何か返そうとして、消える。
「ぬふ~ん」
頭の上に顎が乗る。首に腕が回り、その大きな体に抱き留められる。
「珍しくヘタレてるね~。でもさー、死にかけたことなんて今までけっこうあったし、危ない目にあったことなんて数え切れないよね。ホント今更過ぎるよマスター?」
その言葉に反論しようとして…………消える。
「ふん」
誰かが鼻を鳴らし、背中からもたれかかって来る。
「王様ってのは常に一人で、何もかも背負って立つ覚悟があるやつだけがなるもんさ。けどね、ボス。アンタはそんな柄じゃないさ。今のアンタはアンタらしくないよ、じゃあ本当のアンタは何さ?」
その言葉の答えを考え、消える。
「はあー」
ため息、それと同時にぽんぽん、と頭を撫でられる。
「怖いなら怖いって言えばいいわ。辛いなら辛いって言えば良い。アンタはここまで頑張ってきた。それは私たちが一番良く分ってる。でもね、だからこそ、あと少しじゃない。あと少し頑張れば終わりが見えてくるんでしょ? あと一歩、踏み出す勇気は持てない?」
首を振り、分からない、そう告げようとして、消える。
「うゆ…………」
胴に伸びる小さな手が自身を背から抱きしめる。
「にーちゃ…………だいじょーぶ。サクラがたすけてあげるから」
後ろで咲いた花のような笑みを想像し、振り返ろうとして、消える。
「…………なんじゃ」
顔の横から伸びてきた腕に抱き留められ、肩を組んだような状態にされる。
「透かしたガキじゃと思っておったら、存外人間臭かったのう…………良い良い。恐怖を知らん生物なんぞ野生じゃ死ぬだけじゃ。主はそのままで居れば良い。そんな主を守ってやるのがワシの役目じゃ」
呵々、と笑い声が聞こえ、消える。
「…………………………ふ…………はは」
そうして。
「あは…………あはははははははは!」
一歩。
「あははははははははははははは、あはは、あはははははははははは!!!」
踏み出す。
洞窟内で、笑い声が反響する。
それでも、止まらない、止まらない、止まらない。
「…………そうだよ」
何勝手に一人で押しつぶされそうになってるんだ。
恐怖で感じられていなかった彼女たちとの絆を感じる。
「…………あったかい」
この世界で手に入れた何物にも勝る自身の、自身だけの宝物。
そうだ、そうだよ。
「守りたかったんだ、これを」
ずっと、ずっと、これを味わい続けたかったんだ。
「だから戦ってるんだよ」
だから戦い続けてきたんだ。
「…………邪魔なんだよ、お前」
目の前にいるソレに向かって呟く。
「邪魔なんだよ、お前も、グラードンも、レックウザすらも」
伝説だなんだと、やかましい、うるさい、黙ってすっこんでろ。
「いつまでもかび臭い伝承が幅利かせてるんじゃねえよ」
今をいつの時代だと思っているんだ。
「そろそろ退場しろ…………今の世界に、お前らの出る幕はねえ」
そんな自身の言葉に。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ソレが輝き始める。
同時に。
「さあ…………
さあ、いよいよ、ちゅうボスせん、だ(しろめ)
ゲンシカイオーガ Lv250 特性:はじまりのうみ
H35000 A1500 B900 C1800 D1600 S900
ちな、ゲンシカイオーガのアバウトスペック。