笑みを浮かべながら、ボールを握る敵を忌々しい気持ちを隠さず見つめる。
今の自身はマグマ団の一員、故に余り目立つ行動をしていては潜りこんでいたのはバレてしまう、のだが。
「…………全部バレてるってどういうことなんだろうね」
これまでひたすら裏に徹し続けていたはずなのに、どうして目の前の男は自身のことを知っているかのように話すのだろうか。
「…………現ホウエンチャンピオン、か」
ホウエンチャンピオンハルト。これまでことごとくこちらの計画を邪魔してくれたあの厄介な少年は、まさかまさか、自身のことまで知っていたなんて、一体どういうことなのか。
なんて、考えている場合でも無い。
相手が悪い。
有り体に言えばそういう話だ。
ヒガナ自身かなりの実力のトレーナーだという自負はある。それでも、それでも、それでも。
「相性が悪すぎる」
自身が専ら使用するのは『ドラゴン』タイプのポケモンたち。『はがね』タイプの相手をするには少しばかりタイプ相性が悪い。否、技幅が広いのも『ドラゴン』タイプの優秀な点故に、弱点を付くことは可能だが。
果たしてその程度で勝てる相手だろうか…………仮にも元ホウエンチャンピオンだ。
だが、やるしかない。
あと少し、あと少しなのだ。
手の中の紅の珠を山頂の男に届ける、それだけで後は転がり落ちるように状況が進む。
自身の望みの展開へと、即ち、グラードンの復活、という顛末へと。
「邪魔しないでよ…………こんな、こんなところで立ち止まってられないんだ」
道中のあらゆる犠牲を必要と割り切ってここまでやってきたのだ、今更止まれない。諦めるなんて以ての外。
これは自身の役割、自身が継いだ役割で、自身が果たさなければならない務めだ。
立ちはだかるならば、邪魔するならば、例えそれが元チャンピオンであろうと、現チャンピオンであろうと関係ない。
「叩きのめして進むだけだよ! ヌメルゴン!!」
「そうはいかないさ、ここで止めさせてもらうよ…………シー」
互いのボールから光が放たれ、ポケモンが出現する。
こちらが出したのはヌメルゴン、そして相手が出したのは…………ナットレイ。
「流星よ、私たちに力を貸して」
“りゅうせいのみこ”
突き上げた手から力が放たれる。
力が自身の体を通り、ヌメルゴンへと、そしてボールの中の五体へと流れ込んでいく。
流星の民は極めて『ドラゴン』タイプとの親和性が高い。生まれた時から『ドラゴン』タイプに囲まれて生きるためか、それとも
そして同時に流星の民は代々『ドラゴン』タイプの力を引き出すことに長けた一族だ。それは異能だったり、育成だったり、統率だったり、指示だったり色々だが、ヒガナの場合は異能だった。
自身の力を竜に分け、竜の力を増す異能。
それだけの力、その程度の異能。
けれどそれは決して流星の民の中にあって特別なものではない。ヒガナには特別な才能というものが決定的に欠如していた。
凡庸ながらも多少の才ならある、異能トレーナーとしてそれなり程度の能力はある。だがそれは流星の民という特異な存在の中では埋没する程度の物でしかなかった。
だからヒガナが持っているものは大半が借り物だ。
だから、ヒガナ自身に特別な才能は無い。
けれど、けれど、けれど。
受け継いだ力は、そうじゃない、そうではない、そんなものではない。
「燃やし尽くせ、ヌメルゴン!」
ヒガナの指示に従い、ヌメルゴンが大きく息を吸い込む。
“だいもんじ”
放たれた大の字の強大な炎がナットレイを包み込む。
『くさ』『はがね』タイプのナットレイにこの攻撃は致命的な一撃を持つだろうと予想し。
「…………シー」
静かに呟くダイゴの声に、炎の中からナットレイが平然とした様子で飛び出す。
“やどりぎのタネ”
ナットレイから飛んできた植物の種がヌメルゴンの周囲に落ち、直後に地面を突き破り伸びてきた植物の蔓がヌメルゴンを絡めとる。
「嘘っ、ヌメルゴン! 解いて!」
自身の声に、ヌメルゴンが何とか絡みついた蔓を解こうともがくが、けれど解けない。
「シー…………行って」
動けないヌメルゴンの隙を突き、ナットレイがダイゴの指示で回転する。
“ジャイロボール”
ごろん、ごろん、と徐々に加速をつけながらナットレイがローリングしながらヌメルゴンへと迫り、動けないヌメルゴンへとナットレイが激突する。
“てつのトゲ”
“どくどくのトゲ”
ナットレイの全身に生える鋭いトゲがヌメルゴンを突き刺し、ヌメルゴンが痛みに悲鳴を上げる。
同時にいつの間にかその全身から紫色の液体が滴っており、ヌメルゴンの傷口にも付着していた。
直後、苦し気に呻きながら足をついたヌメルゴンの姿に、何をされたのか悟る。
「『どく』状態…………なら!」
“りゅうせいのみこ”
受け継いだ力によって強化された異能がヌメルゴンへと流れ込み、即座に毒を消し去って行く。
毒の消えたヌメルゴンが絡みついた蔓を引きずりながらも立ち上がり。
「シー、叩け」
“はたきおとす”
起き上がった上からナットレイがその蔦を叩きつけ、ヌメルゴンの頭を強打する。
それがトドメの一撃となったのか、ヌメルゴンの全身から力が抜け、崩れ落ちる。
同時に絡みついた蔓が解けていく、つまり。
「戻って、ヌメルゴン」
『ひんし』になったヌメルゴンをボールへと戻し、次に出すポケモンを悩む。
けれど…………出すしかない、そう決意し。
「行って! オンバーン」
蝙蝠のような見た目の竜、オンバーンをボールから解放する。
彼女から受け継いだ力は、ただ自身の異能を強化する程度の物では無い。
その真価はそこにはない。
「出すつもり、無かったんだけど…………やっぱり、出さないと、勝てないよね」
ぐっと、右手を握りしめる。
体の奥底から、力を掻き集め、それから。
瞬間、自身の前に佇むオンバーンとの繋がりを感じ。
「行くよ、オンバーン」
それは本来空の神が放つ、空の奥義。
継承し、伝承することで、不完全ながらも
最強の一撃。
“ひぎのでんしょう”
“りゅうじんのかご”
“ガリョウテンセイ”
矢のごとく、解き放たれたオンバーンが全身に風の鎧を纏い、超高速でナットレイへと激突する。
相手の守りも、能力の変化も、そしてタイプ相性の不利すら無視する最強の一撃がナットレイを吹き飛ばし。
“てつのトゲ”
“どくどくのトゲ”
その全身のトゲがオンバーンを傷つけ、毒に侵す。
“りゅうせいのみこ”
同時に与えた力が毒を癒し、オンバーンが活力を取り戻す。
「これで…………一体」
動かないナットレイを見つめながら、唇を噛む。
足りない…………数がどうやったって合わない。
奥義は本来龍神様だけが使える究極の技だ。だが伝承者はそれを伝える役割を持つ性質上、龍神様以外にもその技を教えることができる。
とは言え、龍神様が使うことを前提としたスペックの技なのだ、通常のポケモンが使うには余りにも反動が大きい。
故に、使えるのは龍神様と同じタイプのポケモン、そして一度のバトルで一度だけ、使ったならばその後はしっかりと休養させなければあっという間に壊れてしまう。
これまでの修行によって戦闘の続行は可能だろうが、もうオンバーンはこのバトル中再び奥義を撃つことはできない。
自身の手持ちは六体。だがその内、奥義を撃てるポケモンは三体。
ダイゴの手持ちは最低六体。だがもしどこかに隠し持っているならばそれ以上もあるかもしれない。
たった一体、倒しただけだが分かることがある。
――――奥義が無ければ絶対に勝てない。
トレーナーとしての格の差が歴然としていた。
単純に強い。純粋な力の差、それはトレーナーとして育成力の差である。
読み切れない、そして読まれる。それは思考力と経験の差である。
トレーナーの動揺はダイレクトにポケモンたちにも伝播する。故に焦ることだけはしない。慎重に、慎重に。
それでもまだ希望があるとすれば、これが試合でも何でもないことだろうか。
端的に言えば、勝つ必要すら無い。
「時間さえ…………稼げれば」
『デコボコさんどう』と『エントツやま』の境目。ここで戦っていればすぐにマグマ団が気づき、やってくるだろう。
そして今の自身は少なくとも、外見だけはマグマ団の恰好をしている。
この一件で潜りこんでいたのがバレるかもしれないが、少なくとも『べにいろのたま』を渡すことくらいはできるはずだ。
だから、だから。
「もうちょっとだけ、付き合ってもらうよ」
「いいや、すぐに終わるさ」
不敵なダイゴの笑みに、一瞬顔を顰め。
「どうやら時間はボクたちの敵のようだ」
――――だから、お披露目といこうじゃないか。
呟きと共に投げられたボール。
「新しい、ボクたちの力を…………このホウエンで最初に、まずは彼女に見せるとしよう」
――――ねえ、ココ?
その襟元に付けられたラペルピンに、そこに取り付けられたキーストーンへと触れ。
メ ガ シ ン カ
光を放った。
* * *
疲れた。
ポケモンセンターのベッドに寝転がりながら、思わず息を吐く。
恐怖と緊張で想像以上に強張っていたらしい体が、緊張が解けると同時に一気に襲ってきた疲労感に重さを感じた。
「…………死ぬかと思った」
思うことと言えば、ただひたすらにそれだった。
実際、洞窟内に押し込むのが一番勝算が高いとは思っていたが、同時に簡単には逃げることができない状況でもある。何か一つ間違っていれば、洞窟の中で水死体になっていた未来だってあり得た。
「…………でも、意味はあった」
机の上に転がったボールを見つめる。
紫と白で色分けされたそのボールを見つめ、もう一度息を吐きだす。
事前の作戦からして荒はあった、自分だけの力じゃとてもじゃないが敵わなかったし、最後の最後だってシキに助けられてようやく、と言ったところ。
それでも。
「一つ、伝説のポケモンを抑えた」
後はグラードン。
グラードンを捕獲できれば、その先はヒガナと協調することも可能だと思っている。
極論、手法が違うだけで、自身とヒガナの目的を一致しているのだから。
「…………ヒガナ、か」
この世界で会ったのは正真正銘、先の洞窟が初めてだ。向こうが初めてかどうかは分からない。ヒガナは基本的にマグマ団、或いはアクア団に潜伏して活動しているので、こちらかは分からなくても、あちらはすでにこちらを知っている可能性は十分にあるだろう。
『べにいろのたま』を奪取された以上、正直こんなところで休んでいる暇は無いのだが、カイオーガとの一戦で気力も体力も根こそぎ持っていかれたのだから、仕方ない。正直腰砕けで歩けないし、仲間たちも全員疲労でセンターに預かってもらっている。
ダメージ、と言うならばリップル以外はそれほど大きなダメージを受けたわけではない。
力の行使を制限した上で、シアとサクラがきっちり守ってくれた、守り切れない攻撃はリップルが受けてくれた、だから他の全員はほぼ無傷と言っても良い。
けれど。
伝説のポケモンの放つ畏怖というのか、圧倒的な空気に通常のバトルよりも遥かに疲労が蓄積していたようだ、自身だって実際に対面したのだからよく分かる。
これで終わりではない、まだグラードンがいるし、最悪レックウザとだって戦うことになるかもしれないのだ、だとするならば疲労は早急に抜いて、次に備えなければならない。
幸い、というべきか。
『エントツやま』にはダイゴがいる。
ダイゴならば、万一グラードンが復活したとしても駆けつけるまでの時間を持たせてくれるだろう。
それにヒガナだって、あのカイオーガの撒き散らす天候の中をそう簡単に移動できたとは思わない。
トータルで見るならば多少なりと時間に猶予はあると考える。
万一復活しても、すでにカイオーガを捕獲している以上、対処の手をそちらに一極化できる分、カイオーガの時よりは楽…………だと思いたい。
「カイオーガ次第…………かな」
呟いた言葉に、かたり、と机の上でボールが動いた気がした。
でんしょうしゃのヒガナ
トレーナーズスキル(P):りゅうせいのみこ
味方の『ドラゴン』タイプのポケモンの全能力を1.5倍にし、状態異常を無効化する。また味方が受ける『ドラゴン』タイプの攻撃技のダメージを半減する。
トレーナーズスキル(A):ひぎのでんしょう
味方の『ドラゴン』『ひこう』タイプのポケモンが場にいる時、“ガリョウテンセイ”を使うことができる。このスキルは一度のバトル中、同じポケモンで二度使うことはできない。
トレーナーズスキル(P):りゅうじんのかご
味方の“ガリョウテンセイ”の威力を2倍にする。味方の“ガリョウテンセイ”が相手のタイプ相性の不利や相手の能力ランクの上昇を無視してダメージ計算する。味方の“ガリョウテンセイ”に相手の“まもる”“みきり”などを解除して攻撃する効果を追加する。
ダイゴさん、チャンピオン時より強化されてます(
あとシーちゃんをテッシードだとどこかで言ったが、あれは嘘だ。ナットレイの間違いだった。
なんでこんなに遅くなったかって?
ぷそが楽しかったから(だがレッグは出ない
あとグラブルも楽しかったから(今日レジェフェス来るぞ、水ゾ欲しいゾ
それから前に言ってたオリジナル地方のプロローグ1万字くらい書いてた。
ただしこれはドールズのネタバレがやばいくらい含まれてるので、ドールズ完結するまで公開しないことにしました。
全く話関係ないけど、部屋のクーラー壊れてて付かないからマジで地獄。熱さで頭茹って2時間かけて1500字しか書けねえのマジ辛い。