「強くなりたい」
彼女はそう言った。
モンスターボールはポケモンを一時的に入れておくための器だ。
その中がどうなっているかと言われると、ややこしい構造的な説明をしなければならないのだが、要約すると何もない空間が広がっている。この辺りを改良したボールもあるのだが、まあ基本的にボールは移動や勝負の際に使う、一時的なものである、と言うのが基本的な認識だ。
故に自宅やポケモンセンターなど宿泊できる環境下ではポケモンをボールから出しておくトレーナーが大半である。
ポケモン側からしても、ボールの中の何もない空間の閉じ込められた状況がずっと続けばストレスになる。
故にハルトも自宅ではほぼ常時、手持ちを解放している。
ましてハルトの手持ちは皆ヒトガタ。人間用の家でそれほど不便なく暮らすことができる。
* * *
ボーマンダのエアは空が好きだ。
故に風を感じられ、空に近い、屋根の上で良く寝ている。
ハルカとオダマキ博士がフィールドワークに出て翌日。
三日、ミシロタウンで休むとハルトが告げた。
そのことをエアは考える。
別にそのこと自体は良い、今のところ順調すぎるほどに順調に仲間は戻ってきている。
まだハルトと出会って一週間と立たずに半分もの仲間が揃ったのだ、運が良い…………まるで運命に導かれているがごとく。
だから本当に、一時休むくらい別に構わないのだ、ハルトはハルトでちゃんと全員をもう一度捕まえる気があるようだし…………何より
だから、問題があるとすれば…………それは
拳を見つめる、開いて、握って、また開く。
小さな拳。
けれどそこに並のポケモンを圧倒するだけの力が備わっている。
まるで足りない、とエアはかつての自身を思い出す。
まだエアがヒトガタじゃなかった頃の、普通のボーマンダだった頃の話。
今よりも圧倒的なほどに強かった頃の話。
単純に言って、レベルが足りていない。
だがもっと足りないものがある。
このままレベルだけ上げていっても、エアは決して過去の自身の強さに到達できないと知っている。
足りない、足りない、何もかもが足りない。
手の中で
ダメなのだ、これではダメなのだ。
こう言ってはなんだが。
例え極限まで小さくなっていようと、昔なら当てれた、そう言う自信がある。
じしんかじょう、そう言われればそれまでだが、過去のエアはそう言う運命力とでも言うべき何かがあった。確率をねじ伏せ、どれほど低い可能性であろうと、あり得ないと言われようと。
絶対に勝つべき場面で勝利を収める。
それが
ハルトは自身をエースと呼ぶ。トレーナーが自身をこのパーティのエースだと認めているのだ。
だとするならば、エアは、そのトレーナーの想像を超えるほどに強くならなければならない。
勝てと言われたならば、絶対に勝つ。
負けるなと言われれば、絶対に勝つ。
頑張れと言われれば、殺してでも勝つ。
そういう理不尽なほどの暴力こそ、エースの条件であると、そう思っている。
「…………そう、ね」
呟き、決める。
「強くなる」
決めたならば、行動は迅速に。
* * *
「ちょっとりゅうせいのたきまで行ってくるから」
朝、邂逅一番にエアが自身にそう告げた。
「は? えっと…………なんで?」
「…………なんでも良いでしょ」
少しだけ視線を逸らしながら、エアが答える。
「とにかく、行ってくるから」
そう告げて飛び出そうとしたエアの手を思わず取り…………。
家を出た瞬間、エアが飛び出し、手を握っていた自身もまとめて浮き上がった。
「ちょ、ちょっとなんでついてくるのよ!」
「引き留めようとしたらいきなり飛び出したんだろ!」
「あーもう…………知らない。アンタも一緒に来なさい」
「は? 嘘だろ、ちょ、ま、おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
ばびゅーん、とでも言えばいいのか。
普段エアって本当に加減してたんだなってレベルで加速されていく。
「あんま高度上げるなよ?! 規定に引っかかったらトレーナーが責任取るんだから」
「分かってるわよ。面倒だからさっさとバッジとればいいのに」
「もっと年取ってからにするよ、今はまだ他の仲間集めるのに必死なんだ」
そんな話をしながら、人の居ない山間の道を文字通り飛びながら進んでいく。
そうして昼に達する前にはりゅうせいのたきへとたどり着いていた。
「…………思えば遠いところまで来たな」
「何言ってんのよ? 日帰りするんだから、さっさと行くわよ」
遠く、山の麓に見える光景に感動を覚えながら呟いた一言を無視しながら、エアがどんどんと奥へと進んでいく。
「ていうかエア、お前良くりゅうせいのたきの場所なんて知ってたな」
エア、と言うか手持ちの六匹は全員卵から返したポケモンだ、故に親の故郷なんて知るはずも無いのだが。
「同類の気配がびんびん集まってるもの、そりゃ分かるわよ」
そう言えばこの場所、奥のほうにタツベイが出てくる唯一の場所だったか。
陸地が狭すぎて3V厳選に苦労したのを覚えている。
「で…………ここで何するんだ?」
りゅうせいのたきに入ってすぐの場所はまだそれほど強いポケモンは出ない。
だが正面の大きな滝を滝登りで上ると、途端に珍しかったり、強いポケモンが出現しだす。
特にたきのぼりは、ストーリー的には最後のバッジが無いと使えないひでん技なので、レベルはかなり高く平然と30代40代のポケモンが出てくる。
「とりあえず目に付くやつ、出会ったやつを片っ端から殴り飛ばすのよ」
うちのPTのエースが蛮族だった件。
「通り魔か何かかよ」
「うるさいわね、いいから…………やるわよ」
瞬間。
ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
エアが咆哮を上げる。洞窟中に響かんと言わんばかりの大音量が反響し、滝の音すらかき消して奥へと、奥へと届いていく。
「さて…………ハルト」
「なんだよ今の」
「
「…………は?」
呟いた瞬間。
どごっ、と頭上で音がし、視線を上げれば。
ゴルバットを掴み、その顔面に拳をねじり込むエアの姿。
「…………な、なんだ?!」
「だから言ったでしょ」
ずどん、と掴んだゴルバットを地面に叩きつけながらエアが降りてくる。
「洞窟中に咆哮で挑発したわ、これで向こうから片っ端から攻撃してくるわよ」
狩り放題ね、なんて獰猛に笑みを浮かべながら。
直後、降り注いでくる影にカウンターを合わせるように、おんがえしを叩き込む。
「グガァァァ!」
「クリムガン!? こんなのまで来るのかよ」
野生のクリムガンがおんがえしの一撃に倒れ、その隙を縫うように現れたのはソルロック。
「じしんが通らない、りゅうせいぐんで撃ち落とせ!」
いわ・エスパーでふゆう持ち。じしんが通らず、おんがえしは半減。りゅうせいぐんくらいしかまともに攻撃は通らない。
故に降り注ぐ流星がソルロックを撃ち抜き、ソルロックが倒れる。
「あーもう! 分かったよ、こういうことだな、付き合うよクソが。エア、積め! 次が来る前に一つでも多くりゅうのまいで積め」
「ふふん、覚悟決まったみたいね…………了解よ」
りゅうのまいで上がるのはすばやさとこうげきだけだ、りゅうせいぐんでがくーと下がったとくこうは戻らない。
故にもうりゅうせいぐんは使えない、だがりゅうのまいを二度か三度積めばそれでこうげきは元の倍以上だ、タイプで相性を半減されても等倍とほぼ同等になる。
そうこうしている内に、滝の上から次々と敵がやってくる、疑似的な群れバトルのようなものだと理解する。
ズバット、ゴルバット、ソルロック、ルナトーン、みごとにじしん無効の敵ばかり。
だがこの世界はゲームと違ってターンなど無い。すばやさの高さはそのまま行動の速さに繋がり。
相手と倍以上のすばやさの差があれば、相手が一度攻撃する間に二度、三度と攻撃することだって可能になる。
「エア! 何度積めた?」
「三回よ」
三積み、つまりブーストは+150%か。それだけ積めればかなり違ってくる。
「ソルロックとルナトーンをおんがえしで落とせ」
相性的には不利でも、さいみんじゅつやいわおとしなどが使えるこの二体はエアにとっては真っ先に落とさなければならない敵だ。
それにゴルバットはすばやさが高い、りゅうのまいを積んでも同時に処理、とはいかないかもしれない。
「るああああああああ!」
エアが猛りながら激しい勢いでおんがえしをソルロックとルナトーンに叩きつける。レベル差もあったが、それでも種族値と積み技によるステータスの暴力でなんとか一撃で落とすことに成功する。
だがズバットやゴルバットも見ているだけではない、つばさでうつ、やちょうおんぱでこちらを攻撃してくるが。
「避けろ!」
元のすばやさの2.5倍だ。加速装置でもついているのかと言わんばかりの勢いで宙を飛びまわり、攻撃を躱して。
「落とせ」
おんがえしで残った二体を落とす。
「即座に積め、次が来るぞ」
次の積み指示を出しながら、何が出る、とあたりを伺い。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオ!」
滝の上からソレがきた。
「なっ」
赤と青の二色に分かれた巨大な体躯。そして全身の青と進化前には無い特徴的な赤い翼。
「ボーマンダ!?」
りゅうせいのたきの最奥にいるはずのポケモンの最終進化形がそこにいた。
「エア!」
「六積完了、問題無し!」
超高速でエアが飛び出し。
「同じ速度?! レベル差か!!」
いくら四倍になろうと、元の値が低ければ、それは高レベルポケモンの素のステータスと同じになるだろう。
目の前で起こっているのはつまりそういうことだ。
今のエアと同じ速度…………咄嗟にナビで確認を取り。
名前:【ボーマンダ】
タイプ:【ドラゴン】【ひこう】
レベル:【65】
能力:☆☆
レベル50以上の差がそこにあった。
唯一、2V程度だと言うことだけが救いではあるが、だがそんなものことここにおいては関係ないかもしれない。
レベルの暴力とは一種凄まじいものがある。
努力値や、個体値と言ったものが大きく左右するのは
レベル差が開けば開くほど、6Vなんて言葉、虚しくなっていく。
有り体に行って、0Vと6Vと言っても、レベル1ならばその能力値の差は
今のエアが勝つ方法…………何かあるだろうか。
超高速でドッグファイトする二匹に、さて、どうする、と考えて。
「ま、け、る、かあああああああああああああああああああああ!!」
エアの気迫が一瞬、ほんの一瞬だけ、ボーマンダを上回る。
それは執念にも似ていた、執着にも似ていた。
ただ負けたくない…………否。
ただただその一心だけがエアを突き動かし。
「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ずどーん、ばしゃーん、とボーマンダの巨体が水面に叩きつけられ、そのまま水中へと沈んでいく。
「…………はあ…………はあ…………はあ…………はあ…………」
荒く呼吸を吐くエア、だがそれよりも今何かおかしくなかったか?
今一瞬、体が光ったように見えた。
「 ?」
ぽつり、と呟いた言葉は、けれど滝の轟々とした音にかき消されて誰の耳にも届くことなく、虚空へ消えた。
* * *
りゅうせいのたきの主、だったのか…………ボーマンダを倒した後、エアを襲おうとするポケモンは居なかった。むしろエアから逃げ出すようにしていくポケモンばかりで、さしものエアもこれでは戦えないと、帰ることを決めたのだった。
帰りは思ったよりゆったりとした速度だった。
と、言うよりは、ボーマンダとの戦闘のダメージが大きすぎたのかもしれない。
帰り道、エアは終始無言だった。
ミシロタウンを見えてくるとどこか安堵した気持ちになる。
そう言えば朝から何も言わずに出てきてしまったが、不味かったかな、なんて思いつつ。
「エア」
「…………何?」
「見て見て、夕焼け、綺麗だよ」
自身の言葉に、エアが顔を上げると、そこには確かに綺麗な夕焼けが広がっていた。
どう? と声をかけようとして。
夕焼けに照らされ、空を見上げている少女のその横顔に、思わず見惚れた。
「…………ハルト?」
「え…………ああ、うん。えっと」
自身の視線に気づいたらしいエアが不思議そうにこちらへと問いかけ、思わず口ごもる。
「えっと、うん何でもないよ? そ、それよりさ、なんでいきなりりゅうせいのたきなんて行こうとしてたの?」
誤魔化し気味に訪ねた一言に、エアが黙り込む。
何か不味いこと聞いたか? なんて、思いが沸いて出たところで。
「…………強くなりたい」
そうエアが言った。
開いた口から出たその言葉に、目をぱちくりとさせる。
「弱いのが嫌なの。私は…………私は、このパーティのエースであることに誇りを持ってる、
「許さないって…………」
「他の誰かが…………例え、アンタ自身が認めたとしても、私自身が認められない。仲間にすら勝てないエースなんて誰よりも、何よりも、私自身が相応しくないと断じる」
言われて気づく。
シアと戦った時は、ほとんど気合いだけで立っての同士討ち、つまり引き分け。
シャルと戦った時は、ほとんど一方的にやられた上で、仲間に助けられての勝利。
エアが単独で勝った、と言う戦いは実はそう多く無いことに気づいた。
勿論最初の頃、それこそ101番道路を進んでいたころは勝っていたが。
ただの種族値の暴力による蹂躙、エアからすれば
「足りない、足りないの。レベルが足りない、運が足りない、力が足りない、強さが足りない。昔なら絶対に負けない、そう言う自負があった。でも今は分からなくなっている…………ねえ、私、本当にこのままアンタのパーティのエースでいいの?」
それはエアが初めて見せた弱音だったのかもしれない。
いじっぱりで、じしんかじょうな少女が初めて見せただろう弱さ、本音。
「…………例えばさ」
だから、自身もまた本音で語る。
「仲間が一人を残して全滅、相手のエースが場に出ている、そんな状況で次に自分が出す、最後のポケモンはきっと」
エア、お前なんだよ。
「お前以外に想像すらできないんだ、最後の最後、お前さえいてくれればまだ勝ち目がある、そう思えるのはお前だけなんだ」
単純な実力じゃない。それを言えば、シアなどエアを思い切りメタっているような構成だが、だからと言ってシアがエースをしようとは思わない。
シャルはあれで本気でエース級の火力がある、だがシャルではエースにはなれない。最後の一人を任せようとは思えない。
他の三匹の中にも、一匹アタッカーがいるが、そいつもエースではない。
「背中を任せて安心できるくらい、頼れる…………頼ってしまう。そんなやつ、お前しか居ないよ」
小さな小さな少女に、今もこうして背中を預けて飛んでいる。
戦いだってそうだ。
たった一人、相棒と呼べる存在がいるならば。
きっと、それはエアを置いて他にはいないのだから。
「気に病むな、とは言わない。気にするな、なんて言えるはずも無い。けどな、これだけは覚えておいてくれ。例えどんなに強いやつが仲間になろうと、どれだけお前が苦戦しようと、
そんな自身の言葉に、エアが沈黙する。
やがてミシロタウンへとたどり着き。
「それじゃあ、また後で」
短く呟き、エアが家の前に自身を置いて、すぐに飛び去ってしまう。
「…………アレ…………探さないとダメかな」
なにせ、自身のエースが頑張っているのだから。
トレーナーだって何もしないわけにはいかないのだ。
正 妻 復 活 !!
因みに、この小説書くときに設定したとあるものが伏線としてちょろっとだけ入ってる。