ポケットモンスタードールズ   作:水代

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死の大陸⑤

 

 ゴゴゴゴ、地響きを立て。

 

 『えんとつやま』の地下深く。

 

 炎の沸き立つマグマ溜まり。

 

 そこに、ソレはいた。

 

 『えんとつやま』の火口から落ちた一つの石が。

 

 けれど摂氏1000度を超すはずのマグマの湖の中で、けれど石は溶けることも、加熱されることも無く、炎の湖を落ちていく。

 

 そうして、そうして。

 

 こつん、と。

 

 石が、ソレにぶつかる。

 

 ぶつかる、なんて言うほど勢いがあったわけではないが。

 

 それでも、確かに。

 

 マグマ溜まりの底で眠るグラードン(ソレ)へと、落ちて来た赤い石(べにいろのたま)が触れて。

 

 そして。

 

 そして。

 

 ――――――――そうして。

 

 

 * * *

 

 

 轟音。爆轟。

 

 突如として『えんとつやま』の頂上から吹き荒れたマグマに、その場にいた全員が即座にモンスターボールを手に取る。

 

「来て、バクーダ」

 

 その中の一人、紫色の髪の女が投げたボールから出てきた二十メートルをゆうに超す、超巨大サイズのバクーダが場に出ると同時に、その背から“ふんか”を放ち、噴き出したマグマを一瞬押し留め…………そのまま押し返す。押し返したマグマはけれど再び吹き上がることは無く、しばしの静止を保った。

「リーダー」

「分かっている」

 女が眼鏡をかけた男に声をかけると、男が頷く。

「目的は果たされた…………が、このままここにいるのも危険だ、一度下がって様子見するぞ」

 男の言葉に、全員が頷き、そのうちの何人かがボールからそれぞれ『ひこう』タイプのポケモンを出すと、仲間を連れて空へと飛びあがる。

 

 そうして。

 

 

 グルァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァ!

 

 

 『えんとつやま』に怪物の咆哮が響き渡った。

 

 同時に。

 

 

 ズドオオオオオオオオオオオオオオオン

 

 

 激しい音と共に、『えんとつやま』の頂上から再びマグマが噴き出し始める。

 否、頂上だけではない、麓から頂上への至る箇所、文字通り山全体に亀裂が走り、亀裂からマグマが噴き出し始める。

 マグマで緋に染まりつつある山の頂上からは激しいほどに猛煙と溶岩が噴き出し続けており、僅か数分で『えんとつやま』周辺は死の領域と化していた。

 

「なんという力、これがまだ我々が求め続けた超古代ポケモンの力のほんの一端でしかないというのだから、凄まじいとしか言いようが無いな」

 

 嬉しそうに、楽しそうに、笑みを浮かべながら、男、マツブサが呟くのと同時。

 

 

 

“ お わ り の だ い ち ”

 

 

 

 煌、と。

 空が輝き始める。

 肌を焼く日差しの強さに、マツブサが思わず目を閉じかけ。

 

 

 

――――日差しがとても強くなった

 

 

 直後。

 

 ()()()()()

 

 

 * * *

 

 

「これは、不味いね」

「…………どうする?」

 

 サイコパワーで浮かび上がったコメットに連れられて、自身の召喚した戦艦の上に立つ。

 これは城であり、船であり、フィールドである。自身の異能の産物ではあるが、言ってみればプリムが氷の床と吹雪の悪天候を産み出すのと同様に、自身もこの鋼鉄の舩を産み出している。

 故にこれには実態があり、けれど同時に自身の意思一つで消滅する虚構だ。

 まあそんなことは置いておいて。

 

 浮かび上がる船の上から山を見やれば、その全体がひび割れ、マグマが噴き出し、今にも崩れ落ちそうな『えんとつやま』の姿があった。

 

「失敗したね…………素直に人手を増やしておくべきだったかな」

 

 だが優先順位を考えれば、先に戦うべきカイオーガに出来る限りの人手を回すべきだったのは明白だ。

 つまり、単純な話、相手がこちらよりも必死だった、というだけの話なのだろう。

 

「失敗したものは仕方が無い。切り替えて行こうか」

 

 思考を切り替え、これからのことを考える。

 すでに失敗の報告は送ってある、直に彼も来るだろうとは思う。

 

「どうやら向こうはカイオーガの捕獲に成功したらしいよ」

「…………へえ」

 

 コメットが僅かに驚いたように目を見開く。普段の彼女の無表情振りを知るならばこちらのほうが驚くような光景だ。

 だがそれほどに驚くべきことなのだ、伝説のポケモンの捕獲、と言うのは。

 

「けれどこれで証明されたね」

「そう」

 

 そう彼が証明してくれた。

 

「「伝説は決して手の届かない怪物では無い」」

 

 鍛え上げられたトレーナーとポケモンの絆があれば打倒は不可能ではないと。

 

「なら、行かなければならないね」

「…………負けてられない」

 

 元より、彼にだけ頼るつもりなど無い。

 何せかかっているのはホウエンの命運であり、そこに住む全ての人々の命だ。

 元チャンピオンとして、ホウエン最大の企業の御曹司として、そして何より。

 

「僕の好きなホウエンを滅茶苦茶にさせたりしないよ」

「…………負けられない、負けてられない、アレには」

 

 珍しく冗長なコメットの言葉に、少女もまた気力を滾らせているのを理解し。

 

「なら、行こうか」

「行く」

「見せてあげよう、伝説の存在に」

「無論」

「刻み付けてあげよう、語り継がれし怪物に」

「勿論」

「さあ、コメット…………」

 

 ――――行こう、伝説に終止符を打ちに。

 

 了解、と少女が短く呟き。

 

 

 直後、『えんとつやま』が弾けた。

 

 

 * * *

 

 

 がらがらと音を立てながら山がその根本から崩れていく。

 最初は地表から、亀裂が走り、マグマが噴き出す、その勢いが突如として強まり。

 亀裂が大きくなっていき、各所で亀裂が繋がり、最後には山全体が蜘蛛の巣を張ったかのように亀裂だらけになり。

 

 そうして。

 

 

 グルァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァ!

 

 

 山全体に響き渡るような咆哮と共に、『えんとつやま』が内側から弾けた。

 土砂がマグマに飲まれ、溶けあいながら周辺へと飛んで行く。

 その余波は『えんとつやま』直近のみならず、北はハジツゲ、南はフエンタウンにまで届かんとする勢いだった。

 当然ながら、山の上空に居たマグマ団のトレーナーたちは弾け飛んだマグマの直撃を受けんとして。

 

 空中に現れた二十メートルを超す巨大バクーダが放った爆発的威力の一撃でそれら全てを吹き飛ばし、直後にバクーダは回収されていた。

 その下、麓近くにいたダイゴは、飛んで来るマグマをコメットのサイコキネシスで撃ち落とし、落としきれず直撃してしまうものはボールから解放したヒードランとレジスチルが防いで船を守った。

 

 そうして。

 

 崩れ落ちた山、もうもうと立ち上る土煙の入り混じった黒煙。

 

 どすん、どすん

 

 そうして。

 

 砂と煙を振り払うように。

 

 どすん、どすん

 

 大地を揺らす足音を鳴らしながら。

 

 どすん、どすん

 

 紅の怪物が正体を現した。

 

 

 グルァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァ!

 

 

“だいちのいかり”

 

 煙を裂きながら現れたその姿を誰もが認めた直後、怪物(グラードン)が咆哮する。

 怪物の声が響き渡ると同時に、上空から突き刺さる日差しがより一層強くなり。

 ずどん、ずどん、と怪物の足元の大地に亀裂が入り始め、直後、そこからマグマが噴き出し大地に炎の海を産み出す。

「グルオオォォォ」

 喉を鳴らすかのように、グラードンが唸り。

 その全身の模様がより一層強く光を放つ。

 

「グルウウウウウウァァァァァァァァ!」

 

 さらに一つ吼えれば、日差しがまた一段と強くなり、大地を埋め尽くす炎の海がより一層広がって行く。

 『えんとつやま』及び、その周辺たる『デコボコさんどう』は完全に炎に飲み込まれ、その勢いは刻一刻と広がっている。

 このペースではそう遠くない未来、ハジツゲタウンとフエンタウンが炎に飲み込まれることは想像に難く無かった。

 

「不味いね…………天候殺しの部隊をすぐに向かわせるべきだ」

「それより…………退避、優先すべき」

 

 直前まで眼下の伝説へと攻撃を仕掛ける気だったコメットだったが、すぐに撤退へと方針を切り替える。

 理由は簡単だ。

 

()()()()

「…………確かに、ね」

 

 上空から照らす強烈な日差しに下から湧き上がる炎の熱。

 上と下、両方から挟まれたこの空間の気温はすでに二百度を上回るだろうと大よその当たりをつける。

 今ダイゴが無事なのは、コメットがサイコキネシスでバリア状に守っているからだ。

 グラードンの姿を確認すると同時の咄嗟の出来事だったが、それが間一髪でダイゴの身を守っていた。

 だが念動の壁を解けば、その瞬間、ダイゴが干上がることは容易に想像できる。

 

「なるほど…………カイオーガが居なければ戦えない、彼がそう言った理由が良く分る」

 

 呟くダイゴの額に僅かに汗が滲む。

 念動の壁で守られているとは言え、見ているだけで体温が上がってきそうな光景だった。

 

「けど…………このまま引っ込む、というのも恰好が付かない」

「…………はあ、馬鹿」

 嘆息し、短くコメットが罵倒する言葉に苦笑しながら。

 

「頼んだよ、ヒードラン(ヴォルカノ)レジスチル(テッコウ)

 

 二つのボールを手から零した。

 

 

 * * *

 

 

 しまった、と思った。

 

 少女、ヒガナはマグマ団であって、マグマ団では無い。

 

 あんな不自然な行動を見せれば、懐疑的に思われてもおかしくは無い。

 故に、それは当然の行動だったのかもしれない。

 

 そう、必然だったのだ。

 

 空へと退却するマグマ団、その中に自身が含まれないことなど、最初から分かっていたはずのことなのだ。

 そしてグラードンを復活させた以上、天変地異が起こることなど分かり切っていたはずなのだ。

 

 ただ一つ、見誤ったのは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ダイゴとの戦闘で空を飛べるポケモン全てが『ひんし』状態だ。

 戦闘するわけではないとは言えさすがに『ひんし』のポケモンの背に乗って空を飛ぶなどできるはずがない。

 故に、当然のごとく、ヒガナは山に取り残され、巻き込まれた。

 

 全速力で山を駆け下りるその途中で足元に亀裂が入り、ギリギリのところでそれを飛び越えて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ほんの1mほどの亀裂。確かに危うかったが、身体能力は高いほうだと自負するヒガナからすればどうとでもなる長さ。

 だが胴と足がほとんど密着したようなポケモン、ゴニョニョからすればそれは余りにも絶望的な開き。

 

 ヒガナは咄嗟に飛び越えた。

 

 シガナは咄嗟に…………立ち止まった。

 

 ほんの僅かな時間の出来事。ヒガナが亀裂を飛び越え、隣にいたはずのポケモンがいないことに振り返った、そうほんの、五秒にも満たない時間で。

 

 山が弾けた。

 

 幸いにして、中腹まで降りていたヒガナは吹き飛ばされ全身を打ち付けながらも麓まで転がって行った。

 常人なら良くて骨折、悪ければそのまま死んでいるような状況だったが、生まれた時から特殊な環境で育ってヒガナは、全身を痛めつけられながらも、それでも数分の気絶で済ませた。

 

 そうして目を覚まして。

 

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 * * *

 

 

 山が弾けた。

 

 まだかなり遠く、キンセツ東の海上地点からでもその光景ははっきりと見えた。

 

 崩れ落ちていく山の姿に、思わず絶句し。

 

「エア!」

「……………………あ、ああ、うん…………分かってる、わよ」

 

 咄嗟に相棒の名を呼ぶが、反応がやたらに遅い。

「…………やっぱり、お前」

「大丈夫…………大丈夫、よ…………」

 歯を食いしばりながらも、さらに加速させていくエアの姿に、ようやく異常を異常として認識する。

「ダメだ、一旦降りろ」

「大丈夫、だから」

 明らかに様子がおかしい、それでも大丈夫としか言わないのは。

 

「…………聞こえてるか? エア! 降りろ!」

 

 返答は無い。咄嗟にその額に手を当てるが、発せられた熱に思わず手を引いた。

 やはりそうだ、熱で意識が朦朧としていてこちらの声が聞こえていない。

 人間ならば死ぬんじゃないかというくらいの尋常な熱じゃない。

 

 どうするか、一瞬考えて、最悪の想定をし、一つのボールを手に取る。

 

 そうして、ぐんぐんとエアが速度を上げながら進んでいき、反比例するようにその体調が悪くなっていく。

 やがて、その加速が段々落ちていく。

「はあ…………はあ…………はあ…………」

 先ほどから荒い息ばかりが聞こえる。

 

 目的地は、もう近い。

 ボーマンダが全力で加速してきたのだ、すでにキンセツシティ上空へと差し掛かっている。

 『えんとつやま』はもうすぐそこだ。

 

 そう考えた時。

 

「っ…………これ、は」

 

 エアばかり見ていて気づかなかったが、ふと視線を上げれば『えんとつやま』周辺が燃えていた。

 それも尋常じゃない、文字通り炎の海と化していた。

 同時に上空からはっきりと分かるほどに日差しが強くなっているのが分かった。

 だがそれはまだ『えんとつやま』の周辺に絞られている。

「ダイゴ…………大丈夫か?」

 そう簡単に死ぬはずも無いとは分かっているが、それでもこの状況ならば心配にも…………。

 

 がくん、と思考を遮るかのように突如として揺れた。

 

 何事か、とはっと顔を上げて。

 

 どんどんと高度が下がって行っていることに気づく。

 

「おい、エア?!」

 

 呼びかけども反応は無い。

 どころか、意識も無い、それに即座に気づき。

 

「ああ、くそ。サクラァ!」

 

 投げたボールからサクラが飛び出し、念動で自身とエアを浮かばせる。

 

「戻れエア」

 

 ぐったりとして動かなくなったエアをボールへと戻しながら、サクラの手を取る。

 

「行ってくれ」

「えーあ…………だいじょーぶ?」

 

 分からない、どうしてこうなったのかは分からないが、それでもサクラを安心させるために頷けば、すぐに笑みを浮かべる。

 

「いくよー!」

 

 言葉と共にサクラが加速を始める。

 まるで海を泳いでいるかのように、ばたばたと足を動かしながら空を進んでいく。

 先ほどのエアには劣るが、念動のお蔭で一切の風の抵抗を感じないままに速度は上がって行く。

 

 このままサクラに任せれば目的地には着く、そう考えれば気になるのは自身のエースのことで。

 

「…………どうなってんだ、エア」

 

 少女の入ったボールを見つめながら、呟く。

 

 エアからの答えは無かった。

 

 

 




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