グラードンが絶叫する。
その光景を見ながらも次の手を考える。
「サクラ!」
「あい!」
自身の声に、サクラが高度を上げる。同時に、どうやら先ほどの攻撃はさらに上からマグマ団の連中が放ったらしいと気づく。
助かった、とは思いつつ、礼の一つする間すらなく状況が目まぐるしく変化する。
眼下では再びグラードンへと攻撃を放とうとアクアと、ルージュが接近し。
“かがやくひざし”
雲を吹き飛ばしながら
「アクア! ルージュ!」
叫ぶ声に、降り注ぐ光へと気づく二人が一瞬でその場を離れ。
光が大地を抉り、抉れた大地から溶岩が噴き出す。
けれど噴き出すと同時に、降り注ぐ雨に冷やされて岩の塊となる。
地上が火の海となることは最早無い。
カイオーガが天候を完全に掌握した以上、グラードン相手に戦うことの最大の障害が消え去った。
故に、これでようやくグラードンと
ここまで追い込んで、ようやくスタートラインといったところ。
現状を考えるに、パーティ単位での相性の不利、アースが初撃で与えたダメージ、天候をこちらで雨にしていること、アクアが最大限の力を発揮できている。
これらを総合してようやくやや有利、と言った程度だろう。
上からマグマ団の援護があるが、正直言えば、グラードン相手にそれほど効いている様子も見えない、精々回復量を少し削ってくれる程度だろう、それだけでも有難くはあるが
思考を回す、少しずつ、少しずつ、集中力を高め。
可能性を模索する。勝利を模倣し、方策を見出す。
勝ち手があるなら大別すれば二つだろう。
一つ、先行して自身がここに来たが、天候を握った以上、他のリーグトレーナーたちをここに参戦させることができる、なら後は数で押せば良い。
とは言ってもカイオーガもそうだが、グラードンもまた広域殲滅を得意とするタイプだ。
恐らく先ほどの
ならば実質『ひこう』ポケモンであろうと、“ふゆう”持ちだろうと安全でなくなる、ということ。
さらに言うなら上空から降り注ぐ“ソーラービーム”がある限り、上へ逃げても撃ち落される。
マグマ団が無事なのは、さっきも言ったが敵と認識されていないからだ。だが先ほどの攻撃で多少なりとも意識を割いた、となれば次どうなるかは分からない。
そして何より、先ほどの技で撃ち落されたところを狙って“じしん”でも放たれれば大半のポケモンは一撃で倒れるだろう。
そんな相手に数で押す、というのはいささか確実性に欠ける。
だがもう一つの案、少数精鋭で乗り切る、というのも確実性が無い。
こちらを採用するならば、確実に
この『つよいあめ』という天候、そしてグラードン相手に4倍弱点を取れるタイプ相性、何よりその圧倒的な攻撃力。
グラードンの回復量を超えてダメージを叩きつけれるのは今はいないエア、そして現状『ひんし』のアース、あとはアクアだけだろう。
メインアタッカーにアクアを添える、そしてルージュで攪乱しながら、狙えるタイミングがあればサクラも攻撃、シャルが“サイコキネシス”でサポートする。
だが問題は…………持つのか、ということ。
実機時代において、ポケモンの技にはPPという概念があった。
ひたらく言うと、回数制限だ。
こちらの世界にもPPはある、普通にバトルするくらいなら全く気にならない程度だが、それでも技を使えば消耗する、エネルギーだったり、スタミナだったり、色々だが、実機ほど少なくはなくともそれでも回数制限は存在するのだ。
グラードンという伝説のポケモンの桁違いのHPを削りきるまでアクアのスタミナが持つか、アクアだけではない、他の誰が欠けても交代できる存在がいない。
誰一人欠けることなく、グラードンを極力短期で倒す、それがどれだけ難易度の高いことか、なんて分かりきった話。
あと懸念…………というか、純粋に疑問に思っていたことは一つ。
空を見上げる、マグマ団の連中がいる。
地上を見渡す、前方にはグラードンが、そして後方にはカイオーガがいる。
『えんとつやま』周囲にはダイゴが居たはずであり、そもそも自身がここに来たのだってダイゴが連絡を寄越したからだ。
だというのに、どこにもその姿が見当たらないのは、どうしてだろうか。
まさかやられた、ということはないだろう、自身の知る限り、アレより不条理な生物など伝説のポケモンくらいしか知らないというレベルのチート存在だ。よくまあ一度とは言え勝てたよな、と思う程度には。
というかアレが死ぬなんて状況想像ができない、多分、というか確実に生きているだろう。生きていると信頼している、というよりは、死んでいるというのが信用できない、という感じではあるが。
「通信も…………無理だなこれ」
ポケナビで連絡が取れないかとも思ったが、グラードンが地殻変動させまくっている影響か、電波がおかしなことになっている。以前、というか前世で火山というか溶岩には磁力が含まれているとかなんとか聞いたような気がするがそれだろうか。まあ詳しいことは分からないが、グラードンが暴れまくっている現状連絡もつかない、と。
「シキは…………どうだろうなあ」
シキにも連絡が通っているはずだが、シキはこちらと違って高速で移動できるポケモンが居ない。
少なくとも、ボーマンダやラティアスより人を乗せて速く飛べるポケモンというのはそう居ない。
ここに来て多少の時間も経っているが、間に合うかどうかは微妙というところだろうか。
「…………結局、自分で何とかするしかないか」
考えれば、ナビが使えないということはリーグトレーナーたちをこちらに呼ぶこともできない。
向こうが勝手に動く、というのは無いので、選択肢は一つ。
なら次はどうやって倒すか、それを考える。
ただし考える時間は極めて短い。
だが元々グラードンを倒すために幾度となく案は考えていたのだ、その中から現実的なものを引っ張り出してくる。さらにそこに現状を加味し。
「よし、行くか」
即断した。
* * *
剛腕が振り回される。
空気を裂く一撃を躱しながら、お返しにたたきつけた一撃が怪物の腹を打つ。
怪物が激怒しながら再び地を揺らすがその体を蹴り上れば、地震など当たりはしない。
さらに怪物が地を蹴れば、大地が隆起し
けれどルージュの拳でそのことごとくが砕かれ、シャルの念動で弾かれる。
怪物の顔を蹴り飛ばしながら一度距離を離し、叩きつけるような勢いの雨でぬかるむ地面を滑るように移動しながら、怪物の背に回り大地を叩きつけ怪物の足元を揺らす。
足元が揺れたことで一瞬がくん、と怪物が体を揺らし態勢を崩し。
「もらったよ」
“きあいだま”
その一瞬の間に飛び上がっていたルージュが怪物の顔へと拳を叩きつける。
「グルアァァァァ!」
“ふんか”
怒りに怪物がその全身を発熱させるが、赤く輝くその体躯を見て直前で後退したため攻撃が空振りに終わる。
再度を間を詰め、再び拳を叩きつける。
じわじわとだが、怪物の体力を削っている手ごたえはある、だがまるで底無しのタフネスぶりだ。まだ倒れる気配はない。
再度後退し、呼吸を整える。
すでに都合五十近い攻防が繰り返されている。
全く息切れする気配のない相手に比べると、戦闘開始時ほどの勢いが欠けていることを自覚する。
相手が倒れるのが先か、それともこちらの息切れが先か、そういう勝負になりつつある。
正直に言えば相当に不利だ。
というか奇跡でも起きなければ無理だ。
自身…………アクアならば一撃、相性次第で二撃までは耐えれよう。
だがそれ以外、特にルージュでは一撃たりとも耐えられないだろう。
そしてルージュが落ちれば、或いはシャルのサイコキネシスによるサポートがなければ、翻弄しきれずどこかで必ずもらってしまう。
そうなれば後はダメージを負った重たい体に引かれて二撃、三撃ともらうだけだ。
だから、このままでは無理だ、じゃあどうするのか、その答えはアクアには無いが。
「アクア、ルージュ、シャル!」
後方でサクラから降りてきた自身のトレーナーの声に、その意図に即座に気づき、後退する。
グラードンはそれを追撃しない、こちらへの怒りもあるのだろうが、最初にアースに受けたダメージがまだ治りきっていないのを理解しているからだ。野生のポケモンなら真っ先に自身を万全の状態に戻そうとする、何故なら追撃して敵を倒したとしても、弱みを見せれば別の敵に狙われることを理解しているからだ。
そうして自身たちが削った分と合わせて、そこに僅かな猶予が生まれる。
トレーナーからの指示は簡単だった。
時間を稼げ、それだけだ。
一瞬、どうするつもりか、と思ったが、けれど止めた。
少なくとも自身より頭が回り、自身よりも状況を把握し、自身よりも
ならば信じよう、と素直にそう思った。
「全く…………負けたら恨むぞ?」
「まあ大丈夫だろうさ、アイツなら」
「ボクは…………まあ、ご主人様の言う通りにするだけだよ」
遠くへと飛んでいくサクラの姿を見送りながら、再び視線をグラードンへと戻し。
「グルゥ…………グアアアアア!!」
「もう傷を治しおったか」
「それでも体力までは戻るもんじゃないさ」
「そっちも元が底無しみたいだけど…………ね」
「さあ、お前ら…………作戦開始だ」
トレーナーの号令を合図に、全員が動き出す。
とは言えど、やること自体は先ほどと変わりない。
注意をひたすらにこちらへと向け、三人で相手を翻弄する。
ただ一つ、先ほどまでと違ったのは。
相手は最早万全で、自分たちは疲弊していた、ということか。
振りかぶった拳を避けようとして、一瞬足が重かった。
降りぬいた拳が一瞬遅れた。
そんな小さな疲労から来る積み重ねが、徐々に差を広げていく。
段々と攻撃するにも、避けるにも余裕が無くなっていく。
当然だろう、同じポケモンと言えど相手は伝説。
存在としての格が違い過ぎる。
その一撃一撃に重い圧がのしかかり。
少しずつ、体力と精神を削っていく。
それでもまだ、保っていられるのは。
「後ろに回れアクア! シャル、手を止めて! ルージュは上から!」
トレーナーが指示を出してくれるから。
先ほどより考えなくて済むから、一瞬の遅れを取り返せる。
だがそれだっていつまでも続くものではない。
すでに戦闘を始めて相当な時間が経つ。これほど長時間戦うことは、アクアにとっても初めての経験である。
体の重さを気力でねじ伏せながら拳を振るう。
けれど自身が弱っていることを自覚せざるを得ない。
先ほどまで感じていた拳の手ごたえのようなものが弱くなっている。
スタミナ切れが近いことはとっくに分かっていた。
これが野生のポケモン同士ならばすでに逃げ出している、けれどそれはできない。
ここから逃げて、これを野放しにして、一体どこに行ける?
野放しにしたとして、グラードン以外生き残る術の無い死の大陸が生まれるだけ。
結局、ここで命を賭して戦い、勝つ以外にアクアたちに生き残る術などないのだ。
故に振るう、その拳を。
振るい、突き立て、殴り、抉り殺す。
「ギイイイオオオオオオオオオ!!!」
咆哮し、振りかぶり、突き立て。
「…………がっ…………ぐ…………」
降りぬいた拳が。
グラードンの頬に突き立てられ。
止まっていた。
振りきれなかった、それほどまでに、力が抜けていた。
だから、それを見逃すはずもない。
野生の頂点たる存在が、目の前の怪物がその隙を逃すはずも無く。
「グルウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
咆哮と共に振り払われ、アクアが地面を転がり。
“ だ ん が い の つ る ぎ ”
グラードンが拳を大地へと叩きつけると同時に、地面から突き出た大地の剣がアクアへと迫る。
「う、ぐ…………」
なんとか避けようとするが、けれど体が動かず。
「アクア!」
ルージュが直後にグラードンへと攻撃するが、けれど最早それは放たれた後だ。
不味い、当たる。
当たった後はもう、敗北に向けて一直線だ。
それは不味い、と思うがけれど体が上手く動かない。
都合十数分、この怪物相手に戦い続けていたのが異常なのだ。
並みのポケモンならばただそこにいるだけで圧に負けて膝を折るほどのプレッシャーを跳ね除け、振れれば消し飛びそうな暴威の嵐をかき分けて、ここまで持ったほうが異常なのだ。
だから、それは当たる。
どうやっても避けようもなく、アクアを襲う。
ただの一撃で耐久力をごっそり持っていかれる。
ただでさえスタミナ不足でバテかけていたのだ、まともに防げるはずも無い。
絶大な物理防御能力を持っていたはずのアクアを、ただの一撃で瀕死に追い込むほどの一撃。
こちらは何度攻撃を重ねようとただの自然回復量だけで防ぐというのに。
何たる理不尽か、何たる不条理か。
だがそれこそが伝説であると悟る。
「く…………ぐう…………不味い、ぞ」
だが今はそれを嘆いている暇も無い。
間違いなく、この場で一番のアタッカーは自身だった。
タイプ相性が、天候が、状況が全てがグラードン相手に突き刺さっていた。
その自身が居なくなった時、最早グラードンへと傷を負わせることができる味方がいなくなる。
そうなれば…………。
「うご、けい!」
拳を固め、立ち上がろうとする。
けれど体が震え、上手く動かない。
そしてそんな隙だらけの獲物を、怪物は見逃さない。
追撃とばかりに再び拳を振り上げる。
振り下ろされれば…………いよいよ詰みだ。
どうする、どうする、そんな焦りがアクアの内で渦巻き。
けれどどうすることもできない、そんな現実に歯噛みし。
“さばきのてっつい”
唐突に、ふっと、空が暗くなった。
自身が、グラードンが、ルージュが、シャルが、トレーナーが。
その異常に気付き、思わず見上げると同時に。
「潰れろ、トカゲモドキ」
機械質な少女の声が聞こえたと同時に。
たーまやー
酷く当然と言えば当然な処理だが、現実的に言って生物が永続的に動くことは不可能です。
ポケモンだろうが人間だろうがそれは同じで、スタミナというものがちゃんとあり、ポケモンは人間よりも遥かに多くのスタミナを蓄え、人間よりも少ないスタミナで動けるけど、それでも戦い続けていれば当然ながらスタミナ切れで動けなくなります。
グラカイの場合、グラードンなら大地の上、カイオーガなら水の上にいる限り永続的なスタミナ供給を可能とするので、無限に動き続けられます。もう生物とかいう枠組みから外れてしまっているこれこそが伝説種、この小説内で言うなら超越種という存在になる。
分かりやすい今回の話。
①当たったら死ぬなら当たらなければ問題ない!
②疲れた
③そーらにーうーかぶーくーろがねのーふーねー
え、⑧くらいでグラードン戦終わりだって言ったって?
知らんな(すっとぼけ