「あら…………マスター?」
朝起きると、自身の主が消えていた。
ベッドの上には先日加入したばかりのシャルが穏やかな寝息を立てている。
ゴーストタイプと言うだけあってか、どうにも夜には強いらしいが、朝には弱いらしい。遅寝遅起きと言った感じの子だが、少し世話がかかる辺りがどうにも目が離せず、その辺り主とよく似た子ではある。
ヒトガタの服はある意味毛皮や鱗と同じだ。故に簡単には脱ぐことはできない代わりに戦闘で傷ついても破れたりすることもそんなに無いし、破れても自然に直って行く。
とは言っても、風呂の時など非戦闘時において、脱げないのは辛いので、意識的に脱ごうとすれば脱ぐことは可能だ。とは言っても、暖かいお風呂はシアは苦手なので、だいたいシャワーなども水を被るだけだが。
まあそういうわけなので、基本的にヒトガタポケモンは着替えなどしない。と言うかできない。
服の上から服を着る、と言うことは可能だが、それが妙な姿になることを知っているから普通にしない。
とは言うものの。
「おはようございます、お母様」
エプロンなどを服の上からつけるくらいはする。
お前そう言うの似合うな、と主にも言われたのでそれなりに気に入っていたりする。
「おはよう、シアちゃん…………今日も早いわね」
そう言って、主のお母様が笑う。
三日休む、主のその言葉の通り、昨日は旅に出なかった。
シャルとの戦いが厳しかったので、療養にもう少し、こののんびりとした街で過ごすと言うことらしい。
そのシャルも昨日目を覚まし、マスターと研究所に行っていた。
「あの、マスターは?」
「ハルちゃんなら、さっきエアちゃんとどこかに出かけたわよ?」
ついさっき、ほとんど自身と入れ違いだったらしい。
「そうですか」
少しがっくりする。
と、言うのも昨日は手伝いだけで何もできなかったが、今日の朝食はシアが自分で一品作らせてもらえることになっていたのだ。
「マスターに食べてほしかったんですが」
だが出かけてしまったのならば、仕方ない。それにエアがついているならば、多分大丈夫だろう。
まあ寂しいのは否めないが…………そんな自身の様子を見て、お母様が苦笑する。
「ハルちゃんてば、シアちゃんに好かれてるわねえ」
「そんな…………いえ、はい。そうですね、私もマスターが大好きですよ」
咄嗟に否定の言葉が出かけて、けれどよく考えれば別に否定するようなことでも無い。むしろ事実であるし、隠すことでも無い。そう思い、肯定すればお母様があらあらと楽しそうに笑った。
「エアちゃんに、シアちゃんに、シャルちゃんに…………それにお隣のハルカちゃんも、ハルちゃんの周りには女の子ばっかりね、知らない間にとんだプレイボーイになってしまったわねえ」
そんなことを話しながらも、お母様の手は止まらない。手際良く、効率良く、できる限り時間をかけないようにテキパキと朝食を作っていく。
そんなお母様を何とか邪魔にならないように、手伝っていく。これが中々に難しい作業である。
「ああ、シアちゃん、主人の分だけ塩多めにお願いね。あの人、濃い味が好きだから」
「あ、はい、お母様」
味付けや好みの味だってみなそれぞれ違っている。
例えばエアならばピリ辛な料理が好きだが渋味のあるものは苦手だし、シアならば苦味のある珈琲などが好みだが逆に辛いものは苦手だし、シャルはどうやらお菓子などの甘いものが好きで辛い物が苦手らしい。
主は主で、何でも食べるのでいまいち好みが分かりづらいところもある。
とは言えお母様曰く、ある程度の傾向のようなものはある、とのことだが。
「どうしましょうかねえ、あの子朝食に戻って来るのかしら?」
と言って頭を悩ましているが、エアと共に行った、と言うことは飛んでいったのだろうか? だったら遠出、と言うことになりそうすぐには戻ってこないようにも思える。
「とりあえず置いておきましょうか、帰ってこなかったらお昼にでも回しましょう」
そう告げて、残りの料理を作っていく。
結局、昼を過ぎても主は戻らなかった。
* * *
「遅いわねえ、あの子」
丸一日、お母様のお手伝いをしながら主を待つが、帰ってくる様子は無い。
もう夕暮れ時だ、いくらなんでも遅くはないだろうか?
そう思いながら、お母様と二人、リビングで待っていると。
「ただいまあ」
玄関が開いて主の声がした。
「マスター、おかえりなさい」
すぐ様、立ち上がり、主のほうへと向かう。そんな自身の様子にお母様が、あらあら、と笑っていたが気にならなかった。
「ん? ああ、シア。居たんだ」
「ええ、今日は一日家でお母様のお手伝いをしていたので」
「そっか、ご苦労様、母さんのこと手伝ってくれてありがとう」
これだ。たった一言、主が感謝をしてくれる、それだけで自身の心は満たされる。
これを聞きたいがために自身はお母様を手伝っていたのかもしれない。そう考えると随分と打算的なやつだと自分でも思う。
「マスター、すぐに夕飯になさいますか? それとも先にお風呂に?」
「んじゃあ、シアで…………とか言いたくなるね、そのラインナップ」
「うぇ…………え、えっと」
主の口から出てきた言葉に、思わず動揺する。そんな自身の動揺に気づいてか気づかずか。
「あはは、冗談だよ、取りあえず先にお風呂入れさせてもらうよ、エアに振り回されて大変だったし」
「あ、え…………じょ、じょうだ…………え、あ、はい、冗談ですよね、そうですよね。お風呂ならもう沸いてるのでどうぞ」
自分らしくも無く、柄にも無いくらいに焦ってしまったが、どうにか平静を取り戻す。
そんな自身の様子に不思議そうに首を傾げながら主がお風呂場へと向かう。
「ハルちゃん帰ってきたのね」
「ええ、マスターなら先にお風呂に入るそうです」
「あらあら…………ところでシアちゃん」
「はい、どうかしましたか? お母様」
「顔赤いけど、どうかしたの?」
「え、いや…………別に、お、お気になさらず」
そんな自身の言葉に、あらまあ、とだけ呟きつつお母様が立ち上がる。
「それじゃあ、夕飯の仕度でもしましょうか…………シアちゃん手伝ってくれるかしら?」
「あ…………はい!」
「ハルちゃんのためにも美味しい物作ってあげないとね?」
「はい! 勿論です」
今度こそ、食べてもらえる、そう思うと、不思議なくらいに嬉しさが溢れてきていた。
* * *
「ふう…………美味しかった」
満足満足、と思わず呟くと、対面に座るシアが嬉しそうに微笑んだ。
自身の隣ではエアがそぼろのピリ辛炒めをかけた餡スパゲッティ―を掻きこみ、反対側でシャルがデザートにと用意された冷製プリンを嬉しそうに食べていた。
そうして自身の目の前には御飯の上に肉野菜炒めを乗っけた丼物…………が入ってた空の器。
五歳児ながら中々の食欲だったと思う。特に今日はハードだったので仕方がない。
「それにしても、なんか今日のご飯は少し味が違ったね」
ふと呟いた言葉に、母さんがあら、と微笑み、シアがぴくりと反応する。
「美味しく無かった?」
そんな母さんの言葉に、けれど首を振る。
「いや、美味しかったよ、いつもの母さんの料理とはまた違う美味しさだった…………もしかして、シアが作ったの?」
「え、えっと…………はい、お口に合いましたか?」
少し不安そうな、そんな表情のシアに笑いかける。
「美味しかったよシア、また作ってくれる?」
自身のその言葉に、シアの表情がぱあっと輝く。
「はい! また是非に」
「あらあら…………私の仕事が無くなっちゃうわ」
「いえ、まだまだ私なんかではお母様の域にはとても」
「大丈夫よ、シアちゃんならすぐにでも上達するわ」
目の前で繰り広げられる熟年主婦と結婚したての新妻との会話みたいな不思議な光景に。
母さんと仲良くなったなあシア、なんて思う。
まあ仲の良いことは良いことだ、なんて思いつつ。
「シア、お代わり」
「あ、あのボクも…………できれば」
エアって何気に腹ペコキャラだったりするのかなあ、とか。
シャルも甘い物に関してだけはけっこう積極的だよな、とか。
「はいはい…………ちゃんと用意してありますから」
そんな二人の面倒を見るシアは、何と言うか。
「シア…………お母さんみたいだな」
「え、ええぇ?!」
呟いた一言に、シアが赤面する。こんなに赤くなってるシア、と言うのも珍しい、いつもはもうちょっとクールな感じなのに。
「え、あの」
「あらあら、じゃあ旦那さんは誰なのかしらね」
「お、お母様?!」
そんなシアをさらに
「結婚しよう、シア」
その手を握って、耳元でそっと呟くと。
「あ、あ、ああ…………きゅう」
限界まで紅潮したシアが、途端にふっとその全身から力を抜いた…………と言うか熱暴走で意識が落ちたらしい。
「あ、あれ? シア? う、うわ、母さん、手伝って、潰れる、潰される」
そのまま自身に倒れかかってきて、全身をシアの柔らかさに包まれながら、けれど見た目は十五、六の少女が五歳児とでは圧倒的に体重が違い過ぎた。いや、女の子にあまり重いと言うのも失礼かもしれないが、それでも五歳児にこれを支えるのは無理である。
「あらまあ」
そして自身の息子が圧死しそうなこの状況で、なんとも呑気なお母様のこの台詞である。
「大物過ぎる、母さん…………え、エア、たすけ」
視線をやると、シアが動かないからか、自分で皿に料理を盛り付けお代わりしているエア。
「しゃ、しゃる」
「あわ、あわわわわわ」
助けようとは動いているものの、非力過ぎてどうにもならないシャル。
「あ、もう、ダメ…………潰れ」
そのままシアのご立派な胸に押し潰され、呼吸も出来ないままに意識が途切れた。
* * *
ん…………。
ぱちん、と目を開くとすでに就寝時間直前であった。
「…………えっと、私」
たしか夕飯の時に、マスターと。
もぞり、と
「きゃあっ…………ま、マスター?」
驚き、自身が無意識的に腕に抱いていた何かを見れば、それは自身の主であった。
「お、起きたか、シア」
「だ、大丈夫ですか? すみません、私」
「て…………天国と地獄」
「え?」
何でも無い、何でも無いんだ、と呟きながらのそり、のそりとベッドの上から出て行く主。
「シア」
「は、はい」
まだ少し頭が上手く回っていない感じだろうか、どうにも現実感を感じられない。
だからこそ、逆に冷静なれているのだろうけど。
「明日も期待してるから」
それが夕飯の時の会話の続きであると気づき。
「…………はい、マスターに喜んでもらえるように頑張りますね」
自身のそんな一言に、主が笑みを浮かべる。
そのまま部屋を出て行った主を見送りながら。
ふと、自身の布団を見る。
先ほどまでここに主がいたのだと思い出すと、少しだけ赤面してしまう。
「…………ふふ、あったかい」
シアは、元の種族がグレイシアだ。こおりポケモン、と言うだけあって、お風呂など暖かい場所がやや苦手意識がある。
けれども、それでも。
「…………あったかい…………マスター」
人の温かさだけは…………嫌いでは無かった。
* * *
「て、天国と地獄だった」
シアが思ってたよりも力強く、ぎゅっと抱きしめられると全身が潰れるかと思った。だが同時に相応に大きな胸の感触がダイレクトに伝わってきて男としては喜ばずにはいられないジレンマ。
出たい、けれど出たくない。死にたくない、けれどこの感触に包まれて死ぬならばなんか本望のような気もする。
と言うかそもそも、何で自分はその部屋にシアと一緒に放り投げられていたのだろう。
母さんにそんな力あるはずないし、父さんも今日は帰るのが遅くなるはず、と言うことは。
「エアか…………犯人は」
引き剥がそうにもシアが抱き着いていて離れないし、かと言ってこのままにしとくのも良くない。
面倒だ、もう一緒に部屋に放り込んで置け。とかそんな感じに思考に違いない。
「くそ…………あのロリマンダ、覚えてやがれ」
すごくご褒美です、本当にありがとうございます(本音)。
言っては何だが、シアもそうだし、エアもシャルも、見た目は完全に美少女だ。現実じゃまずお目にかかれないレベルの、まさに空想の世界から飛び出してきたようなレベルの。
そんな彼女たちに囲まれて平静でいられるのは、単純に五歳児だから、と言うだけに過ぎない。
「俺…………歳取ったら大丈夫かな」
今更ながら将来への別な意味での不安を感じつつ、自室へと戻る。
「…………あ、ご主人様、おかえりなさい」
そうして何故かそこにシャルがいた。
何故かお色気担当の多いシアちゃん、だって他のやつら全員ぺたん子だし仕方ない(
因みにハルトくん、将来の心配など無意味、だってキミどうせ12歳になったら(
と言うわけで、シャルコミュへと繋ぎつつの、シアコミュ。半分以上シアとお母様のコミュだったような気もしないでもない。
あと今更だが、前話のエアの、命中低くても回避高くても当たった、と言うのは単純に運が良かっただけの話。
でもなんかそういうポケモンっていません? 実機でも確率高いはずなのに妙に外したり、避けられたり、逆に命中低い技でも何故か外れないポケモンとか良く外すポケモンとか。
うちのデンリュウ、きあいだまが外れることがほとんどありません。完全な乱数だと分かってはいるけど、フレのきあいだまやストーンエッジがぼろぼろ外れるのに、うちのデンリュウのきあいだま10回に9回くらいは当たる。外れることのほうが稀、とかいうレベル。まあ命中7割なんだけど。