作戦はシンプルに、グラードンを海へと運ぶこと。
だがその過程は非常に問題だ。
まずどうやってそこまで運ぶ?
『デコボコさんどう』並びに『えんとつやま』はホウエンの西側を上下で分けるとちょうど上半分の中央部に位置する。
実機だと縮図なので分かりにくいが、実のところ山から海まで、丸一日以上歩かなければならないほどの距離があるのだ。
南にはフエンタウン、キンセツシティ、東なら砂漠が、北にはハジツゲタウン、西には『りゅうせいのたき』。
どういうルートで連れて行っても被害が大きくなりすぎる。
悠長にグラードンの歩幅に合わせていられないし、その道中でグラードンが暴れることを考えれば論外だろう。地震など起こされれば町一つ崩壊する。
『えんとつやま』が健在なら転がり落とすという手も考えたが、すでにグラードンによって崩れ落ちている。
だからどうにかしてこちら側から運べないか、考えた。
最初に思いついたのは“サイコキネシス”で移動させる、ということ。
だがこれは相当に難易度が高いことはすぐに予想できた。
実機だと一切関係無いが、念動の力で物体を動かす時に、当然のことだが重量の重い軽いで移動速度や距離が変わってくる。
バトルなどで一瞬相手を浮かして叩きつける、くらいならともかく、徒歩一日分の距離を移動させようと思うならば相当な距離になる。
そしてグラードンの重量というのは900kg以上。ポケモンの中でも上から数えたほうが早いほどに重い。
念動で浮かばせて運んだとして、その道中にグラードンも当然抵抗するわけであり。
その抵抗がどう考えても激しくなるだろうこと、そしてそれを運ぶ側のポケモンがまず耐えられないだろうことを考えると現実的とは言えない。
もう一つ考えたのは、ここからカイオーガの生み出した水流で海まで押し流せないか、ということ。
だがサクラを遣わせて確認したが、天候を維持するのに手いっぱいらしく、それをやろうとすると一度天候の主導権を離さなければならないらしい。だが天候の主導権を離せば“おわりのだいち”が再度発動し、そもそも『みず』技が使えなくなる時点で意味がなくなる。
つまりカイオーガはグラードンを海まで連れていくまで動かせない。
最後に思いついたのが。
「行けるな? サクラ」
「あい!」
よし、行け。そんな自身の声と共にサクラが宙を蹴るように飛び出し、グラードンへと接近する。
「シャル!」
「は、はい!」
シャルへと声をかけると同時にシャルが“サイコキネシス”でグラードンを一瞬浮かせ。
「たっち!」
サクラがその体に触れる、と同時にグラードンとサクラの姿が瞬時に消える。
“テレポート”
そうしてそこで待ち構えていたアオバがサクラに代わり。
「交代だ」
急加速によって自由落下するグラードンへと触れ。
“テレポート”
同じことの繰り返し。
空間を跳躍するテレポートは、エスパータイプのポケモンの基本技能だ。
技として覚えるかどうかは別としても、基本的能力として
ただ技として覚えるポケモンはより適正が高い、というだけだ。
基本的に『エスパー』タイプのポケモンなら精度はともかくとして『
ただ本来ラティアス、ラティオスはその中でも『
自身はサイキッカーではないので、あくまでサクラの言からのイメージだが、単独でテレポートをすると極々数メートルの短距離しか飛べない。それはどのくらい飛べばどのくらいの距離になるのか、真っ暗闇の中へ飛び出すような、そんな距離感の喪失を伴い、転移先のイメージが上手くつかめないかららしい。
だがアオバがいれば、サクラと同じ『同調』を得意とするラティ種。しかもサクラの実兄であるアオバがいる場所は『同調』によって『
自分でも盲点だったが、よく考えれば“フリーフォール”の技のように、
空中にいる相手に攻撃できる、技はあっても、空中で出せる技、というのは無い。
さらにサクラやアオバがグラードンへと触れているのはテレポートの一瞬のみであり、空中を自在に飛べる二人と違い、グラードンは重力に引かれ落ちるだけで体の向きを変えることすらできないのだから、空中というのはこちらの想定以上に安全圏だ。
唯一気を付けなければいけないのは。
“かがやくひざし”
「サクラ、上だ!」
降り注ぐ光の柱。サクラが虚空を蹴り、跳ねるように光から逃れると、光が地上を抉る。
時折降り注ぐこの“ソーラービーム”だけが厄介だが、最早それ以外にグラードンに攻撃手段はない。
つまり、これで。
「王手、だ」
後はこのまま慎重に海まで転移を繰り返すだけだ。
「アクア、ルージュ、シャル、戻って!」
強敵との対峙からの解放に、疲労しきって思わず座り込んだ三人の名を呼ぶと、よろよろとだが起き上がりこちらへと来る。
「よし、よし、よし! よくやった、よくやってくれた、後はアレを運ぶだけだ、戻って休んでろ」
思わず声を荒げてしまうが、こちらとしてもいつ巻き込まれるかの中々スリリングな状況だっただけに、興奮してしまうのも無理は無いだろう。
答える気力も無いとボールへと消えていく三人に、お疲れ、と呟いて。
「もうあんなところに行ったか」
遠くの空に消えては現れる巨体を見送りながら、しとしとと雨が降る中、カイオーガの元へと向かう。
「最後の仕上げだ」
緊張の糸が緩んでしまいそうになるのをなんとか留めながら歩く。
ふらふらと揺れる体で歩いていると、上空から大量の鳥ポケモンたちが降りてくる。
そうしてポケモンたちに乗っていたトレーナーたちがぞろぞろと降りてきて。
「…………マグマ団か」
赤のカラーリングで統一されたその集団の名を呼ぶ。
「…………チャンピオン、我々は」
先頭に立つ眼鏡の男、マツブサが何かを言おうとして。
「それは後で良い…………それよりもまずグラードンを止める、異論はないな?」
自身の問いに、マツブサが数秒沈黙し、頷く。
「なら手を貸してくれ、ようやく王手をかけたんだ」
このまま詰ませる、告げるその言葉に、マグマ団全員が深く頷いた。
* * *
「あははは」
笑う。笑いながら降り注ぐ光をするりと抜け、落ちる紅へを再び上空へと跳ばす。
「あっはは」
笑う。笑いながら薙がれるその鋭い爪を避け、さらに上空へと紅の怪物を跳ばす。
「あはははははは」
笑った。笑って、降ってきた怪物へと念動をかけ。
「そーれ!」
とん、と下を向く背に触れた瞬間、弾かれるように怪物が吹き飛ばされていく。
サイコキネシスの応用だ。長時間対象を拘束することは難しくとも、一定方向に一瞬だけ圧力をかけることはそう難しいことではない。
重力に引かれ落ちてくる怪物に対して、まるでお手玉でもするかのように念動力でぽんぽんと弾きながら遊んでいた。
時折光の柱が降り注ぐが、それすら光を屈折させる体毛で自らの位置をずらすことで、避ける素振りすら無く怪物のほうが勝手に技を外してくれる。
「あははー…………にーちゃにーちゃ! これたのしー!」
屈託なく笑いながら少女は…………サクラは怪物を弾き飛ばしながらお手玉して遊ぶ。
それを見ながらラティオス、アオバは震えを隠せなかった。
――――なんという、なんという才だろうか。
この世界において、経験値を得るというのは、レベルを上げるというのは、意外と簡単なようで難しい。
格下を相手に戦い続けたところで得られる物など僅かしかない、それこそが最大の理由だろう。
同格、無いし格上の相手と戦うことでこそ、ポケモンはその強さに適応する。
言うなれば戦うごと、戦う事に
ではサクラにとっての、否。
6Vラティアスにとっての格上とは一体何だろう?
純粋な才能においてサクラより優れた存在など世界に数えるほどにしか存在しない。故に大半のポケモンは、彼女にとっては格下になる。それは彼女のトレーナーのエースであろうと、だ。
何よりも彼女に足りないのは経験だが、その経験を得られる相手すら世界中探したって数えるほどにしか存在しない。
だがそんな彼女のトレーナーは彼女に何よりも格上との戦いを与えた。
伝説のポケモンカイオーガ。
間違いなく世界最強クラスのポケモンにして、サクラにとって格上のポケモンとの戦い。
その次が同じ伝説のポケモングラードンとの戦いだというのだから。
サクラにとってそれは間違い無く、かつてないほどの大量の経験を得て、その才を急速に開花させている。それはサクラのトレーナーからしても予想外なほどの異常な成長。
何せ、最早アオバは何もしていない。
いくら空中でほとんど手出しができないとは言え、伝説のポケモンを相手にサクラが一人相手取り、文字通り手玉に取っているこの光景を見れば、誰だってそれが異常だと分かる。
震え、歓喜する。
自分たちの希望はどこまで強くなるのだろう、そんな思いが過る。
サクラは間違いなく、ラティオス、ラティアスの種族が待望した王となる。
その強さ、希少性から悪意ある人間から狙われやすい種族である、その頂点たる王が絶対的強者であることはどこまでも種族に安寧をもたらしてくれるだろう。
やはり彼に妹を預けたのは正解だったか。
ここまで急激に強くなっているのは、偏に伝説のポケモンという最上級の質の経験を得ているからだろうとアオバは予測する。
普通にコツコツと積み重ねただけではここまで突き抜けることは無かった。
比喩的表現だが、妹は一つ“殻”を破ったのだと思う。
極々稀にそういうポケモンがいることをアオバは知っている。
通常の種からすればあり得ないほどの強さを持つポケモン。
それらは全体的に見ればトレーナーが育てたポケモンに多い。
ただの才能だけではたどり着けない、トレーナーとの絆の極致とでも言うのか。
だからこそ、妹を彼に預けた。
それでなくとも、トレーナーというのはポケモンを強くすることに長けている。
野生のポケモンが強くなるには、年月を重ね生存競争を勝ち抜き続けるしかない。正確に言えば、強くならねば生存競争に勝てない。
だがトレーナーのポケモンは、生き抜くことでなく、勝ち抜くために強くなる。生きるという渇望が満たされ、余計な気を回さずに済む分、シンプルに強さに対して貪欲であれる。
最終的にどちらが強くなるかは…………今目の前の光景が恐らく全てを証明しているのだろう。
素晴らしい。それしか言えない。
「…………っと、いけない」
最早アオバの手は必要ないだろう、と考える。
ならば、次の工程に移らねばなるまい。
妹のお陰で、一つ二つ工程を省略できた。
本来ならばグラードンを海に落とした後、そこで足止めする必要があったのだが、この分ならそれも必要無いだろう。
「先に行く」
短く妹に言葉を残す。
怪物を相手に命懸けの遊戯を楽しむ妹が気楽に返事をすると同時に、擬人化を解除し、本来の姿となって空を駆けた。
* * *
「で? どこに行くのー?」
「海だ、グラードンを今そっちまで連れて行っているから、後は頼むぞ」
いつも空を飛ぶ時はエアやサクラに乗っていたので、通常のポケモンに乗るのは昔、一家で旅行に行くのにチルタリスに乗った時くらいだろうか。
その時はまだ安全運転のゆったりとした空の旅だったが、今は兎にも角にも迅速な行動こそが肝心だったため、乗っている人間への配慮は最低限にとにかく速度を出している。
そのせいか、風の抵抗がきつく、しがみついているので精一杯だった。
とは言え、そんな状況にも関わらず呑気そうに問いかけてくるカイオーガはさすがと言ったところか。
体の丈夫さからして人間である自分たちとは違うのだから、当然なのかもしれないが。
マグマ団は基本的にドンメルやバクーダ、あとはポチエナやグラエナ、ズバットにゴルバットなどを使っているイメージしかなかったのだが、完全に実機のイメージであって、実際には色々なポケモンを所持したトレーナーがいるらしい。
そもそも『ほのお』や『あく』縛りすら無く、別に『みず』ポケモンを持っていることも自由だそうで、今乗っているのもペリッパーであり、降り注ぐ雨の中をを気持ちよさそう飛び続ける他のペリッパーの姿もある。どうやらタイプに『みず』が入っているだけあって、この雨の中でも特に問題ないらしい。オオスバメやウォーグルなど他のポケモンたちは雨が邪魔でやや飛びづらそうだった。
実際のところ、自由ではあると言ってもリーダーであるマツブサを真似てバクーダやグラエナ、ゴルバット(クロバットにまで進化させられないのはトレーナーの技量不足だろうが)などを使う団員が多いというだけの話らしい。
まあ目的のために手段を選ぶような連中でも無いし、そんな規制があるというのも変な話だが。
「…………大丈夫、かな」
思わず漏れ出る言葉に、カイオーガが苦笑する。
そんなカイオーガに僅かに苛立ちながらも、言っても仕方ないと数度呼吸を繰り返し、心を静める。
本来ならばオオスバメに乗って飛べばもっと早く移動できたはずなのだが、それができないのはカイオーガのためだ。
まずカイオーガを乗せることができるポケモンというのは非常に少ない、これが誤算だった。
何せ伝説のポケモンである。ただそこにいるだけで並のポケモンが委縮するほどの威圧が放たれている。人間には余り分かるものではないらしいが、同じポケモンには非常に敏感に感じ取れる。
だったらボールに戻せば、と思うかもしれないが、そもそもボールに戻したら天候が再び“おわりのだいち”によって上書きされる。
故に、カイオーガをボールに戻さずに運べるポケモン、となると、同じ『みず』タイプで相性の良いらしいペリッパーくらいしかいなかったのだ。
それですら萎縮してしまって、ただでさえゆったりとした速度のペリッパーがさらに遅くなってしまっている。
マグマ団によって移動手段を得たことは予想外の幸運だったが、それでもやはりサクラたちと比べると圧倒的に遅い。
その時間差が致命的なものになる前に、早くたどり着きたいと思い、気ばかりが焦ってしまう。
天候の問題があるので、砂漠でなくその北にある『113道路』の方面を抜けて海へと出る進路を取っている。
『えんとつやま』も無く、視界は通っているが、雨が邪魔でいまいち目的地までの距離が掴めない。
だからこそ、まだか、まだか、と余計に焦っているのもあるかもしれないが。
「ん…………?」
と、その時、ふとカイオーガが顔を上げる。
「どうした?」
じっと、雨が降る景色の先を見続け、やがて、ぽつり、と呟く。
「来るよ?」
何が、その言葉を問うより早く。
風を、雨を切り裂き、それがやってきた。
* * *
海が見えてきた。
だがそれは同時に、カイオーガから距離を離し過ぎているとということでもある。
ハルトがカイオーガを連れてこちらへとやってきてはいるが、それはサクラにとって知らぬ事実であり、例え知っていたとしても、
「うー?」
空が晴れてきた。
それはカイオーガと距離が開きすぎて、影響力が薄れていることの証であり、同時に。
「グルルウウウアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
空が晴れる、雨雲が消え去り、快晴の空が顔を覗かせる。
日差しが照り付け、太陽が輝きを増す。
「あう…………あちゅい」
舌ったらずな発音で、少女が僅かに目を細め。
“かがやくひざし”
光の柱が降り注ぐ。
「にゅあ!?」
さしものサクラも、これには驚き、咄嗟に回避する。
だがそれは怪物への対処が疎かになるということだ。
グラードンが地上へと降り注ぐ、同時にサクラが飛び出す。
アレを地上へと落としてはならない。
強者の感がそれを告げていた。
あの怪物を地上へ落とせば容易く立場は逆転する、と。
念動を使った飛行で猛スピードを出す。元よりラティ種というのは機動力に優れた種族だ。
一瞬だけポケモンとしての姿に戻り、腕を折りたためばさらに速度は増す。
そうしてグラードンが地上へ降る数秒の間に見事にその下へと割込み。
“ふんか”
それを予測したかのように放たれた灼熱の炎がラティアスの体を覆い。
“ミラータイプ”
痛みを堪えながらサクラが炎を突っ切り、グラードンへと突撃するように全身でぶつかり、触れた瞬間。
“テレポート”
「たっち」
呟きと共に、グラードンが消える。
その姿が上空に現れると同時に、もう一度触れようとして。
「…………うゆ…………いたいよ、にーちゃ」
全身を焼かれる痛みに怯む。
けれど、一瞬ぎゅっと目を瞑り。
「やるもん…………ちゃんと、にーちゃのいうとーりに、やるもん」
再び浮き上がる。
グラードンが落下しながら再びソーラービームを数本放ってくるがそれを回避し。
「とんでっちゃえ!」
全力のサイコキネシスで横殴りに吹き飛ばす。
海を間近にしていたお陰か、そのままの勢いでグラードンが着水し。
「あっ」
思わず声が漏れた。浅かった、漬かっていたのは足元だけだ、もっと深みに落とさなければならないのに。
着いてしまった。足場が、足が、
「グルウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ようやく大地に足をつけたグラードンが、怒りにままに咆哮する。
そうして。
“ちかくへんどう”
大地が柱状に競りあがり、土で出来た柱が伸びてくる。直後にそれに気づいたサクラが咄嗟に回避しようとして。
ぴたり、と一瞬止まり、直後に再び伸びる、サクラのほうへと。
急激な方向転換に一瞬翻弄されたサクラはそれを躱しきれず、直撃する。
「ぐ…………えぅ…………」
さらに別の場所から伸びた柱がまるで弧を描くように、サクラの頭上から降り注ぎ。
どん、と上から伸びてきた柱に圧され、サクラが大地に叩きつけられる。
「…………い…………ぁ…………」
二度の攻撃に、痛み、サクラがその身を硬直させる。痛みに上手く体が動かない。そもそも以前なら一撃食らっただけで痛みに蹲っていたのだ、全身を焼かれる痛みに一度耐えてここまでやったこと自体、大きな成長と言える。本来なら、それだけで良かったのだ。今サクラが独りでなければ、相手が伝説と称されるポケモンでなければ。
「グルウウウアアアア!」
怪物はここまで散々遊ばれた相手のその大きな隙を逃さない。
“ストーンエッジ”
どん、とグラードンが怒りと共に大地を叩きつけると同時に、岩の刃が次々と生え出で、サクラへと向かって伸びてくる。
「あう………………にーちゃ」
痛みで動かない体を引きずり、震える声で、サクラがそう呟き。
「シャル!」
「はい!」
“サイコキネシス”
ふと、声が聞こえた。
直後に、サクラの体が浮き上がる。
「シア!!! リップル!!!」
「はい!」
「任せて!」
“がったいわざ”
“ぜったいぼうぎょ”
顔を上げれば、サクラにとって見覚えのある二人が目の前で岩の刃を止めていた。
「しーあ、りっぷ?」
「はい…………遅くなりました、サクラ」
「もうだいじょーぶだから、ごめんね、遅くなって」
微笑みを浮かべる二人の表情に、すっと体の力が抜ける。
と、同時に走ってくる人影。
それが自身の大好きな人だと気づき、口を開く。
「にーちゃ」
「サクラ!」
浮き上がるサクラへと手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。
「良くやった、頑張った、ありがとう、遅くなってごめんな」
ぽかぽかと温かくて、それが何より心地よくて。
急激に意識が遠のく。ここまでにダメージを受けた過ぎたのと、安心したため緊張の糸が切れていた。
「にーちゃ…………さくら、ちゃんと、できた?」
最後に問うたその言葉に。
「ああ…………お疲れ様、サクラ」
呟き、頭を撫でられるその手が優しくて。
――――よかった、ちゃんとできたよ。
そんな風に思いながら、眠りについた。
* * *
怪物、グラードンは猛り狂っていた。
当然だ、自分より圧倒的格下の雑魚にここまで翻弄され続けていたのだ。
怒り、猛り、そうして叩きつけた一撃をまだどこからやってきた雑魚に防がれ。
「グルウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
怒り、怒り、怒り。
だから、視野が狭くなる。
視界に映る人間やポケモンたちを殺すことだけに意識が向き。
今自分がどこにいるのか、それを忘れていた。
「アタシに背を向けるとか、良い度胸だよね、クソトカゲ」
聞こえた声、それが誰のものか気づくより早く。
“ほろびのまかい”
突如足元が消えた。
文字通り、確かにあった砂浜は突如して水流に抉られ消えた。
砂浜に一瞬にして数メートルの穴が出来上がり。
海水が満ちた。
「つーかーまーえーた」
海水が今にも地上へと溢れ出さんほどに増していた。
砂浜を飲み込まんと、次から次へと波が押し寄せた。
「天候はもう握られてるけどさ…………」
呟きながら少女が空を見上げる。
ぎらぎらと太陽が眩しいが、まだそれでも地上が燃え出すほどではない。
そもそも。
「
“こんげんのはどう”
生み出された捻じれた水流がグラードンに突き刺さる。
「グルウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
四倍弱点の攻撃が突き刺さり、さしものグラードンも悲鳴を上げる。
「もう遅いんだよ、そら、沈みなよ、深く、深く、もっと深くまでね」
引き潮にグラードンの巨躯が流されていく。
全長5m、体重約1トンの巨体も浮力のついた海の中では何の意味も無い。
ごぼごぼ、と口から上がる悲鳴すら水の中へと消えていき。
「それじゃ、これで終わり」
“いてのしんかい”
放たれた絶対零度の凍て水がグラードンの全身を凍り付かせ、瀕死の体を拘束する。
最早炎を放つ力すら奪い取られたグラードンがその場でぐったりと力無く項垂れ、ただぷかぷかと水面に凍り付いたまま浮いていた。
と、同時に。
ひゅん、と何かが飛んでくる。
紫色と白の球形。
それがグラードンへとぶつかり、ぱかり、と上下に開く。
赤い光が中から飛び出し、グラードンを包むとその姿を吸い取るようにボールの中へと取り込み。
かたり、一度揺れ。
かたり、二度揺れ。
かたり、三度揺れ。
ぴたり、と止まった。
予定よりだいぶ長くなった。ていうか最初の予定と大分収まり方が違うのは、ほぼその場のノリだけで決めてるからなんだろうな、と反省。
もっとこう伝説の力の凄さを見せつけたいんだが、見せつけるとほぼ即死するから封殺するしかないのは本当にジレンマ。
というわけで、あと10話か11話か、どんだけ長くても15話以内にこの小説も完結ですね。
次の話はちょっと時間が跳ぶので、その前に全員分の育成済データを出しときます。
今回サクラが使ってたいくつかナニコレみたいなのもそこで載せる予定。