ポケットモンスタードールズ   作:水代

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プロット練った結果。ラスボス回の前にこれ一話だけ挟むことに決めた。
これと、ラスボス後の一話でだいたい話が通るようにするけど、多分これ一話だけなら意味不明だと思う。


悪夢の空は黒く

 風が渦巻いていた。

 空は黒く染め上げられ。

 アオギリはただ茫然と、その光景を見ていた。

 サイユウシティの西端。ホウエン最後の()()()で。

 ただ、ただ…………その光景を見ていた。

 

 暗雲に包まれた天空に座す漆黒がゆっくりとこの地を目指すのを。

 

 そうして。

 

「――――――――!!!」

 

 漆黒が吼えた。

 

 咆哮は音となり、音は衝撃となり。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 こつ、こつ、と足音が廊下に響き、やがて部屋の前で止まる。

 ノブが捻られ、扉が開く。

「…………よう」

「…………ああ」

 そして部屋の中へと入ってきた男の姿を見て、男…………アオギリと、入ってきた男、マツブサが簡素な挨拶を交わす。

 ほんの二ヵ月前までなら考えられなかったことだが、けれど今この状況で、お互い言い争っている場合ではない、そのことだけは共通認識としてあった。

 

 

 ――――ホウエンが滅びてから一か月の月日が経った。

 

 

 何の冗談だ、と言われれば実際アオギリとてそれが冗談だったならどれだけ良かっただろうと吐き捨てたい。

 ホウエン地方は滅びた、文字通り、地方大陸どころか、島一つ残さず全て消し飛ばされ、海は荒れ狂い、海底には巨大なクレーターがいくつも点在している。

 ホウエン地方は地図の上から消え去った。

 ホウエン地方があった場所に残るのは、ただ生命の消えた何も無い大地と死の気配が漂うだけの冷たい海だ。

 こうしてホウエンから生きて逃れたのは、アオギリやマツブサを含むほんの一握りの人間だけで、ホウエン地方に住んでいたはずの残りの数百万人は全て()()()()()

 

 最早何もない。

 

 ホウエンには、何もない。

 

 マグマ団も、アクア団も、ポケモンリーグも、何もかも、消え去った。

 

 たった一週間で、ホウエンは滅ぼし尽くされた。

 

「…………どうだ、外は」

「…………同じだ、昨日も、今日も…………そして、明日も」

 

 舌打ちする、そんな気力も出てこない。

 マツブサも、最早憎まれ口を叩く余裕すら無くし、机に両肘をついて項垂れていた。

 

「…………彼は?」

「いつものところだ…………もうすぐ来るだろうよ」

 

 視線を壁にかかった時計へと移せば、もうすぐ午前十時になろうとしていた。

 作戦会議の時間だ、最も、そんなもの名前だけで、何一つ具体的な物など無いのだが。

 

 それでも、それすら止めてしまえば…………もう折れるしかない。

 いや、もうアオギリたちだけならばとっくに折れてしまっているかもしれない。

 抗うことを止めない彼がいるからこそ、アオギリたちもまだ辛うじて自らの足で立っていられる。

 

「…………イズミ…………ウシオ」

 

 失ったモノを数えても何も戻っては来ない。

 それでも、どうしてこんなことになってしまったのか、そう思わざるを得ない。

 拳を握りしめる、爪が食い込むほど。

 痛みが走る、けれどそれが自身の無力さへの罰のようにも思えた。

 

 大切だったものも、守りたかったものも、何も無くなってしまった。

 

 だったらどうして、自分は生きているのだろう。

 こんな自分が生きていて、何の意味があるのだろう。

 

 空虚だった。

 

 アクア団を率いていた頃の自分を思い出す。

 理想に燃え、野望を抱き、仲間を連れ、ホウエンで暗躍していた自分を。

 

 それと比べれば、今の自分は空っぽだった。

 

 胸の中を埋めているのは喪失感という名の虚無だけだ。

 何のために生きているのか、それすら分からない空っぽの生きた死骸。

 それが今のアオギリという男を指示していた。

 果たして、今の自分の体たらくを見たら彼女たちは、かつての団員たちはどう思うだろうか。

 嘆くだろうか、怒るだろうか、心配するだろうか。

 

 嘆かれても良かった、怒って欲しかった。

 

 もう心配することも、されることも無くなってしまうより、そのほうがずっと良かった。

 

「…………………………………………くそ」

 

 つまらないことを考えた、と言葉と共に思考を吐き捨てた。

 そんな自身へとマツブサが一瞬視線を向けたが、けれど何も言わずまた机を見つめる。

 無言の空間。そんな状況が一分、二分と続き。

 

 やがて十時になる、とそんな時。

 

 タッタッタッタ、と廊下を駆ける音。

 直後に扉が開かれ、少年が部屋へと入ってくる。

 

「ごめん、遅くなった」

 

 告げる少年に、ああ、と生返事を返すが、少年は気にした様子も無く空いた席に座る。

 少年、マツブサ、そしてアオギリ。

 ()()()()()()()()()()()()()が揃ったところで、会議は始まる。

 

 最も。

 

「…………どうしろってんだよ」

「…………それは分かっている、分かってはいるが、どうにかするしかなかろう」

「どうにかって、なんだ、もっと具体的に言いやがれ!」

「それを今検討しているのだろう!」

 

 結局、何も進まない。

 ただ悪戯に時間を浪費していくだけ。

 

「くそ、くそ、クソ、クソ、糞!」

 

 何度となく吐き捨てた言葉に、けれどマツブサは何も言わない。

 アオギリも、マツブサも、ただ認めたくないだけなのだ。

 現状がどうしようも無く詰んでいることを。

 

「せめて…………()()()()()()さえなければ」

「デボンコーポレーションがまさかあのようなものを作っていたとはな…………結果だけ見れば、事態をより悪化させたとしか言えん」

「あの化け物の現在地は?」

「先々週にカントー、先週ジョウトを滅ぼし、今はカロスのほうへ向かっているらしい」

 

 これでホウエンを含め、三つの地方が滅ぼされた。

 あの怪物が通った場所は滅ぼし尽くされ、破壊し尽くされ、跡形も無く消し去られ、何も無い大地と海だけが残される。

 アレは異常だ。天災のように飛来し、狂ったように暴れまわり、そしてその地を()()()()()、全て無くなるまで入念に破壊し尽くし次の地へと去っていく。

 

 命を、人工物を…………()()()()()()()

 

「ここもそろそろ危ねえな」

「また退避しなければならない…………か」

 

 顔を歪め呟くマツブサの心境が手に取るように分かる。

 何故ならアオギリだって同じ気持ちだからだ。

 

 即ち。

 

「一体いつまで…………」

「どこまで逃げ続ければ良いんだ、俺たちは」

 

 追い迫る死から、滅びから、逃げて、逃げて、逃げて。

 けれど、結局逃げても無駄なのだと、みな気づいている。

 何度も言うがアレは狂っている。

 どこに逃げようが結局関係無いのだ。

 この星が滅ぶまで、アレは狂い続ける。

 否、例え滅んだとしてもきっとアレは暴れまわるのだろう。

 

 滅びを振りまき続けるのだろう、いつかその滅びが自らへと降りかかるまで。

 

 重苦しい沈黙が室内を包む。

 無力感と、絶望感に苛まれる中。

 

 とん、と。

 

 音が鳴った。

 

「…………どうした」

 

 視線を上げれば、少年が椅子から立ち上がって、アオギリとマツブサの二人を交互に見比べた。

 

「提案があるんだ」

 

 少年の言葉に、マツブサもまた視線を上げ。

 

「このままいつまでも逃げ切れるものじゃない…………だったら、最後のチャンスに賭けてみない?」

 

 少年の言葉に、アオギリとマツブサが目を細めた。

 

「最後のチャンスだと…………?」

「そんなものが存在するのか?」

 

 両者の疑いの眼差しに、少年がこくり、と頷き。

 

「ダイゴさんからもらった観測データ…………あれが最後の希望だ」

 

 そうして机の上に紙を広げ、話を進めていく。

 話を進めるごとに、マツブサが、アオギリが前のめりになっていく。

 

 それは間違いなく、今の状況において、()()と成り得る話だった。

 

 たった一つの問題を除けば。

 

「話は分かったが…………ただ一つだけ聞きてえことがある」

「そうだな…………私も、恐らく同じことを聞きたい」

 

 二人の言葉に少年が頷き。

 

「どうやって? だよね?」

 

 少年の言葉に二人が頷く。

 

「俺がやる…………()()もきっとそれを望むから」

「…………なんたる無力か。…………く、済まない、本当に、済まない」

「やれることはやってやる…………だから」

 

 マツブサが拳を握りしめ、机を叩く。

 どん、と派手な音がするが、最早気に留める者もいない。

 アオギリはただ真っすぐ少年の目を見た。

 

「任せたぜ」

 

 震える声で、そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 一匹のボーマンダが空を駆けた。

 

 少年のもう一匹と並び立つエースポケモン。

 かつてマツブサとアオギリを苦しめた最強のポケモン。

 

 ルウウウウウウオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 己を奮い立たせるように、ボーマンダが咆哮し、怪物へと迫る。

 怪物がそれに気づき、咆哮する。

 音は衝撃となり、ボーマンダを襲うが、螺旋の軌道を描いた飛行は、音の壁を突き破り、怪物へとさらに接近する。

 

 そうして、さらなる怪物の猛攻を掻い潜り、いよいよボーマンダが怪物との至近距離まで近づき。

 

「行っちまえ!」

 

 それを拠点としている島の端で見ていたアオギリが叫ぶと同時に、ボーマンダの一撃が怪物を揺らす。

 だがそれは怪物へさしたるダメージを与えたわけではない。

 当然だ、この程度でどうにかなるならば、最初から戦っている。

 

 だから、アオギリとて分かっている。

 分かっているからマツブサはあんな反応だったのだ。

 

 今から行うのは命懸けで、なおかつ捨て身の時間稼ぎだ。

 

 その先に死が確定した、自爆特攻にも等しい所業だ。

 

 だが時間すら稼げず撃墜されれば、無駄死になると分かっていて。

 けれど実際には無駄死にになる可能性のほうが極めて高いと分かっていて。

 

 それでも彼は行った。

 

 相棒のボーマンダの背に乗って。

 

 激しいドッグファイトが展開される。

 

 一瞬でも気を抜けば、ほんの僅かに掠りでもすればそれだけで撃墜されるような神経を削る戦い。

 

 そもそもここまで怪物を連れてくること自体相当な無茶をしたのだ、この上さらに神経を削り続けるような真似をすればどうなるか…………答えは明白だ。

 

 怪物の尾がボーマンダを捉える。

 

 咄嗟に旋回し、避けようとしたがボーマンダの翼に怪物の尾が掠り空中での制動が乱れる。

 

 その隙を逃さず放った怪物の一撃が、ボーマンダへと直撃し。

 

 落ちる。

 

 落ちた。

 

 堕ちた。

 

 その背に乗せた少年ごと、ボーマンダが海へと落ちた。

 

「あ…………ああ………………」

 

 直後に上空から降り注ぐソレをアオギリは見た。

 

「なんで…………なんでだ…………」

 

 怪物が咆哮し、放つ一撃でソレが消し飛ばされる。

 

 そう、消し飛ばされた…………最後の希望が。

 

「あと、ちょっとだろ…………ちょっとだったんだ」

 

 ボーマンダは浮かび上がらない。

 少年もまた浮かんで来ない。

 

「あとほんの数十秒で良かったんだ…………なのに、なのに!!」

 

 嘆いても何も変わらない。

 どこまでも世界は残酷で、冷酷だ。

 

「何でだよ!!!」

 

 怪物がこちらを見る。

 最早震えも起きない。

 ただ体を動かすような気力も無かった。

 

 少年が死んだ。

 

 その事実が、アオギリの最後の支えを崩した。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 叫んだ、叫んだ、叫んだ。

 

 意味なんて無かった。

 

 ただ絶叫した。

 

 理不尽だと、言ってやりたかった。

 

 ふざけるなと、言ってやりたかった。

 

 もう嫌だと、言ってやりたかった。

 

 ただ全部の意味を込めて、込めた意味を投げ捨てて、ただ叫んだ。

 

 怪物が迫る。

 

 最早逃れる術など無い。

 

 海へと消えていった少年を思った。

 少年は紛れも無く、アオギリとマツブサの二人にとって光だった。

 けれどその光も失われた。

 

「だったら…………帰るのもいいか」

 

 あの暗い海の底へ。

 

「俺は、アクア団のアオギリ様だ」

 

 海と共に生きる男だ。

 

「だから…………もう、いいよな」

 

 疲れたんだ。

 

「…………すまねえマツブサ、先に行くぜ」

 

 どうせお前もすぐだ。

 

「…………全部、押し付けて悪かったな」

 

 どうか安らかに眠ってくれ、俺もすぐ行くから。

 

「…………じゃあな」

 

 

 ――――()()()

 

 

 * * *

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「きゃっ!?」

「ぬお?!」

 

 被っていたタオルケットを跳ね飛ばし、弾けるように飛び起き、絶叫した。

 同時に、周囲にいたイズミとウシオが驚いたようにこちらを見る。

 

「…………はあ…………はあ…………な、なんだ…………今のは…………ゆ、夢、か?」

 

 周囲を見渡せば、見慣れたアクア団のアジト、そして見慣れたいつもメンバーたち。

 聞いた覚えも無い名前の少年もいなければ、あの心底ムカつくマグマ団の眼鏡もいない。

 

 夢を見ていたのだと、気づいたのは直後。

 

「どうしたのアオギリ、凄い汗よ」

「ダイジョウブか、アニィ?」

「あ、ああ…………大丈夫だ。心配すんじゃねえよ」

 

 イズミが手渡してくれたタオルを受け取ると、汗で全身が濡れていることに気づく。

「…………すまん、シャワー浴びてくるわ」

「本当に大丈夫なの? 普通じゃなかったわよ」

「大丈夫だ、ちと嫌な夢を見ただけだ」

 

 そう、夢だ。

 

 あんなものはただの夢だ。

 

 夢の…………はずだ。

 

 けれどどうしてだろうか。

 

 あんな嫌な夢、一度見れば忘れるはずがないのに。

 

「…………いつかも見たような気がしやがる」

 

 寝る直前までそんな覚え一切なかったはずなのに。

 今は、先ほどの夢にどこか既視感(デジャヴ)を覚えていた。

 

「…………俺は…………あの夢を、知っている?」

 

 呟いた言葉は、けれど誰にも届くこと無く、消えていった。

 

 




「あれ…………? なにこれ、なんでいきなりボス戦? 話飛ばした?」
とかいう心配はないから。
ちゃんとグラードン戦終了の次の話です。
正確にはグラードン回とラスボス回の間の話。

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