目が覚めると数週間が経過していた、というのは中々に不可思議な気分だった。
と言っても、どうにも記憶が途切れ途切れでいつから意識を失っていたのか、自分でも覚えていないのだが。
目が覚めればポケモンセンターにある病棟の一室、そのベッドの上で、薄っすらとぼやける視界の中でハルトの姿が見えていた。
そうして意識を取り戻せば随分な時間が経っているのだというのだから、時間を飛ばしたような感覚すら覚える。
「体調はどう? エア」
「もう大丈夫よ、安心しなさい」
そうして退院許可をもらうと、ハルトを連れて戻ってきたミシロの街並みを空から見ると、郷愁の念を覚える。
別にここが生まれた場所、というわけではないが、けれど何だかんだで七年、この街で過ごしてきたのだ。心情的には故郷と言っても過言ではないだろう。
「そうは言ってもねえ…………二週間以上も意識不明で寝込んでたのに、心配しないほうが無理だよ」
「それは…………まあ分かってるけど、でも本当にどこも悪くないから」
ハルトの実家の上空にたどり着くと、庭に見慣れないものが出来上がっていた。
「ねえ、ハル」
「何?」
「あれ何?」
「……………………プール」
「プールってもうちょっとした湖みたいになってるんだけど」
直径は五メートルほどだろうか、まあ無理をすれば大きなプールと言えなくもない。ミシロは基本的にドが付く田舎町だし、土地は余っているためどの家も庭が広い。まあそれでも裏庭半分以上占領してはいるが、問題はそこではなく。
「…………どんだけ深いのよあれ」
底が見えない。水は綺麗に透き通っている。光が屈折して水面が光っているため見えづらいのもあるが、それにしても一見しておかしいと思うレベルで深い。
「えーっと…………カイオーガが元の姿に戻って潜れるくらい」
「あいつ通常サイズで全長四メートル以上あったわよね」
「そのまま地下水脈まで繋げて、海まで続いてるらしいよ」
「…………それもうプールってレベルじゃないと思うんだけど」
最早穴だ。水をいっぱいまで張った巨大な穴が庭に空いている。
「あれ、ハルの両親何も言わなかったの?」
「母さんはまあ…………いつもどおり」
あらあら、で済ませられたのだろう。正直ポケモンの感性で見ても、それで良いのか、と言いたくなるようなことでも普通に流すのだ、ハルトの母親は。長年一緒に暮らしているから良く知っている。
「父さんは遠い目してたけど、伝説のポケモンだから仕方ないって最後には諦めた表情してた」
「苦労するわね、ハルのお父さん」
ハルトの父親は親馬鹿でポケモン馬鹿だがそれ以外の部分では比較的常識的だ。いや、ポケモンの自分が人の常識など語るのもおかしな話だが、それでもハルトの母親やハルトに比べるとどうしてもマトモだ。だからハルトがしょっちゅう引き起こす出来事に、ため息を吐いている姿を見る。まあそれでも子供が好きで好きでたまらない親馬鹿なので、最終的には仕方ないと流すのだが。
と、その時。
どぷん、と自称プールの底から泡が浮き上がってくる。
「ん?」
「え?」
高度を落とし、庭に降りた矢先、聞こえた音に視線がプールへと向き。
ざぱぁぁぁぁぁ
激しい水飛沫と共にプールから
それが元の姿のカイオーガだと気づいた瞬間、思わず警戒しそうになり。
直後、カイオーガの全身が光に包まれると同時に、その姿が小さく変じる。
「はふ~…………朝から泳ぐのは気持ち良いね~…………ってあれ? キミたち戻ってきたの?」
ヒトガタへと姿を変じたカイオーガがこちらに気づき、声をかけてくる。
固めた拳をそっと緩めると同時に、頷いて返す。
「そうよ。って、満喫してるわね、アンタ」
思わず呟いた一言に、カイオーガが苦笑する。
「そうかな、でも
「アイツ?」
誰のことを指しているのか分からず思わず首を傾げるが、隣でハルトが、ああ、と何とも言えない表情をしていた。
「まあ…………家に入れば分かると思うよ?」
「はあ?」
なんとも要領を得ないハルトの言葉に内心疑問を浮かべつつ、玄関へと向かい。
玄関の扉の前でぴたりと止まる。
扉に手をかけたまま一瞬思考し。
がちゃり、と扉を開く。
「ただいま」
何となく湧き出た言葉に、後ろでハルトが笑みを浮かべ。
「おかえり、エア」
それだけの言葉が、どうしてか、無性に嬉しかった。
* * *
茶色のショートカットに赤い帽子。赤いソックスに赤の靴。白いシャツの上から半ズボンタイプの茶色のオーバーオール、さらに上から赤いベストを羽織った少女がいた。
「うわあ」
目の前に広がる光景に思わず呟いしまった。
それに嘆息するようにハルトが息を吐き。
「グラードン、起きろ」
そう言った。
クッションを抱き枕にしてソファに沈み込む緋色の少女に向かって、そう言った。
「…………は? グラードン?」
ちょっと何を言っているのか理解できなかった。
否、理解したくなかったというべきか。
グラードン。ホウエンに語れる伝説の片割れ。カイオーガと同じ想像を絶するほどの強大な力を持った怪物。
苦難の末に捕獲したということは聞いている。それが今、ミシロの家にいることも聞いていた。
だからエアも僅かに緊張があった。カイオーガと戦ったからこそ、同じ力を持つというグラードンがどれだけの怪物なのか理解できたから。
そんな相手が自分たちの居場所にいると知って、心中穏やかとはいられなかった…………のだが。
「あ~…………ダメになる~」
クッションに顔を
「はあ…………これは今日もダメかなあ」
再びため息を吐くハルトに聞けば、やってきた初日は捕獲したばかりということもあり、カイオーガと違って警戒心剥きだしだったらしい。とは言っても一度は敗れた身、暴れるようなことも無く、ハルトとしても適度に距離を置いて少しずつ絆を結んでいけば良いだろう、と思っていたらしいのだが。
「この前父さんが買ってきた『人もポケモンもダメになるクッション』を気に入っちゃって…………それ以来、
目の前で野生のやの字も見えないほどに油断し、緩み切った伝説のポケモンを見ているとなんとも言えない表情になる。
とは言えハルトとしては、大人しくしているならそれはそれでいいか、とも思っているようだが。
「それはそれとして、エア…………二階にみんないるから、行っておいでよ」
こっちはこれを何とかしないと、とグラードンをクッションからひっぺがえそうとしているハルト。
「ほら、いい加減飯を食え、母さんとシアが片づけられないって困ってるだろ」
「い~や~だ~! オレはクッションと結婚したんだ、絶対に離れ離れになんてならないからな!」
「そのクッションは家族共用だよ! ていうか俺にも寄越せ」
「絶対に、絶対に渡さないからな! これはオレのだ!」
「もう一個、父さんのクッションあるだろ、そっち使えよ」
「オッサン臭いからやだよ、お前息子なんだろ、使ってやれよ」
「やだよ、加齢臭するし」
……………………。
………………………………。
…………………………………………。
「私は何も見なかった、そういうことにしておきましょう」
これが伝説のポケモンだなんてきっと嘘なんだろう。自分はハルトに担がれているに違い無い。
そういうことにしておこう。なんというか、そのほうが精神衛生に良いから。
「シアたちには帰ったこと言っておかないとね」
後ろで起きている騒ぎを見て見ぬふりをしながら、そうして二階への階段を上っていった。
* * *
「アイツに言ってねえの?」
クッションの取り合いが一段落し、ソファに沈み込むように座っていると、クッションを枕にしたグラードンがふとそんなこと言う。
アイツ、が誰、だとか、言う、って何のことだ、とか。
そんな誤魔化し意味も無い、だからこそ、何も返せない。
「あの魚介類がどんな説明したかは知らないけどさ…………オレが断言してやるよ。アイツはいずれ必ず進化する。一度スイッチが入ってしまえばもう抜け出すことなんてできやしねえのさ」
「カイオーガは…………『かわらずのいし』を持たせている間は大丈夫だって言ってたよ」
苦々し気な表情で呟いたその言葉はまるで縋るようだと自分で思った。
はん、と。グラードンが自身の言葉を鼻で笑う。
「あんな石ころ一個でいつまでも抑えられやしないさ。何せ世界を超える理の種をその身の内に育ててるんだ、いつか
「戦わなければ、これ以上成長はしない、そう言っていた」
「バカがっ、
スイッチが入った。グラードンのその言葉の表現が何よりも明確に今の状況を表していた。
スイッチは入ったのだ…………破滅へのスイッチが。
一度動き出してしまえば決して止めることのできない破滅への道行きをエアはすでに走り出してしまっている。
「きひっ」
グラードンが嗤う。
嘲るように、侮るように。
――――笑う。
「もう後には引けねえ、足を止めたって戻ることだけはできねえ。お前の後ろにすでに道はねえ。進むしかねえ、だが進んだ先は奈落だぜ?」
――――哂う。
「きひっ、きひっ、どーすんだ、人間? どうするつもりなんだぁ? お前は何を選ぶ? お前は何を捨てる? 好きに選べよ、好きに捨てろよ。全部全部見ててやるよ。こんなつまんねえ状況になっちまったんだ。こんなつまんねえ時代に目覚めちまったんだ。楽しませろよ、ニンゲン」
――――嗤う。
* * *
ルネシティ、その最奥に『めざめのほこら』と呼ばれる場所がある。
ルネの民たちが長い年月をかけて守り続けてきた聖域。
とは言え、今となっては半ば崩落し、天井も突き抜けてしまったただの元洞窟と言ったところか。
だがそれでもルネの民にとってそこが重要な場所であることには変わりなく。
すでに古い掟など半ば無かったような状況ではあるが、それでも勝手に人が入ったりしないように、入口には数名のルネシティジム門下のトレーナーが立って、見張っていた。
朝から雨が降りそうな曇天である。
レインコートの用意はしてはいるが、降ってほしくないなあ、と憂鬱そうに空を見上げるトレーナーがちらほらと見受けられた。
それが功を奏した、とでも言うべきか。
「……………………ん?」
空に動く点のような物が見えた。
何だあれ? そんな言葉を口にすることも無いまま、空を注視していると。
――――それが徐々に大きくなっていくことに気づく。
近づいてきている。
それに気づいたのは直後で。
「な、何だ?!」
声を挙げる。挙げた声に周囲が気づき。
彼らが一様に空を見上げると同時に。
赤と青の流星が降り注ぐ。
「ルウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
咆哮が轟く。
それが空から急降下するポケモンが発したものだと気づくと同時に、トレーナーたちがボールからポケモンを出そうとし。
それより早く、
「う、うわあああ?!」
「な、なんだ」
「緊急事態! 緊急事態だ!」
「誰かあ!」
ジムトレーナーたちは咄嗟に後退し、間一髪危機を逃れていたようだが、巻き上げられた土煙のせいで数秒視界が遮られる。
『みず』ポケモンに水でも撒いてもらえば煙もすぐに晴れる。そう考えたジムトレーナーがボールを手に取る。
ルネシティジムはちょうど『みず』タイプのジム故に、ジムトレーナーたちも『みず』タイプばかり所持していることもその考えを助長した。
尤も、その判断は正しい。普通に考えても、そうでなくても、視界を確保しようとしたジムトレーナーたちの考えは正しかった。
だからそれは、相手のほうがより手が早かった、それだけのことなのだ。
土煙を裂いて、オンバーンが、チルタリスが、ガチゴラスが、ヌメルゴンが飛び出してくる。
その強力なポケモンたちに驚く暇も無く、
殺す、わけではなく、音波で混乱させたり、湖に叩き落したり、尻尾で弾き飛ばしたり、体当たりで気絶させたり、行動不能にしようと暴れまわる。
ポケモンバトルならともかく、トレーナーへの直接攻撃など、普通のジムトレーナーが想定しているはずも無く(そんなもの想定した訓練をするのはトウカジムくらい)、パニックになって逃げ惑いながら、ポケモンを出すことも無く行動不能にされるトレーナーが続出した。
とは言っても、本命はそこではない。
トレーナーを攻撃したのは、目を引き付けるためであり、同時に本命が『めざめのほこら』へと入れるようにするためでもある。
タッタッタッタ
逃げ惑うトレーナーの間隙を縫って、少女、ヒガナが走る。
手の中には唯一ボールに戻したボーマンダが入っていた。
ヒガナが洞窟の入口にたどり着く。同時に崩落し、半ば埋まった入口を見て。
「ボーマンダ」
ボールからボーマンダを呼び出す。
そうして。
「吹き飛ばして」
“ガリョウテンセイ”
ボーマンダの放った渾身の一撃が塞がりかけた洞窟の入口に大穴を開ける。
人一人通るのに十分な穴が開いたことを確認すると、ヒガナがボーマンダを再びボールへと戻し、洞窟の中へと入っていく。
けれどそれを咎める者はいない。
何せその遥か後方でパニックと化し、洞窟の入口を見ていた者など誰一人としていなかったからだ。
その日、ルネシティで起きた一つのテロリズムによって、ルネシティジムのジムトレーナーに多くの被害が出た。
死傷者こそいないが、けれど負傷者多数であり、ルネシティジムのジムリーダーミクリは事件発覚直後に『めざめのほこら』へと向かい。
それから十時間以上。
「さあ、始まるでザマスよ」
「いくでガンス」
「フンガー」
というわけで『オレっ娘』グラードンちゃん登場。
尚初登場で威厳クラッシュしていた模様。
尚、『人もポケモンもダメにするクッション』は過去にはシャルちゃんが安眠に使っていましたが、安眠しすぎて放っておくと、昼寝したままそのまま翌日朝まで寝ていたという事態が発生したため、ハルトくんに没収されたという裏設定があります。
グラブルはCCさくらコラボなんとか交換しきったし、これでひと段落、とか思ったら四象始まるし、オトフロはイベント中にさらに別イベント重ねるとかいう離れ業してくるし、リブレスは相変わらずの糞イベレイドだし。
忙しすぎて執筆する時間がねえや(