崩れかけた洞窟の内部を足早に進んでいく。
かつてカイオーガが暴れたその場所まで辿りつくと同時に、足を止める。
一部崩落した天井からは空が見え、透き通った地底湖は空から射す光を透過し、水底を映し出していた。
たん、たん、と足を踏み出せば、洞窟内に音が反響し、空へと抜けていく。
「…………何故」
ぽつり、と男…………ミクリが地底湖の畔に立つ少女へ向け、口を開く。
「何故こんなことをした」
ミクリの言葉に少女は黙し、背を向けたまま答えない。その少女の態度がミクリを苛つかせる。
ミクリにとっても直接の対面はこれが初めてだ。だがその容姿に関しては、事前にリーグ側から知らされていたし、その存在に関しては
「流星の民が、ルネでこれほどのことをするなど…………正気ではない」
『流星の民』そして『ルネの民』は元を辿れば同じ民族だ。
遥か太古、『ゲンシの時代』に分かたれ、それぞれの役目を持ち、掟に準じて各々が役目を綿々と受け継いできた。
故にどちらが上、どちらが下、ということではなく、同じ存在を崇め、奉る、所謂同志であり、同類であり、同族であった。
だからこそ、今回の凶行は狂気であるとしか言いようがない。
「ルネの民を寄りにもよって流星の民の伝承者が害するなど、
そんなミクリの言葉に、くすり、と少女…………ヒガナから笑いが漏れた。
「ふ、ふふ…………ふふふ…………アハハハハハハハハ!!」
ヒガナが嗤い、振り返る。瞬間、ミクリの背筋が凍る。
「…………キミ、は…………」
魂までも吸い込まれそうなほどに虚無的な瞳。
口は笑っているはずなのに、表情はまるで感情が抜け落ちたかのような無表情。
ぞっとするほど狂気的なその様相に、ミクリの額に、冷や汗が流れる。
「ふふ…………ふふふふ…………流星の民? ルネの民? 伝承者? ふふふ、くだらない、くっだらない!! アハハハハハ、そうさ、もうそんなものどうだっていい!」
そうして返ってきた言葉に、絶句する。
「
段々と感情的になるヒガナの声に、絶句したままのミクリは何も答えられない。
「何だったのさ! 私のこれまでは! どうして! どうして!! あの子はもういない、いなくなっちゃった。私の、私のせいで! 私が失敗したから!」
支離滅裂な言葉の数々が、だからこそ、ヒガナの激情を分かりやすいほどに表していた。
「彼女はもういない! 私に全部託していなくなった! あの子ももういない! 私にはもう何もない! ならもうなんだっていい! どうだっていい! 滅びろ、滅びればいい、こんな世界!」
瞳孔は開ききり、
「隕石がこの世界を滅ぼさないのなら、私が滅ぼす。全部壊して、全部潰して、全部消し去って、そうして何もかも無くなってしまえば良い!」
狂っている。目の前の少女に対して、ただそれだけを思った。
「ふふ…………あははははは…………あは…………は…………アハァ? 知ってるんだよ、私」
段々と声が小さくなっていく。そうして最後には絞り出すような声で、けれどそこに
「――――――――ここに原初のキーストーンがあること、知ってるんだよ?」
そう呟き、ニタァ、と笑った。
* * *
どうしてそれを、とは言わない。
先も言ったが、流星の民とルネの民は元は一つの集団だったのだから。
とは言え、知っている、とヒガナは言ったが、今となってはそれを知っているのはルネの民、それも伝承の継承者であるミクリのみである。
流星の民とルネの民は同じ伝承を語り継いできた一族だ。
だが龍神を崇め祀り、その力を借りることができる『
それが全ての始まり。
メガシンカの歴史、系譜、原初。
メガシンカはホウエンから始まり、世界に広がっていった。
そんな誰も知らない歴史的事実を伝承者の一族は知っている。
ホウエンに降り注いだ隕石は二つ。
最初の隕石はホウエンの西、現在でいうカナズミシティの北に落ち『りゅうせいのたき』を作った。
二つ目の隕石はホウエンの東、サイユウシティとミナモシティの中間に落ち『ルネシティ』ができた。
一つ目の隕石は砕けて粉々となった。『りゅうせいのたき』を探せば今でも遥か太古に堕ちた隕石の破片が見つかる。
二つ目の隕石もまた砕け…………けれど大きな破片が残った。
虹に輝く巨大な隕石はルネに残ったのだ。
隕石は常にホウエンに災厄をもたらしてきた。
一度目の隕石はグラードンとカイオーガを呼び起こし、しかしレックウザがそれを封じた。
故にレックウザは『りゅうせいのたみ』に龍神と崇め奉られた。
二度目の隕石は封じたはずのグラードンとカイオーガを再度目覚めさせた。
ゲンシの時代、強大な力を得て蘇った二体の暴威にホウエンの人々が祈り。
祈りを束ね、祈りは力となり、龍に力を与えた。
レックウザが再びホウエンへと現れる、その姿を変じて。
それが恐らくこの世界における、最古のメガシンカだと言われている。
メガレックウザの圧倒的力によって、ゲンシグラードン、ゲンシカイオーガは再び地の底に、海の底に封ぜられ、虹の隕石はルネの民によってどこかに隠された。
元は同じ一族だった流星の民もまたそれを知っている。だがどこに隠したか、までは知らないだろう、それはルネの民の歴史を受け継ぐたった一人だけが知る事実であるから。
とは言え、ルネの民の役割を考えればそんなもの二つに一つでしかない。
『そらのはしら』か『めざめのほこら』か。
ルネの民自身が立ち入ることを禁じた聖域。
とは言え、『そらのはしら』は見ての通り風化し、朽ちた建物だ。外観からしてボロボロで、あちらこちら崩落して隙間だらけだ。下から上まで一度昇ればそこに何もないことが分かるだろう。
そして何より、『そらのはしら』はルネの民が管理はしているものの、常に張り付いているわけではない。
より重要なものを隠すのならば、ルネの内側にあり、ルネの民の目が常に届く場所のほうが合理的だろう。
そう考えれば『めざめのほこら』はまさしくうってつけの場所だと考えられる。
かつてカイオーガと戦うためにチャンピオンも立ち入った場所。
その深奥には地底湖が存在する…………わけではない。
本来そこには何も存在しない。
カイオーガが海底から岩壁を破って入ってきたことで、塩水湖がそこに生まれた。
否、何もない、というには語弊があるだろう。
そこには入口がある。
さらに奥深くへと、そう…………最深奥へと続く入口が。
少なくとも、ミクリはそう聞いた。代々の継承者はそう語り継いできた。
実際のところは分からない、当たり前だ。何せルネの民は自らこの場所に入ることを掟で禁じたのだから。
ことこの状況に至り、ようやく掟の意味も薄れ、ミクリ自身立ち入る決心がついたのだ。
故に、ミクリにとってもここは聞いてはいたが、訪れるのは初めての場所だった。
いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。
今重要なのは目の前の少女、流星の民、そして伝承者である少女のことだった。
* * *
「それを知って…………どうするつもりだ」
「あは…………決まってるさ、決まってるよ」
にぃ、と少女の口元が弧を描く。
「かつてルネに落ちた隕石より生じた原初のキーストーンは龍神様に繋がっている」
事実だ。かつて一度、それでレックウザをメガシンカさせた事実がある。
「だったら、私の祈りも、龍神様へと届くでしょ?」
狂気的に笑む目の前の少女の祈りなど、絶対にろくでもないものに決まっている、それが分かるからこそ、絶対に渡してはならない、そんな当然のことを思う。
「行かせると思うかな?」
「押し通るさ」
互いにボールを構える。バトルの腕ならば相応に自信はある。だが相手は伝承者だ、油断はできない。
そうして。
「「――――!!」」
互いがボールを投げ。
「っ?!」
自身の放ったボールからはポケモンが飛び出し、彼女の放ったボールからは何も出なかった。
それだけの話、だがその異常に思考が一瞬停止し。
「
呟いた少女の声に答えるように、ざばぁ、と
「うし…………ろっ?!」
驚愕し、振り返る。けれど、もう遅い。
ポケモンバトルの性質上、必ずトレーナーはポケモンの後ろに回る。そのトレーナーの背後、地底湖から現れたポケモンに、トレーナーの目の前のポケモンが対処するには、どうやっても距離と時間が足りない。
故に。
「ルオオオオオオオオオオォォォォォ!!!」
目の前に迫った竜の存在に。
「…………っ」
ミクリは目を見開くことしかできなかった。
* * *
「ルネが襲撃された?」
久々に戻ってきたエアも含めた家族全員で…………グラードンはソファでクッションに埋もれて幸せそうに眠っているし、カイオーガは裏庭からそのまま直通で海に散歩に出かけているので二人を除いて…………朝食を食べ、今日はどうするか、と考えていた時、その情報がホウエンリーグから伝えられた。
ルネシティが何者かによって襲撃され、ジムトレーナーたち数名が負傷。襲撃者は『めざめのほこら』へと侵入し、それを追ってジムリーダーミクリが『めざめのほこら』へと入ったまま、すでに数時間、戻ってこない、と。
「時間が悪かったな」
ただでさえ、すでにグラードンとカイオーガという災害にホウエン全土が緊張状態にあったのだ、それを捕獲し、日常が戻ってきた。気の一つも抜きたくなるだろう。
そしてその気の緩んだ直後を襲撃された。
というか自身だって予想外だ。こんなこと、実機ではなかった。実機が全てだとは言わないが、
「暴れていたのはヌメルゴン、オンバーン、ガチゴラス、チルタリスか」
すでに全員『ひんし』となってはいるが、ボールに収納できない、ということはトレーナーの手持ちであるということであり。実機でその面子を使っていたのは…………。
「ヒガナ、か?」
ボーマンダを付け加えれば確かその面子だったはずだ。とは言ってももう随分と昔の話なので間違っている可能性もあるが。
ダイゴが一度戦っているらしいので、後で裏付けするとしても。
「どうしてヒガナがルネを襲う?」
エピソードデルタを考えるに、各地のキーストーン所持者を襲うことは考えられる。だが場所がルネ、しかも『めざめのほこら』というのが良く分からない。
「何かあるのか? あそこに」
実機において『めざめのほこら』はグラードンやカイオーガと戦う場所、という印象しかない。
それ以外に特に何かがあるわけではない、と思っているのだが。
「いや…………とにかく、行ってみるしかないか」
呟きながら、手持ち全員の入ったボールを腰のホルスターにセットしていく。
とは言え、グラードンとカイオーガを除いてもボールは十。
別に持っていけないわけではないが、ホルスターにセットできるのは六つ。
四つは鞄に入れておくしかないのだが。
「取り合えず、いつものやつらで行ってみるか」
リーグ側からチャンピオン就任時のメンバーはトレーナー戦では禁止されているが、とは言え今回は事態が事態だし、問題無いだろう。
それに、サクラやアクアもいくらか育成したとは言え、一番使い慣れたメンバーとなれば、初期の六人が上がる。
「ダイゴからの返信は…………無いか」
先ほどナビ宛てにメッセージを送付しておいたのだが、まだ返事はない。
まあダイゴもカナズミのデボン本社でそれなりに忙しい日々を送っているようではいるが、リーグ側からも今回の一連の件の協力者として情報は行っているだろうし、すぐに気付いて返信もくれるだろう。
じゃあ…………行くか、そう考えたところで。
「ん…………ん…………」
がばり、とグラードンがソファの上で勢いよく上半身を起こす。
「あ、目が覚めた?」
「…………………………」
「朝食なら机の上に置いてあるし、俺ちょっと出かけてくるから」
「……………………待て、ニンゲン」
ぼんやりとした様子だったグラードンが突如、目を細め、何かをじっと見つめるかのように、カーテンのかかった窓の外を見上げる。
ソファから体を降し、立ち上がると、そのまま素足でトタトタと窓まで近づき。
しゃっとカーテンを開ける。
外は眩しい夏日が差し込んできており、見ていたこちらまで一瞬目が眩みそうになり…………。
「…………来るぞ」
その呟きに、何が? と尋ねようとして。
ふっと。
突如、家の中が暗くなった。
暗くなったのは家ではなく。
「…………………………………………は?」
やべえ(
大黒天シリーズ⑩で終わる気がしねえ。
書きたいこと書いていくと⑮、へたすれば⑳超えそう(
まあそれはそれとして、原初のキーストーンこと、虹の巨石は原作でも確か存在がほのめかされていたはず。
因みにアニポケだと「最強メガシンカ」シリーズで実際に出てた。
ただ言いたい。
なんで遺跡で放置されてんだよ!!!
あんな重要なもんどう考えたって誰か管理してる人間がいるだろ、普通に考えて。
因みにルネに落ちた隕石=キーストーンというのはオリジナル設定。
とは言っても、ホウエンに落ちた隕石の中から出てきたものであって、それでいてゲンシの時代くらいに落ちてきたもので、それでいてホウエンに落ちた巨大隕石って公式設定では現状二つしかなくて(エピソードデルタ含めると3種)、んで一つは「りゅうせいのたき」に、ひとつは「ルネ」において、んで、伝承者であるヒガナがわざわざキーストーン集めてたってことは「りゅうせいのたき」には多分なくて、「そらのはしら」にもなくて、だったらもう「ルネ」にあるんじゃねえの? ってのが個人的見解。
少なくとも、探せば誰でも入れるような遺跡にぽつんと放置されてて、それをカロスから来た人間がふらっと発見して、それがきっかけでレックウザが着て~とかそんな不自然展開あり得るかよと言いたい。