「こりゃア、ハデにヤったなア」
土塊の山と化した『えんとつやま』
アクア団は環境団体の一種だ。特に自然環境、ポケモンの生活圏の保護を重視している。
基本的に海ばかり重視していると思われがちだが、別に陸にだってポケモンは多く住んでいるのだ、活動範囲としては間違ってはいないし、実際ボランティアレベルの植林活動から、決壊した河川の修復など専門的な物まで手広く活動している。
マグマ団もアクア団も、その活動実績から無法者集団だと思われがちだが、実のところ専門的な知識を持った人間というのも多く存在しており、拠点でそれぞれ研究に励んだり、活動に当たって必要な知識を捻出したりしている。
そうして専門家の意見によって立てられた計画を下っ端たち実働部隊が遂行していく、というのがアクア団の本来のスタイルだ。
そもそもリーダーであるアオギリ自身、結構良いところの出らしく、専門家に交じって意見を交わしていることも多い。外見で誤解されることが多いが、アオギリはどちらかというとインテリ派である。
…………言葉にすると凄まじい違和感を覚えるが、そうなのだ。
「中々大変ナ仕事にナリそうダゼェ」
参った参った、と言いながらも、しかしながらウシオ自身特段この仕事を辛いと思ったこともない。
いや、これはそもそも仕事ですらない。何せこの活動で何ら給与が発生するわけでもないのだが、実質タダ働きと言える。
それでもウシオも、それに他の団員たちも特に不満も文句も無くせっせと働いている。
「アニィの理想のためダァ、仕方ネェよナア」
全てはアオギリのために。自分たちを拾いあげ、救い上げてくれた男のために。
その男に命じられたのだから、何の文句があろうか。
「それに…………最近のアニィは、昔に戻ったみてぇダ」
いつからだっただろう、アオギリの表情に心からの笑みが消えたのは。
伝説のポケモンの復活を目論見、邁進するその姿は今にして思えば暴走していたのだろう。
だがそれが潰えて…………逆に心に余裕が戻った、とでも言うべきか。
妙な焦りは消え、楽しそうな笑みが増えた。
アクア団はアオギリのための組織である。
故に、アオギリが後ろを振り向くことすらなく走り続けるなら、自分たちだってその背を追い続ける。
だが立ち止まり、やれやれと嘆息しながら、それでも楽しそうな笑みを浮かべるなら、そのほうが自分たちにとって喜ばしいのだ。
だからこそ、今が楽しい。
アオギリが楽しそうだからこそ、ウシオたちも楽しい。
アクア団とはつまり、そういう組織なのだから。
「しっかシ、どこカラ手をつけタもんだこりゃア」
取り合えずできることからということで、土に埋もれた物を掘り起こして荷車で運ばせているが、ここまで派手に崩れてしまっている以上、人の手でどこまで戻せるだろうか、と言った懸念がある。
「ウシオさーん」
と、その時、土塊の山の中から団員の声がした。
「オーウ、どうしタァ?」
土の山の中から手だけが伸びてきて、手を振ってくる。
何かあったか、と思いながら手招きされるがままに土塊の山を登っていき。
「…………オイオイ、コイツハ」
そこに
* * *
「っ…………なんだって! それは本当かい?!」
ツワブキ・ダイゴがその報告を受けたのは、自身の働く会社へと出社し、早朝の会議のために簡単な書類を準備していた時だった。
チャンピオンの座を受け渡してから早二年。
元よりチャンピオンという座にそれほど執着の無かったダイゴだが、ポケモンバトルにおいて初めて
とは言え、新チャンピオンから協力を要請された伝説との戦いに備えるならば、迂闊にチャンピオンが交代するのもマズイと考え、伝説との戦いが終息するまで日々鍛錬に暮れていた。
その意気や、趣味の石集めを中断するほどのものであり、何よりも周囲の人間を驚かせた。
そのダイゴが何故父の会社で働いているのかと言われれば、つまるところ引き継ぎだ。
元々、御曹司として後を継ぐ立場にあったのだが、ホウエンチャンピオンという地位が彼を好きにさせていたのだ。
それが無くなった以上、次のことを考えてほしい、というのがダイゴの父の考え。
そもそもいくら若く見えてももう二十も半ばである、十歳で成人と見なされるこの世界で二十半ばというのは相応の歳だ。
焦るほどの物ではない、だが決して楽観したまま座視できない、そんな中途半端な年齢。
だからダイゴも渋々ながら受け入れた。結局将来自身が継ぐことになる会社である。
とは言え、彼自身やらねばならないことは多くある。元チャンピオン、だがその実力はそれでもホウエンで一、二を争うものだ。しかもその力は日々成長している。
しかる後、来るべき伝説との戦いに備えて、この強大な戦力を外すことはできない。
実際、ホウエンリーグから協力の要請が来ているのだ、父親たるツワブキ・ムクゲとてポケモン協会、引いてはその配下のホウエンリーグを無視することはできない。
そこからのダイゴは多忙を極めた。
会社の仕事とて楽なものではない。引継ぎ、と言ったが、会社のトップの引継ぎ業務だ。その内容は多岐に渡り、仕事量は膨大なものとなる。
それに加えて、日々の鍛錬でトレーナーとして腕を磨き。
ホウエンリーグの要請で用心棒のような真似をしたり、活発に動き始めたマグマ団、アクア団を探して各地を巡ったり。
並みの人間ならどれか一つと言ったことを、全て難なく熟せるのは、間違いなくダイゴという男が天賦の才を持つからだろう。
そしてだからこそ、その情報を受けたダイゴの驚きようが、ダイゴが受けた衝撃の大きさを物語っていた。
ナビから聞こえた声、紡がれた言葉、その内容にダイゴの思考が一瞬止まった。
そうしてすぐにフル回転を始める思考が、次の行動を導きだす。
「すぐに行くよ、詳細が分かり次第
ナビの通話を切り、すぐさま父に連絡を取る。
仕事を休むことに対して、けれど父はダイゴを信頼しているからかすぐに了承をくれた。
許可をもらえば即座に行動を始める。
「ヤイバ!」
エアームドをボールから出し、その背に飛び乗る。
そうしてエアームドが大空へと羽ばたき始め、加速を始める。
そうしてダイゴは一路トクサネシティへと向かう。
会社を出た直後に届いた、ナビのメッセージに気づくこと無く。
* * *
「はあ…………はあ…………」
荒い息を吐きながら、少女、ヒガナは歩く。
「まさか…………あんな水の底に、あるなんて、思わなかった」
ミクリを奇襲によって気絶させ、ようやく邪魔者も居なくなったと目的の物を探したが、まさか湖の底にさらに下へと続く入口があるとは思わなかった。
水に潜れるボーマンダ以外では決して見つけることができなかっただろう。
「『みず』の、血統持ちで、助かったね」
『血統』を意図的に作ることはそれ即ち、外界において生命を弄ぶ禁忌に等しい行為だ。
簡単に言えば、卵から生まれてくるポケモンを意図的に改良する行為。
ポケモンにはある程度
つまりそれが『血統』であり、それを利用して強いポケモンを
そもそもの話、そんなことをしなくても育成である程度までは後天的に能力を付与することも可能であるため、する人間などまず居ない、居たとしてもそんなものすぐに廃れる…………否、
『りゅうせいのたき』においてもそれは等しく禁忌だ。もしそれをすれば一族を追われることになるほどの禁忌。
そしてヒガナのボーマンダはそんな『血統』持ちの一匹。
勿論、意図的に造ったとなればいかな伝承者のヒガナとて外道の誹りを免れない。
実際のところ、違うポケモン同士で卵を作るというのは自然界でも時折確認されている。
そうしなければ通常では覚えない技というものがあり、それを覚えた個体が自然界に存在することが何よりの証左だろう。
ヒガナのボーマンダも元はそう言った類の一匹であり、ボーマンダの母親とギャラドスの父親を持ち、それが故に生まれた時から『みず』タイプに対する高い適正を持っていた。
“ハイドロポンプ”などの技も覚えるし、恐らく育成能力の高いトレーナーが育てればタイプを『みず』に変えることだってできるだろう。
ヒガナの育成能力ではそこまで望むこともできないが、それでも一種の特異個体と言うべきなのか、通常のボーマンダではあり得ない『なみのり』と『ダイビング』を覚えることができる。
そうして水中を探索してもらった結果、水底にあった入口を見つける。
とは言っても穴の上に石を置いて隠しただけの簡素なものだったが、洞窟の崩落によって大量に岩が水底にあるため見つけるまでにそれなりに時間を要してしまった。
だが見つけてしまえばこちらのものだ。
ボーマンダの一撃で底に穴を空けさらに進んでいく。
洞窟の中とは思えないほどの入り組んだ地形、さらに完全に浸水してしまっているため明りも点けることができず、一本道でなければ確実に迷っていたかもしれないと思わされるような道中。
道の先は突き当りになっており、真上へと道が伸びていた。
そうしてボーマンダの背に乗って浮上いていくが、水圧の差というのが存外大きく、少女の身であるヒガナにとってかなりに負担になっていた。ボーマンダがこちらを伺うように見てくるが、けれど構わないと首を振ったヒガナの姿を暗い水の中で見えていたのかいないのか。
けれどボーマンダは止まらずそのまま水面へと昇っていく。
水面を抜けた瞬間、全身を包む浮遊感と圧が消えていく。
荒い息を吐きながら暗い洞窟内で明りを灯す。
すぐ傍に陸地があることに気づき、ボーマンダに指示を出す。
一体どれだけの時間、水中を潜っていたのか、ヒガナ自身検討もつかない。
ただ、陸に足をつけた瞬間、思わずよろめき、崩れ落ちる。
ルォォ、とボーマンダが心配そうに頬をこすりつけてくる。
それに大丈夫と返しながらその頭を撫で、立ち上がる。
明りで見渡す限り、まだ奥があるらしい。
疲れ切った足を踏み出し、歩く。
「はあ…………はあ…………」
荒い息を吐きながら、少女、ヒガナは歩く。
「まさか…………あんな水の底に、あるなんて、思わなかった」
さらに言えば隠しされた通路の奥の内側まで浸水しきっているというのも予想外だった。
「『みず』の、血統持ちで、助かったね」
ボーマンダがいなければ詰んでいた。ミクリを気絶させたあの場所で立ち往生となっていただろう。
心配そうなボーマンダに再度大丈夫と声をかける。
「大丈夫…………見つけるまで、倒れない、から」
長時間水の中に潜っていたせいで、全身が震える。
土気色をした顔と紫色に染まった唇が体温の低下を周囲に伝えていた。
それを見ているのは一匹の竜だけだが。
暗い通路が続く。
一体今ルネのどこ辺りなのか、少なくとも『めざめのほこら』の周辺というにはちょっと歩き過ぎている。
海の上なのか、それとも下なのか、それすら分からないほどに
それでも、一つ分かることがある。
「この、先だ」
呟く視線の先、手元の明りでは照らしきれない深い深い闇の奥。
そこに確かに有ると感じる。
目指していた物。
求めていた物。
「あと、ちょっと」
ふらつく体で、一歩、また一歩と歩く。
もう今から来た道を戻るだけの体力も無い、進んで、進んで、進んで。
求めた物を見つけて、そうして。
「……………………ふふ、あはは」
その先には、何も無い。ヒガナという少女の生の終わり。
「ごめんね、ボーマンダ…………お前まで付き合わせて」
振り返り呟いた一言に、ボーマンダが低く唸り、再度頭を擦り付けてくる。
まるで気にするな、とでも言っているように思え…………否、きっと言っているのだろう。
「なんで…………こうなっちゃったんだろうね」
それは、ここに来るまでに幾度となく呟いた言葉だった。
ヒガナという少女は『りゅうせいのたき』で生まれた。
『流星の民』という一族の中で育ち、けれど特別な才を持たなかった少女は一族の基準ではというただし書きこそ付くが、極普通に育った。
閉塞した環境で生きる『流星の民』は皆が一族であり、血の繋がりを問えば恐らく全員が全員辿っていけば遠い血縁関係と言える。故に直接的な血の濃さに関係なく、一族全員が一つの家族であり、共同体として暮らしていた。
とは言え、やはり近い歳同士で遊びたがるものであり、ヒガナもまた歳の近かったシガナという少女に懐いた。シガナもまた年下のヒガナを良く可愛がり、傍から見れば本当の姉妹のようでもあった。
ただ一つ、そこに付け加えることがあるとすれば、シガナという少女が『流星の民』の正当なる『伝承者』であったことか。
流星の民には千年前から伝わる予言がある。
ホウエンに降り注ぐ災厄の存在。つまり巨大な隕石がホウエン、どころかこの星すらも滅ぼすだろうという予言。
それを防ぐために『流星の民』は独自に千年もの間、様々な術を編み出してきた。
そして『伝承者』とはそれらの術を遺失することなく文字通り『伝承』する存在である。
そして予言の千年はもうすぐ来る。
『伝承者』であるシガナはそのために命を賭けて使命を果たし、そうしてホウエンに降り注ぐ巨大隕石は『流星の民』が独自で動き、解決するはずだった。
本来ならば。
それができなかったからこそ、話はこうも拗れた。
シガナが死んだ。
元からそう体の丈夫な少女ではなかったのだ。病弱、と呼べるほどではなかったが、けれど年下のヒガナに発育で追いつかれるほど小さな少女だった。
特に『伝承者』の務めは大きく体力を消耗することもあるため、体の弱い少女に任せるようなことは無く、別の誰かがなるべきだった…………それが可能ならば。
『伝承者』とは誰でもなれるようなものではないのだ。
致命的なまでに『才能』を必要とする。
特に『異能』に関する大きな才能、これが無ければ絶対に不可能と言えるほどだ。
そして不幸にも現在の『流星の民』に強い『異能』を持つ人間というのがシガナ以外に存在しなかった。
故に、まるで必然だと言わんばかりに、シガナが死んだ。
シガナが死んで、それから、それから。
――――ヒガナがそれを受け継いだ。
特別な才なんて無かったはずの少女がそれを受け継いだ。
己が異能を、術を、技を、その全てをたった一人の少女に受け渡したから。
だがヒガナには『伝承者』となるには致命的なまでに才能が足りない。
だからこそ、その大半を零れ落とした、受け継いだ物も劣化してしまった。
それでも他の人間に比べれば『異能』の才を持つだけまだマシだった。
予言の千年目はもう間近に迫っていた。
『流星の民』に最早選択の余地は無かった。
そうして苦肉の策でヒガナが『伝承者』となり、使命を受け継いだ。
その傍に、初めてのトモダチ…………『シガナ』と名付けたゴニョニョを連れて。
「自分に致命的なほどに才が足りないことは分かっていた」
呟きながら、自嘲気味に笑う。
真の伝承者ならば、自らで動き、何もかも解決できていたのだろう。
だが自分は偽物だ。自分が受け継いだのは『伝承』の切れ端のようなもに過ぎない。
だがその『切れ端』すらも自身に大きな力をもたらした。
もたらし…………それでも足りない。
「龍神様を呼び出す力も無い、願いを届けることもできない。まして操ることなんてもっとだ」
だから、マグマ団とアクア団、二つの組織を利用し、『グラードン』と『カイオーガ』を甦らそうとした。
二匹の伝説が地上で暴れれば、かつての伝承と同じく『
そうして目の前に姿を現してくれれば自身の願い、祈りも届けることができる。
そう信じたから。
だから、欺き、騙し、最後には裏切り。
そうして二体の伝説は止められた。
ふざけるな、と言いたかった。
最早予言の日まで日が無いというのに。
邪魔をするな、と言いたかった。
例えその道中で何百、何千、何万の人が死のうが。
何もしなければ星が滅ぶだけだ。
だから、それは仕方のない犠牲なのだ。
だから、邪魔をしないでくれ。
だから、だから、だから。
そんなヒガナの願いは届かない。
龍神は現れず。
「…………なんで、なのかな」
震える体で、震える唇で、震える声で、ぽつりと呟いた。
「どうして、隕石は落ちなかったのかな」
千年前、『流星の民』が予言した日は過ぎ。
「隕石なんて…………無かったんだ」
最初は何かの間違いだと思った。
次に、場所が違っていたのかと、他所の地方で隕石の情報が無いかを調べた。
さらには、予言の日付を間違えたのかと何度も何度も確認し。
最後に、予言が間違っていたのだと、理解した。
「ふざ…………けるな!!!」
洞窟内に声が反響する。
吐き出した空気に、思わず
それでも、体の震えは止まらない。
それは寒さではない。
「なんで、なんで!!!」
怒りから、だ。
「私たちは何のために…………シガナは! 何のために…………何のために死んだ?」
間違っている。
何もかも、間違っている。
間違えていたのは、流星の民であり。
「こんな世界…………間違ってる」
だから、壊すのだ。
「あは…………あはは…………アハハハハハハ!」
歩いて、歩いて、歩いて、ようやくたどり着く。
「みつけた…………みつけた、見つけた、ミツケタ」
明りに照らされ、虹色に光る巨石の元へ。
「アハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
咽る、咳き込めば、血が混じっていた。
だが最早そんなもの関係ないと、嗤った、嗤った、嗤った。
そうしてぴたり、と虹の巨石に触れ。
「壊して…………全部、全部、壊して! 何もかも、滅ぼし、潰し、焼き払い、そして」
全部、全部、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ――――。
「――――何もかも、壊してしまえ!!!」
絶叫に応えるかのように、巨石が虹色に輝き。
そして――――――――。
5000字前後で書いてたら10話で終わらないことに気づいたので、話多少短縮しながら文字数増量することにした。と思ったら、余計な話書いて結局1秒だって前回から進んでない罠。とは言え、ヒガナはほぼ描写無かったからエピソードデルタやってない人には全然分からないだろうし、やった人でも正直半分くらいしか分かってないだろうから、こうなった経緯みたいなのも描写したくて…………やっぱ1話1万字くらいがベストな気がしてきたぜ。
というわけで前回の補足&黒幕の裏設定みたいなの。
因みに『血統』云々の設定は割と前(三章中盤くらい)からあったけど、出す意味あるかなあ、とか出しどころ無いなあとかの理由で今まで出てこなかった。
ネタバレ①:ここまで拗れてしまった原因となる全ての戦犯が2人いて。割合的には8:2くらい。実はもう本編に登場してる。
ネタバレ②:実はとあることをするだけで実機と同じようなルートを辿る(つまり何事もなくハッピーエンド)。まあ本編はすでに終わってしまっているので、このルートだが。