「なんだ…………これ」
まるで突然夜になったかのように錯覚してしまうほどの闇が世界を覆った。
突如真っ暗になった家の中の様子に驚き、そしてグラードンの開けたカーテンの向こう側を見る。
見たままを言っただけなのだが、余りにも非現実的過ぎて一瞬呆けてしまう。
つい先ほどまで真夏日が差し込み、眩しいほどに煌いていたはずの空が。
どす黒く染まり、雲一つないはずの空には太陽も無く、月も無く、星すらも無い。
“ だ い こ く て ん ”
――――せかいが やみよに つつまれた
例えるならば闇夜。新月の夜。星一つ無い真の闇が世界を覆い包んでいた。
「なんだよ…………これは!」
声を荒げる。
理解ができない。何よりもそれが最悪だった。
例えばこれが大雨だったらカイオーガの仕業だと思えるし、猛暑になるならグラードンの仕業かと思える。
それならもし突然そうなったとしてもここまで慌てることはない。
自身の知識に、こんなことができるポケモンの存在が無い。
それこそが、何よりも自身を焦らせた。
「何がどうなってやがる」
呟きながら、足早に玄関を抜け、外に出る。と同時に周囲の家に明りが灯る。確かにこう暗いとろくに周りも見えない。そして家から出てくる人の姿がちらほらと見え始める。
「…………明り、つけるか」
こちらも一旦家の明りをつけようと戻ろうとした直後、ぱっと家の中で電灯が点き、視界が明るくなる。
どうやらグラードンがつけてくれたらしい、二階のほうにも母親が電気をつけたのか明りが漏れている。
そうやって視界に明るさが戻ってくると、少しだけ冷静になってくる。
「まずどういう状況だこれ」
空が闇に包まれている。
端的に言えばそれだ…………それだけだ。
それ以外の異常というのが見当たらない。
ただ暗い。現状だとその一言で済まされてしまう。
状況自体は異常の一言に尽きるのに、その結果が余りにも不釣り合いだった。
「グラードンが何か知っている?」
空が闇に覆われる直前、確かにグラードンはそれを予期したような言葉を発した。
だとするなら、何か知っているのか、それとも何かを感じ取ったのか。少なくとも、こちらより情報を持っているのは間違いないだろう。
故に、家に戻ろうと踵を返し。
ピカッ、と。
一瞬、空が光った。
「?!」
暗闇の覆われた頭上からの突然の光に視線がそちらを向き。
「キュオォォォォォォウォォ!!!」
* * *
見たままを言おう。
黒いレックウザが空に浮かんでいた。
「色、違い?」
確か色違いのレックウザがあんな配色だったはずだ。
ていうか自身だって過去には持っていた。何せ公式がばら撒きまくっていたのだ、それも第六世代で持っていない人間のほうが珍しいと言われるレベルで。
だから、分かる。一度ゲームで見ているからこそ、理解できる。
それが
実機の色違いはやや灰がかって見える黒だ。しかも体のラインは黄色が混じる。
だが空に座すそれは真に黒だ。漆黒というより最早闇黒と呼べるレベルで深い黒。そんな黒で全身を一色に塗りたくられている。
漆黒の空を雷鳴が照らす。
その僅かな光が、空を泳ぐレックウザの姿をうっすらと照らし。
「――――っ!!」
その全身が闇に包まれたのを見た。
闇がまるで球体のようにレックウザを包み込み、その姿を隠す。
なんて、思った。思いついてしまった。
それを切欠としたかのように。
闇が割れた。
闇が割れ、
「キュオォォォォォォゥウォォォォォォォォォ!!」
鼓膜を振るわせる咆哮がびりびりと、まるでホウエン中に轟かせるかのように響き渡り。
そうして。
そうして。
…………そうして。
――――直後、ホウエンの海が大きく弾けた。
* * *
海を割り、青の怪物がその姿を見せる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!」
カイオーガ。ホウエンの伝説の語られるポケモンの一体。
先の件で太古の眠りから目覚め、ホウエンを未曾有の大雨に包み込んだ海の魔物が咆哮を上げる。
“いてのしんかい”
放たれるのは絶対零度の水底の凍て水。
深海の超低温の水球が宙を舞う黒龍へと放たれる。
レックウザの本来のタイプは『ひこう』『ドラゴン』。
どちらも『こおり』タイプを弱点としており、その一撃は通常時のレックウザなら一撃で撃ち落される可能性すらあるほどの強烈な一撃。
だがレックウザはメガシンカによってその特性を“デルタストリーム”へと変化させる。
特性”デルタストリーム”は天候を『らんきりゅう』に変化させ、『らんきりゅう』は『ひこう』タイプの弱点が無くなる、という効果を持つ。
故に本来のタイプ相性の半減ダメージ、だがそれにしても2倍弱点。しかもそれを放つのはカイオーガ。同じ伝説のポケモンである。
レックウザの能力はグラードンとカイオーガの攻撃面での良いところを併せ持つが、逆に防御面では悪いところを併せ持つ。
つまりその一撃は本来ならば大ダメージとなり、レックウザをその大空から撃ち落すに足る一撃。
「キュォォォ…………ウゥォォォォォ!!」
まるで海水を被ったことを怒った、程度の様子でレックウザがカイオーガへと吼える。
そこにはまるでダメージと言ったものが感じられず。
直後、その体が凍り付く。
ぴきぴき、と元より氷点下を割っていた凍て水が上空の冷たい空気に当てられて急速に黒龍の体に霜焼けができ、さらに凍らせていく。
けれども。
「キュゥォォォォ」
レックウザが不快そうに凍り付く体に視線を向け、吼える。
瞬間、風が逆巻く。逆巻いた風は柱のように、上から下へと伸びていき。
やがて海上から天空へと伸びる巨大な竜巻と化す。
“かざぎりのしんいき”
同時に、レックウザの表面に張り付いていた氷がパリパリと剥がれ落ちていき、レックウザが自由を取り戻し、反撃とばかりに吼える。
“かみなり”
雷鳴が轟き、海の上の怪物へと降り注ぐ。
「グォォォ…………オオオオオォォォ!」
稲妻に焼かれたカイオーガが悲鳴染みた叫びを上げ。
* * *
裏庭に大穴を開けて地下水脈を抜ければ、海へと繋がっている。
元より森一つ挟んで向こう側は海を望むのがミシロタウンの立地だ。
森を抜けようとすればその深さに苦労するかもしれないが、その地下を真っすぐ抜けていけば地上を進むより格段に速く進むことができる。
ましてカイオーガ自身が作った地下水道を泳いだならなおさらだ。
だからカイオーガは捕獲され、ミシロにやってきて以来、毎朝海を泳ぐのが日課になっていた。
自らを捕まえた少年から天候を変えることを禁止されているため、カイオーガにとって地上は少しばかり生き辛い環境だ。
とは言っても伝説と呼ばれるほどの力を持つポケモンである。海の生物のように水がないと生きていけないというわけでも無い。ただ水に漬かっているほうが落ち着く、というだけの話。元は水棲だけにそこはどうしようも無い
だから勝手に庭に
そうして一日の大半はプールの中に沈みながら過ごしている。
元より他の伝説と違い、カイオーガには…………グラードンもだが、目覚めても特にやるべきこと、というのは無い。
だから自分の生きやすい環境を作ろうとしてグラードンとはしょっちゅう激突していた。
その度に邪魔が入っていたが。しかもその邪魔が自分たちよりも強いから結局、グラードンと喧嘩両成敗と言わんばかりに毎度封じられていたのを思い出す。
「あーなんか腹立ってきたなあ」
人に擬態した姿で海を泳ぎながらこそりと呟く。
苛立たしい、そんな時は泳ぐに限る。どこぞのバカトカゲのように苛立ち紛れにすぐ地震を起こすような真似はしない…………まあ偶に津波を起こしたりするけども。
とは言え、こうして広い海で存分に泳ぐことができる、というのはカイオーガにとって至上の時間である。
雨雲を生まないように力を抑えるのは少し手間だが、そこはそれ。
同じ伝説の力を借りたとは言え、自らを打倒した少年に対する敬意は払う。
それは付き従い戦うほどではない。何故なら少年の指示で戦う、ということは、少年が自身よりも上であることを認めるに等しいから。
寝ぼけていたとは言え、だからこそ加減抜きだった自身を正面からの戦いで打倒したのだ。少年とその仲間たちを同格と見なすことはできる。
だが、だからこそ、格上とはみなせない。
そんな複雑な思いは結局のところ、その戦いをカイオーガ自身がほとんど覚えていないということが原因だ。
だから今度は自分の意思で、正面から戦い、そうして敗れたならきっとその時は…………。
「まあ…………いつかの話だよね」
少なくとも、今の面子なら負けるとは思わない。
だから今はまだ、従わない。敬意は払えど、従うことはしない。
それは裏を返せばいつかは…………と自分で考えているに他ならないのだが。
すでに半ば主を認めてしまっていることに、けれどカイオーガは気づかない。
――――洞窟の水底で沈み動かぬ自身の体に、少年がボールを叩きつける瞬間が目に焼き付いていた。
一瞬、それを思い出し、ぶるり、と体が震えた。
「超えるのかな?」
ふと口をついて出たのはそんな疑問。
あの人は、彼は…………。
「アタシを、超えてくれるのかな?」
そんな疑問を口にした瞬間。
海が、ではない。空が、だと気づいたのは直後。
元より深海というのは日の光の刺さない暗闇の世界だ。
カイオーガというポケモンはそんな深海でも平然と生きる存在であり、暗闇にはむしろ目が慣れていた。
故に、空からの光が消えたことにすぐに気付き。
そうして。
空に座す黒龍を見た。
見て、見て、見て。
何かを考えるより早く、元の…………ポケモンとしての姿へと変じ。
そして。
飛び出した。
* * *
本能がそれを敵だと叫んでいた。
過去がどうとか、今がどうとか、そういう問題ではなく。
本能がそう警告を発していた。
故に、一瞬の迷いも無く、アレに一番通用するだろう選択を取り。
“いてのしんかい”
放たれた凍て水に、けれどソレは揺るぎもしなかった。
そうしてその巨体な張り付いた氷を一瞬にいして剥がし。
“かみなり”
雷轟がカイオーガの体を撃つ。
「グォォォ…………オオオオオォォォ!」
その桁外れの威力に絶叫し、悲鳴を上げ。
不味い、このままでは絶対に勝てない。
思考が回る。
だが力を解き放つことは彼との約束を破ることになる。
一瞬それを考えた。
けれどつべこべ言っていられるほどの事態でも無かった。
放っておけば必ず世界の災厄になる。
近しい次元にいるからこそ、それを余計に感じ取れる。
正直気に食わないが、グラードンも同じものを感じ取っているのだろう。
だから、きっとその危険性は彼にも伝わっているだろう。
じゃあ、後は何とかしてくれるだろう。
そんな信頼にも似た気持ちが沸いてきたことに驚く。
普通に考えれば、というか
アレは異常だ。かつて戦った時とは比べ物にならないほどに異常染みている。
どう考えたって勝てるはずがない、この地上のいかなる生物もアレには勝てない、そんな予想があるのに。
――――キミならきっとどうにかしてくれるんだろうね。
そんな思いが捨てきれない。
故に、彼との約束を破る。
その全身が光に包まれる。
海という大自然を通して、莫大なエネルギーを集めていく。
そうして。
ゲ ン シ カ イ キ
光が割れた。
* * *
「ん…………アイツ、やる気かよ」
窓の外を眺めていたグラードンがぽつり、と呟く。
何が、と疑問符を浮かべる自身を捕まえた少年にけれど一瞥することも無く嘆息し。
「行くっきゃねえな…………じゃなきゃ、滅ぶだけだ」
待てと引き留める少年の声に、グラードンが振り返り。
「おい、ニンゲン。こっちの知ってることは全部教えてやった、あとはテメェが何とかしろ。アイツを倒したように、オレを止めたように。その時間は、オレとアイツでなんとかしてやる」
頼むぜ? そう告げたグラードンに少年が目を見開き固まる。
固まってしまった少年を一瞥することも無く、グラードンは家を出る。
「あーあ…………オレもおかしくなっちまったかなあ」
両腕を組みながら再び嘆息する。
その頭上では海王と黒龍の激しい戦闘が繰り広げられている。
本当は凄く凄く気が乗らない。
何が悲しくてあの魚介類と共闘なんぞしなくてはならないのだろうか、と内心思う。
それでも。
「
前に見た時より随分と黒くなってしまっているが、見間違えるはずも無い。
かつてのカイオーガとの戦いの際に現れ、自身たちを封じた龍の姿を、見間違えるはずも無かった。
「随分と狂ってやがるな…………ニンゲンどもの祈りはそんなに苦しかったか?」
以前には感じなかったはずの殺意がそこにはあった。
同時に感じられるのは破滅願望とでも呼ぶべきもの。
「だからテメェは気に食わねえんだ…………他人になんぞ感化されて、それで自分の意思まで塗りつぶされてちゃ意味ねえだろ」
別はアレは人類の味方だとか、そういうわけではない。アレは単純な話、調停者だ。
世界の和を乱すことは許さない、極論を言えば、自分の住みにくい環境にされるのは嫌だ。
その程度のエゴでかつてグラードンとカイオーガを叩きのめし、地の底に、海の底に封じた。
腹立たしくはあれど、けれどそれを間違っているとはグラードンは言わない。
何せグラードンもカイオーガも同じことをしていたからだ。けれど弱かったから負けた。力が強いものがのし上がる。極めてシンプルな野生の掟だ。
だから一度目はそれで良かった。
問題は二度目、だ。
何をとち狂ったのだろうあの龍は、人の願いを聞いて動いた。
結果、力を増し、より強くなった。けれど反面、人の意思に動かされる存在へと成り下がった。
ああ、正直に言おう。
二度目の戦いは不意を打たれたからこそやられてしまったが、あの時と同じ程度の存在ならば今のグラードンでも勝ち目があった。
それはグラードンと同格とされるカイオーガも同じのはずであり。
なのに。
今見ている光景では、カイオーガが防戦一方だった。
次々と落ちてくる流星、落雷、衝撃をカイオーガが全力で撃ち落し、時に打ち漏らしを食らって悲鳴を上げていた。
圧倒的なほどの力の差、とでも言うべきか。
ただのメガレックウザではない、それは事実。
じゃあだったら何なのだ、と言われれば。
「なんつったっけなあアレ」
昔々に聞いたような覚えがあるのだが、いまいち思い出せない。
殺意に染められた黒い意思。
全てを殺す意思こそ、生命の不倶戴天の天敵となる。
故に、その名をつけるならば。
「――――『ダーク』タイプ」
全てのタイプ相性に打ち克つ最凶の存在。
それを持つ存在を。
――――ダークポケモンと呼ぶのだ。
ネタバレじゃないけど、ぶっちゃけ【まともな勝負にならない】ので先のデータ公開しとく。見たくない人は見なくてもいいよ。
白目を向け、読者。これが作者の今作最後の殺意だ!
ダークメガレックウザ Lv300 特性:だいこくてん タイプ:ダーク
H50000 A2000 B1200 C2000 D1200 S1300
技:しんそく、りゅうせいぐん、りゅうのまい、げんしのちから、かみなり、げきりん、ハイパーボイス、あんやのつぶて
特性:だいこくてん
『せかいが やみよに つつまれた』
全体の場の状態を『やみよ』に、天候を『らんきりゅう』にする。また場にいるかぎり他のポケモンが天気を他の状態へ変えることができなくなる。
場の状態:やみよ
場の『ダーク』タイプのポケモンの全能力を1.2倍にする。『ダーク』タイプ以外のポケモンの技の『命中』と『回避』が0.8倍になる。天候が『ひざしがつよい』や『ひざしがとてもつよい』の時、効果が無くなる。
特技:あんやのつぶて 『ダーク』タイプ
分類:ガリョウテンセイ+だましうち+ふいうち
効果:威力140 命中- 優先度-2 必ず相手に命中し、急所に当たる。 場の状態が『やみよ』でない時この技は失敗する。 攻撃後、自身の『ぼうぎょ』『とくぼう』が1ランク下がる。相手の“まもる”“みきり”等の技を解除して攻撃する。
裏特性:あれくるう
自身の攻撃技の威力を1.5倍にする。変化技が出せなくなる。
アビリティ:かざきりのしんいき
天候が『らんきりゅう』の時、全体の場の状態を『そらのはしら』にする。
場の状態:そらのはしら
自身の特性を除く、場の状態の変化、場に出ているポケモンへの状態異常、状態変化、能力の変化を全て無効にする。この効果は変更されない。
アビリティ:ミカドきかん
持ち物に『いんせき』を追加する。別の持ち物と重複することができる。持ち物が『いんせき』の時、メガシンカすることができる。メガシンカ時、毎ターンHPが1/6ずつ回復する。
アビリティ:そらにざすもの
相手の『じめん』技と直接攻撃する技を受けない。『ひこう』タイプのポケモンはこの効果を受けない。
アビリティ:エアロスケイル
天候が『らんきりゅう』の時、受けるダメージを半減し、自身の能力が下がらない。割合ダメージを無効化する。
禁止アビリティ:はめつのいのり
攻撃技を自分と同じタイプの技としてダメージ計算する。攻撃技を使用した時、最大HPの1/10のダメージを受ける。攻撃技が相手に命中した時、繰り出した技の威力と同じだけのダメージを受ける。
ボクの考えた最強のポケモンの中でもマジで最強。
ぶっちゃけ、これを超えるの作者の想定ではアルセウスだけだ。