勝てるかもしれない。
グラードン、そしてカイオーガの胸に共にその思いが宿った。
純粋な能力の差で負けている。
天候も支配され、全力が出せない。
終始押され気味で、常に守勢に回り、一度も攻撃に転じれたことは無い。
それでも、両者の差が少しずつ縮まり、逆転しようとしていた。
それは偏に互いの性質の差だろう。
グラードンは大地に足をつけている限り、無限がごとき力を得る。
カイオーガは大海に身を浸している限り、永遠に戦い続けれる。
ゲンシの力を得て、両者の性質はさらに強まっており、けれどその上をかつてのレックウザは行った。
グラードン、カイオーガを超える力、グラードン、カイオーガの支配を打ち消す力、そしてグラードン、カイオーガを超える回復力、それら全てを兼ね備えた上で、天空という不可侵の領域を陣取っていたからこそ、レックウザはグラードン、カイオーガに対して絶対の有利を持っていた。
けれど、ダークレックウザはそうではない。
能力だけならかつてのレックウザをも上回り、タイプも全ての生命に対する
けれど、それらの力を何のデメリットも無く手に入れたわけではない。
第一に、理性と呼べるものが消し飛んだ。
それ故に、その性質は暴虐の一言に尽きる。
ただ荒れ狂う、ひたすらに、ただひたすらに、目の前に一切合切が消え去るまで荒れ狂い、暴れまわり、破壊し尽くす。
だからこそ、その攻撃一辺倒な姿勢はグラードンとカイオーガを生かしていた。
攻撃しかしてこないならば逆に分かりやすい。ただひたすら、全霊を持って防御をしていればギリギリのところで持ちこたえることができる。
とは言え、どちらか片方だけなら、全力で守りに入っても押し切られていただろう。その圧倒的な攻撃力の前に、同じ伝説のポケモンとは言え、とても太刀打ちできるものではない。
グラードンへ向けられた攻撃はカイオーガが、カイオーガへ向けられた攻撃はグラードンが、間に割って入り、その威力を大きく減衰させることで、互いが互いへの攻撃を何とか凌いでいた。
両者からすれば業腹である。何でよりにもよってこんなやつ守らなければならないのだ、という思いはある。
だがそれでも、今この次元の戦いについてこられるのは、足を引っ張ることなく、共に在れるのがお互いしかいないことも長年いがみ合い、争いあっていたからこそ、分かっていた。
長年争い続けてきた、だからこそお互いのことは何でも分かっていた。
それぞれのタイミング、どんな行動をするのか、どうして欲しいのか、何をして欲しくないのか。
皮肉にも誰よりも嫌いあい、いがみ合い、争い合ってきたからこそ、誰よりも何よりも分かりあっていた。
だからこそ、その奇跡は成り立つ。
世界を滅ぼす怪物の攻撃を、互いが互いをフォローしあうことで、相殺することを可能とする。
だがそれもレックウザが攻撃に緩急をつけないからこその芸当である。
一度でも積み技…………つまりあの圧倒的なステータスをこれ以上上昇されようものならば、防ぐことすら敵わないだろうことは、戦っている二人が何よりも分かっていた。
けれど実際にはレックウザはそう言った類の技を一切使わない。使えない。
思考を黒に塗りつぶされた龍神はただ荒れ狂うことしかできない。
そして眼下のカイオーガは距離があるので遠距離技を、目の前にまで迫ったグラードンには近距離攻撃を選択する。
それをさらに互いが威力を減衰させながら持前のタフネスで受け、同時に回復させていく。
少し技の選択肢を変えれば、それだけでも或いは崩れ去るかもしれない均衡。
だが思考の止まった黒龍はそんな分かりきったこともできない。
それこそがこの状況を作り出した最初の原因。
第二に、飛行能力の低下だ。
レックウザの何よりの強さとは、空を支配する龍神の強さ、つまり空中を自由自在に動くことができることにある。
酷く当たり前だが、重力という鎖から解き放たれたかのように、前後左右、そこに上下まで加えて自由自在に動き回る細長い体の龍を狙って攻撃するというのは酷く難易度が高い。
さらにそこに超高速の圧倒的な飛翔速度と風を、雲を、気流を自在に操る力を加えれば、実質的に空を飛ぶ龍神に攻撃を当てるということはほぼ不可能に近い。
だが今現在空に浮かぶ黒龍はその場で多少動くことはあっても、根本的に
当然だろう、『ダーク』タイプという極めて凶悪な力を得た代償に目の前の龍は『ひこう』タイプを失ったのだ。
言ってみれば『ひこう』タイプのポケモンと特性“ふゆう”のポケモンの違いとでも言うべきか。
浮かぶことはできる、空に座し、天空から見下ろすこともできる。
だが空を自在に泳ぎ、超高速で飛翔する力は失われている。
恐らくだが今現在広がる暗雲…………
実際、そうすれば最早カイオーガの攻撃だって届かなくなるだろうに、レックウザはそうしない。
或いは、理性が飛んでいるせいでそうする判断力も無いのかもしれないが、しないのでもできないのでも大して違いは無い、結局、今この黒龍は空の下にいるということなのだから。
そして三つ目にして、今立場が逆転しようとしている最大の要因。
それが巨大過ぎる力の反動だ。
グラードン、そしてカイオーガの知る限り、レックウザと両者は同じ伝説の枠に入る存在であり
レックウザにメガシンカがあったように、グラードン、カイオーガにもゲンシカイキという力があり、三者の力関係は相性の差でレックウザ有利だったが、それ以外においてそれほど差も無かったはずなのだ。
だが実際には目の前の黒龍はグラードン、カイオーガを圧倒するだけの力を持っている。
禍々しい人の祈りがレックウザをそうさせたのだ…………というのは今はどうでも良い。
問題は、そんな巨大な力、グラードンやカイオーガでも受け止めきれない、ということだ。
力に差が無いレックウザでも同じことが言え、そして受け止めきれない巨大な力は徐々にだがレックウザ自身を蝕んでいた。
攻撃するたびに、レックウザ自身も僅かずつ
だったら攻撃せず回復に専念していれば良かったのかもしれないが、今のレックウザにそんな判断力は無い。
つまり削りきれない自爆攻撃を続けている内に、自身のほうが先に限界が来てしまった状態。簡単に言えばそういうことだ。
勝てるかもしれない。
グラードン、そしてカイオーガの胸に共にその思いが宿った。
このまま続ければ、二人が倒れるより先にレックウザが倒れる。
このまま防戦を続けていれば確実に相手のほうが耐えきれなくなる。
だから、このままいけば。
このまま、ならば。
勝てる、そう思って。
「キリュウゥゥァァァアアァァァァァ!!!!!」
黒龍が吼えた。
* * *
シキと、過去の話をして。
その時ふと疑問に思ったことがある。
――――前の世界における最後の瞬間、というものが自分の記憶の中には一切無かった。
否、それどころか小さいころに何をした、大きくなってどうなった、そういう
過去に家族を失った…………そういう記憶がある。
過去に友達がいた…………そういう記憶がある。
過去にゲームでパーティを作った…………そういう記憶がある。
けれどそこに経験が伴わない。記憶という名の記録がそこにあり、経験という名の記憶がそこに足りなかった。
だからこそ、ハルトという自身が碓氷晴人という誰かとは別人であるということを受け入れられた。
そのことに、シキと話をするついこの間まで一切疑問を抱かなかった。
だがそれでも良かった、だって極論を言えば前世は前世、自分が生きているのは今だ。
だから思い出せないことに不都合は無かった…………けれど、一度疑問を抱いてしまった。
そしてだからこそ余計に、一度沸いた疑問が途切れることは無かった。
一体どうして自分がこの世界にいるのか、改めて考えればおかしな話である。
理由も、経緯も、原因も、何一つとして分からない。
だからこそ、目の前の少女の言葉に唖然とした。
――――だからお前をこの世界に創ったデシ
「創った…………って、どういうことだ」
止まった思考が回り始めると同時に、目の前の少女を半眼になって見つめながら呟く。
少女の言葉の意味を理解しながら、驚くほどに動揺の無かった自分に驚きもするし、ある種納得もある。
そもそも転生とか転移とか、それ以前にゲームの世界が現実になるとか、前の世界の常識ではあり得ないようなことだらけで、もう今更そのくらいじゃ驚けないというのもあるのかもしれない。
「そうデシね…………簡単に言えば
そして、問いかけに返ってきた答えに、余計に頭は混乱した。
* * *
特異点存在とは、そもそも何なのか。
という話をしなければ、この話の要点は掴めない。
世界の運命とは最初から定められている。
まるで物語のように、運命線は規則正しく流れる川のように定められた道に沿って進んでいく。
とは言っても、そこに住む人たち一人一人の意思や行動が全て決定されているのか、と言われればそれは異なる。
言ってみれば『必ず最終的にはそうなる』という結末やいくつかの
だが逆に言えば、転換期は必ず起こる。それは世界が決定付けているから、だからこそ、その結果に違いは無い。
……………………はずだった。
ソレは世界の運命線を搔き乱し、本来予定調和のはずの定点すらも喪失させた。
本来あるべき定点を迎えるべきことができなかった、それはつまりその時点で
運命線からの分岐、ではなく、逸脱。それは未来があるべき結末へと収まることが無いことを意味していた。
定点を崩し、運命線を逸脱させる点、故に
そして特異点となる
元々運命とはそう細かく定められているものではない。
大まかな流れをけれど必ず固定された点を通ることで一本の線となっている。
だからこそ、一つでも点が崩れれば全体が崩れる。
あるべき未来は訪れず、
そしてアオギリがそれを見たことで未来は
未来の崩壊によって、未来の物語は完全に破綻した。
そしてそれをアオギリが見ようとしたことで、破綻した物語が
捻じれ曲がり、運命は二つの物語を持った。
一つは本来の運命線上の定点、カロスを中心とした物語。
そしてもう一つが新たに発生した定点、ホウエンを中心とした物語。
だがこの二つの物語のどちらにしても
つまり、ホウエンの物語をどうにかしなければカロスの物語は発生しない、そしてホウエンの物語をどうにかしようと、未来においてカロスの物語も解決しなければ
だがアオギリが見た未来では、世界はホウエンの物語で終息する。
主人公の座についた少年の死によって、世界は滅びの帰結へと収束し、物語は終息する。
それが
故に変えねばならない。
アオギリも、そしてジラーチもそれを思った。
だが
人やポケモン一個の願いで早々運命は変わらない。
だから、願った。
だから、叶えた。
* * *
「だからお前を創ったデシ、確定された未来をもう一度搔き乱すために
「特異点、存在? 俺が?」
一切自覚のないその言葉に、思わず首を傾げる。
と同時に、自分の中で膨れ上がっていく疑問が口を吐いて出る。
「なあ、ジラーチ、一つ聞いていいか?」
「何デシか?」
ジラーチがきょとん、と小首を傾げ。
「どうして俺だったんだ?」
告げた言葉に、さらに不思議そうな顔をする。
「どうして? ってのはどういう意味デシ?」
小首を傾げたまま、ジラーチの告げた言葉に、一度自分の中で疑問を吟味し。
「えっと、つまり…………どうして『碓氷晴人』を選んだんだ?」
自分だと思っていた、けれど自分じゃないその名前を告げるとジラーチがようやく納得いったかのように頷いた。
「つまり、ボクがどうして他のやつらじゃなく、お前を創る時のモデルに『碓氷晴人』を選んだか、ってことデシね」
創る創ると言われると、まるで自分が人間じゃないかのような響きがするのだが…………大丈夫だよな?
「理由としては簡単な話デシ」
つまり。
「
そんなことを言った。
ジラーチとハルトくんの話すごく長く見えるけど、実際は3分ほどしか話してないから。
まあそれでもその三分戦ってるどこぞの伝説さんたちを考えると、お前らいいから早く行動しろよって感じだが。
因みにハルトくんが素直に話聞いてるのは、知りたいってのもあるけど、それ以上に『今何が起こっているのか分からない』から。
実機知識を超えてくるとハルトくんただの凡人だから、いきなりなんでも対処とはいかなくなる。
あと頑張って運命線の話理解しようとしなくても、ぶっちゃけホウエン終わったらカロス編でちょろっとだけ出すくらいであとはもう影も形も無くなる予定の設定だから別に理解する必要も無かったり。