元々世界の壁を越えての転生、という現象は時折ではあるが、無くはないことではあるらしい、とジラーチはカミサマから聞いたことがある。
ただ魂だけが世界を超えても、記憶というのは肉体の中に刻まれているため、死した魂が異世界で転生してもそれは別人が一人、異世界に生まれるだけの話なのだ。
だが時折、そう本当に稀に魂にまで
心を壊すほどの強い感情の波が魂の心底にまで焼き付き、ただそれだけを記憶し続ける、そんな人間が極々稀にいるのだ。
そういう人間は例え転生しても、同じ魂を持つ限り、生前の記憶を持って生まれる。
だが当たり前だがそんな人間、真っ当に育つはずも無い。
魂に刻まれた
心が振りきれるほどの激しい情動が心を支配し、精神を支配し、思考を狂わせる。
カロスに生まれた特異点もそういう存在だった。
生きることに苦痛を感じるほどの振りきれた感情を抱えながら、血反吐を吐くような思いをしながら、日々を生きる。
世界を呪ったわけではない、世界を恨んだわけではない。
ただ自らが思いを、重さを、何よりも優先しただけの話。
その結果、世界が壊れようと、世界が滅びようと、どうでも良いと。
けれどそれは、世界を管理する側からすれば許容できる話ではない。
規定路線だったはずの運命を崩されることも、安定を約束されていたはずの世界を破壊されることも、どちらも望むことではない。
ただ、管理者というのは必要以上に世界に対して干渉することができない。
何よりも、カミサマがそう決めてしまったのだから、仕方がない。
だから、代わりに干渉できる存在を作った。
とは言え、適当に作ったとしても『運命に干渉』することなどできるはずも無い。
だから必要としたのは
最初に決定された運命線を覆すことのできる存在。
つまり、同じ特異点存在を求めた。
だがそれとて一筋縄でいくことではない、何せ異世界のことである。
まず第一に、どうして特異点存在は特異点と成り得たのか。
それは特異点の転生前の世界においてこの世界が『創作』として登場するからだと判明した。
『ポケットモンスター』と呼ばれる『ゲーム』が存在し、そのゲームのストーリーがこの世界における運命線と極めて酷似している。
だからこそ、特異点存在は運命線を逆手に取って、定点崩壊を起こすことができた。
だから、同じように『ゲーム』をプレイした人間を用意する必要があった。
そして第二に、異世界から人を直接連れてくることはルール違反になる、ということ。
当たり前だがそんな簡単に世界間移動されてはたまったものではない。
偶発的に世界の壁を超えることはまだしも、意図的に連れてくるようなことは横行すれば、互いの世界は異世界人だらけである。そんなことあり得るはずがないし、そんなこと成り得るはずも無い。
そして最後、第三に『特異点存在の縁者』から人選をする必要があった。
何の宛ても無く、条件に合う人間を探すのは砂漠の中に落ちた一粒の砂を探すがごとき作業だ。
自分たちの管轄する世界ならともかく、異世界で何の宛ても無く探すことはできない。そもそも干渉することすらできない。カミサマならともかく、ジラーチにそこまでの力は無い。
だが特異点存在という向こう側の世界と繋がりを持つ存在を辿っていけばその周囲の存在くらいにならば手を届かせることはできる。
とは言ってもここで二つ目の話が出てくる。
だからジラーチにできるのは『特異点存在の縁者で』あり、『ゲームをプレイしたことのある人間』の『記憶だけをコピー』した別人を仕立て上げることだけだった。
必要なのは知識である、そしてそれを活用できる知恵である。
0歳から子供の成長を待っている時間は残念ながら無い。だから最初からある程度育った人格を与える必要がある。
そして変わってしまった運命線は二つ目の物語を紡いだ。
だからこそ、作り上げた『特異点』を二つ目の物語の中心、つまり『主人公』に置いた。
十二年前、まだ母親の胎の中にいた赤子の
そうして生まれたのが碓氷晴人の記憶だけを持った少年、ハルトである。
* * *
「…………………………」
明かされた衝撃の事実、と言ったところか。
自身の来歴、生まれた意味、色々な情報が一度に詰め込まれ過ぎて思考が絡まる。
「そして」
そんな自身を見て、複雑そうな表情のジラーチが口を開き。
「
その言葉にハッとなる。
そう、今までの話は全て
あの黒いレックウザは何なのか、余りにも話が衝撃的過ぎて思考が抜け落ちていたそのことを思い出す。
「とは言え、
「ここまでペラペラ喋っておいて?!」
随分と他の人間に聞かせられないようなことが多々あったと思うのだが、ここまで来てそれは無いだろうと思わず声が大きくなる。
「過去はすでに変わらない、だからある程度までは話せるデシ。けど未来は語れない。ボクは…………
「…………どういう意味だ?」
「世界を管理する側の存在は、その在り方が縛られているデシ。ボクの役割は
良く分からない話、ではあるが。どうやら何がしか制限、というかルールというか、そういうものがあるのは分かった。
「とは言え、ボクは
そう言いながらジラーチがだぼだぼの袖からにょきり、と指を出し。
「三つ。ボクが過去にしたことを話すデシ」
三本の指を立てる。
「一つ、お前を創ったこと」
一つ指を折る。
「二つ、
二つ指を折る。
「三つ、
三つ指を折り。
「ちょっと待て!? 最後のどういう意味だ!」
思わず口を挟むが、けれどジラーチは首を振る。答えられない、と言ったその様子に思わず舌打ちしそうになる。
――――未来を話すことはできない、と言って過去を語った理由は分かりきっている。
何か目的があってそれをした、だから行動から理由と目的を推測しろということだろう。
恐らくそれがジラーチ曰くの“ルール”のギリギリのラインということか。
一つ目の、自分を創った…………この言い方は何とも言えない気分になるが、それはともかくとして、要するに『実機知識を持った主人公』を作りたかったのだと推察する。
とにかくこの際、運命線だとか未来だとか、そういうわけの分からないことは取り合えず置いて考えてみる。
二つ目、隕石の襲来を遅らせたこと…………そこに何の意味がある? いや、逆に考えよう、
ヒガナに協力を得られない以上、『そらのはしら』でレックウザを呼び出すことが困難になっていただろう。だが一応その可能性も考えて、その時はグラードンとカイオーガを暴れさせる、というヒガナと同じ手段を『場所を選んで』行うつもりではあった。つまりヒガナの協力が得られずとも、一応だが手段はあった。
じゃあ何故? 分からない、分からないのでこれは後回しだ。
三つ目、自分のエースに…………エアに力を与えた。
カイオーガが言っていた。普通は種を
それって逆効果じゃないのか? それとも、ジラーチは。
ただそれにしたって不思議なこともある。
超越種とはカイオーガ曰く、理を超えた存在である。
その理を敷いたのは恐らくジラーチの言っていたカミサマこと、アルセウスだろう。
つまり、超越種になる、というのはアルセウスの管理から離れるということ。
それを管理者自身が望む、というのはおかしな話じゃないだろうか?
「…………あ、いや、待てよ?」
その運命線、とやらだって管理者サイドが定めた物、だとするならば。
それはまさしく、ジラーチの言うところの『特異点存在』なのではないか?
ジラーチは言っていた。
――――この世界は滅びの運命に定められている、と。
だから自分を作ったと言っていた。特異点存在、つまり運命を歪められる唯一の存在として。
「だとするなら」
この世界の滅びの運命とは即ち、今頭上で争っている黒龍に他ならないのだろう。
そして二つ目の行い、隕石についてもそのための手段だとすれば。
「……………………え、ちょっと待て」
まるで思考という名のパズルのピースを組み合わせたかのように。
ふと閃きという名の一枚絵が浮かび上がってくる。
だがそれは余りにも荒唐無稽な話。
だがそうだとすれば、余りにもピタリと話が符号する。
「おい、まさかとは思うが――――」
顔を上げ、ジラーチへと問いただそうとして…………その姿がすでに消えていることに気づく。
まさに言いたいことだけ言って帰っていった。
どうしろと言うのだ…………まさか本気の本気でこんなことやれと言うのでは無いだろうか。
歯ぎしりしそうになりながら、どうするか悩み。
「キリュウゥゥァァァアアァァァァァ!!!!!」
頭上から咆哮が響いた。
視線を上げる。暗い暗い空の下で、黒龍が叫んでいた。
そして、その体をぬらりとくねらせ。
――――逃げ出した。
文字通り、グラードンとカイオーガに背を向け、黒龍が逃げ出した。
「な、に?!」
まさか勝ったのか? という思いと、あれだけ暴れていたのに逃げるのか、という驚きが同時に沸いて出て。
けれどすぐに気付く、ただ逃げ出したわけじゃない。
「何か目的がある?」
逃げ出した、というよりは何かを求めて飛び出した、といった印象を受ける。
だが随分とスローペースだ。レックウザの飛行速度について知識の中に明確なものはないが、けれどイメージ的に自由自在、かつ高速で空を飛べる印象だったのだが。というか空の支配者として描かれているのだからそのくらいできるだろうと思っていたのだが。
もしかして、あれだけの力、得るために何かデメリットでもあるのかもしれない、と考える。
考えて、直後に気づく。
『そらのはしら』より北東方面。ルネシティを超えた先にあるのは…………。
「トクサネシティ?!」
すぐ傍にルネシティがあるが、少しだけ向きが違う。
頭の中に広げたホウエンマップから推測するに、トクサネシティの方向。
そして今あそこには。
「ダイゴがいる!」
即座にナビでメッセージを送る。
――――逃げろ、と。
とは言え、逃げるのに間に合うかどうかは分からない。
だが先に気づいたならば凌ぐくらいはできるはずだ。
こと防御に関してはホウエンでも間違いなくトップの存在だ。あの防御は伝説のポケモンであろうと突破は容易ではない。
どうか無事でいてくれよ。
内心で呟きつつ、ボールからエアを出す。
「エア、トクサネシティまで飛んでくれ」
「さっさと乗りなさい」
一瞬こちらを見て、顔を赤くしたエアだったがすぐに気を取り戻して背を向ける。
その背に掴まると同時にエアが地を蹴って浮かび上がる。
直後、大空に舞った。
* * *
異能を使用するには多少の溜めがいる。正確には集中と言うべきか。
特に
――――間に合うか?
そう思考しながらも、けれど明晰な頭脳が一瞬だけ間に合わない、と答えを返していた。
まさか黒龍がこちらを目指してくるなどと予想もしなかっただけに、完全に虚を突かれた。
むしろメッセージが送られてこなかったら気づくことすらなかったかもしれない。
とは言え、このままでは同じことだ。
ほんの一瞬で良い、足止めをしなければ。
思考しつつ、その両手でボールを掴み。
“りゅうせいぐん”
飛来した隕石が、宇宙センター目指して突っ込んできていたレックウザの横顔を打った。
攻撃の直撃に一瞬怯んだレックウザだったが、すぐ様咆哮し、自身を攻撃してきた存在を睨む。
「…………どうして」
ダイゴが窮地を救ってくれた存在を見て、思わず呟く。
――――――――そこに黒の少女がいた。
傍らにサザンドラを連れて、黒龍と対峙していた。
知っている、ダイゴは彼女を知っている。
今頃ミシロにいるはずの彼女が、どうしてここにいるのか、それが分からなくて。
「どうしてここにいるんだ…………シキ」
建物の外、宇宙センターの手前の高台で黒龍と対峙する少女に向けて、届くはずの無い声を呟いた。
シキ「ちょっと迷った」