ポケットモンスタードールズ   作:水代

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大黒天⑬

 空気を切り裂くびゅうびゅう、という音が耳鳴りのように響く。

 暗い薄闇の空の下では残念がら眼下の景色を見る、ということはできないが、それでも明りに照らされたホウエンの街々がある程度の地理を教えてくれていた。

 

 エアの背に乗って飛びながら、大まかな方向を見て進む。

 

 幸い普段からホウエンを飛び回っているエアだからこそ、大まかな方向だけでも飛べている。

 だから後はエアに任せていれば目的地まで着く、という状況。

 

「ねえ、エア」

「…………ん? 何?」

 

 そして、そんな状況だからこそ、ずっと気になっていたことがぽろり、と口から洩れた。

 

「エア、最初から知ってたの?」

 

 告げる言葉に、エアは返答を返さない。

 今更、言うまでも無いことではあるが。

 

 ポケモンはボールの中でも外の状況をある程度把握できている。

 

 つまり、先ほどまでのジラーチとの会話も全て聞いている。

 そしてそのことについて、一切触れてこない時点で何かおかしいとは思っていた。

 さらに言うならば、ジラーチがした干渉は三つ。

 

 一つ、ハルトという存在を創ったこと。

 

 二つ、隕石の襲来を遅らせたこと。

 

 三つ、エアに力を与え、超越種へと至る切欠を作ったこと。

 

 この三つを考慮に入れ、よくよく考えてみれば。

 ふと湧き出る疑問がある、それは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ということ。

 当初自分は彼女たちを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思っていた。

 だが実際は自分は碓氷晴人ではない別の誰かだったし、そもそも異世界から存在を連れてくるというのは非常に難しい、という話。

 

 だとするならば、エアは、シアは、シャルは、チークは、イナズマは、リップルは。

 一体どこから来た?

 どうして自分に従っている?

 分からない、分からない、分からない。

 だから、気になった、気になって、疑問になって、疑問が口を吐いて出た。

 けれどそれに、エアは答えない。

 答えないということがすでに半ば答えであるようなものではあるのだが。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 呟いた言葉に、エアが僅かに息を飲んだ。

 

「実際のとこさ、どうでも良いんだ、その辺のこと全部」

 

 ジラーチに色々言われたし、仲間だと思ってたエアたちも何か色々あるようだが。

 よく考えて見て欲しい。

 

 現実を生きるのにそんなこと重要か?

 

 例えば前世だと思っていた別世界の碓氷晴人の記憶で考えて見る。

 

 果たして生きる過程において、自身の過去や自分の生まれた経緯なんてどれほど気にしただろうか?

 そしてそれが今の自分にどれほどの影響を与える?

 今を生きている人間はだいたいは今のことしか考えちゃいない。

 もしそれ以上に考えるべきことがあるとするならば、それは未来の話であって、過去を振り返るのはもっと人生に達観してからでも遅くは無いだろう。

 

「今、ここにいるのは俺だし、今生きているのは俺で、俺の目の前にいるのはお前だ」

 

 だからそう、聞きたいのは現在(イマ)の話。そして未来(コレカラ)の話。

 

「一つだけ聞かせて欲しい」

 

 ――――エアたちはこれからも俺と一緒にいてくれるのか?

 

 問うたその言葉に、エアが何か言おうと数度口を開き…………やがて閉ざす。

 

 言葉は無かった。

 

 こくり

 

 代わりに短く頷いた。

 

「…………そっか、ならいいや。それ以外は全部、どうでも」

「…………ハル、私、は」

 

 何かを言おうとするエアの頭にぽん、と手を置く。

 

「良いよ…………何があろうと、俺はエアたちを信じるから。だからもう、何も言わなくて良いよ」

 

 告げる言葉に、エアが沈黙する。

 

 

 ――――信じる、という言葉はとても危険なものであると、個人的には思っている。

 

 

 信じるからこそ、裏切られる。

 利己的に見ればそういう解釈もできるし。

 

 信じるという言葉は、重さとなって他者に圧し掛かる。

 客観的に見てもそういうことだってある。

 

 口で信じると言うのは簡単だ。

 たった四文字分の音を発するだけで相手を信じたことになる。

 

 だがその四文字の音の羅列が引き起こす意味を、普通の人は強くは認識しない。

 そうして人は無自覚に他者に期待をかける、かけた相手がどうなるなんてことを普通は考えない。

 期待に応えられなかった時は裏切られたと憤る。

 期待に応えられた時はさらなる期待をかける。

 

 だから、信じるとは、期待することとは、とても曖昧でけれど重い言葉だ。

 

 そして自分は、それら全ての意味を考えた上で、信じるという言葉を多用する。

 

 期待を裏切らせないし、期待に圧し潰させない。

 

 ――――お前ら全員俺のものだ。

 

 かつてそう言った。確かにそう言った。

 そして今でもそうなんだと思っている。

 

 だから信じている。

 自分のことを好きだと言ってくれた彼女たちのことを。

 信じ、期待する。代わりに期待した分だけ返す。

 信頼とは必ず双方向に向けられるものでなければならない。

 お互いを信じる。そうすれば互いの期待は結局自分自身へと向くのだ。

 かけられた期待は、お互いが()()()()()()()()のだ。

 

「だから、できることをしよう」

 

 お互いに、今は最善を尽くし、最良を果たし。

 

「未来を掴みに行こうか」

 

 この先に広がる、黒を打倒すために。

 

「エア」

「……………………なに?」

 

 戸惑いがちに問い返すエアには見えていないだろう、笑みを浮かべ。

 

「覚悟決めろよ?」

 

 その背に向けてそう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 レジギガスの全身の点という点が輝きを放つ。

 点から放たれた光がその全身を包んでいき、まるで進化するかのようにその姿が変わっていく。

 ゴゴゴゴゴゴゴ、と全身から軋むような音を立てながら()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ジジ、ジジジジジジジ」

 

 生物の物とは思えない、まるで電子音のような鳴き声を発しながら、光が解き放たれ先ほどよりも一層巨大さを増したレジギガスが拳を握る。

 その巨体たるや十メートルを優に超える、重量に至っては一体どれほどの物か。『上下』を反転したこの状況でなければこの姿へと変化するだけで地上を荒らしてしまうだろうほどの巨体。

 これがただの形態変化という事実に、一体これまでの自分はどれほどまでにレジギガスの力を引き出せていなかったのだろうかと思ってしまう。

 だが今はそれは良い、それを考えるのは後にし。

 

「ギガ! 掴みなさい!」

 

 指示一つ、レジギガスがその巨大な腕を伸ばし、空中で踊る黒龍を追わんとする。

 直後、異能を解除する、それによってレジギガスが地上へと落下を開始し、同時に黒龍が天空へと昇り始める。

 そして上下関係からすれば僅か一瞬の間だけ、両者の距離は零へと縮まる。

 

 “にぎりつぶす”

 

 刹那の交差をけれどレジギガスは逃さない。

 避けようとする黒龍へとけれど一瞬だけ自身の異能で作った『上下』を反転した足場を蹴って黒龍へと迫り、その胴を掴み、握り、圧壊させんと万力のように締め上げる。

 

「キリュゥゥァァァァァァァァ!!」

 

 さしもの黒龍も堪った物ではない、と激しく暴れて抵抗を示す。

 覚醒したとは言え、伝説種としての格付けは相手のほうが上だ、しかも狂化させ、強化されているせいで得意のパワーですら渡り合われている現状、黒龍が本気で暴れたならばレジギガスでは止めきれない。

 

 だが、それでも良い。

 

「一つ、欠けたわね」

 

 握りつぶした胴が再生していく。だが先ほどまで薄っすらとだが纏っていた風の鎧が消えていた。

 目の前の黒龍の力が剥落したことを異能力者としての感性で察知する。

 同時に、レジギガスの本領がそれであることも理解する。

 

 つまり、()()()()だ。

 

 恐らくあの風の鎧はしばらくの間は…………下手すれば一生戻らないかもしれない。

 何でも良いから、と言うわけでなく、相応のダメージを与えた時に相手の能力を破壊する力、と言ったところか。

 

「凄いわね」

 

 並のポケモンに使えば()()()()()を無視してポケモンを殺害することすら可能かもしれない。これは恐らくそういう類の力だ。

 当たり前だが、こんな相手でも無ければ使いたいと思えるような技ではないことは確かだ。

 

 だが、今となっては都合が良いのも事実である。

 

「ギガ!」

「ジジジジジジジジジジジジジジジジジ」

 

 振り上げた両手が、拳を創り。

 

 “うちおとす”

 

 黒龍へと振り上げた両拳を叩きつければ、黒龍が勢いのままに地上へと吹き飛ばされ、トクサネシティの端、海岸へと落ちる。

 

「これで厄介な飛行能力は奪えたかしら」

 

 上下反転を解除したことで急速に落下しながら。

 

「クロ」

 

 一つ名を呼べば、相棒たるサザンドラが身を寄せてくるので、それに掴まって落下を免れる。

 だがレジギガスはそのまま落ちていく。真下へ、つまり黒龍がのたうちまわる地上へと。

 

「貫け、ギガ!」

 

 レジギガスがその巨腕を大きく引き。

 

 “アルティメットブロウ”

 “ハイパーボイス”

 

「ジジ、ジジ、ジジジジジジ」

「キュリァァァァァ!」

 

 迎撃せんと大地に体を着けたままの龍が音の壁を生み出し、それをやすやすと砕いてレジギガスの拳が黒龍へと突き刺さった。

 巨神の一撃は、黒龍の顔を殴り飛ばし、その胴を地から引き抜いて軽々と吹き飛ばす。

 

 戦力的に見ればレジギガスはレックウザには及ばない。

 それは仕方の無いことだ、同じ伝説のポケモンでも、空の龍神に地を這う巨兵は手も足も出ない。

 だが戦局的に見ればレジギガスはレックウザを圧倒している。

 当然のことだ。それがトレーナーが付く、ということだ。

 

 結局のところ、伝説種の強さとは、位階が違うことが最も強く起因している。

 

 ルールを守って戦う側とルールを無視して戦う側。

 当然ながらまともな戦いになるはずも無い。

 しかも地力まで上だと言うのならば猶更だ。

 

 だからこそ、同じようにこちらもルールを無視できるのなら()()()()()()()()()()()()()のだ。

 もっとも、戦えるからと言って勝てる、とは言えないのが辛いのだが。

 だが同じ位階に立たねば勝ち目すら無いよりはマシだ。

 

 ハルトがグラードンとカイオーガは捕まえることができたのは、相手に()()()()()()()()からだ。

 あの二体が何も考えずに全力で暴れだせば、正直戦う以前に近づくことすらできなくなる。

 だから目覚めたばかりの本調子ではない状態で、天候を操り、地の利を取り、決して全力を出させないことに始終し、全力を出させないままに倒した。

 

 ハルトは相手を引きずり落とし、対等に持ち込んだ。

 

 だが黒龍を相手にそんなことは期待できない。

 

 だから、こちらが昇るしかないのだ。

 

 そうしてやっと、()()()()()()()()()()

 

 だが相手はすでに空から堕とした。

 地上で戦うならば、レジギガスにも分がある。

 

 故に。

 

「行って、ギガ、クロ!」

「ジジジジジジジジジジジ」

「グギュァァァッォォォォ!」

 

 レジギガスが、サザンドラが、黒龍へと攻撃を放つ。

 黒龍とて負けじと反撃をしかける。

 黒龍とレジギガスの間の差を、サザンドラが入ることで埋め、ようやく均衡が生まれる。

 

「とんでも無い化け物ね」

 

 文字通り、これを解き放てば世界を滅ぼす怪物と成り果てるだろうことは容易に理解できる。

 空を奪い、鎧をはぎ取り、地上というこちらの舞台に落とし込めて、さらに二対一でようやく拮抗するのか。

 だがこの拮抗は、正直こちらに不利だ。

 

 均衡を押し込めるよりも先に、レジギガスが時間切れとなる可能性が高い。

 覚醒の力は有限だ。元よりレジギガスの回復能力はそう高くない。

 無限に回復し続ける向こうからすれば、耐えていればいつかこの均衡はこちら側に崩れる。

 だがこちらとしても怪物をこの場所に縫い留めておくためにも黒龍の意識を惹き続ける必要がある。

 故に、黒龍が激しく暴れまわり、それに応対するためにこちらの攻め手も激化する。

 海岸の地形が変わるほどの激しい攻撃の応酬。だがそれも当然だろう、何せ伝説に語れるポケモン同士の争いなのだ。

 

 だがその中で気づいたことが一つ。

 

 黒龍が動かない。

 まるで蛇のようにとぐろを巻いてけれどどこから動こうともしない。

 故に攻撃は接近したレジギガスへの反撃を除けば、直接攻撃は皆無と言っても良い。

 さて、これをどう考えるべきか。

 

 レジギガスの攻撃で動けなくなるほど弱ったと考えるには抵抗が激しすぎる。

 

 空を飛ぶほどの力は無くとも、浮遊する程度の力はあると思うのだが。

 

「何か企んでいる?」

 

 正直、それを思考するほどの正気があるようにも思えないが…………けれど、あの怪物がこのまま終わるとは思えない。

 

 故に、何かを狙っている、一体何を?

 

 思考はすれど、答えは出なかった。

 

 

 * * *

 

 

 ソレの思考は黒で塗りつぶされていた。

 

 ただ壊すこと、殺すことだけを全てとする。

 ある意味それは勢い任せの突進であり、勢いは強いが愚直過ぎて押し切れない時は自滅していくしかないという特攻としか言いようのない思考だ。

 

 だがそんな黒い思考も迫りくる生命の危機の中にあって、生存本能に少しずつ塗り替えられていく。

 

 黒が消えるたびに、少しずつ少しずつ正気を取り戻していく。

 けれどだからと言って黒が消えたわけではない。

 

 つまり、正気で狂った怪物が誕生してしまっただけの話。

 

 夢の中にいるような、微睡む意識の中で。

 傷ついていく体が本能へと生命の危機を訴える。

 だからこそ、ここに来た。ほぼ無意識であったとは言え、傷を癒すための力がここにあったから。

 だがそれを邪魔する敵が目の前にいる。

 自らよりも劣っているはずの存在に、けれど命の危機を感じるまでに追い込まれている事実に、ソレは感慨も憤慨も無く、ただ焦りだけを感じていた。

 

 故に、その瞬間だけは、ソレは…………レックウザは黒い意思を振り払い、咆哮を上げた。

 

「キリュウウウウアアアアアォォォォォ!!!」

 

 “りゅうせいぐん”

 

 宇宙の果てまで届けんという意思の元、龍の絶叫が空へと響き渡る。

 

 直後、空に広がる暗雲の中から隕石が降り注ぐ。

 

 文字通り、雨霰と。

 

 数百。

 

 否。

 

 ()()にも及ぶ隕石の雨がトクサネシティへと降り注いでた。

 

 

 




<グワアアアアアアアアアアアアア

トクサネダイーン!>



おひさの人はおひさ。
最近幼馴染ちゃん書いてた水代です。

今? ゼノディアという名の沼に嵌って抜け出せない(

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