ポケットモンスタードールズ   作:水代

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空を超えて①

 

 

 

 真っ暗な空間の中を、けれどぽつりぽつりと煌く星の明りが照らしていた。

 少年、ハルトが宇宙空間と称した、この世界のどこかにあって、けれどどこにもないその場所で、ジラーチが嘆息する。

 

「やっちまったデシよ」

 

 眼下、その視線の先には、けれど何も映らぬ黒が広がっているばかり。

 だがジラーチの目には何かが見えていると言わんばかりにその視線は上へ、下へと忙しなく動いていた。

 

 ――――『むげんきかん』が完成してしまった。

 

 それは世界の滅びへと至るシナリオの条件の一つと言っても過言ではない。

 他の条件も大半は達成されてしまっている。

 つまり、このままではやはりホウエンの、ひいては世界の滅亡は止められない、ということに他ならない。

 

「やっぱり…………作られた特異点じゃ変わらないデシか?」

 

 呟くその言葉に、けれど誰も答えを返す者は。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――答えが返ってきた。

 

 その事実を、ジラーチが理解するまで一瞬の間があった。

 それほどまでに、少女はずっとずっと長い時間、孤独に慣れ過ぎていた。

 そしてその事実に気づくと同時に、ばっ、と振り返り。

 

()()()()?!」

 

 視線の先、黒い宇宙の中に立つ、真っ白なヒトガタを見た。

 男とも、女とも言えない中性的な顔立ち、ところどころに金の刺繍の施された真っ白なスーツを着た人の形をしたソレは、ゆったりとジラーチの目の前にまで歩いてくる。

 

「起きてたデシか」

「ついさっきね。それにしても、随分とおかしなことになってるね」

 

 欠伸を噛み殺しながらやってくるカミサマに、少女が目を丸くした。

 そうしてカミサマが少女の隣にやってくる。その視線は先ほどまでの少女と同様に、ここではないどこかを見ているようであり…………。

 

「特異点! 特異点が出たデシよ!」

「うんうん、分かってるよ」

「じゃあさっさと修正してこいデシよ」

 

 ぶんぶんと、だぼだぼの袖を振り回しながら隣で叫ぶ少女に、ソレは薄く笑みを浮かべる。

 

「そうだねえ…………どうしよっかなあ」

「……………………はぁ?」

 

 呟いた言葉に、ジラーチが怪訝そうな表情をする。

 

「特異点が現れたって言ってるデシよ? カミサマの世界、壊れちゃうデシよ?」

「そうなんだけどねぇ。でももうこの世界は(ワタシ)の手を離れても良いんじゃないか、とも思うわけだよ」

「離れても何も、カミサマ創るだけ創ったら後は寝てたデシよ。手を入れてたのはボクや馬鹿眷属たちデシ、最初からカミサマの手から離れてるデシ」

「あはは…………手厳しいね、キミ」

 

 困ったように、頬を掻くソレに、少女がますます疑いの念を強める。

 あり得ないのだ、普通に考えて。

 この世界を創ったのは目の前のカミサマ。そして何だかんだと言ったが、それでもこれまで運命線を紡ぎ、眷属を使って世界を維持してきたのもカミサマ。

 そうやって遥かな悠久の時、世界を回してきたというのに、今更になってそれを止める、だなんてあり得ない話。

 

「何考えてやがるデシか」

「んー? そうだねー…………まあ大したこと考えてるわけじゃないさ」

 

 微笑を浮かべるカミサマのその胸の内は少女には分からない。

 否、この世界の誰にも分からないことだろう。

 何せ目の前の男とも女とも分からない、否、それどころかヒトですらない、ヒトガタは。

 

 

 ――――世界の創造神(アルセウス)に他ならないのだから。

 

 

 * * *

 

 

 頭を抱えたくなる思いをなんとか表に出さず。

 代わりとばかりにため息を吐き出して気持ちを落ち着かせようとする。

 トクサネシティからレックウザが去り、現地にいたダイゴと…………あと何故かいるシキと合流し、情報を共有したのは良いものの。

 

「…………どうしろと」

 

 情報を整理すると問題は大きくわけて三つだ。

 一つ、空に消えていった黒い龍神。

 二つ、明日にはホウエンに落ちるという巨大隕石。

 三つ、巨大隕石を防ぐための手段の喪失。

 特に三つ目が大問題だ。

 実機ではレックウザでなんとかしていたが、現実に隕石が落ちてくるまでにレックウザを捕獲できるかどうかが分からなかったため、ダイゴの提案でロケット開発のほうも進めていた。

 デボンコーポレーションは過去に一度、ロケットを宇宙へと飛び出させることに成功した経歴があり、そのためのノウハウもあったため、こちらは比較的順調に進んでいた。

 いつ来るか分からない隕石のために、いつでも発射の準備はできるようにしていたのだが。

 

 ――――それをレックウザが破壊した。

 

 あの黒い龍神が何を思ってそれを為したのか。

 ダイゴと話をして、ようやくその理由に気づく。

 

 ∞エナジー

 

 実機でも名前は出ていたが、()()()()()()()()()()()()であり、かつてカロスにおける最終兵器のエネルギーとしても使用されていたその技術をダイゴの父、ツワブキ・ムクゲがよりクリーンな形で創り直した、デボン・コーポレーションの飛躍の決め手となった存在である。

 それは手のひらで抱えることのできるほどの大きさの球体一つでロケットを宇宙まで飛ばすことのできるような極めて強力なエネルギーであり。

 

 レックウザはその力を意識的か、はたまた無意識的にか、求めた。

 

 狂乱のままに暴れていたレックウザは、その暴走によって自らを傷つけていた。

 だが取り込んだ∞エナジーの力によって、自傷を上回るほどの回復力を得た、と考えればあの光景にも納得がいく。

 尤も、それはほぼ最悪の想定だが。

 

「方針を決めよう」

 

 トクサネ宇宙センターの一室で、椅子に腰かけたダイゴがそう告げた。

 幸いにも、隕石で崩落した一角は誰もいなかったようで、それ以外の場所でもあの荒れ狂う暴嵐のような伝説が襲来したにしては、死傷者0という奇跡のような被害の少なさだった。

 それはダイゴたちを含めた、一部のトレーナーたちが事前に住民を手早く避難させたお陰でもあり、その避難の時間を作ったシキのお陰でもあるのだろう。

 何でトクサネにいるのかは謎だが、まあシキのことなので迷ったとか言われても驚きは無い。

 

「そうだね…………正直、レックウザのことは考えても仕方ない。アレに逃げ回られたら絶対に追いつけないし、いつ来るかなんて完全に向こう次第だ。だから考えるべきはもっと上」

「巨大隕石、ね。本当に来るの?」

 

 実際には自身から話を聞いただけのシキからすれば、ホウエンどころか星を穿つほどの巨大な隕石が落ちてきていると言われても実感が無いのだろう。

 そんなシキの言葉に、ダイゴが頷く。

 

「ああ、こちらでも確認したよ。正直どうしてここまでで気づかなかったのか、不思議なほどにはっきりと、巨大な隕石がホウエンへと急速接近している」

「問題は二つ。隕石への対処として考えていた方法が二つともダメになったこと。そして残された時間の少なさ、だね」

 

 呟いた言葉に、ダイゴが頷く。

 恐らくこの中で一番危機感を持っているのはダイゴだろう。自分も、馬鹿にするわけではないがシキも、それほどこの手のことに知識が無い。ダイゴとて専門家ほどのものはないにしろ、それでも実際に宇宙センターでそれを観測した結果を見ているだけに焦りは人一倍といったところか。

 

「一応聞いておくけど、ダイゴ、シキ。何か考えある?」

 

 問うたその言葉に、けれど返事はない。

 だがそれを言っても仕方ない。返事を求めるのも酷だと分かっている。

 そのための手段を前から用意していたのだ、この時のために用意していたのだ。

 だがその手段(ロケット)別の手段(レックウザ)によって破壊された。

 そしてそのレックウザも空へと消えていった現状。

 

「ほぼ、手詰まり、か」

「…………()()?」

 

 椅子の背にもたれ、ぎぃ、と椅子を鳴らしながら呟いた独り言にダイゴが首を傾げた。

 そう、実際のところ、まだ手はある。

 だから、ほぼ。

 けれどその手が余りにも非現実過ぎて、手詰まりとしか言いようのないのもまた事実。

 

「その手、っていうのは?」

 

 そんな自分の説明に、今度はシキが声を挙げる。

 今となっては藁にもすがりたいような心境なのだろうことは明白である。

 実際自分だってそうだ。もうこれしかない、と思っているが、そんなの無理だ、とも思っている。

 

「最初の案の通りだよ…………『そらのはしら』へ行き、ヒガナにレックウザを呼び出してもらう」

 

 そしてレックウザを捕まえ、隕石を破壊する。

 まさに実機と同じ展開。前提が違い過ぎることを除けば。

 それがどれだけ無理な話か分かっているのだろう、ダイゴも、シキも、自身の言葉に口を閉ざす。

 

 部屋の中が沈黙で満たされる。

 

 しばしの静寂の間。

 

 後。

 

「それでいこう」

 

 ダイゴが呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「実際のところ」

 

 ふわふわ、と空中で正座をするという奇妙な光景がそこにあった。

 だがそんなもの気にするほどのことでも無いと、少女も、ソレも、一切気に留めることも無く話は進む。

 

「どうなんデシか?」

「何がかな?」

 

 少女、ジラーチの疑問に、けれどソレは疑問で返す。

 分かっているくせに、と少しジト目になりながらも、一つ嘆息し、再度口を開く。

 

「ボクからすれば、世界を救う鍵はもう分かりきってるデシ、運命線は決まっていても、それを超えるから特異点であり、超越種デシ」

「そうだね」

「でもあのおろかものがそんな簡単にその選択をするとも思えないデシ。もしそれを選択する時は」

 

 二つに一つ。

 

「けど、そんな選択肢あり得るデシか?」

 

 何もかも救えるのなら、それに越したことは無いだろう。ああ、ジラーチだってそんな問答無用のハッピーエンドが来るように願っていた。そのために危ない橋まで渡って色々してきたのだ。

 だがそれでも運命線は変わらなかった。一度は特異点存在によってあっさり変わった癖に、それを観測したことで二度も変わった癖に、もう一度だけ、幸福を追求しようとした途端に頑固に変わろうとしない。

 

 だからもう、この運命線を何の犠牲も、代償も無しにやり過ごすのは不可能だ。

 少なくとも、ジラーチはそう思っている。思ってしまっている。

 だがジラーチ以上の力を持つ、ソレならば。

 或いは、ジラーチには見えなかった誰もが笑っていられる未来だって見えるのではないか、紡ぎだせるのではないか。

 そんな淡い期待にもにた願いを抱きつつ問うたその言葉に。

 

()()()

 

 余りにもあっさり、ソレは答えた。

 即断し、即答し、即決した。

 

「少なくとも、そんな都合の良いルールは(わたし)は作っていないよ」

 

 ソレの言葉に、場が沈黙する。

 少女は目を閉じ、ため息を零す。

 そうして。

 

「そう、デシか」

 

 薄く、目を開く。

 

「…………デシか」

 

 その瞳に、悲しみの色を映した少女はそうして再び目を閉じ。

 

「そうだよ」

 

 ソレは笑っていた。

 

 

 * * *

 

 

 ぴちょん、ぴちょん、と。

 洞窟内に水音が跳ねた。

 

「ん…………」

 

 洞窟の地面に倒れていた少女、ヒガナが洞窟の低い天井から落ちてきた雫に顔を打たれ、僅かに身じろぐ。

 とは言え、精も根も尽き果て倒れていたヒガナがその程度で起き上がれるはずも無い。

 ただ意識だけは急速に戻っていき。

 

「……………………あ、れ」

 

 死んでいない、そのことに何よりも真っ先に疑問を覚えた。

 自分は確かに、ホウエンの破滅を、世界の滅びを手に触れた虹色の巨石に願った。

 祈りが龍神様へと届いたのなら、とうにホウエンは滅びているだろうに。

 

 どうして?

 

 まさか、祈りは届かなかったのか?

 

「嘘…………だ…………」

 震える手足を気力を振り絞って起き立たせる。

 崩れ落ちそうになる体を、自分が目覚めたことに気づいたボーマンダが支えてくれる。

「あり、がとう」

 震える手で、その頭を撫でながら、一歩、また一歩と元来た道を引き返そうと歩き始める。

 

「たし、かめ…………ないと」

 

 今、外がどうなっているのか、この暗い洞窟の中では分からないから。

 

 一歩、また一歩。ゆっくり、ゆっくり、けれど確かな足取りで歩を進めていく。

 

 そうして、再び水が溜まりきったトンネルの前までやってきて。

 

「き、っついなあ」

 

 心配そうに鳴くボーマンダの背を大丈夫と摩り、その背に乗る。

 

「頼んだよ、ボーマンダ」

「ルォォ…………」

 

 二度、三度とこちらを振り返りながら、ボーマンダがやがて諦めたかのように一つ鳴き。

 

 ざぱぁぁぁぁぁ、と。

 

 飛び込もうとした瞬間、目の前で水が跳ねた。

 

 

 

 




大黒天長すぎなので、分けました。ついでに章も大黒天から5章に変えました。
前回、話が良く分からないと言われたのでもっと緻密に文章書いてやろうと思ったら、作中時間30時間分ほどの内容書くのにあと最低6,7話くらい、下手したら10話以上はいりそう(白目

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