「やあ、思ったより元気そうだね」
「全くだ…………もうすっかり元気なんだけれどね」
ルネシティジムにある医務室のベッドの上で、珍しく洒落っ気の無い服装をしている友人を見てダイゴが苦笑した。
『めざめのほこら』の内部で気絶していた状態でここに運ばれてきたため、シンプルな患者服に着換えさせられた友人、ミクリがその言葉に少しだけ不満そうに返事をしながら、ちらり、と医務室に置かれた机に向かって何かを書いているドクターに視線を送る。
「ダメです、もうしばらく安静にしていてください」
眼鏡をかけた女医はつっけんどんに、取り付く島も無くばっさりと即答する。
そんな女医の態度にミクリが嘆息して、肩を竦める。
「これだよ…………全く、これでも私はこのジムのジムリーダーなんだがね」
「ジムリーダーだからこそ、何かあったら困るということが分かりませんか?」
ぼやくようなミクリの独り言に、じろり、と女医の蛇睨みのような視線が突き刺さり、ミクリが麻痺したかのように固まる。
反論を許さない、冷徹な視線に、ミクリが観念したかのように、はい、と頷いた。
「やれやれ、おっかないだろ…………怒らせると怖いんだよ」
視線を女医へと向けながら、耳打ちしてくる友人に再度苦笑し。
「――――キミに聞きたいことがあるんだ」
唐突に…………前置きも無く、要件を切り出す。
「今日の要件かい…………何でも聞いてくれ、私がキミに隠すことなど何も無いさ」
ミクリが笑みを浮かべながらそう告げると、そうかい、と一言呟き。
「ヒガナという少女をキミは知っているかい?」
告げた言葉に、ミクリの目が見開かれた。
* * *
さて、どうしたものだろうか。
少女、シキがテーブルに両手を乗せ、額に手を当てながら考える。
悩ましく、かつ難しい問題だ。
それというのも隣の席に座る少年、ハルトから問われた一言が原因である。
――――異能ってどうやって使ってるの?
答えることは可能か不可能かで問われれば可能だ。
何せ自分でやっていることなのだから、どうやっているか、など分からないはずも無い。
ついでに言えば隠すようなことでも無い。異能トレーナーなど世界中探せば山ほどいるし、何より好きな人に頼られたのだから応えてあげたい気持ちはある。
だから、答えること自体は簡単だ。そう…………簡単なのだ。
「そうねえ」
じゃあ何故こんなにも思い悩むのか、と言われれば。
――――
異能というのは異能者個人の感覚による部分が非常に大きい。
故に、それを持たない相手に異能というものをどうやって表現すればいいのかが分からない。
目頭を二度、三度と揉みながら悩む自分に、少年もこちらの困惑に気づいたのか。
「どうやって、って言っても難しいかな」
困ったような表情で問う少年に、少しだけ思案して。
「感覚の問題なのよ」
そう答えた。
「感覚?」
「例えば、人間は飛べない、鳥のように翼は無いから。だから人間に翼を羽ばたかせる感覚は分からない、それが分かるのは翼を持つ生物だけ。人間は水の中で息ができない、魚のように鰓が無いから。だから水の中で息をする感覚が分かるのは水の中に住まうモノだけ、それと同じなのよ。異能を持つ人間の感覚は持たない人間には絶対に分からない。それが分かるならそれは異能を扱う感性が、下地があるということ」
故に少年、ハルトに異能の才は無いと断言できる。
『おくりびやま』での一件を見れば、ハルトにその感性が無いことは分かる。
常人ですら十年もあの場所に住んでいれば異能に近い感性を得てしまうほどの場所で、ほんの僅かでも異能の才があるならば何がしかを感じ取れるはずだ。
それを一切感じ取れない時点でハルトにはその感性は無い、感性が無ければ異能者の感覚も絶対に分からない。
「えーと、そういうの抜きにして、じゃあ、異能を使うコツ、とかは?」
じゃあ、と言って話を変えて、また難しい話を聞いてくる。
コツと一言で言われても、全員が全員自分の感覚頼りに使っている以上、そのコツなど人それぞれとしか言いようがない。
ただ、自分の場合で言うなら。
「感情をはっきりとさせること、それから強く思うこと…………あとはできることを疑わないこと、かしら」
ああ、そうだ。今ふと気づいたが異能の使い方は、一つ共通のものがあった。
「
どんな異能でもそこだけは共通だ。
世界を書き換えるほどの強烈な思いと、それを世界へと叩きつけるような強い意思。
その二つが揃って初めて異能は異能足り得る。
「思いと意思…………」
そんな自分の説明に、何か考えるようにハルトが俯く。
「それから…………あとはそうね、コツとかそういうのじゃないけれど、やっぱり異能って法則性があるわね。例えば私なら『逆さ』、とか。能力の強弱もあるから一概には言えないけれど、例えば私なら『逆さ』という言葉から連想できることなら、大概のことはできると思うわ。でも逆に言えばそれ以外のことに異能は使えない、他の異能者みたいに『はがね』タイプを強化したり、氷を生み出したりなんてこと一切できないわ。能力の性質というか、方向性、みたいなものがやっぱりあるものだし、あとそれから」
目を閉じながら、思いつくままの単語を告げる自身はそれに気づかない。
気づかないままに一通り、語れる限りの言葉を語り。
「…………ハルト?」
聞いているのか、いないのか。
目を瞑って静かに佇む目の前の少年に、思わず言葉を止め。
「――――ん? ああ、ちゃんと聞いてる。というかもう大丈夫だ」
少年が片目を開き、数度頷く。
「まだ感覚的だけど…………シキのお陰で、何となく見えてきた」
呟きながらその腕が伸びてきて。
「ありがとう、シキ」
頬に手を当てられ、微笑みながらのその一言に。
「……………………破壊力っ」
思わず顔を赤くして、目の前にあった机を叩いた自分を誰が責められようか。
* * *
トクサネシティで三人で話し合った後、ダイゴにヒガナの捜索を任せ、自分とシキはミシロに戻ってきていた。
というのも、明日に備えてやっておきたいことがいくつかあったからなのだが、何だかんだとやることをやっていたら、お昼前に戻ってきたミシロの町は、けれど今はもう夕焼けに染まっていた。
「夕飯食べていく?」
例え、明日世界が滅びるとしても。今日の朝に日が昇ったら夕方になれば沈んでいくし、一日中動き回っていれば疲れもするし、お腹も空く。
結局、人間らしい営みは何も変わらない。
日の沈みかけた窓の外の景色を見ながら、先ほどまで色々と話していたシキに声をかければ、目を丸くする。
「そんな悠長なことしていていいの?」
そう告げるシキの言葉はまあ正しいのだろう。
実際、このままでは例えでも何でもなく、本当に世界が滅びるのだから。
「と、言われてもね」
どうやっても、ヒガナが見つからない限り現状より進みようがない。
ヒガナの居場所はすでに割れている。ルネシティへ向かったダイゴがミクリからの証言を得て、ルネシティ襲撃の犯人がヒガナであり『めざめのほこら』の奥に向かったことも分かっている。
レックウザを捕まえるためには、まず戦う以前にレックウザと邂逅する必要がある。
そして、こちらからレックウザと会おうとするならば、どうやってもヒガナの協力は必須だ。
「それまでにやらないといけないこともあるけど…………まあ、それは明日でいいや」
「そのヒガナって子を見つけたとして、協力してもらえるとはとても思えないんだけど」
不安そうに尋ねるシキに、一つ頷く。
ここまでの経緯から考えるに、ヒガナは間違いなくあのレックウザのダークタイプ化に関わっている。
言わば敵側。決してこちらへと協力することは無いだろうことは明白であり。
「
にもかかわらず、あっさりとそう返す、返せる。
だが余りにもあっさりと返した自分の言葉に、シキが首を傾げる。
「そもそもの話なんだけど」
――――何故ヒガナはレックウザに対してあんなことをしたのだろう?
ヒガナ、否、『りゅうせいのたみ』からすればレックウザは龍神様と呼ばれる信仰と崇拝の対象のはずだ。同時に、隕石の襲来から星を守るための切り札だったはずなのだ。
全てはそこからだ。
その原因があるからこそ、今という結果がある。
「そしてその答えが…………これだよ」
手の中にあるマルチナビの画面をシキへと見せる。
「これが?」
ソレを知らないシキからすれば、不思議な光景かもしれないが。
「そう、これさえあればヒガナはこちらへと戻ってくるはずだよ」
午前中に届いていた一通の着信、そして添えられたメッセージ。
――――アクア団のアオギリから送られてきたそれこそが、全てを物語っていた。
* * *
なんだか良く分からないことになってきているな、というのがルージュの感想だった。
ルージュはハルトの手持ちの中でもエアたち六人の次にハルトと出会った古参のメンバーだ。
と言っても、手持ちになったのはつい最近の話であり、それを言うならアースのほうが先なのだろうが。
そしてこの近辺に住むゾロア、ゾロアーク種の頂点と見込まれ、その群れの長をしていたからか、どうにも周りをよく見てしまう癖があった。
だからこそ、白の少女…………ジラーチ、とハルトが呼んでいた少女との邂逅からエアたちが随分と落ち着きを無くしているのが分かった。
正直なところ、ジラーチとハルトの会話を聞いていても、その意味の半分も分かってはいない。恐らくアースやアクアも同じ、サクラに至ってはほぼ理解していないだろうことも分かる。
ヒトガタポケモンというのは通常のポケモンより知能や理性が発達しやすいらしいが、そんな彼女たちをして、ジラーチとハルトの会話は理解を超えていた。
いやまあ、実際のところそんなもの理解しなてくも良いんだろう、ということは良く分かった。
恐らくハルトはそれほど気にしていない。良くも悪くも現実的というか、刹那的というか、今が良ければ昔とかどうでもいい、と思っている…………多分。
ただエアたちは…………よく分からない。
少なくとも、ルージュたちよりは色々知っていそうだ。ジラーチとの邂逅から随分と動揺しているのが分かった。
家にいる時はいつも屋根の上か外を飛んでいるだろうエアはリビングのソファーで呆けているし、料理を作るシアの手際はいつもより悪い、シャルは部屋から出てこないし、チークとイナズマは出かけると言って帰ってこないし、リップルもいつも通りにプールにぷかぷかと浮かんではいるがいつもの能天気そうな表情はなりを潜めていた。
自分たちと彼女たちの間の小さな温度差を、けれどルージュは確かに感じ取っていた。
「大丈夫かしらね、アイツら」
何と言えば的確か分からないが、強いて言うならば、地に足のついていない感じ。
どうにも上の空、というほどではないのだが、六人とも余計なことに気を取られているような。
だからついつい心配して言葉が漏れてしまう。
まあ自分が心配したところで、と言った話ではある。
その辺はどうせハルトが自分でどうにかするだろうし。
「まあ、私にできることをしましょうか」
今の自分はハルトの手持ちの一体でしかないのだから、パーティのことはハルトに任せて自分は弟の顔でも見に行くか、と考え。
「ま、なんとかなるでしょ」
漏れ出た言葉は、一種、自分の主への信頼だった。
* * *
「はあ………………」
自室のベッドに倒れ込むと、途端に今日一日の疲れが噴き出てくる。
とは言え、まだ余力は十分にあるのだが。子供の体ってエネルギーで溢れてるなあ、なんて思ったが、よくよく考えれば前世の自分は自分の前世ではない…………いや、何言ってるんだろうとは自分でも思うのだが、碓氷晴人がハルトではない以上、自分にとって
まあ実際のところ、エアにも言ったように、
これだけあれば自分という存在は十分だ。前世と思っていた知識だって、あるなら活用するが、無いなら無いでその時の自分なりに精一杯やれることをやるだけだ。
だから、唯一不安があったとすれば、それはむしろエアたちのほうだった。
――――エアたちはこれからも俺と一緒にいてくれるのか?
どういった経緯で、とか何故一緒に、とかそういったことはどうでもいいと思う。
ただどうして一緒にいるのかが分からない以上、もしかしたらいつかは居なくなる、そんな可能性も考えて…………恐怖した。
エアたちが居なくなるという仮想に恐怖し、尋ねた問いに、けれどエアは頷いてくれたから。
だからもう、いいや。
ただそう思った。
…………。
…………………………。
………………………………………………。
「………………寝れないな」
なんとなく、眠れない夜、というのはあると思う。
理由は色々だ。寝ている途中に目が覚めて眠れなくなってしまった、とか。
寝ようにも目が冴えてしまっていてそもそも眠れないだとか。
何となく、何かを予感して眠れなかったり、とか。
一日中ホウエンを駆け巡ったせいで、疲れはあるはずなのに、まだ子供の体は確かに眠気を発しているのに。
それでも、眠れない。
さて、どうしたものか、とふと視線を彷徨わせ。
「…………どうしたの? 入れば?」
僅かに開いた自室の入り口の隙間から覗く瞳にそう告げれば、僅かに彼女の視線が揺れる。
しばしの沈黙。
やがて、きぃ、と扉が開き。
「こんな夜にどうしたの? エア」
「…………………………」
問うた言葉に、けれど答えは無く。
夜闇の中で、紅い瞳だけが自分を見つめていた。
ダイゴさん→ルネシティでヒガナ捜索
シキちゃん→ミシロへ(ハルトいなかったらまた迷って翌日欠席予定だった
ハルトくん→ミシロへ(色々やることを思いついた模様
エア→一番よく知ってる
シア~リップル→何となく知ってる
ルージュ~アクア→良く分からん
サクラ→毎日が幸せ
まあ、一応エアたちの正体、というか出自? も作ってはいるけど、作中において本気で全く関係ないから公開するつもりはない。というか気にする必要も無い。