ホウエンの空が黒に染まった。
「なんダ、こりゃァ!?」
突如として暗くなった視界に、思わず空を見上げたウシオが声を荒げる。
否、ウシオだけではない、同じ場所にいた他のアクア団のメンバーたちとて突然の異常事態に平静を保っていることはできなかった。
黒く、暗く、まるで夜闇のように広がる空を覆う分厚い雲。
明らかな異常に、ウシオは即座に通信機を通じて、アオギリへと連絡を取る。
その間にも『えんとつやま』の復興のために散っていた団員たちも続々現場指揮であるウシオの元へと集まってくる
「あン? おー。了解したゼ、アニィ」
通信を切る、すでにウシオを囲むように並ぶ団員たち。
誰もがその注意を半分以上空へと向けている中で。
「お前らァ!」
大声で注意を集める。
そうして全員の注意が自らへと向いたことを確認し。
「アジトに撤収するゼ」
その端的な言葉に、全員が応、と答えを返し即座に撤収の準備へと動き出す。
そんな団員たちの姿に、ウシオが苦笑する。
「頼もシイゼ、こいつぁーヨォ」
外見を裏切らず、ウシオという男はそれほど深く物事を考えたり、気を回したりするタイプではない。
それはウシオ自身が何より自覚している。
だがポケモンバトルの腕は、団員たちの中でもトップクラスであり、昔よりずっとアオギリに付き従ってきたその忠誠心を買われて幹部とされている。
何より、その豪快かつシンプルな生き様はアクア団のメンバー、特に男たちからは親しまれており、アオギリのようなカリスマ性とは違った求心力があった。
アオギリもまた、ウシオのことを信頼しており、そのため彼に付き従う団員たちはアクア団の中でも精鋭、つまり自ら考え動くことのできる者たちであり、細かい指示が苦手なウシオのためにアオギリが集めた選りすぐりの面々だった。
アオギリからの大まかな指示、つまり目的だけを彼らに伝えておけば、後は彼らが自ら考え行動してくれる。
できもしないのにウシオが一々考えて細かく指示をするより、よっぽど確実で、信用できる。
それは幹部、ひいてはこのチームのリーダーとしてどうなのだろう、とは考えない。
それだけのことができる貴重な人材をアオギリはウシオのために割いてくれている、それだけは結果であり、事実であり、信頼の証だから。
だから、後のことは彼らに任せて、ウシオは自分のことだけをすれば良い……のだが。
「さーテ……こいつをドウするかナァ」
先ほど作業中に発見されたソレを……『ひんし』状態で気絶する
* * *
叩きつけられた拳が、大地を鳴動させる。
“ちかくへんどう”
大地が脈動し、森林を文字通りの意味で
「おっ
叫び、紅の少女、グラードンがもう一方の拳を振り上げ。
“だいじしん”
「させるかあ! エアァァァァ!」
「ルウウウウウアアアアアアアア!!
“じしん”
どん、とエアが大きく地面を踏みしめる。震脚、とでも言うべきその一撃がグラードンの拳と同時に放たれ、互いの技の威力を相殺し合う。
―――相変わらずふざけた能力値である。
能力ランクはすでに最大まで積んである。
そんな状態のエアの一撃と一切積んでもいない素の能力で放つ一撃が同じ威力などふざけているとしか言いようがない。
“かがやくひざし”
「戻れ!」
空から降り注ぐ
「シャル!」
「は……はい」
“かげぬい”
日差しが強いほどに、影もまた濃く生じるものだ。
シャルから飛び出た影がグラードンの足元へと突き刺さり。
「しゃらくせえええええええええええええ!!!」
“だいちのけしん”
グラードンが絶叫と共に、伸びる影を
「ふえ……」
短く、シャルが驚きと共に目を開きながら呟き。
―――影が砕け散る。
「シャル!」
「え……あ、はい!」
だがそれで良い。どうせ伝説のポケモン相手にそんなもの通じるとも思っていない。
だが一手、対処に使わせた。
“かげぬい”の裏特性自体は、シャルの登場と同時に勝手に発動する以上、これで一手、シャルが先手を取れる。
それで充分だ、と指示を告げると共に。
“ちいさくなる”
シャルの姿が縮む。
「っち、落ちろ!」
“だいじしん”
放たれる大地を叩いた拳の一撃は、通常の“じしん”のような一定方向にのみ作用するような
まあ。
「その程度、最初から予測してるに決まってるだろ」
持ち物が『ふうせん』でなければ、の話。
一度捕まえたのだ、技幅くらい確認しているに決まっている。
あの強烈な“だいじしん”はほぼ必中技と言っていい。回避するには空を飛ぶ以外に無いが、グラードンは大地の創造を行ったポケモンの逸話の通り、大地を自らの意思で自在に変動させることができる。
故に飛んでいる相手に相手の高さまで地面を持ち上げる、などという意味の分からない力技ができるのが最大の特徴だが。
持ち上げられた地面はいつまでも隆起しているわけではない。
というより、いつまでも持ち上げているわけではない、というべきか。
大地を操作すること自体は呼吸をするかのように簡単なことだが、操作した大地を『維持』することにはある程度の集中が必要になる。
当然ながら戦闘中にその集中は確実に邪魔になる。とは言え伝説のポケモンと呼ばれているのだ、並大抵の相手ならばそれでも勝てるのだろうが。
一度負けているからこそ、グラードンは自分たちの力をよく理解している。
油断ならない相手だと、油断すれば負ける可能性のある相手だと分かっている。
分かっているからこそ、油断しない、油断を晒すような真似をしない。
そしてだからこそ、余計なことに意識を割きはしない。いつまでも持ち上げた地面を持ち上げたままにするような真似をするなら、一度操作を解除して、もう一度一瞬だけ隆起した大地で相手を攻撃し、撃ち落してから地震を起こしたほうが効率的だ。
そのための“かげぬい”。
相手の意識を逸らすこと。そしてシャルに『ふうせん』を持たせていることを悟らせないこと。
そして稼いだ一手で回避能力を上昇させるための一手。
この展開に持ちこむためにバトル開始時からずっとシャルを温存していたのだ。
すでにシア、チーク、リップル、アース、ルージュは落ちたが、この展開に落とし込んだ時点で最早どうにでもなる。
否、それでもグラードンがこちらを殺す気で来るならばいくらでもやりようはあるだろう。
そういう意味ではカイオーガも、グラードンも前回よりも手抜き、と言えるだろう。
意思を持って本気で戦ってはいるが、それでもどこか手加減がある。
いや、気を使っているというべきだろうか。
だからと言ってこちらが手を抜く道理も無い。
と、言うより手を抜くことを相手が望んでいないというべきか。
これは決闘でも無ければ死闘でも無い。
―――新しい仲間を迎えるためのただの歓迎会に過ぎないのだから。
「シャル!」
「はい!」
“ちいさくなる”
これでさらに当てづらくなっただろう。
それに焦るグラードンが大きく息を吸い込み。
“だいもんじ”
放たれた炎が壁のように大の字に広がる。
“だいもんじ”ならばエアでもシャルでもリップルでも撃てるが、本当に同じ技なのか、と言いたくなるほどに威力が違い過ぎる。
恐らくこの天候も手伝っているのだろう、異常な威力のそれを。
「かわせ」
「っはい」
すり抜けるように、シャルが回避し。
「行く……よっ!」
“シャドーフレア”
放たれた黒い炎がグラードンを覆い尽くす。
“おわりのだいち”の効果によって『おおひでり』へと変えられた天候も相まってその威力を大幅に増加させながら着弾、爆ぜる。
「ぐるううううううううううううああああああああああああああああああ!!」
グラードンが絶叫し、咆哮を上げると同時に炎が消え去り。
“だいちのいかり”
どん、と地面が揺れた。
直後にゴゴゴゴゴと地面に亀裂が走りだし。
瞬間。
ドォォォォォォォォン
「オオオオオオオオオオオオォォォォ!」
グラードンの叫びに呼応するかのように大地からあふれ出したマグマが弾け、地上を『ひのうみ』へと変えていく。
「まずっ」
戦う以前に、トレーナーである自分の命が危ない。
咄嗟にそう考え。
「
シャルをボールへと戻し、入れ替わりにボールを投げ。
「はいはい…………少しは落ち着きなよ、トカゲ」
現れた
“はじまりのうみ”
直後に空が雨雲に覆われる。
昨日のような夜闇のような漆黒とは違う、曇天という言葉が似つかわしい色合いの空からぽつり、ぽつりと雫が降り注ぎだし。
ザァァァァァァァァ
一瞬の後、バケツをひっくり返したかのような雨が降り始める。
当然のごとく、『ひのうみ』も消え去り、噴き出していたマグマも冷え固まっていく。
そして全てを起こした元凶である少女のグラードンが睨みつけながら、吐き捨てるように呟く。
「っち、お前かよ」
「ふふ…………そうだよ、今はアタシもこっち」
笑みを浮かべる蒼の少女に、紅の少女が忌々し気に顔を歪めた。
* * *
―――お前と一緒にしてくれるな。
もしカイオーガの心境を聞けば、グラードンはきっとそう答えていただろう。
はっきり言って、グラードンにはカイオーガのような人恋しさや寂寥感と言ったものはない。
一切無い、と言っても良い。
―――ただ退屈だった。
いつ自分が生まれたのかなんて、もう遠い昔のこと過ぎて忘れてしまったが。
いつの頃からか、常にそう思うようになっていた。
グラードンは強者であった。
それもこの地上に敵うどころか、相手になるものすら稀であるほどの圧倒的な強者だった。
力を振るえば何者も立ちふさがることはできず、我を通せばそれを止めることのできるものは居ない。
望めばなんでも叶うし、戦えば絶対に勝つ、覚えている限りでグラードンは常にそう言う存在だった。
生存競争の頂点に常に君臨し続けている、どころか、最早同じ枠にすら入っていない。
そうなると最早生きるということに飽いてくる。
けれど超越種というのはある意味、生命の範疇からも逸脱してしまっているため、寿命という概念も無ければ死という概念すらもあやふやである。
故にその強大な力を振るう相手も見つけることができないままに、退屈な世界で生きていた。
―――そんな時に、自分と同じ存在を見つけた。
カイオーガ、と後で呼ばれていることを知ったが、グラードンからしたらそんなことはどうでもいいことだ。
ただ重要なのは、それが自分と同じくらいに強いということ。
カイオーガと戦い、殺し合い、命の危険を感じることで、グラードンは初めて自らが生きているということを実感した。
直後に現れたレックウザとの闘いによって長い間眠りにつくこととなったが、それはそれで良かった。
少なくとも、意識も無く眠っている間は退屈を感じずに済んだから。
何より目が覚めてもカイオーガやレックウザと言った自分と同じ存在がいることを知ったから。
グラードンをして初めての経験だったのだ。
自らの全力を振り絞れる相手、というのは。
基本的に自然界の生物というのは死力を尽くすのは自らの命の危機に瀕した時だけだ。
それ以外の場面では常に余裕を残す。何故なら一度の危機を脱してもそれで終わりではないから。
余裕も無い状態では弱った獲物を狙う他の生物に襲われる、だからこそ狙われないように余力を残して生きるのが自然界の生命だ。
だから、グラードンのその行動原理や精神は完全に自然界の生物から逸脱していると言える。
グラードンは全力を出せる場が欲しかった。
振るうこともできずに持て余していた力を絞り尽くすことのできる相手が欲しかった。
カイオーガやレックウザと戦いたがっていたのはそのためだ。
それ以外の相手では全力を出す前に終わってしまう。
だから、衝撃的だったのだ。
カイオーガでも、レックウザでも無い。
ただの人間とポケモンに碌に意識も無かったとは言え、自らが敗れたという事実は。
「オオオオオオオォォォォ!」
“ストーンエッジ”
拳で叩きつけた大地から岩の刃が隆起し、蒼の少女、カイオーガへと迫り行く。
「戻れ、アルファ」
そしてそれをまるで読んでいたと言わんばかりに少年が先を取ってカイオーガをボールに戻し。
「アクア」
「応」
投げられたボールから出てきたラグラージが拳を握り。
“アームハンマー”
振りぬかれた拳が岩の刃を破壊し、粉々に打ち砕く。
―――ハッ
笑う。
「戻れアクア」
そんなグラードンを無視してラグラージをボールに戻し。
「仕留めろ、エア」
「ハッ…………任せなさい」
出てきたのは、
「ハハッ、良いね。力比べと行こうか」
先ほどはすぐに逃げられてしまったが、それでも自らの全壊の一撃を相殺したのを忘れてはいない。
「いいや?」
グラードンが笑い、呟いた一言に、けれど少年が首を振って否定する。
「―――もう終わりだよ」
何?
と、グラードンが呟くより早く。
―――■■■■■■■
竜の少女の様子が変わったことに気づく。
視線を向けたその時にはすでに少女がグラードンへと接近……否、
「―――」
少女に体を掴まれているのだと気づいたのは直後。
ゴウゴウと風を切る音が耳鳴りするほどに猛烈なスピードで急上昇していく。
急速に変化する気圧に、グラードンの体が悲鳴を上げる。
地上ではほぼ無敵の力を発揮する怪物も、けれどグラードンは
もがこうにも、浮遊感という恐らく一生感じることも無かったはずの感覚に体が上手く動かず、その間にも高度はどんどんと上がっていく。
そうして。
ぴたり、と
慣性に従うかのように重力に囚われたグラードンの体が地上へと引っ張られる……よりも早く竜の少女が急降下を開始する。
「お…………おおおおお、オオオオォォォ!」
重力の落下よりも早く下に向かって体を引っ張られるため、無重力空間にいるような不可思議な感覚に、思わずグラードンの口から絶叫が漏れだし。
“■ュー■■ン■■ター”
グラードンにしてみれば無限にも感じられた恐らく時間にしてほんの十秒ちょっとだっただろう滞空の直後。
轟音と共にグラードンが大地へと叩きつけられた。
「が……あ……」
単純な威力もそうだが、何よりも大地から引き離された状態で攻撃を受けたことがグラードンに何よりも大きな打撃を与えていた。
とん、とん、と足音が聞こえた。
ダメージの大きさにもう数秒は体が動かないだろうグラードンの元に、足音が主がやってくる。
「……てめ、え」
見上げたそこに
悪態を吐こうと開いた口から、けれど漏れたのは笑い声。
「は、はは……は……」
そんなグラードンの様子を見ながら、少年が首を傾げ口を開く。
「満足した?」
問われたその一言に、一瞬笑みが止まる。
そう言えばと、ふと思考し自分が退屈を感じていなかったことを思い出す。
それと同時に、今自分が笑っていたことも。
―――これだよ、これ。
ただの人間とポケモンが自分を倒したという事実はグラードンに大きな衝撃を与えた。
だってそれは、自分が思っていたよりもこの世界は広いのではないか、とそう思えたから。
戦いが終わり、少年と共に過ごすうちに再び感じ始めた退屈に気のせいだったのかとも思ったが。
―――やっぱり、じゃねえかよ。
それが気のせいで無かったことがようやく分かった。
「なんだ……お前ら、思ったより丈夫じゃねえか」
「当たり前だろ?」
どん、と地面に寝転がったグラードンが呟いた一言に、少年が当然とばかりに答える。
「きひっ」
グラードンが笑う。
「
そんなグラードンたちを下に見た発言に。
「ひひっ……きひっ……」
グラードンが笑う、笑う、笑う。
「なんだそりゃ、オレたちを差し置いてそんなこと言うなんざ」
一瞬、少年を見やり、目を閉じる。
「ああ、なんだ……存外おもしれえじゃねえか、この世界も」
そう呟いた。
カイオーガ→ぼっち拗らせて寂しがりや。
グラードン→ぼっち拗らせて無気力症候群。
レックウザ→ぼっち拗らせて■■■■■。
要するに『絶対の強者』だったからこそ、独りだった。
カイオーガは独りだったから繋がりを求めた。
グラードンは独りだったから退屈を覚えた。
レックウザは独りだったから誇りを拗らせた。
ハルトくんたちに負けて、『伝説でも無いただの人間とポケモンが自分たちに勝つ』ことで自分たちは『最強』であっても『絶対』ではなくなった。
つまりそれは『最強のポケモン』、でも所詮は『ポケモン』という括りにまで落とされたということで。
ようやくグラードンやカイオーガの中に『他者』という存在が出来上がった。
ということ。
そうしてカイオーガは『独り』ではなくなった。独りでなくなり、自分を孤独から連れ出してくれたハルトくんを好いた。
そうしてグラードンは『強者』ではなくなった。同時に自分をその他大勢に落としてくれたハルトくんを認めた。
まあ一緒にするな、なんて言ってもある意味グラードンもカイオーガと同じ。
結局、自分独りで遊んでてもつまらないから並び立つ誰か、言うなれば競争できる対等な誰かが欲しかった、というだけ。
そのためにこんな回りくどいやり方してるんだから…………これもある意味ツンデレなのでは?