ポケットモンスタードールズ   作:水代

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遅くなりました(


空を超えて⑤

「ふむ」

 首を捻る。

 何も映し出さない空間を見つめながら。

 横でジラーチが怪訝そうに視線を彷徨わせていた。

 そんな少女の姿に苦笑しながら。

 

「なるほど……面白いね、これは」

 

 口から漏れた一言にジラーチの視線がこちらへと向けられる。

「面白い、って何がデシか?」

「ん……? ああ、彼らの存在、だよ」

「カミサマの言う面白いの意味が分からないデシ」

「いや、ただね」

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()この状況は中々面白いと思ってね。

 

「…………は?」

 数秒、言葉の意味が理解できずにジラーチが沈黙し、その意味を理解すると同時に硬直する。

 そんなジラーチの様子を歯牙にかけることも無く、視線を再度彷徨わせる。

 

「ちょ、ちょっと待つデシ!」

 

 直後、看過できないとジラーチが声を荒げる。

 

「何? どうかした?」

「何? じゃないデシ! 特異点が複数いるってどういうことデシか?!」

「どういうって、そのままの意味だよ……えっと、今のところ……四人かな?」

 

 告げた数字に、ジラーチが唖然と言わんばかりに目を見開いて絶句する。

 

「まあ半分はホウエンにはいないみたいだけど」

「一人は全部の元凶デシ。カロスに生じた特異点。ソイツのせいでこの世界は全部()()じまったデシ」

 

 そう、それはジラーチにも分かっているのだとばかりに頷く。

 だから問題は残りのほう。

 

「今の言い方だと、ホウエンに二人、それ以外にも一人いる、みたいな言い方デシ……ホウエンの一人はあのおろかもの(ハルト)だとして、じゃあ残りは一体誰デシ」

「一人はまだ生まれていないよ」

「未来に生じるってことデシか」

「いや……どうだろうね」

「何デシかそれ!」

 

 曖昧に濁した言葉に、ジラーチが苛立たし気に袖を振り回す。

 やがて落ち着いたのか、動きは止まったものの、未だに視線は厳しいままに次を話せとばかりに促してくる。

 

「残り一人はホウエンにいるよ……確か、シキ、って呼ばれてたかな?」

「シキ……って、あの迷子娘デシか」

 

 怪訝そうな表情のジラーチに苦笑する。

 まあ確かに、彼女、シキが特別何かしたのかと言われると、実のところそうでも無いのだが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それだけでも十分に運命線が書き換わっている、ということさ」

 

 シキは本来二年前に死んでいる、つまりそういうことだ。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ます……すると、自分が柔らかい布団に包まれていることに気づく。

「……ん」

 どうして自分がここにいるのか、直前までの記憶がぼんやりとしていて上手く思い出せない。

 やや朦朧とした意識のまま周囲を見渡し。

 

「やあ」

 

 自らの天敵(ダイゴ)と視線があった。

 瞬間、意識が覚醒する。すぐさま起き上がろうとして。

 

「……っ」

 

 ぐっと力を込めても体は動かなかった。

 何かされた、というよりは単純に肉体的にも精神的にも疲労しているせいなのだとすぐに理解する。

 せめて、と言わんばかりに視線できっ、と男を睨みつけ。

 

「そう怖い顔しないでくれないかな」

 

 ダイゴが苦笑し、肩を竦める。

 自分にどうこうするつもりはない、と言わんばかりにさらに両手を上げてひらひらと振る。

 そんな言動が一々癇に障るが、けれどどうしようも無いのも事実であり、僅かに歯を軋ませながら黙り込む。

 そうして自身の気勢が削がれた直後を見計らったかのように、ダイゴが口を開いた。

 

「ヒガナ、キミに話があるんだ」

「断る」

 

 要件を聞く前に即断する。

 色々理由はあるが、何よりも自分はこの男が嫌いだった。

 慣れ合うことなどあり得ない。敵と呼んですら差し支えないほどに。

 

「それは困ったね」

 

 まるで困った風も無い、微笑を浮かべながらそんなことを言うダイゴに、ヒガナの苛立ちが増す。

 

「ならまず、話だけでも聞いてもらえるように、これを渡しておこう」

 

 ダイゴがそう告げながら、部屋の隅に置かれた机の上にぽつんと一つ置かれたモンスターボールを手に取り、こちらに投げ渡す。

「なっ」

 理性が一瞬だけ警戒したが、けれど反射的に手が伸び、ボールを受け取る。

 

 ―――受け取り、それが何のボールか、即座に気づいた。

 

「っこれ!!」

 思わず声を荒げる。ばっ、とダイゴのほうを見やり、視線に殺意すら込め。

「どうして、なんでこれっ」

 失くしてしまったはずのそれを、どうして、驚愕と怒気に、言葉が詰まる。

 直後、かたり、と。ボールが揺れ、ハッ、となる。

 

 震える手で、指先で、ボールの先端のスイッチを押し。

 

 赤い光と共に、中に入っていたポケモンが……ゴニョニョが飛び出してくる。

「ゴニョ?」

 ゴニョニョが……ヒガナを見つめ。

「ニョニョ♪」

 擦り寄ってくる。

 指先を伸ばし、触れる。その温かさが確かに()()が生きていることを教えてくれ。

 

「……シガナ?」

 

 『えんとつやま』でグラードンの起こした地殻変動に飲まれ、消えていったはずの最愛のパートナーがそこにいた。

 

「アクア団に感謝しておくと良いよ。『えんとつやま』の修繕中にその子を見つけて保護してくれたのは彼らだから」

 

 告げるダイゴの声に顔を上げれば、笑みを浮かべる男の顔。

 先ほどまでなら苛立っていたその表情も気にならないほどに、手の中の暖かさに思考が跳んでいた。

 抱きしめたその温かさに、何もかもが溶けていく。

「ニョニョ」

 もう放さないと、強く抱きしめる力に、ゴニョニョ……シガナが少しだけ苦しそうに声を挙げる。

「……シガナぁ」

 声が上ずる。目端から零れた熱が頬を伝う。

 震える唇は最早言葉を紡げなかったから。

 だから、抱きしめた、強く、強く。

 

 ―――声を上げて泣いたのはいつ以来だっただろうか。

 

 喜びと驚きがない交ぜになり、感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられ。

 最早泣く以外に何もできない心に塗りつぶされた思考の片隅で、ふとそんなことを考える。

 彼女の後を継いだその時から、固く心を閉ざしていた。

 一族の使命だとか、世界の危機だとか、そういうことじゃなく。

 

 彼女から託されたことだから、ちゃんとやろうって。

 

 それだけを思って、願って、シガナと二人で生きてきた。

 だからこそ、それが果たせないと知って、何もかもどうでも良くなった。

 

「どうでも……よくなんか、ないよね」

 

 まだ声は震えている。

 

「もう、放さない、そのためにも」

 

 震える手で涙を拭う。

 

「ちゃんと、やったことの責任は、取らないと、ダメだよね」

 

 首を傾げるシガナの頭を苦笑しながら何度となく撫で。

 再び溢れそうになってきた涙を何度も、何度も拭い、そうして視線を彷徨わせる。

 

「……いない」

 

 部屋の中に男の姿を探したが、いつの間にか消えたダイゴに、唇を噛む。

 気を使って出ていったのだろうか、そんなこと考え。

 

「やっぱ気に食わない」

 

 それまでの鬱屈を全て吐き出すように、深く息を吐いた。

 

 

 * * *

 

 

「あの迷子が特異点……デシか」

 

 複雑そうな表情でジラーチが呟く。

 それはそうだろう、特異点に対抗するための特異点を作るために少女がどれだけ苦労を重ねてきたのか、その集大成がハルトという少年である。

 だというのに、そんな簡単に新しい特異点で増えたと言われても困るし、何よりそれがどう影響するか分からず不安にもなる。

 特異点とは運命を歪ませる。もしかしたらハルト一人では変えきれない運命すらも二人でなら変えられるかもしれない。だがその逆もあるかもしれない。良くも悪くも、否、基本的に特異点とは管理者の視点で見れば害悪でしかない。

 今回のことだって毒を以て(もって)毒を制しているに過ぎない。

 ハルトの気性が平穏思考だったのは望外の幸運である。そうでなければ全てを終えた後、ひっそり管理者側で抹消する必要すらあったかもしれないのだから。

 

「まあそう言わない。それだって、もう一人の特異点の子がいたからこそ、とも言えるんだし……確か彼を作ったのはキミだったよね」

「う……ま、まあそうデシが」

 

 いかに歪んだ運命線を変えるためとは言え、管理者側が特異点を生み出したという事実には気まずさのようなものをジラーチとしても感じている。まして相手は世界を創ったカミサマ相手なのだ。

 だがそれを気にした様子も無くカミサマは微笑を浮かべている。

 

「まあ本来を考えても仕方ないよ。そもそももう終わったことだ」

 

 カミサマならばきっと終わった過去にすらも干渉することが可能だろう。時間の管理者ディアルガを創ったのは他ならないカミサマ自身なのだから。

 だがカミサマはそれをしない。過去にも、現在にも、未来にも干渉することをしない。

 どうして? 何故? そんな疑問はあるが、けれどカミサマは自分たちが手を出すことを止めることも無い。

 結局カミサマは何がしたいのだろう、そんな疑問は尽きることも無いが、けれどそれよりも、だ。

 

「あのおろかものは何やってるデシか?」

「んー?」

 

 不思議そうに首を傾げるソレに、ジラーチがぶんぶんと袖を振り回しながら問う。

 そう、それよりも、だ。

 問題は今、直面に迫った滅びに関してだ。

 

「何か色々やったりやらせたりしてるみたいデシが、結局何やりたいのか今一分からないデシ」

「あー……そうだね。まあ確かに遠回りも多いみたいだけど、彼は管理側の知識が無いわけだし、手探りにやるしかないんじゃないかな」

「その言い方だと、カミサマは分かってるデシか」

「説明して欲しい?」

「アホなことやってたら後でまた殴りにいかないといけないデシ」

 

 こくりこくり、と頷くジラーチに笑みを浮かべながらソレが、そうだね、と前置きし。

 

「大まかにやってることは二つ。一つはあの黒い龍と戦うための準備。もう一つは種を超えかけている彼の仲間を助けること」

「まあ滅びをどうしにかしたって、あのおろかものの性格上、仲間の犠牲を良しとするとは思えないデシね」

 

 特に彼のエースである竜の少女に力を与えたのはジラーチ自身だ。

 とは言っても疑問ではあるのだ。

 

「ボクが与えた力ぽっちで()()()には絶対に足りないはずなんデシけどね……なんでアレは超えかけてるデシか」

「何でだろうね? まあそれは良いじゃないかい」

「……むぅ」

 

 何か隠しているような気がする。

 管理者の眷属たる自分たちですら気づくことの無い、もっと……何か、大事なことを、隠されているような。

 けれど張り付けたように変わることの無い笑みの表情に、これ以上の詰問は無意味だと悟る。

 

「他の超越種を仲間にしていっているのはまあ戦うための力を集めているんだろうね。他にも色々協力を呼び掛けてしているみたいだし」

「あのイケメン爆ぜろボンボン野郎と迷子にも声をかけてるみたいデシけど……あんなのいくら集まったところで、アレに勝てるんデシかね」

「さあ? でも(いにしえ)の巨神がまだ残っているとは驚いたね」

 

 告げるカミサマの声に、僅かにだが感情がのっていることに傍にいたジラーチだけは気づいた。

 

「あれ確か、大昔にカミサマが全部消し飛ばしてなかったデシか?」

「そのつもり……だったんだけどね、一つだけ残ってたみたいだ」

 

 まあそれはいいさ、とカミサマが話を仕切り直す。

 

「元々アレは人が超越種や管理者を倒すために作った兵器だからね、彼や彼女がどれだけ使いこなしているかは分からないけれど、大きな力になるとは思うよ?」

「まあ迷子娘も育てる能力は高そうデシ。あのおろかものもいるならそれなりには仕上がっているとは思うデシけど……あのボンボンは完全に力不足じゃねえデシか?」

 

 人の尺度で見れば決して弱いわけではない、というよりむしろ最上位クラスに強いと言っても良い。

 だが超越種の尺度で見ればそんなもの塵芥程度のものでしかない。

 多少強力な異能もあるようだが……。

 

()()()()()()()()()()()()でしかねえデシ」

「世界法則を一時的に書き換えるのが異能。ならばそもそも自ら理を生み出す超越種は確かにその最上位とも言える、か」

「そもそも、カミサマがヒトガタなんて理を生み出したから、あんなのができちまったデシよ」

 

 ヒトガタとはそもそも何なのか、その話まで遡ってしまうので細かいことは言わないが。

 世界法則の改変が限定的とは言え世界中で行われているという事実を、このカミサマは一体どう考えているのだろうか。

 笑みを崩さないその表情から一切の感情は読み取れない。

 嘆息し、隣に立つカミサマへと続きを促す。

 

「確かに領域丸ごと書き換えるタイプの異能は超越種には通じないからね、とは言え自分とその周囲を巻き込む方の異能なら超越種相手でも十分に役に立つと思うよ?」

「でもあの化け物、その手のやつは全部消しちまってたはずデシ」

「そこはそれ……まあやりようはあるさ」

 

 やっぱりカミサマ何か知ってるよなあ、と疑いの目は向けつつも言葉にはしない。

 結局、ジラーチにとって本当に聞きたいことはたった一つなのだ。

 

「運命は、変わるデシか?」

「……さあ? それは、彼ら次第、かな?」

 

 最後まで曖昧な言葉に、もう一度ため息を吐いた。

 

 

 

 




ネルギガンテ最短5分30秒。
ハンマーで2分で倒してる人どうやってんだマジで。

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