やや朦朧としていた意識がはっきりとするごとに、徐々にだが後頭部が痛みだすことに気づく。
「……なにこれ」
触ってみれば大きなたんこぶがあり、湿布のようなものが貼られていた。というかよく先ほどまで気づかなかったと思えるほどはっきりとした違和感がそこにあった。
はて、これは一体、そんなことを考えるヒガナであったが、よくよく考えてみれば最後の記憶とここにいる経緯が繋がっていないことに気づき。
「えっと、最後は、確か」
そう、洞窟から戻ろうとして、水辺へと近寄り。
それから、それから……確か。
ざぱぁぁぁぁぁ、と水音が聞こえた。
それから、何かが現れた。
青とピンクの……蛇のような、そう。
「ミロカロス……?」
どうしてあんなところにと考え、即座に答えが出てくる。
―――お返し、さ。
同時に、意識を失う直前に聞いた男の声が思い出され。
「……や、やられた」
ミクリにまんまと意趣返しされたのだと気づいた時には、一瞬憤慨もしたが、けれど最早怒る気力すらも無い。
―――疲れた。
それだけがヒガナの胸中にあった。
ここまで張り詰めていたものが、シガナとの再会で一気に緩んでしまった。
腕の中で眠る彼女の姿に、笑みが零れる。
その鼻先をくすぐってやればこそばゆいとばかりに身じろぎするその姿にまた笑みが溢れる。
「って言っても……そろそろ行かないとね」
最早このホウエンに残された時間は少ない。半分は自分のせいだと分かってはいる、いるからこそ、その責任は果たさなければならないと分かっている。
何より、腕の中で眠る彼女のために、一度は滅べと願った世界に、もう一度続けと願う必要がある。
それは
一度は逃げた役割、けれど。
「今度こそ、ちゃんとしないとね」
寝台から座り、置かれた着換えを手に取る。
シャツにズボン、ソックスにマント、いつの間にか着換えさせられていた病衣のような服を脱ぎ棄て、一式洗濯され畳まれたそれらを一つ一つに袖を通していく。
「うーん、いつの間に」
一体自分がどれだけここで寝ていたのかは分からないが、アイロンがけまでされた自分の服を見る限り、半日は寝ていたのだろう。
寝台の傍に置かれた自分が履いていたサンダルのような靴を寄せて履くと、寝台から体を起こす。
ふわり、と軽く動く自分の体にここ数日間感じていた疲労感が随分と抜けていることに気づき、苦笑いする。
「もう終わっても良い……そう思ってたはずなんだけどね」
どうせ世界が滅ぶならば、自分だってどうなっても構わない、そんな自暴自棄な気持ちで走り回っていただけに、今の自分の現状に最早笑うしかない。
頬に伝う髪を指先で弄りながら、ぴん、と指でその毛先を跳ねる。
時間を見ればすでに昼に近い。
「タイムリミットは……まああと二時間弱、ってところかな」
大丈夫なのだろうか、とも思うが。
すでに事態はヒガナの手を完全に離れており、ここまで混迷した状況に陥るというのはヒガナをして予想外としか言いようがない。
というよりまさか、一度目の龍神様の襲来を退けたという事実がまず驚きなのだ。
あのチャンピオンに関しては最早、完全にヒガナの想像の外にいる。
この事態をヒガナをしてどうにかできるとも思えない。だからもう、あのチャンピオンに賭けるしかないのだ。
寝台の上で眠る彼女の姿を見やる。
「ふふっ」
安らかに眠る彼女の姿に笑みを浮かべる。
―――守らなきゃ。
同時に決意も固める。
「さて、時間だ」
呟き、一歩足を踏み出す。
腰には六つのボール。
そうして机の上に残り一つのボールを放り投げ。
「行こう」
部屋を出た。
* * *
『そらのはしら』
それは『ルネの民』の守る聖地であり、『流星の民』にとっても特別な意味を持つ場所。
それは空の神を祭る祭壇であり、空の神のための神殿であり、空の神の座す安息所である。
空の頂上にまで届かんとばかりに作られたその塔は実際に雲をを突き抜けるほどの高さを誇り、頂上まからは雲を見下ろす景色となっている。
∞エナジーを手に入れたレックウザがホウエンの空に消えて翌日。
即ち、ホウエンへ巨大隕石が降り注ぐタイムリミットの日。
時間にして後一時間弱と言ったところか。
「シキ」
傍らに立つ黒髪の少女の名を呼ぶ。
珍しく眼鏡をつけておらず、晒した素顔は今は目が細められたどこか威圧感を感じる表情に彩られていた。
「滞りなく、いつでも行けるわ」
腰のつけた六つのボールの先頭をトントン、と叩く。
ぐるぅ、と竜の唸り声がした。
「ダイゴ」
名を呼べば視線の先、真正面で腕を組みながら泰然と微笑む青年が顔を上げる。
「こちらも当然、終わっているさ」
こちらからは見えないが、ダイゴが腰の後ろにセットされたボールの一つに無意識的に触れていた。
鋼鉄の少女の入ったボールがかたり、と揺れた。
「それから……ヒガナ」
少しだけ不機嫌そうにこちらを見つめる少女の名を呼ぶ。
ダイゴの隣で腰に手を当てながら、ばさぁ、とマントを閃かせながらヒガナが口を開く。
「分かってる……責任は取るさ」
その言葉に一つ頷くと、最後に自らの確認。
ボール、良し。
道具、良し。
心の準備、良し。
「なら」
全ての準備は整った。
「行こうか」
後は本番に全てぶつけるだけだ。
* * *
虹色に輝く巨大なキーストーンはポケモンのアニメにおいて登場した産物だったはずだ。
まさか現実にあるとは思わず、ここまで予想がズレこんでしまったものだ。
いや、あると予想できなかったことが想像の甘さと言う事だろうか。
この巨大キーストーンは、過去にホウエンに落ちた隕石の一つであり、二度目のグラードンとカイオーガの復活、及びゲンシの力を得たゲンシグラードンとゲンシカイオーガに対抗するためにホウエンの人々が願い、レックウザをメガシンカさせたという歴史に残るキーストーンそれそのものだと言われている。
まあ要はこのキーストーンは通常のものよりも遥かに高い力を発揮し、高い精度でレックウザへと祈りと願いを届けることができる、ということである。
ヒガナはこのキーストーンを求めルネシティを強襲し、『めざめのほこら』の最深部に安置されていた巨大キーストーンを使ってレックウザへと破滅の祈りを届けた。
故に、今度はそれを『呼び出し』に使う。
実機ならばヒガナが願えば呼び出すこともできていたが。
―――今のレックウザにそれが可能だろうか?
という疑問は当然ながらある。
とは言えオゾン層を超高速で飛び回るとかいうふざけた存在を確実に目の前に引きずりだす方法を他に思いつくこともできず、そんな時にミクリから提案されたのがこの巨大キーストーンの存在だった。
現状の破滅思考に憑りつかれたレックウザだろうと、このキーストーンがあれば声を届けることができるだろう、ということだった。
とは言え、最早あそこまで振りきれ、変異してしまったレックウザをこのキーストーン一つで元に戻せるか、と言われれば無理だとヒガナにきっぱり言われてしまったが。
だが呼び出せるのならば、それで良い。
一度『ひんし』にしてしまえばそれで情念は全て消え去る。
つまりリセットがかかり、元のレックウザに戻るだろうという話も聞いた。
やることはシンプルだ。
呼び出し、倒すこと。
「分かった?」
「シンプル過ぎるわね」
「分かりやすくていいじゃないか」
「本当に大丈夫なのかな、これ」
結局のところ、ここまで勝てなかったのは常に相手に一方的に攻撃を受けていたからだ。
いつどこに現れ、どこから来るか分からない相手だったからこそ、想定以上の脅威だったのだ。
戦力を集結させ、相手をそこまで連れてこれるならば、決して勝てない相手ではない。
否、無かった。
「∞エナジーを取り込んだ今、あの怪物に回復能力が付いていると仮定する」
「……最悪過ぎるわね」
「与えるダメージより回復量のほうが多いのは簡単に予想できる」
「それ不味くないかな?」
無論不味い。とんでも無く。
「とは言え、本当に無限に回復するわけでも無いし。いつかは尽きるだろうとは思っている」
「伝説のポケモンのいつかは途方もなく長そうだけどね」
「先にこっちが力尽きるのが先だろうね」
「……ダメじゃない、それじゃ」
ヒガナの呆れたような視線が自身を貫く。
勿論、そこで終わりじゃない。
「だから、あるタイミングに攻撃を集中させることで回復する間も無く『ひんし』にしてしまおうってわけだよ」
「あるタイミング?」
シキの問いかけに、全員がその答えを知りたそうにこちらを見やる。
その視線に一つ頷いて。
「隕石、だよ」
昨日からずっと考えていた作戦を口にした。
* * *
「さって……と」
全員が作戦開始に向け、配置についている。
そのため、今ここにいるのは自分と自分の仲間たちだけ。
だから、その前に。
「エア」
「何?」
少しだけ、話を置きたかった。
―――これが、最後かもしれないから。
なんて。
だから、とん、とボールの一つを叩く。
それが来る前にこっそりと決めていた合図。
瞬間、サクラのボールから放たれた
これで見えないし、聞こえない、そういう状況のはずだ。
さすがに自分とて全員の前でこのセリフを言えるほど図太い感性はしていない。
ちらり、と転がったボールに視線をやり、全てに念動がかけられていることを確認し、エアへと向き直る。
「自分の状況、分かってるよな?」
まずは、確認。
エアには何も説明していない。
以前にグラードンに言われたことを思い出す。
―――お前の後ろにすでに道はねえ。進むしかねえ、だが進んだ先は奈落だぜ?
最早エアの進化は止められない。何より、今朝からの伝説二体との連戦がさらにそれを加速させた。
エアもまた、自らの体の変化は気づいているだろう。
最早隠しきれるようなものでもない。
それでも聞かないのは、きっと。
「お前、分かってたよな。本当は……いつから? 最初から? それは分からないが」
エアの紅い瞳が大きく見開かれる。
「こうなるの、分かってたのか? 分かってた上で、戦ってたのか?」
エアは答えない。
答える気が無いのか……それとも、
それは知らないが。
「……はぁ」
嘆息する。
「分かった、もう良い。ただ一つだけ、これだけは絶対に答えて」
こくり、とエアが頷く。
「昨日聞いた言葉は、嘘なのか?」
―――エアたちはこれからも俺と一緒にいてくれるのか?
そう問うた自分の言葉に、エアは確かに頷いた。
それは嘘だったのだろうか。
そんな自分の問いに。
「嘘、じゃないわよ」
エアの言葉が震えた。
「私、だって……ずっと、ずっとハルと、いたい」
きゅ、と袖を掴まれる。
「ちゃんと、帰ってくるから、だから」
―――信じて。
言葉にはならなかった言葉を、けれど確かに聞いた。
答えなんて決まっている。
昔から、今に至るまで。
彼女が自分を裏切ったことなんて一度だって無いのだから。
* * *
―――帰ってこい。
―――それでももし、
―――その時は。
―――俺も、一緒に死んでやるから。
* * *
そんな言葉を、彼にもう二度と言わせてはならない。
何を知っているか、なんて。
エア自身分からない。
いつからだったのだろうか、身に覚えのない記憶が自分の内側から溢れてくるのは。
いつからだったのだろうか、自分の身に違和感を覚え始めたのは。
いつからだったのだろうか、自分の体が作り変えられていくような奇妙な感覚を覚えたのは。
その記憶が、その違和感が、その変化が何なのか。
エアにだって分からないのだ。
ただ、それは決してあってはならないものだということだけは分かった。
ただ、それは決して無視できるようなものじゃないということだけは分かった。
ただ、それは決して歓迎できるようなものではないということだけは分かった。
だから、だから、だから。
―――信じて。
それだけしか言えない。
それしか言わない。
それすら言わない。
「ああ、信じるさ……信じてるよ、決まってるさ」
ただ伝わってはいた。
「まあ、でも、それでも帰ってこれなかった、その時は」
以心伝心。
伝わりあう心と心が、互いの思いと伝えあう。
だからこそ、伝わってきたのは彼の心。
「その時は、俺が引っ張ってやる。何度だって思い出させてやる、俺を刻んでやる」
そうして。
「こうやってちゃんと言葉にするの、初めて……かな? 俺さ、お前のこと」
彼の思いが、言葉が。
―――大好きだよ、エア。
「愛してるよ、エア」
重なった。
“■■■■■■”
おいおい、四章を最終章だとかぬかしてから一体どれだけの時間が経った?
一年だぞ、一年。
だが一年だ、一年かけて俺はようやくたどり着いたんだ。
次回からクライマックスバトルだぞおおおおおおおお!
HR50が遠いよふ。
つか、ホウエン編すら人数多すぎて描写のし忘れないかめっちゃ確認しながらやってるのに、カロス編大丈夫かなあ。
マジでちゃんとプロット練っとかないと、絶対に書き忘れ多発しそう。
今考えてるストーリーまじで原作要素全体の1割くらいだからなあ。
かなりダーティな感じになってる。
全く話関係ないけど、最近「メカクシティアクターズ」のアニメ全部見ました。
昔ニコ動でやってたのは一話切りしてたんだけど、兄がDVD持ってたから見せてもらった。けっこうおもしろかった。
ただ設定事前に調べておかないと意味わからないストーリーなのに、何故化物語と同じスタッフで作ってしまったんだ、演出まで意味不明になって、総評が「謎」なアニメになってるじゃねえか。
まあアヤノちゃんが凄まじく可愛かったので満足。あとモモちゃん。