ポケットモンスタードールズ   作:水代

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空を超えて⑨

 

 

 

 空を覆い尽くすのではないかと思うほどの巨大な隕石が降り注ぎ、空に近いこの場所からは最早視界の中はソレしか見えない。

 それが降り注ぐ、理解すると同時に叫ぶ。

 

「シキイイイイイイイイイイイイ!!!」

 

 絶叫にも、怒号にも似た自身の声が響き渡り。

 重力の反転が徐々に緩和される。と同時にその場にいた全員が空からゆっくりと落ちていく。

 落ちながら出したポケモンたちを次々と回収すれば後は低速で落下するトレーナーだけとなり。

 そうして残されるのは自らで浮遊できるレックウザだけであり。

 

「キリュウウウウウアアアアアアアアアアアアア!」

 

 驚愕したのか、それとも別の何かなのか……分からないが、隕石へ向かって咆哮するレックウザへの真上へと隕石は降り注ぐ。

 

 “りゅうせいぐん”

 

 位置、時期、状況。全てが整えられた恐らくこちらの用意できる限りの最大最強の一撃がレックウザへと襲いかかる。

「これで……終われええええええええええ!」

 空から落下しながらも、けれど決して目を離さないとそれを見て、見て、見て。

 

 ―――龍と隕石が激突した。

 

 隕石に圧されたレックウザが遥か下、海面へと落ちていく。

「リュウウウウウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアア!」

 自らを押しつぶさんとする隕石に対して悲鳴にも似た咆哮を上げながらその全身が黒に包まれていく。まるで闇そのものを纏ったかのような漆黒。同時にその全身から放たれる圧が跳ね上がり。

 

 “あんやのつぶて”

 

 着水。

 海が弾け飛ぶほどの衝撃が一瞬にして走り。

 

「アルファ! オメガ!」

 二つのボールを真下……海へ向かって投げ。

 

「はいはいっと」

「おうよ!」

 

 空中で飛び出した二体がそのまま海中へと落ちていく。

 直後、カイオーガがさらに海水を集め衝撃を分散させ、さらに一部だけ海水を除去しグラードンの足場を作る。そうして海底にも関わらず海水の無い場所に降り立ったグラードンが大地を寄せ集め衝撃で地割れする地底を星が崩れることの無いように必死に応急処置を施していく。

 字面だけ見れば些細にも見えるそれは星を保護、修復する作業だ。それはまさしく伝説に語られるだけの所業であり、大地と大海の創造者である二体にしかできない業であった。

 隕石と共にレックウザが海中へと落ちていき。

 どごっ、と隕石に(ひび)が入る。

 それを見てまさか、という気持ちとやはりという気持ちが同時に湧き出し。

 

 ズドォォォォォ

 

 レックウザが隕石を木っ端微塵に破壊する。

 散った隕石が海中へと落ちていく。

 そうして。

 

「キリュウウウウウアアアアアア!!」

 

 レックウザが海中を飛び出し、空へと浮かび上がっていく。

 星一つ砕かんとする隕石をその身に受けて、それでもまだ動き回るその姿は狂っているとしか言いようがない。

 だがまだ救いがあるとすれば、レックウザとてあの超巨大隕石に一瞬とは言え押され無事だったわけではない、ということか。

 

 明らかに疲弊している、全身のいたる箇所に傷が残り、何故か回復する気配が無い。

 取り込んだ∞エネルギーが働いていない?

 尽きたのか、それとも隕石の衝撃でどこかおかしくなったのかは分からないが。

 

「っち……できればこれで終わって欲しかったんだなあ」

 

 まだ戦えるそう告げるかのごとく、咆哮するレックウザに舌打ちし。

 計画は第二段階へと至る。

 

 “じょうげはんてん”

 

 シキの異能が発動する。と同時に再び体が浮遊感に包まれ上がっていく。

 第一段階……隕石の衝突で倒せればそれに越したことは無かったのだが。

 万一それで倒せなかった場合、第二段階、総力戦へと入ることとなるのは事前に伝えてある。

 事前の予想では回復能力で回復されるだろうため、回復しきられる前に倒すために全戦力をここで吐き出す、その予定だったのだが。

 

 回復機能が喪失している。

 

 それが一時的に、なのか、それとも永続的になのかは分からないが。

 とにもかくにもチャンスなのは事実だった。

 だが事前の想定と違い、こちらもレジギガスという対伝説への切り札を一枚失っているという不利も忘れてはならない。

 だがそれでもグラードンとカイオーガの二体がいる以上、有利には違い無く。

 

「キリュウウアアアアアアアアア!」

「は?!」

「なっ!?」

「ん?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょっと待て、あの雲超えられるのか?!」

「見たら分かるでしょ! 追わないと!」

「けど、どうやって、だい?」

 

 雲を抜け、さらに上へ、上へ。

 そんな相手を叩ける相手など。

 

「エア、サクラ!」

 

 二体をボールから出し。

 

「頼む!」

 

 叫んだ。

 

 

 * * *

 

 

 虚空を蹴る。

 一瞬にして加速が付き、それを二度、三度と繰り返すことで高速で空を駆けあがっていく。

 そんなエアへと自前の念動力だけで追いついてくるサクラはさすがの才能としか言いようがない。

 幻のポケモン……ハルト曰く伝説種が最早ポケモンというより生物として逸脱してしまっている以上、生物の定義内で考えるのならば準伝説種はポケモンの中でも最高位の潜在能力を持つ、ある種ポケモンという存在の頂点に近い存在だ。

 サクラはそんな準伝説種にカテゴリーされるポケモン、ラティアスと呼ばれる存在であり、さらにその6Ⅴ。つまり頂点存在。

 同じ6Ⅴ(最強)でもボーマンダとはやはり種としての格が一段違う。

 

 ()()()()()()()とエアは呟く。

 

 例え種として劣っていようと、強さとはそれだけで決まるものではない。

 才能があれば強いのか? 凡才は天才には勝てないのか。

 ポケモンとは、トレーナーとは、ポケモンバトルとは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 相手はそんなサクラをも上回る伝説種。正真正銘の埒外の怪物だ。

 だから、どうした。

 ボーマンダが、ラティアスが、レックウザに勝てないと誰が決めた。

 

「頼まれたのよ」

 

 トレーナーに、主に、最愛の人に、頼む、とそう言われたのだ。

 

 だから、だから、だから。

 

「お前は、堕ちろ!」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 本来は龍神のみが覚えることのできる空の奥義を、龍神が忘れてしまったその技を、よりもよって龍神に叩き込むという最高に皮肉の効いた一撃がレックウザに突き刺さる。

「キリュウアアアア!」

 悲鳴を上げながらもけれどレックウザはさらに高度をあげていく。

 お得意の暗雲も、竜巻の柱も、風の鎧も無くし、それでも純粋な能力値とタイプ相性だけでエアの一撃のダメージをほぼ殺しながらレックウザが逃げる。

「化け物がっ」

 吐き捨てるようにエアが呟く。確かに全身全霊をかけた一撃、というわけではないが、かなり本気で放った一撃を特に防ぐ様子も無かったにも関わらずダメージがほぼ相殺された。

 あんなものにダメージを軽々と通していたアルファとオメガの二体はやはり同じ次元の怪物なのだろうことを改めて実感させられる。

 

 まあ、だからと言って諦めるなんてはずないのだが。

 

「サクラ」

「うん!」

 

 “サイコキネシス”

 

 念動力が球形となり、弾丸のように放たれる。

 本来の使い方とは異なるそれは、ハルトがサクラに教えた技だ。

 念動の弾丸がレックウザを穿つ。けれどエアよりも威力の低い技だっただけに、それほど効いた様子もない。

 

「あ、あう……」

 

 まるで効いた様子も見せないレックウザに、サクラが一瞬困惑し。

 

「構わないから撃ちなさい……回復しない今がチャンスなんだから」

 

 エアの言葉に一瞬視線を向け、頷くとすぐ様弾丸が()()()展開しだす。

 まるでマシンガンか何かのように絶え間なく放たれる念動の弾丸にさしものレックウザも注意を向けずにはいられず。

 

 “ハイパーボイス”

 

 放たれた絶叫が衝撃となって二体を襲う。

「ルオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 “ガリョウテンセイ”

 

 音の壁を突き破るように突進したエアの一撃が、いくらか威力を緩和する。

 サクラは元は耐久型として育てられていたためにそれほどダメージは受けなかったが。

 

「ぐ……う……」

 

 エアががくり、と体を揺らす。

 レックウザの一撃を正面から突き破りにかかった代償は相応に高かった。

 だが。

 

 “いやしのはどう”

 

 サクラがいる。“じこさいせい”と“いやしのはどう”によって自身も他人も回復できるサクラがいる限りまだ戦えるとエアは判断し。

 

 “りゅうせいぐん”

 

「キリュウウウウウウウオオオオオ!」

 

 レックウザの咆哮と共に空から大量の流星が降り注ぐ。

 

 “ガリョウテンセイ”

 

「ルウウウアアアアアアアアアアア!

 

 エアがそれを迎撃せんと飛び出し、一つ、二つと隕石を破壊し。

 破壊しきれなかった隕石が両者へと降り注ぐ。

 『ドラゴン』タイプ最強の技がレックウザの能力で放たれる。

 しかも『ドラゴン』タイプの技は『ドラゴン』タイプの弱点でもある。

 

 結果的に。

 

「ぐ……が……あああああああああ!」

「い……た、く、ない、から!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 エアの場合はただの気合と根性で耐えた。元よりエースとして強烈な自負が体を支えているのだ、さらにハルトから頼まれている以上、気力だけでもエアは十二分に戦い続けることができる。それこそが彼女の求めるエースとしての姿だから。

 そしてサクラの場合。

 

 “マルチスケイル”

 

 全身を念動力で覆い、鎧と為す技をハルトに仕込まれている。

 それは技の威力を半減させる特性として発現させ、その特性と元の耐久性能のお陰で辛うじて生き残った。

 

 “じこさいせい”

 

 “いやしのはどう”

 

 そうして辛うじてでも体力が残ったならば、即座にサクラが回復させていく。

 元よりパーティの耐久兼回復役として育てられてきたのだ、その柔和な性格もあり、回復(ヒーリング)は何よりも得意だった。

 追い詰めても倒しきれず、あっという間に回復する両者にレックウザが一瞬唸り声を上げ。

 

 再び上昇を始める。

 

 高く、高く上り詰めていく。

 

 エアも、サクラもそれを追い、その背を攻撃しながらなんとか堕とそうとするが、瀕死寸前の体でもさすがは伝説というべきか、驚異的なタフネスぶりで空を登り続け。

 

「エ、ア……ごめん……なさ、い……」

 

 サクラが限界高度に達した。

 元より念動力だけで飛んでいるのだ、戦闘をしながらいつまでもいつまでも飛べるわけも無いし、何よりもラティ種というのはこんな雲より上を飛ぶことを想定した体の作りをしていない。

 『そらをとぶ』を覚えるがそれでも限界というものはある。

 どんどん薄くなっていく空気に呼吸の苦しさを覚え、空の上で溺れそうになり、それでも食らいついて……それでも限界は来る。

 意識が遠のく。これ以上高度を上げれば意識を失うと本能が警鐘を発している。

 対流圏から成層圏へ。レックウザは平然と登っていくが、最早これ以上上は生物の生きることのできる環境ではなかった。

 

「お疲れ様……サクラ。大丈夫よ、後は任せなさい」

 

 そう告げ、薄く笑うエアの笑みに、何か嫌な予感を覚えながら、それでもサクラはそれ以上進むこともできず、ただ上昇し続けるエアの姿を見送ることしかできなかった。

 

「がんばって……エア」

 

 呟いた言葉は、けれどエアには届くことなく、虚空へと消えていった。

 

 

 * * *

 

 

 成層圏から中間圏へ。

 成層圏はオゾン濃度の関係で気温は0度前後と言われているが、その一つ上の中間圏に入ると一気にマイナス90度を下回る。

 体が凍り付きそうな空域だったが、いつかのレジアイスの絶凍領域に比べればまだ生ぬるいとすら感じる。

 肌を刺すぴりぴりとした感覚に思わず首を傾げるが、それが電離層と呼ばれる場所だということをエアは知らない。

 知らない、というか、どうでも良い。

 

 ただ先を進むレックウザを追ってひたすらに高度をあげていく。

 

 中間圏から熱圏へ。

 先ほどまでと真逆の2000度を超える熱量だったが、レジスチルの焦熱領域やグラードンの終わりの大地を思い出せばまあ耐えられなくもない。

 耐えられなくもない、という事実がすでにおかしいということに気づきつつはあるが。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 だからさらにレックウザを追って上昇し続ける。

 

 熱圏から外気圏へ。

 

 最早空が近いというか、宇宙(ソラ)が目前に迫っていた。

 それでもレックウザは止まらない、エアもまた、止まらない。

 最早それはボーマンダどころか、普通のポケモンでは絶対にたどり着けない領域ではあったが、最早そんなもの今更過ぎる話。エアにはどうでもいいと考えることを止める。

 

 外気圏を抜け。

 

 そうして。

 

 ―――ようやく鬼ごっこは終わり?

 

 ()()()()()()()()

 

 空気が無いために呟いた言葉はけれど音にならない。

 だが黒が剥がれ、本来の緑色を取り戻しつつある龍神にその意図は伝わったのか。

 

 ―――ッ!!!

 

 龍神が音も無く吼える。

 それをエアが鼻で笑い。

 

 ルウ……オオオオオオオォォォォォ―――ッ!

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 最早それを見るのは目の前の龍神だけ故にそれを語るものは誰も居なかったが。

 もしハルトがその光景を見ていればこう呟いただろう。

 

 ―――進化の光、だと。

 

 種を、理を、世界を超越する種。

 

 故に超越種。

 

 だからこそ、それはこう呼ぶ。

 

 

 オーバー進化

 

 




基本的に元となった種がわかっている場合の超越種は種族名の前に「オーバー」とつける。
つまりエアちゃんの場合「オーバーボーマンダ」となる。
カイオーガとかグラードンみたいな元の種族がわからない、あるいは最初から超越種として生まれた存在の場合、固有名になる。
つまりこれから先ボーマンダが絶滅するようなことが起きた場合、エアちゃんも固有種として別の名前になる可能性も……?

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