ポケットモンスタードールズ   作:水代

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空を超えて⑩

「何故か知らないけれど……みんな変な勘違いをしているよね」

「……勘違いデシか?」

 ソレの言葉の意味が分からず、ジラーチは首を傾げる。

「超越種に至るということは理からの脱却、そして生物への逸脱を意味する……確かにそうだよ?」

 虚空へと向けた視線の先、ここではないどこかで光に包まれた少女の姿を幻視しながらソレはさらに続ける。

「その過程はほぼ転生。言ってはなんだけど、I(ワタシ)の定めた進化の理を大きく超えてしまっているからね、理の逸脱とはつまり生体からの逸脱だ。だから超越種へと進化してしまえば元の存在とは最早別物と言ってしまっても過言じゃない……まあ確かにそうだね」

 一体このカミサマは何が言いたいのだろう、何を言おうとしているのだろう、分からずジラーチは戸惑う。

「転生、確かに言い得て妙だ。最早元の個は死んだも同然、進化し、完全に別存在となってしまい、自己を見失う……記憶も、思いも、絆も、全て失くす、確かにそう言うこともあるかもしれない」

 例えば、彼女のように、とどこにともなく視線を彷徨わせながら呟き。

 

()()()? それが勘違いなんだよ」

 

 少しだけ楽しそうにカミサマにしては珍しい……本当に珍しい感情が露わな笑みを浮かべて。

 

「だってI(ワタシ)の理を超えるから超越種。だったら、そんな過程の仮定すらも意味が無さすぎるよね?」

 

 告げるカミサマの言葉に、少しずつ言いたいことを理解する。

 

「超越種は()()()()()()なんだ。だからこそ超越種なんだ。I(ワタシ)の決めた枠組みから逸脱し無法を強いる。だからこそ超越種」

 

 それが意味することはつまり。

 

「―――さて、なら()は何なんだろうね?」

 

 

 * * *

 

 

 ―――ル……ア……アアアァァァァァ!

 

 全身の細胞が焼け付きそうな熱を帯び、その一つ一つが作り変えられていくような感覚にエアが絶叫を上げる。

 自分が自分じゃなくなる、そういう実感に震える。

 そして何よりも、心が作り替わっていく、ハルトとの絆が一つ一つ断ち切られていくことに恐怖し、その恐怖心すら徐々に消えていくことを何よりも恐れた。

 それでも止めない、最早止まらない、止まる気も無い。

 

 ただ信じた。一心に、自らのトレーナーを。

 

 ただ燃やした、心、思いを、全てはトレーナーのために。

 

 拳を握り、振り上げ、虚空を蹴る。

 

 “シューティングスター”

 

 かつてメガシンカとゲンシカイキを重ねることによってのみなし得た奥義をまるで何気なく放つ。

 流星と同じ速度で放たれた突進はレックウザを容易く吹き飛ばす。

 

 ―――キリュウウウウウウアアア!

 

 音の無い叫びが響き。

 

 “げきりん”

 

 レックウザが()()になる。

 最早宇宙まで追い詰められた時点でレックウザに逃げ場は無い。

 いかなレックウザとは言え宇宙空間で永劫生きられるほどの化け物染みた能力は無い。

 つまり最早ここは背水の陣だった。

 

 窮鼠猫を噛む、と言うが。

 

 鼠に追い詰められた猫の反撃はさらに苛烈だった。

 レックウザのその全霊を込めた一撃がエアを打つ。

 全力を込めた拳でその一撃を逸らしながら、さらに次の手を撃とうとして。

 二撃、三撃目が放たれる。

 

 ―――ッ!

 

 息を吐けど息が吸えない、それが何よりも苦しい。

 何よりも今現在も体の内側は作り変えられ続けている、最早エアという存在が消えてなくなるのも時間の問題だった。

 とは言え作り変えられるほどにレックウザに追いついているのが理解できる、理解できるからこそ余計に焦る。

 

 エアがエアでいられるのは後どれだけの時間だろうか?

 

 その間にレックウザを仕留めなければ、エアがエアで無くなった時、目の前の怪物に対して自らがどう反応するか未知数だった。

 

 ―――ルウウウウオオオオオオオオオオオオオ!

 

 “りゅうせいう”

 

 音の無い咆哮と共に、宇宙の彼方から大量の流星がレックウザを狙い打たんと引き寄せられる。

 ここは宇宙だ、地上と違って引き寄せる手間も少なく、何よりも距離が圧倒的に違う。

 当然ながら遠くにある流星ほど引き寄せる手間というものがかかる、ならば宇宙に出た時点でその距離はぐっと縮まるのは当然のことであり。

 

 通常の数倍量の流星がレックウザを撃つ。

 最早流星の雨のと呼ぶにふさわしいほどの大量の流星が()()()()()()()()降り注ぎ続ける。

 

 ―――キリュウウウウウオオ!

 

 “りゅうせいぐん”

 

 流星の雨を相殺せんと、レックウザもまた流星を呼び出し。

 ()()()()()()()()()レックウザの身を流星が叩く。

 当然の話、と言えば当然の話。

 レックウザは宇宙に駆け上がるまでの道中で一度“りゅうせいぐん”を放っている。

 エアは知らないが、レックウザの力は今現在かなり下がっており、それでも伝説種特有のちゃちな変化技など跳ね返してしまうのだが自分で下げた能力はきちんと下がる。

 “りゅうせいぐん”は絶大な威力の代償に自らの能力をがくんと下げる。その代償はレックウザとて逃げられないのだ。

 二度目の“りゅうせいぐん”を放ちさらに能力を下げるレックウザに対してエアのそれは()()()()()()()()技だ。

 ジラーチによって与えられたエネルギーはエアに宇宙……特に()()()()()()()を跳ね上げる。

 故に能力も下がらずしかもターンを跨いで継続する流星を呼び出すことすら可能とさせる。

 

 さらに明暗を分けるのはエアの()()

 

 ボーマンダ……否、超越種となって今()()()()()()()()()とでも呼ぶべき存在となったエアの特性は非常に単純だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ボーマンダ種の空に対する適性とジラーチから与えられたエネルギーと適性が複合した結果と言える。

 

 ハルトがいたならきっとこう名付けただろう。

 

 

オーバーエアー(空を超えて)

 

 

 * * *

 

 

 ぷつん、と糸が切れた。

 

 絆が、縁が切れていくのを確かに感じた。

 

 一つずつ、一つずつ。

 エアと紡いできたものが切れて、解けて、消えていく。

 

「……やっぱ、最後の最後にちゃんと言えて良かったな」

 

 好きだって、愛しているって、きっと昔の自分じゃ言えなかった。

 変わってしまった今の自分だから、変わり果てた今のハルトだからこそ、最後にちゃんとそう言えた。

 ちゃんと、言えたのだ。

 

()()()()()()()()

 

 最後の一本が……切れない。

 

 最後の一線は……超えない。

 

 グラードン、カイオーガから超越種について聞かされた。

 ジラーチに自分について聞かされた。

 シキからは異能について聞いて。

 

 いつか来るだろうこの瞬間のためだけにずっとずっとずっと考え続けて。

 

 そうして用意したのだ、この最後の一本を。

 

 例え死んでも、例え生まれ変わっても。

 切っても切れぬ『あかいいと』を。

 

 ―――紡いだ絆は思いを重ね。

 

 ―――重ねた思いは心を繋ぎ。

 

 ―――繋いだ心は縁を結び。

 

 ―――結んだ縁は二人を別たない。

 

 例え何度死んで生まれ変わっても、()()()()()()()()()()と。

 

 “あいのきずな”

 

 それだけは絶対に離れない。

 初めて恋愛というものを経験して。

 

 恋と愛は違う感情なのだとハルトは知った。

 

 恋は鮮烈で激しい、けれど長くは続かない感情だ。

 無理に長続きさせようと形を取り繕っても冷たく色褪せてしまう。

 

 だから恋は愛に昇華するのだ。

 

 愛は恋とは真逆だ。派手さも無い、穏やかで、けれどいつまでも続く感情だ。

 深く、深く、それに底は無い。

 深く、深く、深く、どこまでも深く静かに手を伸ばし続ければ。

 

 きっと、魂だって繋がるのだから。

 

「どこまでも一緒だ」

 

 自らもまた変質していく。

 ()()()()()して、変化していく。

 それを受け入れ、けれど一番大事なものを手放さないようにしながら。

 空を見て呟く。

 

「頑張れ、エア」

 

 星に願いを、空に祈りを。

 

 その向こうで戦う彼女にまで届けと、思いを込めた。

 

 

 * * *

 

 

 “つながるきずな”

 

 それを知覚した瞬間、全身から歓喜が沸いた。

 背筋が震え、手が震え、口が震えた。

 

 ―――届いた。

 

 確かに、それは届いた。

 

 ―――受け取った。

 

 ハルトからの思いを、絆を、願いを、祈りを、全て、一つ余さずエアは確かに受け取り。

 

 だから。

 

 ―――後は、勝つ。

 

 最早怖さは無い。大好きな人に背を押してもらったから。

 だから後は最愛の人に背を預け、ただ突っ走る。

 どうせ、エアにはそれしかできないのだから。

 

 だから、だから、だから。

 

 ―――邪魔だァ!

 

 “シューティングスター”

 

 流星となって駆け抜ける。

 全身を燃やしながらの一撃は、レックウザに確実なダメージを与え。

 けれどレックウザは倒れない。

 

 “ハイパーボイス”

 

 空気も無いはずの宇宙空間で……否、空気が無いからこそ、一切の拡散も無く衝撃がエアを襲う。

 

 ―――グ……ガァ……

 

 胃の底に溜まった血を吐き出しながらエアが拳を握り。

 

 “しんくういき”

 

 ()()()()()()()()()()()()

 最早レックウザをして無茶苦茶としか言いようのない荒業にさしもの龍神も一瞬固まり。

 

 “あんやのつぶて”

 

 けれど直後、動かない獲物に向かって牙を向ける。

 グラードンやカイオーガですら一撃で膝をつくだろうほどの強大な一撃に吹き飛ばされながら。

 

 “あいのきずな”

 

 ただの思いだけでエアは立ち上がる。

 最早その程度どうしたと言わんばかり、全身のダメージは決して無視できないはずにも関わらず、だからどうしたと集めた大気を叩きつけた。

 

 “ぼうふうけん”

 

 風が、風に交じった焦熱が、冷度が、電撃が、水流が、一度にレックウザを襲う。

 宇宙空間で風が吹き荒ぶという余りにも荒唐無稽な所業にさしものレックウザも態勢を崩し。

 

 虚空を蹴る。

 

 走り出す。

 

 “つながるきずな”

 

 放つのは最もシンプルにして、けれど最も使い慣れた一撃。

 

 “らせんきどう”

 

 ただ突進するだけ、と言われればそれまでだが、そこに回転を加え。

 

 “むすぶきずな”

 

 レックウザへと迫り、拳を振り上げる。

 

 “エース”

 

 全身全霊、エアという存在の全てを込めて。

 

 

 “シューティングスター”

 

 

 拳を放った。

 

 

 * * *

 

 

 限界を超えたレックウザの全身の黒が完全に消え去り、元の体色を取り戻すと同時にメガシンカが解除される。

 同時にさしものエアも限界が来たのか一瞬目の前が真っ暗になり、がくん、と体が落ちる。

 浮遊する力すら抜けレックウザも、エアも、完全になすがままだったが宇宙空間だけに落ちることも浮かぶことも無くただその場に漂い……。

 

 ―――あーどうやって帰ろうかしらね。

 

 最早帰る力すら失くしたエアが呟き。

 

 突如としてその体が吸い込まれる。

 

 がくんがくん、と引き寄せられる力に驚き目を見開けば先ほどエアが引き寄せた大気が再び地球圏へと戻ろうと気流を起こしていた。

 

「あは……あははは……何これ」

 

 珍しく、エアが無邪気に笑う。

 宇宙空間から外気圏へと落ちる。そこから熱圏、成層圏と落ちていき。

 まるで自分が流れ星にでもなったかのような気分だった。

 最早行きと違ってまともな生物の体をしていないエアにとって急激な気圧の差も摩擦によって生じる絶大な熱量も最早それほど大したものでもないだけに気分は遊園地で乗るジェットコースターと言ったところか。

 視線を移せばレックウザもまた気流に飲まれてそのままどこかへ消えていった。

 まあもう暴れることも無いだろうし、万一暴れても先ほどまでほどでも無いだろうし大丈夫だろうと予想する。メガシンカすらしないならアルファとオメガで十分倒せる。

 

 そうして色々考え、考えて。

 

「ハルに……会いたいなあ」

 

 ふと呟いた一言に苦笑した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

「終わったね」

「終わったデシね」

 

 予想外と言えば予想外、予想通りと言えば予想通りの展開。

 

「遅かれ早かれ……デシか」

「いやいや、良くやったほうだと思うよ?」

 

 結果的に隕石による滅亡は免れレックウザも元に戻った。

 確かに結果だけ見れば万々歳、ハッピーエンド。

 ただ一つ。

 

アレ(エア)はもうダメデシよ」

「…………」

 

 何も答えないカミサマにけれどジラーチは続ける。

 

「発想は良かったデシ。アレと深く繋がることでアレが超越種になる瞬間、あのおろかものもまた同じ存在になろうとした。絆、繋がり、というのを良く分かっているデシ」

 

 だから最後の一線は守られた、辛うじて。

 

「元より特異点存在なんて超越種と大して違いの無い存在デシ。ただ自分の理を持っているのか、他の理を破壊するか……理から逸脱した存在という意味では同じデシ」

 

 だからアレは勝てた。おろかものが手助けしたから自我を失う事無く最後まで戦えた。

 もし自我を失っていれば……さて、勝てただろうか。

 もし勝てたとしても、次はアレが第三の破滅になっていたかもしれない可能性もあった。

 だから、良くやった、素直にそう言いたい。

 

 ただ一つ。

 

「アレはもう戻れないデシ……今はあのおろかものが辛うじて守っている最後の一線も、いずれは……」

 

 アレ……エアが完全に自己崩壊するまで時間の問題だ。すでに超越種としての進化は成ってしまっている。

 あのおろかもの……ハルトがしたことはそれを先延ばしにしただけに過ぎない。

 きっとそれで解決できると思っていたのかもしれないが。

 世界を超えるとはそう容易いことではない。

 

「片手落ち……デシよ」

 

 完全無欠のハッピーエンドでは無かった。

 精々ベターエンドと言ったところ。

 それがジラーチにとって素直に喜べない一点だった。

 

 そう、だから。

 

「キミは優しいねえ……っぷ、あは、あっはっはっはっは」

 

 突然笑い出したカミサマに目を丸くする。

 

「あははははははは……いやあ、本当、最高に愉快というか、もう喜劇だよこんなの」

 

 カミサマが笑ったのをジラーチは初めて見た気がする。

 苦笑や微笑はあれど、ここまで明確に笑ったのを一度も見たことが無い。

 

「大丈夫さ……そうだね、彼風に言うなら、伏線は張ってあった、ってやつかな?」

「……はえ?」

 

 一体カミサマが何を言っているのか分からず、きょとんとしてしまうジラーチに、カミサマは告げる。

 

「まあ見てなって最後まで……この最高に楽しい喜劇をね」

 

 

 ―――まあでも一つだけヒントを上げようか。

 

 

 ―――ヒトガタってなーんだ?

 




さあこの小説の最初にして最大の謎を答え合わせしようか。
次回最終話(デート回除くと)です。
因みに伏線だけならいっぱいばらまいてあるよ。




最後にオーバーボーマンダのスペックカタログのっけとく(ただしもう使わないけどな


【名前】エア
【種族】オーバーボーマンダ
【タイプ】ドラゴン/ひこう
【性格】いじっぱり
【特性】オーバーエアー:空に飛び上がり技を受けなくなり、場にいる間、毎ターン効果が追加される。この効果は無効化されない。
【持ち物】あかいいと
【技】シューティングスター/しんくういき/ぼうふうけん/りゅうせいう

技:シューティングスター
タイプ:ドラゴン
効果:威力150/命中100/物理接触技/全体/優先度+2。この技は『ほのお』『ひこう』『ドラゴン』の中からタイプ相性が一番良いタイプでダメージ計算する。

技:しんくういき
タイプ:ひこう
効果:威力-/命中-/変化技/この技を使用したターンの間、全ての『ひこう』タイプのポケモンは『ひこう』タイプで無くなり、『ひこう』タイプでないポケモンは『ぼうふうけん』が使用されるまで『行動不能』になる。この技を使用した次のターン『ぼうふうけん』を繰り出す。

技:ぼうふうけん
タイプ:ひこう
効果:威力250/命中100/非接触特殊技/全体/『ひこう』タイプでないポケモンに必ず当たる。『ほのお』『みず』『こおり』『ひこう』『でんき』の中からタイプ相性が一番良いタイプでダメージ計算する。

技:りゅうせいう
タイプ:ドラゴン
効果:威力150/命中95/非接触特殊技/全体/3~5ターンの間、連続で攻撃する。


特性:オーバーエアー
空に飛び上がり技を受けなくなり、場にいる間、毎ターン効果が追加される。この効果は無効化されない。
1ターン目『たいりゅうけんへとびあがった』:自分のタイプに『みず』を追加する。相手に直接攻撃をする技以外の攻撃のダメージを1/4にする。
2ターン目『せいそうけんへととびあがった』:自分のタイプに『ほのお』を追加する。攻撃技を繰り出した時、相手を『やけど』にする。
3ターン目『ちゅうかんけんへととびあがった』:自分のタイプに『こおり』を追加する。『ひこう』タイプ以外から一部の技(※)以外を受けなくなる(※『りゅうせいぐん』など)。
4ターン目『ねつけんへととびあがった』:自分のタイプに『でんき』を追加する。『ほのお』タイプの技の威力を1.5倍にする。
5ターン目『がいきけんへととびあがった』:自分と同じタイプの技を受けなくなる。自分と同じタイプの技の威力を1.5倍にする。
6ターン目『うちゅうへととびあがった』:一部の技(※)以外を受けなくなる(※『りゅうせいぐん』など)。自分の全能力ランクを最大値に固定する。

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