ポケットモンスタードールズ   作:水代

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並べて世は事も無しのような気がする

 

 

 ソファに体を沈み込ませる。

 足元でオメガがクッション抱えてイビキかいて幸せそうに眠っているのを視界の端に映しながら、テレビのリモコンを操作しスイッチを入れる。

 画面が点灯し、今朝のニュース番組が流れ出すテレビにさらにリモコンを弄ってチャンネルを変えていく。

 そうして一通りチャンネルを回し終えると、結局最初のニュース番組に戻ってきて。

 

「オーキド博士のポケモン講座やってるね」

 

 直後に始まった番組企画に思わず口を開く。

 ゲーム時代にもあったラジオ番組の一つだったが、いつの間にか全国区に放送される人気番組になっていた。

 オーキド・ユキナリと言えば実機知識で言えば初代ポケモン博士として有名だが、それ以上に現実においてポケモン研究の最先端を行く第一人者としてその筋のみならず多くの人間に知られている。

 だいたいどの地方にもポケモン博士、というのは居たが、研究者の間以外で他所の地方のポケモン博士でその名を知られている人物などオーキド博士を置いて他にはいないと言っても過言では無い。

 いや、一応ニシノモリ博士という知っている人は知っているという程度の知名度を誇る人物もいるのだが、こちらはどちらかと言えば歴史上の人物というイメージがあるため余り研究者としては有名ではない。

 そんな有名人であるところのオーキド博士がコガネラジオ局の人気DJであるクルミちゃんと一緒に番組をしている、ということで結構ファンの数も多く、カントー、ジョウトにおいては視聴率はかなり良いらしい。

 そんな経緯もあって、他所の地方の人気番組ではあるが、ホウエンやシンオウなどカントー・ジョウト地方から近場にある地方では朝の一時ではあるが再放送枠を取って放送されていたりする。

 まあさすがにイッシュやカロスなどは遠すぎて放送されていないらしいが。

 

「ポケモン博士かあ……」

 

 テレビの前でカメラに向かってポケモンの解説をしているオーキド博士を見ながら思わず呟く。

 ホウエンの伝説が暴れ回り、ホウエンどころか世界の危機だったあの一連の事件が解決を見てから二カ月が経つ。

 ずっと……ずっとずっと、それこそ物心ついた時からずっと考え続けていたホウエンの滅びは回避された。

 今までの自分はそのためだけに動き、戦い、生きてきた。

 だがこうして実機で言うところの原作が終わり、後日談が始まってみると。

 

「……何やるかねえ」

 

 一体自分が何をしたいのか、そんなことが分からなくなっていた。

 ホウエンの滅びの運命は回避された、つまり自分のやることは終わったと言って良い。

 端的に言えば燃え尽き症候群というやつだろうか。

 

 何せ放っておけば世界が滅びるのが分かっていたのだ。それはもう必死になるし、余計なことしている暇も無い。

 必要なことは何かを考えたし、そのために何をすればいいのか必死になって頭を捻った。

 自分が才能の無い人間であることを自覚していただけに余計に、だ。

 

 そして、その成果は実った、ホウエンは、世界は救われた。

 

 レックウザはあの後見ていないが、恐らく傷を治して今もホウエンの空を飛んでいるのだろうし、グラードンもカイオーガも今は捕獲されて家にいる。

 デオキシスの誕生を危惧したこともあったが、その兆候も無く。

 レックウザを倒した数日後にやってきたジラーチから完全にホウエンに関する災厄が終わったことを聞かされ、肩の力が抜けた。

 

 そうして……そうして、それから……。

 

 それから、どうしよう?

 

 気づいたのは数日後。

 さすがに疲れた、と数日休養し、十分に英気も養い、パーティのメンバーたちも完全復活。

 じゃあ、どうしようと考え何も思い浮かばなかった。

 何かやりたいこと、というのも特に思いつかないし、やらなければならないこと、と言うのももうそれほど無い。

 そんなこんなですでに二カ月以上ミシロの実家でだらだらと惰性的な毎日を過ごしていた。

 

 

 * * *

 

 

「ポケモン博士か……」

 

 今朝見たテレビの内容を思い出しながら、再び言葉が口を突いて出る。

 博士、と言われると身近な人ではオダマキ博士が浮かび上がるが、本来博士号というのはそう簡単に取得できるものではない。

 オダマキ博士だってカントータマムシ大学のほうできちんと勉強し、苦心の末に今の地位にいるのだ。

 存外凄い人なのだ……いや、こういう言い方も失礼な気もするが。

 

「多分ハルカちゃん、そっちのほうに行くんだろうなあ」

 

 お隣の幼馴染、ハルカちゃんは父親の影響を多大に受けているためそういう方向に行くのだろう。

 子供からすれば親の影響というのは計り知れないものがある、そういうことだってあるだろう。

 ただ俺の場合は父さんを真似ずともとっくにトレーナーになっている、というかその頂点たるチャンピオンである。

 ここからどこを目指すのか……まさか他所の地方のチャンピオンに喧嘩売るわけにもいかないし。

 

「というか、もうチャンピオンである必要性も無いんだよなあ」

 

 元々ポケモン協会に対する干渉力を得たくて手に入れた地位だ。

 それだって結局のところ、来るべきホウエンの伝説襲来に際して協力が必要だったからで。

 それが終わった今、最早チャンピオンという地位に固執する意味もそう無い。

 いや、そもそもチャンピオンは今年で引退するつもりだったのだ、最初から。

 

「勝ち続ける、なんて……どうにも性に合わないしね」

 

 自分の元となった碓氷晴人という男だって元々は趣味パで遊んでいたのだ、そんな部分は今の自分にも引き継がれており、結局勝ったり負けたりしながら家族と共に楽しくやれれば満足な人間なのだ。

 リーグトレーナーのようにただ勝利だけを追い求め、常に緊張感を纏って年がら年中ポケモンバトルのことしか考えていないような生活は自分にはできない。

 

 だから今年限りでチャンピオンは引退だ。

 まあさすがにあと三月後に控えるチャンピオンマッチには出なければならないが、それが終われば勝っても負けてもそれでお終い。

 というか本来ならもうそろそろ始まる時期だったのだが、さすがにホウエンが滅びかけてまだ二カ月である。リーグ側、ポケモン協会側も事後のごたごたを収拾するのに手いっぱいで、さすがに今年のホウエンリーグは延期せざるを得なかったのである。

 異例の事態ではあったが、ホウエンの空が黒に染まりトクサネシティを襲った龍神の姿を多くの人間が見ているため、むしろ納得の処置だとしてトレーナーたちの間でも受け入れられた。

 

 つまり今頃ホウエンリーグの予選が終わる頃、そして一か月ほどで本選が始まり、さらに二カ月後にはチャンピオンリーグ挑戦者が決定されるのだろう。

 

「今年はシキか……それとも出ると言ってたダイゴか……どっちが来ても胃が痛いなあ」

 

 今まで戦った相手で楽な相手など一人もいなかったのは確かだが、それでも特に手ごわいと思っている二人のトレーナーが鎬を削り、自分を倒そうと力をつけてきていると思うとため息しか出ない。

 

「ただでさえエアが不調だっていうのに」

 

 最近ぼんやりとすることが多くなった自分の愛しの少女の名を呟きながら嘆息する。

 レックウザとの戦いで超越種として完全に進化してしまった自身のエースは、けれどその後も特に大きな変化も無く今日まで無事に過ごしている。

 ただ最近になってどこか様子が変、というかぼんやりしているような気がするのは気のせいだろうか。

 

「楽観視してたけど……やっぱり見てもらうべきかなあ」

 

 エアとの糸……絆の繋がりは未だに保たれている。

 一時はほとんど切れかけていた絆だったが、それでも今はもう繋ぎ直されている。

 胸に手を当てて目を閉じれば、とくん、という心臓の鼓動と共に繋がる暖かい絆を感じる。

 そこに異常は感じない。

 

 ただ様子がおかしいのもまた事実であり、一度ポケモンドクターに見てもらうべきかと悩む。

 

 普通に考えれば見てもらうくらい見てもらえばいいのだろうが、エア自身が特に問題ないと言っているのが何とも悩みどころだった。

 

 

 * * *

 

 

「お茶を入れました、マスターもいかがですか?」

「ん、シア……ありがとう」

 

 ぼんやりとテレビを見ていると、コップを乗せたお盆をシアが運んでくるので、一つ受け取る。

 氷の入った冷え冷えのアイスティーに口を付ければ、夏日で茹った頭が一気に冷えていく。

 隣に座ったシアに礼を告げながらさらにコップの中身を飲み干していき。

 

「はー……ごちそうさま」

「はい、お代わりは必要ですか?」

「いや、大丈夫だよ」

 

 そうですか、と呟きながら自身の隣でソファに背を持たれたシアを見やりながら机の上に置かれたお盆へとコップを返す。

 ちらりと時計を見れば時刻は午前九時半。

 父さんも母さんも今日は出かけているし、どうにもやることが無いままだらけてしまう。

 

「このままじゃダメだなあ」

「何がですか?」

「んー?」

 

 ソファに身を預けながらぽつりと呟いた一言にシアが首を傾げる。

 

「何かやらないと……動かないとって思うんだけど。何もやる気が起きないんだよね」

 

 だらん、と手足の力を抜いてソファに沈む。

 足元にちょうど寝こけていたオメガを踏んだらしく、ぐえ、と可愛さの欠片も無い声が聞こえたが特に起きた様子も無いので放っておく。

 

「まあ確かにマスター最近ずっと家でのんびりしてますね」

 

 手に持ったコップに口をつけ、ほっと息を吐きシアが目を細める。

 

「でも、どうしてもやる気が起きないなら、それでも良いじゃないですか」

 

 コップの中に残ったアイスティーを一息に飲み干し、コップをお盆に戻しながらシアがそう告げる。

 

「そうやって全肯定されるといつまでもだらだらしてそうで怖いなあ」

 

 家族の中でこういう時にダメなものはダメとすっぱりと言ってくれるのは主にエアなのだが、そのエアがぼんやりとしてしまっているせいで自分でもどうにも歯止めが利かない自覚があった。

 

「そうですか? でも、マスターはこれまでたくさん頑張ってきたんですから……少しくらい休んだって良いと思いますよ?」

「……そうは言ってももう二カ月経つわけだしね。そろそろ何か始めないとなって焦りを感じてる」

 

 実際のとこ、チャンピオンとして二年間活動してきた収入で贅沢せず慎ましやかに生きていれば一生暮らせる程度の金はあるわけで、このまま働かずに家でだらだら生きてても生活は可能だ。元々この世界は碓氷晴人の世界のように何かにつけて金が必要になるような世界ではない、自然に囲まれ道端を歩けば食べられる木の実などいくらでも落ちているし、通り過ぎたりのトレーナーとバトルして小遣い稼ぎをしたり、普通にアルバイトをしても良いし、ただ普通に生活しようとすればいくらでもやりようというものがある。

 つまりただ生活するだけならこのままだらだらしていても良い。

 今いる面子ならその辺の適当な大会に出て優勝かっさらってしまえば賞金で贅沢だってできる。

 ただ今感じている焦燥感はそれとは別のものだ。

 

「なんていうか……こういう言い方で良いのか分からないけどさ」

 

 それでも敢えて言葉にするならば。

 

()()()()って感じるんだよね」

「勿体ない? ですか」

 

 口から出た言葉の意味を計り知れず、シアが首を傾げる。

 自分自身それで正しいのか、良く分からないが、それでも今感じている焦燥を言葉にするならきっとそんな言葉になるのだろう。

 

「ああ……口に出したらなんか整理ついたかも」

 

 つまるところ。

 

「俺さ、この世界大好きなんだ」

 

 ポケットモンスターというゲームに酷似世界。

 とは言えここは歴とした現実であり、決してゲームの世界ではないのだが。

 

「一歩外に出ればそこにはきっとたくさん楽しい物や素敵な物が溢れてるはずで」

 

 それでも、ゲームをした時に碓氷晴人に焼き付いたドキドキやわくわくした興奮の感情は自身ハルトにも受け継がれていて。

 

「だから、家の中でじっと無為に過ごした時間が勿体なく思ってるんだ。だって無駄にしたその時間の分だけきっと俺は外で楽しいことや素敵なこと、たくさん見つけられたはずだから」

 

 そうだ、折角一区切りついたのにお祝いもしていない。

 現実として俺たちはホウエンを救ったのだ、祝いの一つや二つしたって罰は当たらないだろう。

 それにたくさんの人たちに助けてもらった。ダイゴにも、シキにも、ホウエンリーグのリーグトレーナーたちやポケモン協会の人々、ミシロで言えばオダマキ博士にハルカちゃん、ミツル君に、父さんにだって協力してもらったことがある。

 みんな集めて打ち上げでもするのも良いかもしれない、きっと楽しいだろう。

 

「マスター、何だか楽しそうですね」

 

 告げるシアの言葉に、いつの間にか自分の表情が笑顔になっていることを自覚し。

 

「うん、何ていうかさ……考えだしたら楽しくなってきた」

 

 ふっと、心に火が灯る。何をするにも動かなかった心が軋みを上げながら動き出す。

 

「ああ、そうだシア」

「はい?」

 

 何気ない日常の風景、先ほどまで無機質で無感動な物だったはずのそれが、急激に彩りを見せ始め。

 心が渇望する。動け、動きだせ、と。

 

 だから、だから、だから。

 

「今日、デートしよっか?」

「ぇ……ふえ?!」

 

 手始めに目の前の少女に、悪戯っぽく笑みながらそう提案した。

 

 

 




なんかこれからまだ二十話くらい続きそうな雰囲気が頭の中で漂っているが……この小説って完結したんだよ、な?
自分でもなんか分からなくなってきた。

というわけで次回、シアちゃん回。

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