ポケットモンスタードールズ   作:水代

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注意:本編ほぼ関係の無い番外編です。

……本編はそのうちな。


ブルー・ブルー①

 

 

 

「はあ……」

 

 嘆息一つ。

 片手に持ったナビで時間を確認すればすでにどっぷりと日は沈む頃合いだった。

 視線の先、空には太陽と入れ替わるかのように月が薄っすらと見え始め、もうすぐ夜になる、その事実を自身に教えてくれた、

 

 帰らないと。

 

 そうは思えど、足は重く、深くベンチに腰掛けた体はまるで張り付いたように動かない。

 

「……はぁ」

 

 再び嘆息。

 不安で息苦しい。そして落胆で体は重苦しい。

 ほんのひと月前までこんな気持ちにはならなかったのに。

 どうしてこんなことに、と考えれば至極簡単な話で。

 

 不景気だから、だ。

 

 ホウエンで起きた災害から数年、ホウエンから発せられた全国的な経済の混乱に止めを差すかのように起きたカロスを揺るがす大事件。

 全国有数の大規模地方であるカロスを未曾有の混乱に叩き起こした一件はカロス全体の経済に大きな打撃を与え、その影響はホウエンの一件と合わさって全国に多大な波紋を起こしさらに年月が経った今でも尚、遠くこのカントーの地に影響を与えていた。

 

 とは言えすでに経済は立て直しに向かっている……らしい。

 

 それは良いことだ、それ自体は良いことだった。

 ただ立て直しの一環として起きた大規模な解雇ラッシュ、そして就職難。

 ポケモンの力によって発展してきた世界からすればほんの数年、長くとも十年はかからずこの混乱を収めることはできるだろう……との話だが、それはそれとして今現在進行形で混乱の坩堝にあるのは事実で。

 

 その影響でまさか自分がリストラに会うなどと誰が想像できただろうか。

 

 少なくとも自分は唐突に首を切られるほど業績が悪いわけでも無い、懸命に働いてきたし、同僚や上司との関係も円滑だったはずだ。

 にも関わらず、余りにも唐突なリストラ宣言。

 

 挙句、その理由が。

 

『ほら……トレーナー資格持った子たちも増えてきたし? やっぱそうなると、ジムバッジ取得者を優先するしかないのよね?』

 

 とのことだった。

 とは言え自分だって過去にこのカントーのジムの内8つを獲得しているのだが。

 最近になって『正規トレーナー資格』 の取得に関する試験制度の見直しを制定した『準トレーナー規制令』という法令がカントーにおいて試験的に先行導入された。

 カントー地方はポケモンバトルの聖地セキエイ高原のある地方であり、ポケモンリーグ発祥の地ということもあって、未だに全国ポケモンリーグに対して強い影響がある。

 特にこういったトレーナーに対して影響のある制度の試行はまずだいたい最初にカントーの地で試されてから全国に普及することが多い。

 

 そしてこの法令のせいで、資格試験を受け直さない限り正規トレーナーとして認められず、正規トレーナーの資格を得なければそもそもジムバッジの所持ができない

 つまり公的には現状の自分のジムバッジはゼロということになる。

 しかも正規トレーナーの資格を得たとしてもバッジ自体は取り直しが必要になる、という面倒な仕様であり別にもうトレーナーとしてやっていくつもりも無かったため放置しておいたのだがそのせいでまさかこんなことになろうとは思いもしなかった。

 過去にどれだけ栄華を誇っていようと今となっては、という話。

 

 雀の涙ほどの退職金と共に。

 

『まあキミはまだ若いから、次の職場でもきっとうまくやっていけるさ』

 

 などという無責任極まり無い言葉を投げかけられ、そのまま職場を放り出された。

 最早嘆息するしかない。

 

 とは言えそれからすでに一か月。

 一度は親元に戻りはしたが、いつまでも親に甘えても居られない。

 幸いトレーナー時代、及び就職してからの貯蓄もあったので当分食うに困ることは無いが、それでもいつまでも無職というのは問題だった。

 故に職を探す、十を超え成人となったならば当然の選択肢だ。

 

 自分はすでに十八なのだ、いつまでも子供のようにはいられない。

 

 そう、だから次の職を探した、までは良かったのだが。

 

 ―――次なる場所でのご活躍をお祈り申し上げます。

 

 面接を受けた三社からの返ってきた言葉で、結果は言わずもがな。

 過去のトレーナーとしての経験を生かした職に就こうとする場合、昔なら実技試験変わりにポケモンバトルをしたり、筆記試験でトレーナーとしての知識を見たりなど色々あったのだが。

 

 今の選考基準はシンプルだ。

 

 ―――失礼ですが、バッジはおいくつお持ちですか?

 

 この一言で合格の可否が99%決定される。

 資格を持たず全てのバッジが無効となった自分は先も言ったようにゼロ。

 その結果は全て不採用だった。

 

 

 * * *

 

 

「Hey What's up homie? どしたの? 元気無いよ?」

 

 とん、とベンチの背もたれを乗り越えて項垂れる自分の背へと乗りかかってくる感覚。

 直後に耳元で囁かれた声に、()()()()()()である少女へと振り返る。

 

「ああ、お帰り……ヒカリちゃん」

「all right! ただいま、アオイ!」

 

 装飾(フリル)の大量についた純白のサマードレスを着た金色の髪の少女がそこにいた。

 頭に被った麦藁帽とツインテールを結ぶ赤いリボン、腰を結ぶ黒いリボンがアクセントになっていて可愛らしい。

 

「森のほうはもう良いの?」

「うん、たくさん遊んできたよ!」

 

 溌溂として、太陽のような眩しい笑顔を浮かべる少女、ヒカリに思わず笑みが零れる。

 

「同族って言っても、やっぱりDadのほうが例外なんだって分かっちゃった」

「あー……まあ、それはね?」

 

 ヒカリの生みの親の存在を思い出し、その理不尽と不条理ぶりを思い出して苦笑する。

 ヒカリは外見は彼とは似ても似つかない……というか、擬人種なのだから当然なのかもしれないが、それでもその戦いぶりは彼を思い出させる。

 

「さて……それじゃあ、ヒカリちゃんも帰って来たし。お家に帰りましょうか」

「roger that! もうお腹ぺこぺこだよ!」

 

 お腹を抑えながらも元気いっぱいに叫ぶヒカリにはいはい、と笑みを浮かべながら歩きだす。

 隣にこの少女がいてくれる……それだけで先ほどまでより少しだけ足取りは軽かった。

 

 

 * * *

 

 

 擬人種という存在が定義されたのはほんの一、二年ほど前になる。

 元々極最近までは『ヒトガタ』と呼ばれていた()()()()()()()()()()の総称である。

 最初に発見されたのは数十年前と言われており、これまで何故ポケモンが人と同じ形を取るのか、その原因について一切解明されてこなかった。

 その理由の一旦として『ヒトガタ』の希少性と強さ。

 

 凡そエリートトレーナーたち百に一人……トレーナーという大雑把な括りで見れば数千人に一人持っているかどうかというレベルの希少性。

 余りにも個体数が少なすぎる上にその全てが()()()()()()

 下手をすればエリートトレーナーたちすら負けかねないほどの強さを兼ね備えたポケモンたちはトレーナーからすれば垂涎の的であり、わざわざ貴重な個体を研究しようというもの好きなどこれまでにはいなかった。

 

 ……そう()()()()()

 

 ホウエン地方において、それを研究した人間がいた。

 手持ちに一体いれば良い方、二体所持したトレーナーすら世界中探して一人二人いるかどうかというレベルなのに、たった一人で十体以上のヒトガタを所持した元ホウエンチャンピオンにして、現ポケモン博士。そんな変わり者の来歴を持った人間がヒトガタという存在を研究し、その性質、能力、特性、そして原因すらも解明し、全世界に向けて発表した。

 

 そしてホウエンで起きた大災害以降世界中で増加の一途をたどるヒトガタポケモンたちを総称し『擬人種』と定義したのも彼の博士である。

 

 そして自身の所持するポケモンの一体……ヒカリという名の少女もまた擬人種だった。

 

 

 * * *

 

 

「ただいまー」

「たっだいまー!」

 

 マサラタウンの実家に帰る。

 玄関を開け気だるげな声で挨拶する自分の隣で元気な声を発するヒカリはまるで対称的、光と影だ。

 

「おかえりなさい……ヒカリちゃんは元気ねー。アオイももうちょっと元気出しなさいよ、まだ若いんだから」

 

 ―――まだ若いんだから。

 

 よく言われる言葉ではあるが、三年務めた会社を脈絡もなくリストラされた上に次の就職先の宛てもつかない社会人からすればそんなもの何の慰めにもならない。

 家で出迎えてくれた母親に曖昧な笑みを返しながら居間に入ってそのままソファに座り込む。

 

「はー……疲れたあ」

「お前……くたびれた中年親父みたいになってるぞ」

 

 後ろから聞こえた声に、ソファの背もたれを深く押しのけ反りながら後ろへと視線をやる。

 家族三人で食卓を囲むには十分に広い居間だったが、何故か今日はそこにさらに二人、追加されていた。

 黒い髪に赤い帽子の無口そうな青年と、黄色のツンツンと尖った髪の生意気そうな青年。

 

「……あん? なんでいるのよ、レッド、グリーン」

 

 居間に置かれた長机に並べられた料理を摘まみながら呆れたような視線でこちらを見やる幼馴染二人に思わず問いかけ。

 

「お前……久々にお前もレッドも帰ってきてるから集まろうぜって先日言っただろ」

「あー……そうだっけ」

 

 そう言えばそんなこと聞いたような気もする。

 今朝からの就活のせいですっかり忘れていたが。

 

「ていうか、レッドが帰ってきてるのは珍しいわね」

 

 先ほどから無口ながらこちらの会話にちらちら視線を送りながらも机の上の皿にあちらこちらと箸を伸ばしている青年を見やる。

 

「……時期」

「ああ、そう言えばもうリーグも終わりね。すっかり忘れてたわ」

 

 すでに八年、十歳の時にカントーのチャンピオンへと就任してから一度たりとも王座が陥落することが無かったので、どうせ今年もレッドが勝つのだろうと最初からチャンピオンリーグの情報など確認すらしていなかった。

 

「ま、どうせアンタが勝ったんでしょ?」

「……うん」

 

 こくり、と頷きながら、直後に手に取ったお椀へ口をつける。

 人の家で何飯食ってんだ、と言いたくなる気もするが、この無口な幼馴染はリーグがある時期以外は『シロガネやま』に籠ってしまってろくなものを食べていない。だから偶にこうして帰郷してきた時は手料理の味というのが身に染みるらしい、レッドの母親も息子が帰って来た時はいつも倍以上手間がかかると嘆きたくなるやら嬉しいやらで苦笑していた。

 

「あ、そういやアンタ……ピカチュウは?」

 

 いつでも幼馴染の腕か肩、もしくは頭に乗っている幼馴染の相棒の姿を見えないことに今更になって気づく。

 と言っても何となく予想はできているが。

 

「お風呂……あの子と一緒に」

「そ……道理でさっきから静かなわけね」

 

 ポケモンだって偶には風呂に入る。

 というヒカリの場合毎日入っている。というか自分がそう教えた。

 あれでも外見は可愛らしい少女なのだ、そういうところは大事にしたい。

 

「ま、滅多に会えない分、良いのかもね……()()()()()()ていうのも」

 

 ピカチュウの擬人種、ニックネームはヒカリ。

 

 つまり、そういうことである。

 

 

 * * *

 

 

「そういやお前、これからどうするんだ?」

「あー? 何がよ」

「今、職が無いんだろ?」

 

 酒でも飲むかのように『サイコソーダ』片手に、並べられた皿の料理を摘まみながらグリーンが問うてくる……どっちがオッサンだ。

 

「何で知ってんのよ」

「おばさんが言ってたぞ……俺に就職先の心当たり無いかとか聞いてきてた」

「母さんってば……」

 

 いくら友人とは言え、他所の家のやつに何を人のプライベートほいほいと話しているのだろうと嘆息する。

 ソファから起き上がり、長机に並べられた椅子の一つに腰掛ける。

 いくつか椅子が残っているが、まあそのうち風呂から上がって来た子たちが座るだろう。

 

「色々考えてはあるんだけどね……昔の蓄えもそこそこあるから急ぎってほどでも無いんだけど、ほら、例の法令あるじゃない?」

「準トレーナー規制令か? あれもまあ、納得できる部分もあるっちゃあるんだが……」

「そこは問題じゃないのよ……というか関係ないと思って資格取らなかったらまさかの事態よ」

「ていうかお前の勤めてたとこ、お前のこと知らねえのかよ……」

「みたいねー」

 

 はぁ、と呆れたようにグリーンが嘆息する。

 

「仮りにもカントーリーグベストフォー経験者を放り出すって……モグリ何じゃねえの」

「言ったって八年も前の話だしね、それに優勝ならともかくベストフォーじゃそんなもんでしょ」

 

 それでも当時のカントートップトレーナー五指の一人に数えることはできるのだから、正直実力を疑われるなどあり得ないとは思っているが。

 思い出したらまた苛々してきた、取り合えずグリーンの持っていたコップを奪い、入っていた『サイコソーダ』を一息に飲み干す。

 

「あ、ちょ、おま」

「ぷはー……たく、やってらんないわ。今どこに行ってもバッジ、バッジ、バッジ。トレーナーの実力が見たいながらバトルしなさいっての」

 

 愚痴るように呟けば、グリーンがおいおいと呟きながらも頷く。

 

「と、そんなお前にちと提案があるんだがよ」

「……提案?」

 

 唐突な話に、素っ頓狂な声を出し。

 

「なあ()()()。もう一度、カントーを巡ってバッジ全部集めて見ねえか?」

「……はぁ?」

 

 グリーン曰くの、()()とやらの内容に、もう一度疑問符を浮かべた。

 

 

 

 




本名/幼馴染間のあだ名

アカネ/レッド
スイ/グリーン
アオイ/ブルー


因みにレッドさんはあだ名のほうが広まって、今じゃそっちのほうが本名とされている人。本人基本無口であんまり喋らないから誤解されて広まってる。

という設定。

ある意味『ドールズ時空』と『未来編』の中間時代とも言える。

何故こんな番外編を書いたのか……ツイッターでチャット友達に『ポケモンの擬人化』でお題投げつけたらすごい可愛いピカチュウ描きあげてくれたからだ。
貸してください、って土下座したらいいよーって貸してくれたので画像張っとく。



【挿絵表示】



可愛い(可愛い

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