ケラケラと、ソレは嗤った。
嗤って、欺いて、忍び寄って。
そうしてその手で掴まえては内側にため込んでいく。
ケラケラと、ソレは嗤った。
嗤うしかなかった。
ソレは何もしていない、にも関わらず勝手にやってきてはソレに掴まえられていく。
ケラケラと、ソレは嗤った。
嗤って、嗤って、嗤って。
そうしてまたやってきた。
* * *
少女、シャルはそんな疑問を浮かべながら周囲を見渡した。
暗い部屋だった。
明り一つ無い、漆黒の闇。
けれどそれが部屋であると理解できる程度にはシャルは……シャンデラというポケモンは暗い場所が見えていた。
広い部屋だった。先ほどまでいた屋敷の玄関ホールよりもさらに一回りも二回りも広い部屋。
木製だったはずの床はいつの間にか土に変わっており、けれど見上げた先に木目の天井が見えることからここが外ではないことは理解できた。
「ご主人……様……」
どうして自分がここにいるのか、そんな疑問よりも先に、先ほどまでいたはずの主の姿が無いことに焦りを覚える。
どこに、どこに、どこに、そんな疑問が内側を駆け巡り、けれど声には出ない。
声は出ない。
気づいてしまったから、この場所に
気づいてしまったから、この場所に
―――ケラケラケラ
嗤い声が聞こえた。
―――ケラケラケラ
闇の中、ソレは嗤っていた。
―――ケラケラケラ
地の底から響くような嗤い声を聴きながら。
「あ……あぁ……」
シャルの意識が堕ちた。
* * *
「……いるな」
絆が繋がっている限りはだいたいでもシャルがどこにいるかは分かる。
以前にも同じようなことがあったが、あの時と違うのはシャルが自発的に消えたわけではないということ。
何がしかの異常があって、シャルはそれに巻き込まれた、と考えるべきだろう。
そして最大の問題は。
「……まずったな。シャルがいるから大丈夫だって過信してた」
俺が今現在、シャル以外のポケモンを一匹たりとも所持していないという事実だ。
一応保険はかけておいたが……さて、それまでどうにかなるだろうか。
周囲を見渡してみる……ただの食堂だ、見た限りは、だが。
ポケモンの気配は無いが、『ゴースト』タイプのポケモンというのは割と気配も無く忍び寄ってくるので油断はできない。
「どうすべきかな」
シャルの気配は……下、それもかなり下のほうから感じる。
この屋敷どうやら地下まであるらしい、以前はエアが崩落させたので気づかなかったが、それとも以前には無かったのだろうか? 幽霊屋敷のその辺の理屈なんて俺が知るはずも無かった。
保険はかけてきた、待てばどうにでもなる……だが。
「シャルの気配……希薄になってる」
嫌な予感がする。
希薄、というか透明というか。言葉では説明しづらい感覚だが、とにかくこのまま放っておけばシャルが消えてなくなってしまいそうな感覚。
トレーナー単独で一体何ができるのだ、という話ではあるのだが……このまま座して待っていては不味いという予感も同時にあって。
「行くしかない……か」
俯き、嘆息一つ。
そうして顔を上げて。
「ばぁ」
一瞬の間も置かずに不意に目の前に現れた
「わわわっと」
かちん、と
咄嗟に距離を取って、再びボールを構えた腕を振り上げて。
ぴたり、とその手を止める。
「……登録個体?」
ボールが反応しなかったその理由を考えて、ようやくその答えに行きつく。
つまり誰かトレーナーの手持ち、別のモンスターボールに個体登録されているということに他ならない。
視線を上げて、良く少女の姿を見やり。
「シャンデラ?」
全体的に、だがシャルと外見が似ていた。細部に違いはあるが、大まかなシャンデラらしい特徴というものはそっくりだった。
シャルより幾分か外見が幼いことを除けば……シャルを知る自分にとって、少女はまさしくシャンデラだと一目で見抜けた。
そうして、少女もまた俺を見て。
「……とーさま?」
呟いた言葉に、思考が止まった。
* * *
今この少女は何と言った?
凄まじくおかしな呼称をしなかったか?
俺の気のせいか?
気のせいだよな?
だって今かなりあり得ないようなこと喋ったし。
「とーさま……だぁ!」
一瞬戸惑ったようにも見えた少女だったが、すぐさま破顔し飛びついてくる。
小さな……と言ってもシャルより少し小柄というくらいであり、言っちゃなんだがまだ成長途中の俺にとってはとてつもない衝撃であり。
「ちょ、ま、ま……て……」
仰け反り、体半分倒しながらも何とか少女を受け止める。
体勢を戻しながら少女を離そうとするが。
「えへへ~、とーさま~♪」
俺の体をがっちりと抱いたまま離さない少女に辟易する。
しかも力が強い、エアほどで無いにしても、とても見た目から想像できるような腕力じゃない。
「やっぱポケモン……か?」
「はい~♪ そーですよ~♪」
「というかお前本気で誰だ?!」
「え~? ひどい~、アカリちゃんはアカリですよーだ!」
アカリ、というのが少女の名、らしい。
というか強い、締め付ける力強すぎる、苦しい。
「いいから、一回放せ……殺す気か!」
「あ、ごめんなさい……えへへ」
舌を出しながら謝る少女に、先ほどまでの息苦しさから解放され、体が酸素を求めて呼吸が荒くなる。
そうして再び少女を見やり。
「シャルに似てるな……やっぱ」
「とーさまとかーさまの娘ですから」
「……まさか、とは思うんだが、さっきから言ってるとーさま、って俺のことか?」
「そうですよ?」
「人違いだ……俺に娘なんていない」
「人違いじゃないですー! アカリちゃんがとーさま間違えるなんてことあり得ません!」
ふんす、と鼻息を荒くしながら胸を張る少女……アカリに、思わず嘆息する。
「とーさま、ってやつの名前は?」
「
そうして、何気なく問うた言葉に、返って来た言葉に硬直した。
ウスイハルト、と今確かにそう言った。
聞き間違いかと、一瞬思ったが、けれど確かに告げた言葉と少女の態度が何よりもそれが間違いではないと語っていた。
「本当に……俺の娘?」
「だからそう言ってー……って、とーさま何かちょっと違う?」
再びがばり、と少女が抱き着き、その指先がわさわさと俺の全身を伝っていく。
くすぐったさの余り、思い切り突き飛ばせば、先ほどほどの拘束力は無かったのか少女が離れて。
「とーさま……何か小さい?」
「見りゃわか……んだ……ん?」
その開かれた瞳を見つめ、焦点のあってない意思の見えない眼に言葉尻が小さくなっていく。
「見えない、のか?」
「……うん」
先ほどまでの元気そうな様相とは一転した、沈痛そうな面持ちに咄嗟に手を伸ばし。
その手を握れば手のひらに温かさを伝わる。
直後にアカリの表情が少し柔らかくなる。
「……ありがと、とーさま」
「ん……ああ、その悪い」
「んーん……嬉しいよ、とーさま」
にか、と笑みを見せて、そのまま飛びついてくるアカリに、思わずシャルにやるようにその頭を撫でて。
「いつものとーさまと同じ感じだ……やっぱりとーさまはとーさまだ」
そんなことを言いながら俺の胸の中で頬を擦りつける少女を見やり。
「……なんだこれ」
ここがどこで、今どんな状況なのか、それすら忘れてため息を吐いた。
* * *
「ホウエン~~~?!」
全く心当たりの無い自称俺の娘から凡その話を聞き、そうしてこちらの事情を語った際の娘の第一声がそれだった。
「え、ここイズモじゃないの?」
「イズモってどこだよ、聞いたこともねえんだけど」
「そっかあ……まだあっち鎖国中なのかー」
「江戸時代じゃねえんだから」
「エドジダイ?」
「いや、何でもない」
それが俺がアカリから聞いた話を総合して出した結論である。
イズモとかいう場所を俺は寡聞にして聞いたことは無いが、それ以前にアカリの知る俺の現状を凡そ纏めると、
研究職、それからジムリーダー、それから……まあそれは良いとして、これが決定的だったのだが、アカリの父の年齢、それを聞く限り十数年は未来の話のようである。
未来の話……正直聞きたい、が。
「聞いたら不味いんじゃないかなあ……これ」
以前の……ジラーチの話を思い出す。
未来を知ることは、未来を不確定に確定してしまう。
観測によって変化が起き、起きた変化で固定化されてしまうというアレである。
そのせいでホウエンで大災害が起きたことを考えるとこれ以上余計な話は聞きたくないという気持ちになるのも当然であり。
「というかどうやって未来から来たんだよ」
この世界において、時間移動の手段というのは無くは無い。
ほぼ唯一の手段は『時渡り』の力を持つセレビィの力だが、アニメ版ポケモンだと何故かロトムの力で時間移動してたり、そのせいで未来が変わったりしてるので、案外時間移動というのはどうにかなるものなのかもしれないが。
そうしてアカリが少し悩んだ様子を見せて、やがて顔を上げ、笑みを浮かべて告げる。
「わかんなーい」
思わずがくり、と肩を落とす。
「なんだそれ……」
「うーん……
困ったように首を傾げ、そうして、何か思いついたようにぽん、と手のひらを拳で叩き。
「そうだ、メイリなら何か分かるかも!」
そう言った。
「メイリ?」
「うん、アカリちゃんのいもーとだよ!」
* * *
―――ケラケラ
崩れ落ち、倒れ伏したシャルに向かってソレが手の伸ばす。
―――ケラケラケラ
その大きな手がシャルに触れようとした……瞬間。
“シャドーフレア”
シャルを守るかのように、ソレとシャルの間に突如として黒い炎が燃え上がる。
燃え盛る炎に怯えるかのように、ソレが数歩後ずさり。
「……させません」
“シャドースナッチ”
どこからともなく、次から次へと伸びた影がソレを絡めとり、包み、雁字搦めにする。
―――ッ!!
「アナタのような存在でもそんな顔をするのですね」
動揺を見せるソレに対して、まるで闇の中から溶けて現れたかのように、いつの間にか一人の少女がそこに立っていた。
その手には先ほどソレを焼こうとした漆黒に染まる炎が燃え盛っており。
「母様に手は出させません。アナタはそのままここで消えなさい」
“じごくのごうか”
黒く、暗く、澱んだ闇の炎が爆発的にその勢いを増し、広間のような部屋全体へと一瞬で波及し、空間を焼き尽くしていく。
穢れの炎が場の全てを焼き尽くす
場の『だいれいびょう』が燃え尽きた
―――ォォォォォォォォォォ
場を覆い尽くしていた不可視の力が焼き尽くされ、ソレが悲鳴を上げる。
燃え盛る炎に身を焼かれ、のたうち回るソレへと少女がさらに手を向けて。
―――ォォォォォォォォ!
ぐわん、とソレがその両手で
「また逃げますか? でももう逃がしません」
“クローズドサークル”
穢れの領域が場を包み込んだ
場が封鎖され『かくりくうかん』からは誰も逃げられない
何かを掴んでいたその手が途端にから滑りし、虚空を掴もうとして失敗する。
―――ァァァァァ
全身を震わせるソレに対して、けれど少女は冷めた瞳でソレを見つめ。
「怖いですか? ええ、そうでなければなりません……アナタは、母様に、そして父様に手を出そうとしたのですから」
その瞳に怒りを煌々と燃やしながら、まるで少女の怒りに共鳴するかのようにその手の黒い炎が燃え盛り、溢れ出し、地に落ちては広がって行く。
空間に満ちた黒い炎がソレの体を焼き尽くし、焦がし尽くし、そうしてソレが燃え尽きる。
最後には悲鳴一つ上げることを許されず、ソレが消滅する。
残った塵屑を払うかのような動作をしながら少女がすぐさま傍に倒れたシャルの元へと行き。
「母様……良かった」
眠っただけのシャルの姿を見て、安堵の息を零す。
その表情は心底安堵したのが分かるほどに緩く微笑み、先ほどまでの冷たさの一片すら見つけることはできなかった。
そうして改めてシャルを見やり、意識無く、だらんと投げ出されたシャルの手を見つめ。
「…………」
そっと、その手を伸ばし、シャルの手を包み込むように取る。
数秒、そのままシャルを見つめ動かなかったが。
「――――」
ぽそり、と何かを呟いて、その手をそっと置き。
「あ~メイリちゃん見つけた~」
聞こえた声に振り返った。
今回のちょっとだけ未来編を意識して『システム風メッセージ』を導入してみたんだけど、どうかな?
未来編はこういうのをちょっと増やしてみたい。
アニポケのカロス編でさ、ロトムがエレベーター使ってタイムスリップする話があるんだが、あれどういうことなんだ(
ロトムにそんな力があるなんて初めて聞いたんだが、他のロトムでもできるのかな?
そして未来からやってきたハルト君の娘の「アカリ」ちゃんと「メイリ」ちゃん。
因みに漢字で書くと『灯里』と『明里』。
え? 未来編で出てくるのかって?
どの未来から来たのか、なんて言って無いよね???