ポケットモンスタードールズ   作:水代

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霊墓と呪術

 

「あ゛あ゛?」

 

 思わず出た声に、隣でシャルがびくりと震える。

 

「悪いがシャル……もう一度言ってもらえるか?」

 

 問うた自身の言葉に、何度となく視線がこちらと地面の間を往復し。

 

「えっと……もう、何も居ない、かな」

 

 告げられた言葉と、()()()()()()()()()()()()()()()先日まで館があった場所を見て、顔が引き攣る。

 色々と危険な目にも合わされて、シャルも気を失うし、自分だってあの二人がいなければ死んでいたかもしれない。

 最早ただの噂の幽霊屋敷、なんて言葉じゃ片づけられない危険性があの場所には存在していて。

 

 知ったからには叩き潰す。

 

 そのためにわざわざアルファとオメガまで含めた連れてこれるだけの戦力を連れてきたのだが。

 

「まさか……もぬけの空、とはなあ」

 

 一切合切、何も無くなっているその場所に、思わず嘆息する。

 というか地下室まであったはずなのに、地面にはそんな痕跡一切残っていない。

 じゃああれどういう原理なんだよと思うのだが、幽霊屋敷の原理なんぞ分かるはずも無く。

 

「どうすっかなあ……」

 

 その場で腰を降し、地面に接しないように中腰になって周囲を見渡す。

 普通の森の中だ……やや奥まっているせいか、自然の気配が濃いことを除けば、本当に何の異常も見当たらない。

 もうこれ以上出ない、というのならばそれはそれで良いと言える。

 

 だが七年越しに再び出てきたことを考えれば、もうこれ以上出ない、と確実には言えないのも事実だ。

 

 そもそも前回は館の原因がシャルとそこにいた『ゴースト』ポケモンたちだと思っていたので崩壊した館を碌に調べることもせず、放置していたらいつの間にか綺麗さっぱり消えていたのだが。

 さすがに二度目、ともなれば何かあると思わざるを得ない。

 

 だが見たところ何ら異常は無く、シャルも感じないらしい。

 だとすれば……後は何ができるだろう。

 

 ほぼ直感ではあるが、何かあるのは間違いないと思っている。

 

 そうでなければ説明のつかないことが多すぎる。

 そもそも俺の娘と名乗ったあの二人は何故あの幽霊屋敷にいたのだろう?

 そこも含めて何か分からないだろうか……。

 

「やっぱり……あの地下室だよな」

 

 屋敷の地下を進んだ先にあった巨大な広間。

 明らかに何かありそうだった上に、そもそも幽霊屋敷の外見とは余りにもそぐわないミスマッチな場所。

 幽霊屋敷の内部は様式が統一されていたのに、あそこだけ何故ああも違ったのか。

 そう考えれば、感じていた幽霊屋敷の異質さもどこか謎めいていて。

 

「地下……そう、地面の下、か」

 

 少しだけ考え、手元に二つのボールを持って。

 

「アース、オメガ」

 

 ボールからポケモンを出す。同時に出てきたのは二人の少女。

 アースはともかく、オメガはどうやら元の姿よりもヒトガタの姿のほうが気に入ったらしい……多分クッションをモフれるからだと思われるが。

 二人に地下に何か無いか探って欲しいと伝えれば、了解と言ってそのまま。

 

「ひゃっほおおおおおお!」

「揺れろオラアアアアア!」

 

 “じしん”

 

 “だいじしん”

 

「お前ら加減って言葉知らねえのかよおおおお!」

 

 ソナーってあるじゃん? っと簡単な概念を教えたらできそうってことでやらせてみたのだが、何故こいつらは全力でやっているのだ……いや、オメガが全力でやると大陸が壊れそうなので多分加減はしているのだろうが、それでも酷い。

 森の一部が揺れに揺れて、周囲の木々が根こそぎ倒れている。

 

「あん?」

「はぁ?」

 

 ていうかこれ、地下室あったとしても崩落してんじゃねえのか、と危惧をした直後、アースとオメガが怪訝そうな声を上げながら揺れを止める。

 そのまましゃがみ込んで地面を拳で二度、三度と軽く叩く二人に、何をしているのか疑問を抱き。

 

「ボス、何かあるぜ」

「こっちも確認だ……この下、何かの空洞があるな。しかもあんだけ揺らしてびくともしねえ」

「……多分ビンゴだ、良くやった」

 

 周囲の惨状にさえ目を瞑れば結果オーライだろう……周囲の惨状さえ見なければ。

 まあこれに関してはあとで森林レンジャーに頼んでおこう。

 ポケモンの生息域となる森の環境を整えるのが彼らの仕事だし、こういったことのプロと言える。

 幸いというべきか被害状況はそれほど大きくは無いだろうし、何とかなる……と良いなあ。

 

「オメガ、地下までの道作れるか?」

「問題ねえよ」

 

 拳を振り上げ、振り下ろす。

 それだけの動作で大地が脈動し、あっという間に地下への道ができる。

 螺旋上に続く坂道の底は朝日の光を浴びて尚、仄暗く見通すことなどできないが。

 

「よし一旦戻れ、オメガ、アース」

 

 そうして二人をボールに戻し。

 

「行くぞ、シャル」

 

 残った一人に声をかけ。

 

「はい」

 

 しっかりと、芯のある返事に満足気に頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 暗い坂道を下って行くと、少しずつ冷気が昇ってくるのを感じる。

 まあ地下なんだから当然と言えば当然なのかもしれないが、それにしては……と言った感じもある。

 

「シャル……」

「あ、はい」

 

 指先に灯した炎を少し大きくしてもらう。

 僅かだが冷気が和らいだ気がする。

 螺旋上の坂は長い。多分一直線にするとかなり傾斜がきつくなるからだと思うのだが、この長さからすると一体どこまで深いのだろうかと想像してしまう。

 昨日アカリと共に地下に降りた時は暗くて良く見えなかったため体感だが、一階か二階分程度降りたくらいにしか感じなかったが、今はすでにもう五階分くらいは降りているようにも感じる。

 そうしてさらに二、三階層分ほど下へと進んでいき。

 

「……ここは」

 

 見覚えのある金属製の扉で道が終わっていた。

 昨日も見た、あの地下室への扉。やはりこの先はあの地下室だということで良いのだろう。

 手を伸ばす。昨日は何気なく開けたその扉へと触れようとした……瞬間。

 

「待って!」

 

 シャルが咄嗟に俺の体へと抱き着き、押し倒す。

 驚きに声を上げるより先に、触れかけた扉から黒い何かが浮き出て。

 

 ぶん、と黒が腕となって虚空を掴んだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……な、んだ」

「分からないけど……何か嫌な感じ」

 

 昨日は……あの二人と別れてからはすでに屋敷内にポケモンの気配は失せていた。

 『ゴースト』ポケモンだけにどこかに潜んでいるのかとも思ったが、俺が屋敷を出ても何のリアクションも無く、むしろ入ってきた時勝手に閉まっていた門は開いていた。

 直後に超特急でやってきたサクラとサクラが持ってきた仲間たちの入ったボールのお陰で無事帰ることができたのだが。

 

「まだ、いたのか」

「……かな」

 

 黒い腕が、何かを探すように二度、三度とぶんぶんと腕を振るが、けれど何も掴めず、やがて黒が扉へと溶けて消えていく。

 地面に尻もちをついたままそれを見る俺たちはただそれを見ながら硬直していた。

 

 どくん、と心臓が跳ねた。

 

「……まだ、終って無かった。そういうことか?」

 

 呟きながら自身の上に乗るシャルを起き上がらせ、自分もまた立ち上がる。

 

「助かったシャル」

「……うん」

 

 シャルもまた扉を見つめ、警戒していた。その肩が僅かに震えているのはどんな理由からか。

 

「シャル」

「はい」

 

 一言名前を呼ぶ、それだけでシャルへと意図が伝わり。

 

 “シャドーフレア”

 

 黒い炎が扉へとぶつかる。同時に扉に描かれた模様が怪しく光り。

 

 ――ギアァァァァァァァ

 

 悲鳴のような声を聞こえると共に、扉の模様が変化する。

 まるで模様が扉から剥がれ落ちるかのように抜けていき。

 

「サマヨール?!」

 

 黒が形を成し、サマヨールと化す。

 

「シャル!」

「はい!」

 

 咄嗟、叫ぶ一言にシャルが即座に反応し。

 二発目の黒炎がサマヨールを燃やしつくす。

 

「――ォォ」

 

 悲鳴すら上げれず、サマヨールが気絶する。

 『ひんし』状態なのは分かる……まあ放って置いて良いだろう、野生のポケモンだし。

 そうして視線を上げれば、すっかり模様の無くなったただの金属製の扉だけがあり。

 

「シャル、今度は大丈夫か?」

「えっと……うん、大丈夫、かな?」

 

 いまいち自信が無さそうなシャルにおいおいと苦笑しながらそれでも扉に手をかけ。

 ギィィ、と重い金属が軋みを上げながら扉が開く。

 そうしてその先にあったのは、昨日も見た広間。

 いや、建物の中では無いのに広間という言い方もおかしいか……表現し辛いが、強いて言うなら空間、だろうか。

 

「シャル、明りを」

「はい」

 

 ぽつぽつ、と手の中に炎を燃やしながらそれを周囲へと浮かべていく。

 いわゆる、鬼火のようなものだが、技としての『おにび』とはまた違うらしい。

 まあポケモンに関してこういうのは良くある話なので一々気にせず便利に使わせてもらう。

 

 そうして炎に照らされたその場所は。

 

「空間、としか言いようが無いな」

 

 何も無かった。

 まだ半分程度しか見えてないので奥のほうに行けば何か違うのかもしれないが。

 それでも見える範囲で何も無いとしか言い様が無い。

 だがこのまま何も無いとも考えづらいのも事実。

 何より、入口の扉、あそこにサマヨールが潜んでいたことが何かあるのだと思わせた。

 サマヨールなんてそもそもこんな場所にいるはずのポケモンではない。

 『おくりびやま』ならまだしも、どうして『トウカのもり』にいるのか。

 やはり何かあるのだ、と思わざるを得ない。

 

「もっと奥に行くぞ」

「はい」

 

 手の中にはアースのボールを持っておく。

 こんな閉所でオメガやアルファなど使えるはずも無いので、直接攻撃できて速度もあるアースが最適だろう。

 備えはしておく……が、正直『ゴースト』ポケモンというのは物理法則を簡単に無視してくる手合いばかりなので不測の事態に陥る可能性は常に考えておく。

 奥に、奥にと進むごとに、背筋が凍るような感覚が陥る。

 一歩、足を進めるたびに震えがする。

 一呼吸ごとに歯がかちかちと鳴って。

 

 

 ――最奥にそれはあった。

 

 

 * * *

 

 

 仄暗い坂道を登り切れば、日の光が目を焼く。

 その眩しさに手を翳し、それでも暖かい日の光に安堵の息を零す。

 

「何だったんだろうな……」

 

 その呟きは一体何に対してなのか、自分でも良く分からない。

 一つは今回の一件に対して、もう一つはそれを引き起こしたものに対して。

 その二つは確実だろうけれど。

 

 ぐにゃり、と目の前で崩れていった地下を思い出しながらオメガをボールから出し、地下へと続く穴を埋めさせる。

 片足でとんとん、と二度大地を叩く、それだけで再び大地が脈動し自然と埋まって行くその光景を見つめながら、何とも言えない気分になる。

 

 地下の最奥、そこにあったのは『わらにんぎょう』だった。

 

 当たり前だが、地球ではないのだ……ホウエンにそんな呪術あるわけない。

 そもそもそんな概念すらこの世界には無いはずなのだが。

 結局、原因はそれだったらしい。

 

 呪われた『わらにんぎょう』が呪いを振りまき『霊』を集める。

 集まった霊たちは戦い合い、最も凶悪な霊が屋敷を収める。かつてのシャルのように。

 地球での知識でいうところの『蟲毒』にも似ている。

 というか昨日屋敷内で突然シャルが消えたのも『呼ばれた』からのようだった。

 ここポケモン世界じゃないのか? という疑問は当然だ。

 いつからこの世界そんなオカルティックな概念が生まれたのだと思うが、よく考えれば実機にだって黒い任〇堂というか怖い〇天堂要素はあったので、そういう類の一種なのかもしれない。

 

 『わらにんぎょう』はシャルの炎で焼き払った。

 供養? お祓い? お炊き上げ? どういう扱いになるのかは知らないが、まあ残しておくのも怖い。

 それで呪いが移ったりとかしないよな、と思わずビビったりもしたが、シャル曰くそんな力も無いほどに今は空っぽだと言っていた。

 もしかすると、昨日の二人が何かしたのかもしれない。

 

「うーん……不気味だ」

 

 正直ポケモンに関することならどうにかできる自信もあるのだが、さすがにこういうオカルティックな分野は専門外過ぎる。

 いや、ある意味俺の存在自体がオカルトの塊なのかもしれないが……。

 出自については色々考えることも無いわけでは無いが、まあ考えたところでどうなるわけでもないので思考を破棄する。

 先ほどから余りにも意味の無い思考ばかり浮かんでくるので、空でも見ることにする。

 青いなあ、と考えながら空を見ていれば先ほど仲間のボールを持って一足先に戻って行ったサクラのことを思い出す。

 今は……隣にシャルだけがいる状態だ。まあもう帰るだけなのでそれでも問題無い。

 

「呪いとか……感じないんだよな?」

「あ、はい……それは特に」

 

 大丈夫、だとは思うのだが、なまじ地球の知識があるだけに、どこか不気味さは捨てきれない。

 

「ちょっと『おくりびやま』でも行こうかなあ」

 

 それでもってフヨウにお祓いでも頼んでみようと思う。

 

 それから考えるのは……。

 

「ちゃんと帰れたのかな……あの二人」

「二人?」

 

 気絶していて見ていないらしいシャルが首を傾げるが、何でもないよ、と言って話を切る。

 

 きっとあの二人のいる未来は俺の居るこの世界の未来とは違うのだろう。

 

 この世界でも同じようにあの二人が生まれるのか、それは俺にも分からないけれど。

 

「…………」

「どうしました、ご主人様?」

 

 隣を歩くこの小さな少女を愛おしいと思っているのも、また事実であり。

 

 だから。

 

「抱きしめても良い?」

「うぇ?!」

 

 少し焦ったようになりながら、頬を染める少女のその小さな肩を引き寄せ、抱き留める。

 

 昨日、自分の娘にそうしたように。

 

「あ、あの……ご主人様?」

「…………」

 

 戸惑うシャルに答えないまま、ぎゅっとその体を抱きしめ。

 

「……ふふ」

 

 解放してやる、と突然のことにシャルが目を丸くしながら少しよろめく。

 

「え、えっと……あの?」

「好きだよ」

 

 その耳元まで口を近づけ、呟く。

 

「…………」

 

 囁かれた言葉に、一瞬忘我の陥るシャルに畳みかけるように。

 

「愛してる……シャル」

 

 言葉にしなければならない。

 そう思った。

 

「……はい」

 

 きっとシャルは……。

 

「ボクも……」

 

 言葉にしなければ、一生逃げてしまうだろうから。

 

「ボクも……大好きです」

 

 もう一度抱き寄せる。

 今度は特にシャルからの反応も無く。

 

「愛、してるって……言っていいのかな?」

「さあ? 俺だって、まだちゃんと分かってるわけじゃないけど」

「けど?」

「こういうことは……したいと思うかな」

 

 触れ合う柔らかな感触と、甘い味。

 

 重なった唇が、少し熱かった。

 

 

 

 




前回貼り忘れ

フィールド効果:だいれいびょう
毎ターン開始時、場の『ゴースト』タイプのポケモンは50%の確率で『ねむり』状態になる。『ゴースト』タイプのポケモンの『こうげき』『とくこう』が2倍になる。互いの場に『ゴースト』タイプのポケモンがいない時、毎ターン場のポケモンと『ゴースト』タイプのポケモンを交代する。


扉のとこのサマヨールがなんで前日攻撃してこなかったか……このフィールド効果で強制的に寝てたから。
けどメイリちゃんがフィールド効果ごと霊的な物全部焼き払ったから翌日は起きてた。

色々伏線は張ったけど、一切回収はしないスタイル。
まあそもそも後日談だし。

実際、ゲーム中のポケモンでも伏線のようなものはいっぱいあっても回収されること無いものも多い、特に幽霊系のイベント。
個人的にエレベーターから出てきて「お前じゃない」が怖い。


まあ当初の予定とは大分違ってるけど、シャルちゃんとちゅっちゅできたのでぼくは満足です。
つうかこいつ、なんちゅうタイミングで告白してんだ……。

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