よし、デートするか。
と思い立ったのが数日前のこと。
シャルと思いを交わし合い、絆を、繋がりを確かめ合った日の後日のことだ。
それをシャルに伝えて、シャルがあわあわしているのを愛でながら一日過ごし。
どこ行こうか?
なんて考えながらホウエンの地図を見る。
十月も半ばとなったが、ホウエンは割と温暖な気候が続いている。
とは言え十一月を過ぎればどんどん寒くなってくるだろうことは確実だろうし、十二月も過ぎれば外出する人も減ってくる。
別にデートと称して家でごろごろするのもありなのだが、シャルは基本出不精というか余り積極的に外出しようとはしない
とは言え暑がりの寒がりという生き辛い体質をしている上に外出ではしゃぐような性格でも無い。
こうして考えるとシャルの好みって難しいな、と思う。
例えばエアなら飛んでるだけでも気分が高揚するらしいし、シアなら家事関係が半ば趣味だ。
イナズマなら裁縫や……まあアレな本とか、チークはチークで基本何にでも興味を抱いて楽しめる。
リップルも広く浅い好奇心があるので話題程度なら尽きることは無い。
シャルの趣味って何だろう?
七年生活していて思い返してみると、寝ている姿とか誰かに連れられて歩いている姿などは良く見るが、シャルが自発的に行動する姿というのをほとんど見た記憶が無い。
暑がりだったり、寒がりだったり、日常的に見せている姿もある種のポーズであり、多分本人的にはそこまで気になるような物では無いのだろうと予想しているし、そもそも『ほのお』タイプを持っているのに熱さに弱いわけが無いのだからほぼ間違いないだろうと確信もしている。
以前に言っていた『ゴースト』ポケモンである、というコンプレックスのようなものが根底にあるのは間違いないだろう。
正直俺からすれば性別があって、♂♀で預ければタマゴができるのだから『ゴースト』ポケモンだって普通に生命だろ、と言いたいのだがシャル的には納得できないのかもしれない。
それこそシャル自身に子供ができるようなことでもあればその認識も覆せるかもしれないのだが。
いや、止めておこう、この話は藪蛇な気がする。
* * *
「こここここ、こんなの無理無理無理!」
「可愛いと思いますけど?」
「そうだよ、折角なんだしこれで行こう?」
鏡に映る自らの姿を見て、シャルが悲鳴を上げる。
その肩を抑えて横から覗くシアとイナズマの二人が楽しそうに告げる言葉に、シャルはけれどブンブンと首を振る。
「は、恥ずかしすぎるよこれ……か、肩とか、全部出てるし」
「いやー……苦節七年、ようやくここまでこれたかぁ」
「本当にずっとやってましたしね。でも良いと思いますよ?」
デートしよう、なんて自らの主に言われ。
先日告白の言葉を交わしたばかりなのに、そんないきなりと頭が沸騰したように茹で上がり。
ちょうどそれを見ていたシアが、じゃあお洒落しないとダメですね、と連れられ。
ようやく最近になって衣服の研究に一つの成果を出したらしいイナズマがそれに参戦し。
そして現状に至る。
「折角のデートなんですから、いつもと違うお洒落くらいしても良いんじゃないですか?」
「ででででも、シアだって前にデートしたって言った時はそんなお洒落してなかったよね?!」
「だって行き先が森でピクニックですし……でもほら、今回はマスターが街に出かけようって言ってるわけですから」
「外行きの服を着るのは当然なのだー! あははは」
「イナズマなんかおかしくなってない?」
「いつもチークが逃げ出すから自分で着せ替えするしかなくて空しくなってたところにようやく自分の努力の成果を発揮できるチャンスが来て少し浮ついてるんだと思いますよ?」
「少し?」
ハンガーに掛けられた衣服を両手に一つずつ持ちながらくるくると踊るイナズマの姿を見ながら呟く。
「次どれにしてみる? いっぱい作ったからね~?」
そう告げながらシャルの部屋に備え付けられたクローゼットを開く。
ヒトガタの衣服は基本的に鱗や体毛と同じ物であり、本来服など必要も無い。
そのためシャルの部屋だけでなく、イナズマの部屋以外クローゼットの中には何も入っていない……はずなのだが。
「な、なんで? いつの間に?!」
クローゼットの中にハンガーでかけられた大量の衣服にシャルの頬が引き攣る。
これかなー? これかなー? と一つ出しては戻すを繰り返すイナズマが振り返り。
「作ったからね! 私が!」
どやぁ、という効果音が見えそうなくらいの自信満々の表情に思わず、えぇ、と零す。
「もうどうせなら超絶エロ可愛いの行って見る?」
「あ、それは私も見てみたいですね……こっちのも可愛いですし、シャル、着てみましょうか?」
「え、いや……ぼ、ボクは、いつものが」
「ダメですよ?」
「ダメだよ?」
自分の言葉に即座に返され、軽く涙目のシャルを置き去りにシアとイナズマがかけられた衣類を物色して。
「じゃあ」
「次は」
「こっちで」
「行こうね?」
両手に持った衣服を見せながらにじり寄ってくる二人に、体を震わせながら。
「やだ~~~~~~~~!」
絶叫すれど、助けてくれる人はいなかった。
* * *
正直言おう。
いつものサイドポニーをツインにしている……まあそれは良い。いつものリボンと同じ物らしいが、いつも少し違って見えてこれはこれで可愛らしいと思うし、その上に被っている白い帽子もいつもとは違っていて新鮮味があって良い。
だが問題は服である。
チューブトップ、と言うのだろうか。ほぼブラジャーの形をした服である。思いっきりヘソが出てるし、肩も脇もほぼ丸出しだ。
しかもスカートが短い。いやいつもの服もレース生地無ければあんなものなのかもしれないが、太ももの半ば以上見えているのはさすがにやばいと思う。
そしてその露出を隠すように薄手のパーカーを着ているのだが、前面が閉じられていないせいで逆に露出が強調されている。
ぶっちゃけ言おう。
めっちゃエロい。
なのにそれを着ているシャル自身が凄まじいくらい恥ずかしそうに顔を真っ赤にして震えているのが逆にエロさを感じさせない。
あからさまに着慣れていないなあ、という感じがいっそ清楚さすら感じさせる。
パーカーの端を持って必死に隠そうとしている辺りがもう凄く可愛い。
「どしたの、それ」
「うぇ……い、イナズマとシアが、でで、デートならお洒落しないと、って……無理矢理」
グッジョブ、と思わず親指を立てたくなる衝動を堪えながら、そっか、と呟き。
「でも可愛いよ、シャル」
「うぇ?! あ、あわわ、そ、そそそ、その、あり、ありがとう、ございます」
もう熱で倒れるんじゃなかってくらいに顔を真っ赤にしながら、照れたように落ち着かなく視線を彷徨わせる姿に苦笑する。
とは言えこっちだってそう余裕のあるわけでも無い。
初めて見たシャルの姿に、心臓の鼓動がうるさいくらいだ。
まだ家の前だというのに、すでにお腹いっぱいと言った感じだがこれからが本番である。
「取り合えず行くか」
「あ……は、はい」
スカート丈の短さを気にしているらしいシャルが何度となくパーカーの裾を引っ張って隠そうとするのだが、隠していると逆に履いていないようにも見えて扇情的だった、ぶっちゃけエロい。
シャルのイメージじゃないよな、と思ったのだが、逆にこういうのも新鮮でありだな、とも思う。
そんなイナズマのファッションセンスに内心で親指立てながらミシロから出ていく。
「それで……でで、デートって聞いたけど……どこに行くんですか?」
「今日はカイナに行って見ようかと思う」
「カイナ?」
俺の言葉に不思議そうに首を傾げるシャル、まあ分かるが。
カイナシティはホウエンでも有数の都市だがどちらかというと
研究所や造船所、博物館に資料館、医療院に治験病棟など研究者や技術者の集まりが多く、ホウエン地方の技術の発信所でもある。
機械技術に関してはキンセツシティのほうが進んでいるが、それ以外に関してはだいたいカイナシティで研究が行われている。
ゲーム時代にも研究者というのは各地にいた。例えば『りゅうせいのたき』を研究しているソライシ博士などもそうだが、別の街で研究をしている者でも、大本の所属や研究所はカイナにある、という場合が多い。
とは言えそれは街の東側に大半が集中しており、南側にはホウエンでも有数のリゾートビーチが広がっている。
「海で遊ぶんですか?」
「いや、いくらホウエンが温かいからって十月に海はねえよ」
折りたたみ式の自転車に二人で乗りながら街道を進んでいく。
基本的に整備された路にポケモンは飛び出してこないので多少速度を出しても問題無い。
見る間にびゅんびゅんと流れていく景色を見ながら後ろの荷台に腰掛けるシャルの疑問を否定する。
当然だが十月に海水浴は無い。というかいくらホウエンでも普通に寒い。
「第一海に行くならそれなりに準備しないとダメだろ?」
リゾートビーチなのでまあ多少は店で買えるかもしれないが、水着とか着換えとか準備は必要だ。
今日はそんな準備していないので無理だ。
「今日なんかお祭りがあるらしいんだよね。朝から夜まで街の西側のマーケットで屋台とかいっぱい出てるらしいよ」
「お祭りですか……十月に?」
「今年は色々あったから、夏のお祭りが延期になって今までズレてたらしいよ」
当たり前だが祭りの準備なんて一月二月前から始める物だが、夏祭りはだいたいどこも毎年七月から八月にかけて行われる。
だがその七月によりにもよってレックウザ襲来で割とホウエン中パニックだったのでここまで伸びてしまったのだ。
中止しないのはまあ大人の事情というやつだろう。
こういう祭りでも無ければカイナは外から人が来ることが少ない。
街自体は大きくても、やや閉鎖的なのだ。
「夜になったら海辺で花火もやるらしいよ」
「へえ……それは見てみたい、かも」
自分の言葉に少しわくわくするシャルを見て、自分もまた笑みを浮かべる。
気分の高揚するままに速度を上げてペダルを踏んでいく。
コトキタウンを抜けて一路東へ。
ミシロから自転車で一時間半ほどかけて、ようやくカイナシティが見えてきた。
* * *
「うわあ!」
地球でいうとことの縁日の屋台。
あれを街一つ分の規模に拡張すればそれは盛大な物となるだろう。
目の前に広がるお祭りの光景に、シャルが目を輝かせるのも無理は無い。
実際、俺だって圧倒されていた。
「すっごいな、これ」
人、人、人、人。
どこを見渡しても人だらけだった。
元より街の生活を支えるマーケットだけに人の往来は多かったが、従来の数倍は高い人口密度。
見ているだけで人の熱気が伝わってくるようで、誰も彼もが祭りを楽しんでいるのか笑みを浮かべていた。
普段はそれほど人通りも多くないはずの東の研究所地区にまで人の往来があり、往来の人々へと屋台の呼び込みが掛け合う。
まさしく、街が一体となって盛り上げている祭りの光景に、見ているだけで楽しさが伝わってきそうだった。
「それでシャル、どこから行く?」
「えっと……ご主人様は、どこに行きますか?」
質問に対して質問に返すシャルに、視線をずらして時間を見やる。
手元のナヴィは現在時刻がちょうど十二時、昼時だと告げていた。
「じゃあお昼ご飯に適当に買い食いしながら見て回ろうぜ」
「はい!」
俺の提案にシャルが頷き。
「えっと……え、えい!」
俺の左腕を体ごと預けるかのように両腕で抱きしめてくる。
「どうした?」
「そ、その……こ、こういうの、その、えっと……こ、こいびと、っぽいかな、って」
もじもじ、と頬を赤らめ、視線を地面に落としながら告げるシャルがどうしようも無いくらいに可愛いらしい。
まあそれはそれとして。
「シャル……少し、変わったな」
単純にそんな大胆なことする性格じゃなかっただろ、というのもそうだがそれ以上に。
「なんか、素直になった?」
いつものような遠慮、のようなものが無いように思えた。
少しだけ、意外だな、と思うと同時に、そのほうが良いな、とも思う。
「ぼ……ボクは、ご主人様のこと、好きです」
「俺もだよ」
唐突な告白だったが、けれどすでに一度は確かめ合った言葉だ、何の迷いも無く返す俺に、シャルがこくりと頷き。
「この絆がある限り、ボクはもう迷いません。ご主人様のこと……信じてますから」
それがどういう意味なのか、本当に分かっている、とは言えないけれど。
「そっか……」
こういう時なんて言えば良いのか、少しだけ考えて。
「ありがとう」
結局、そんな言葉しか出てこなかったけれど。
「……えへへ」
シャルがとても嬉しそうに笑ってくれているから。
まあ良いか、と思えてしまった。
つながるきずな(物理的腕組み)。
ていうかもう良い引きだったし、ここで終わらせてもいいんじゃないかなあ、デート。