ポケットモンスタードールズ   作:水代

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日本の伝統(ホウエン)

 

 唐突だが俺はけっこうたくさん食べるほうだと思っている。

 というかシキもそうだが、そもそもポケモントレーナーという人種は基本的に大食いだ。

 ほんの数秒の間に二手、三手先を読み、一瞬の隙も逃さず指示を出し、相手の隙を突いて交代させ、とほんの二十分にも満たないバトルの間に大きく消耗をするトレーナー業は体力勝負だと言われる所以である。

 さらに言うならバッジを集めるため旅に出るにしてもだいたいが歩きか自転車、ポケモンの育成だって共にトレーニングをすることもあり、実戦的な技術の習得のためバトルに近い環境で実践を繰り返したり、ポケモンと一緒になって走り回ったりもする。

 

 というわけで本日二度目だが、トレーナーというのは総じて大食いだ。

 

 だが反面、食事に金を駆けられないのがトレーナーというものの性でもある。

 何せ固定収入というものが無い。世界中にトレーナーは溢れているのでバトルで勝利できれば金銭収入もあるし、そもそもトレーナーカードがあればポケモンセンターの利用も無料なので最悪一文無しでも食いっぱぐれることは無い。

 だがフレンドリーショップで道具を揃えたり、旅に出るなら旅の支度などもあるだろうし、そもそも衣服やらの買い替えも発生したり、後は手持ちのポケモンのためにも浪費をしたりと出費が非常に多い。

 だからトレーナー一本に絞って生活できる人間などほとんどいない。大半は本業があり、トレーナーは副業、というか趣味の範囲で済ませる。

 

 ジムリーダーや四天王ならまあ固定給があるのでそういう贅沢もありだろう。

 特にジムリーダーなど公認非公認に関わらず門下生から月給を受け取る立場であり、公認ジムの場合ならさらにリーグから『公認バッジ認定』の分の給料が入る。

 まあ公認ジムのジムリーダーの場合、代わりにジムトレーナーへの給料の支払いが発生するのだが、それだって半分くらいはホウエンリーグから出ている。

 因みにジム門下生とジムトレーナーは別者である。門下生はあくまで『学ぶ』立場のトレーナーたちであり、ジムに月給を払ってトレーナーとしてのイロハを学びに来ている。

 それに対してジムトレーナーはジム側が『教える』ための人間として雇っている。当たり前だがジムリーダーというのは多忙であり、門下生一人一人を丁寧に指導している時間というのはそう取れないのだ。

 さらに公認ジムならば挑戦者というのも多数おり、その相手もしなければならない。というわけで門下生に教える教師役兼ジム挑戦者を振るい落とす試験官役としてジムトレーナーを雇用する。

 まあだいたいの場合、門下生の中から見込みのある人間を育ててそのままジムトレーナーに、というのが大半だ、何せジムというのはだいたいタイプ統一されているので、在野の人間を引っ張ってくると色々面倒が多い。

 さらに因みに、別にこれは非公認ジムでも雇えないわけでは無いが、非公認ジムはそもそもジムトレーナーを必要としないことが多い、何せ挑戦者もいなければホウエンリーグと折衝があるわけでも無い、必然的に書類仕事も激減し、ジムリーダー一人で教えて回ることができる。ついでに言うならリーグから経費も出ないので雇用のための費用が高いというのも挙げられる。

 

 まあそれはともかくだ、大半のトレーナーは金を費やすならばトレーナー業のために費やす。

 何せトレーナーが金を稼ぐにはバトルで勝つしかないからだ。

 それがリーグだろうが、街ごとの大会だろうが勝たねば金は手に入らない。そして育てるためにも金はいるし、バトルのための道具を揃えるにも金はいる、育てなければ、道具を揃えなければ、バトルで勝利することは難しい。

 この矛盾したサイクルこそがトレーナーを専業するための最大のハードルであり、けれどそれでもトレーナーを専業にしようとするトレーナーたちがホウエンだけでも一万近くいるのだ。

 その中でバトルで生活できる『エリートトレーナー』は本当に百かそこらであり、その頂点こそが自身であると言える。因みにダイゴは例外であり、やつは生まれた時から全てにおいて勝ち組を約束された言わばエリートボンボンである。どちらかというとおぼっちゃまたちの頂点と言ったほうが正しい気がする。

 

 なので基本的にトレーナーたちが一番よく食べるありふれた食事というのはポケモンセンターで無料で食べることのできるそれらであるのだが、これが絶妙に美味しくない。

 不味い、というのとは違うのだ。別に食べられなくはない……のだが、美味しくない。

 地球でいうところの給食、のようなものだろうか。それを一段階質を落としたような、それとも入院食とでも言えばいいのか。

 量だけはある、が質に関しては無言になってしまう。

 一節によれば美味しい食事を求めてバトルに勝とうと『飢える』ことを覚えさせることを目的としているとか、そのハングリーさこそがトレーナーとして必要なものだとか、だからわざと手を抜いてるだとか。

 そんな噂がトレーナー間で都市伝説のように囁かれているのだが本当のところはどうか知らない。

 というか単純に無料で提供できるとなると安くて不味いになってしまうだけなのでは? というのが正直なところだが。

 

 初期のパーティ六人を揃えるために五歳の頃に、ホウエンリーグに挑む前のバッジを揃えるために十歳の頃に、伝説戦を見据えて各地を見て回るために今年になって。

 

 何だかんだ三度ホウエンを旅して、その時々にポケモンセンターの食事をしているのでその味の余りの微妙さは知っているつもりだった。

 だが何だかんだ実家で暮らしている期間は長かったし、シアは母さん仕込みで料理が美味い。

 途中からはエアだって習ってたし、最近は普通に美味しい物を作ってくれる。

 だから、そう……実際には俺はそこまで食事に困窮したことは無かった。

 

 だからお祭りの一角でボランティアで行われた炊き出しを涙を流しながら食べるトレーナーたちの姿に正直ドン引きした。

 

「えぇ……」

「……えっと」

 

 シャルも隣で何と言えばいいのか分からないと言った様相で困惑している。

 勝てないトレーナーの行きつく先、というか、ここまで行くならさっさとトレーナー止めて他の職探せよというか。

 因みに普通『勝ったり負けたり』程度なら少し贅沢するくらいの余裕は残る。まあそれをトレーナー業につぎ込むかどうかは別として。

 実際、純粋なトレーナーでない人間と戦えばお小遣い程度のお金がもらえる。大半の人間はトレーナーの真似事でバトルの相手をしてあげるだけで満足するので、純粋なトレーナーからすればお遊びのように見えるバトルでもトレーナーを専業としていない人間からすればバトルをすること自体が滅多にないので勝っても負けても楽しい。そして相手をしてくれたトレーナーには相応の謝礼を払う。一応これは全国のポケモン協会で規定された義務である。安易な八百長試合をしないための一環と言える。

 そもそもこの世界の人間はポケモントレーナーに対して基本的に親切だ。

 ポケモンアニメでも見れば分かるように見返り無く施しをしてくれたりしてくれる。

 

 そんな世界でそれでも金に困窮するのは、つまり『勝てない』から。

 

 バトルに負けた場合、相手に賞金を渡さなければならない。

 つまりゼロどころか負けるほどにマイナスが付いて行く。

 結果的に金が無いからポケセンで寝泊まりする。金が無いから育成できない。

 勝てないから成長も遅く、育成もできず成長も遅いからまた勝てない。

 この負の連鎖に捕らわれた結果、こうして祭りで振る舞われる料理に涙するトレーナーたちの出来上がりである。

 普通そこまで負けが込むなら諦めて別の道を探す物なのだが、偶にいるのだ、拗らせ過ぎてトレーナーに固執する人間が。

 

「……シャル」

「……え、あ、はい」

「悪い、少し良いか」

「え……?」

 

 少しだけ考え、嘆息する。

 別に干渉する義理も無い。結局トレーナーの世界とは弱肉強食だ。

 ただ何となく放って置けない、というのもまた事実だった。

 勝者の傍らには常に敗者がいる。敗者になりたくないのならば強くなるしかない。

 

 強くなければ生きられない。

 

 けれど。

 

 優しくなければ生きている資格が無い。

 

 さて、誰の言葉だっただろう?

 

 

 * * *

 

 

 お祭りは朝から夜にまで続く。

 というか夜を過ぎてもまだ続き、だいたい三日くらいは色々な屋台が入れ替わり立ち代わりに夜通し営業しているらしい。

 因みに夜の屋台までは比較的普通の物が多いが、深夜になると酒や煙草類、それにちょっと健全な青少年には見せられないようなものまで、お前それ都市公認の祭りで売っていいのかと言えるようなものまであるらしい……まあ成人は十歳と言っても実質的にそういうのは十五か六くらいになるまでは遠慮するのが暗黙の了解なので自分にはまだ関係無い話ではあるが。

 

 エア? 何のことやら……。

 

 夕方から人の賑わいが増えだしたと思ったら、どうやら夜から花火をやるらしい。

 日本のお祭りみたいだな、なんてことを考えながらシャルと人込みを抜けて海岸沿いのベンチに座る。

 

「海側でやるらしいから、ここからでも見れるかな?」

「花火……ちょっと楽しみです」

 

 嬉しそうなシャルの笑みにほっとする。

 

「それと、その……悪かったな……」

「……はひはでふは?」

「あ、うん、まずそのフランクフルト食べ終わってから話そうか」

「はひ」

 

 単なるでかいウインナー焼いてケチャップかけただけだろって気もするのだが、お祭りで見るとどうしてこう美味しそうに見えるのだろうか。

 あーうん、でもシャル、シャルさん? 何でそんな舐めるような食べ方なの?

 

「あ……ん……ちゅ、じゅる……あ、零れる……じゅる」

「…………」

 

 何と言うか、何て言うか……うん、今の恰好と合わさって。

 

「なんかエロい」

「む……ん……ちゅ、ふぁい?」

「ううん、何でもないから食べてていいよ」

「ふぁい」

 

 そうして何となくもやもやしながらたっぷり時間をかけてシャルが食べ終わるのを待つ。

 

「何その食べ方」

「え? イナズマがこうやって食べると美味しいって……フランクフルトとか、チョコバナナとか」

「あの腐女子……何教えてんだ」

「でも普通に食べたほうが美味しいような気がするけど、ボク何か間違ってました?」

「……さ、さあ? まあシャルの食べたいようにすれば良いんじゃないのか?」

「うーん……そうですね」

 

 取り合えず帰ったらあの腐女子問い詰める、と心の中で決めながら。

 

「それと、シャル。朝はごめんな……誘っておいて」

 

 デートに誘ったのは自分だ。シャルと一緒に遊びたいと思った、だから誘った。

 なのに他にかまけたのは自分が悪い、だから謝る、それが筋だろう。

 一瞬何のこと、と言った様子で首を傾げていたシャルだったがすぐに気付いたらしく、くすり、と笑う。

 

「ううん、ボクは……うん、ご主人様らしいと思ったよ。だから良いんです」

 

 ――ご主人様は、ボクの大好きなご主人様だったから。

 

「だから……うん、そういうご主人様でボクは嬉しかったですよ……えへへ……って、ご主人様? どうしました?」

 思わず手を顔を隠した俺に、シャルが首を傾げるが正直こちらはそれどころでは無い。

 素で全肯定されるのがここまで恥ずかしいと思わなかった。

 エアなら怒りながらも仕方ないわね、と言っただろうし、シアやリップルなら仕方ないなあと微笑みながら許してくれただろうし、チークやイナズマならまあ別に良いんじゃない? くらいで流しただろう。

 シャルの場合、一から十まで全て肯定した上でそれが良いのだ、と惚気たような台詞を返してくるのが本気で恥ずかしい。

 

「あの……ご主人様?」

 

 止めて、覗き込んでくるの止めて、マジで止めて、という俺の内心に一切気づくこと無くシャルが顔を近づけ、照れている俺に気づいたのか、シャルが悪戯っぽく笑う。

 

「えへへ……ご主人様照れてます? 可愛いです」

 

 

 ――おまかわ、というかちょっと俺の恋人(カノジョ)可愛すぎない?

 

 

 と思った。

 

 

 * * *

 

 

 今日はコスプレの日なのかもしれない。

 

 朝からシャルの珍しい……というかレア過ぎる服装も見れた。

 街についてからは恥ずかしがって完全にパーカーの前を閉めてしまったのだがそれはそれで短すぎるスカートと合わさってエロ可愛い感じがあって良かったのだが。

 

「露店で浴衣売ってるのはさすがに衝撃だわ」

 

 花火大会というわけで浴衣、というのは一体どこからやってきた着想なのだろう。

 こうして行きかう人々を見るとちらほらと浴衣を着ている人たちがいる。

 しかしこんな屋台の端っこで普通にハンガーラックにかけられた浴衣がずらりと並んでいる光景は一種異様ですらあった。

 しかもすぐ隣には簡易更衣室まであり、買った浴衣はすぐそこで着替えることもできる。

 異様過ぎてスルーしようかと思ったのだが、良く考えればデートに来たのに食べ物しか買ってないことに気づく。

 

 と、言うわけで。

 

「お、お待たせ、しました……その、どうですか? ご主人様」

 

 シャルに浴衣を着せてみた。

 

 もう一度言う。

 

 シャルに浴衣を着せてみた。

 

「……グッジョブ!」

 露店のおっちゃん、ナイスです。

 試着室から出てきたシャルを見て思う親指を立てると露店のおっちゃんも親指を立て返してきた。

 黒を基調とした中に紫の花柄をあしらったそれはシャルの髪色と合わさってとても似合っていた。

「髪解いたのか」

「え、あ……はい、どうせなら変えてみたらって、言われて」

 おっちゃん、マジナイスだ。

 先ほどまでのような露出は無いのだが、元々大人しいシャルの雰囲気と浴衣が合わさって、どこか大人っぽく見えるのが不思議だ。

「良いね良いね、綺麗だよ、シャル」

「……えへへ、そうですか? 良かったぁ」

 ほっとしたように安堵の息を吐いたシャルの姿に苦笑したその直後。

 

 ばぁん、と音が弾けた。

 

「あ……」

「わぁ……」

 

 空から降り注ぐ音と光に海のほうへと振り返れば、ひゅ~ばぁん、と音を立てながら次々と夜空に大輪の花が咲いた。

 暗い夜空を染めた色彩に、祭りに来ていた客たちも沸き立つ。

 

「……綺麗ですね、ご主人様」

「そうだな」

 

 何となく懐かしい気分になるのは、碓氷晴人の記憶のせいだろうか?

 空に手を伸ばしてみる。

 指と指に間から零れる光に、何となくそれを握るように閉じ、けれど手の中には何も無い。

 

「なあ……シャル」

「……はい」

 

 ぱんぱん、と小気味良い音を立てながら弾ける花火を見つめながら呟いた名前にシャルがこちらを向き。

 

「今日、楽しかった?」

 

 少しだけ不安になりながら、尋ねる言葉に、シャルがくすり、と笑う。

 

「はい……とっても」

 

 そんなシャルの答えに、安堵の息を吐いて。

 

 きゅっ、と空いていた手が包まれる。

 

 それがシャルの手だと理解すると同時に、とすん、とシャルが体ごと肩にもたれかかり。

 

「……大丈夫。ボク、今すごく幸せです」

 

 呟いたその笑みに、思わず見惚れた。

 

 




シャルちゃんの恰好どっかで見たような……って言ってたら「ブラックロックシューターじゃね?」って言われたので調べたけど、なるほど、イメージにめっちゃ近かった。
でもこうして視覚的に表現されるとシャルちゃんめっちゃエロ衣装じゃね? って思った。

でもそれよりも何よりも浴衣シャルちゃんが可愛すぎて愛が溢れそう。

仕方ないよね……浴衣オーキスちゃん実装されなかったし。代わりにシャルちゃんに着てもらったんだ。

全く関係無いけど、シエテ解放しました。もうすぐ四象だし最終するか。
正直現状だとちょっと使いづらいわ。

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