「なんか……エア、様子がおかしくない?」
「……だネ」
チークと二人、そっとリビングから台所の様子を覗き見れば、包丁片手にどこか呆けたように佇むエアの姿が見える。
昨日も、一昨日も……随分前からぼんやりとすることはあったが、ここ最近特に酷い気がする。
「シアには言ったさネ?」
「うん……言ったんだけどね」
どうやらシアも気づいてはいたらしいが、本人に尋ねてもやはり何でもない、大丈夫、としか返ってこないらしい。
一応様子を見た限りではそう深刻な感じではない……と思う。
絆を通してある程度感情か感覚を共感できると言っても曖昧な物であり、例え今エアが何か問題を抱えているとしても実際どんな内容なのかなんて分かるはずも無い。それは共感ではなく、読心だ。
サクラなら或いはできるかもしれないが……。
「エア本人が何でもないって言ってるのがなあ」
エアの不調に気付いてすでに二、三か月は経つ。
本人が大丈夫と言い続けているし、ぼんやりしているだけでどこか悪いというわけでも無さそうだし、状況が悪化しているようにも見えないので静観しているが……いい加減どうにかすべきだろうか?
「大丈夫かなあ……」
「心配性さネ」
「だって明日からしばらく居ないわけだし」
「シシ……そうだったネ」
常に家に居られるならば経過観察で良かったのかもしれないが、明日から一週間くらい家に居ない……というか。
―――ホウエンに居ない。
そう、明日から一週間、カントーに行くのだ。
* * *
五歳になるまで自分はジョウトに居たが、カントーの方には行ったことが無かったので実際にカントーへと足を踏み入れたことはほとんど無い。
とは言え、ほとんど、と言った通り別にこれが初めて、というわけでも無かったり。
二年ほど前にカントーでエキストラチャンピオンシップというのがあり、その時に時のカントーチャンピオン“レッド”と対戦したことがあるのでこれが二度目ということになる。
まああの時は飛行機に乗って直接セキエイ高原に入ったのでカントーの街並みを見ることはほとんど無かったのだが。
今回は別に急ぎの用でも無いので船旅で行くことにしたのだが、片道二日の往復四日。
さらに着いてから移動に半日かかるらしいので実質的な滞在期間は二日になる。
カントーの港は主にクチバ、セキチク、グレンの三か所にあるが特に他の地方とまで船が行き来しているカントー最大の港町がクチバシティである。
と言っても実のところカントー地方というのはそれほど規模が大きいわけではない。
ジョウト、カントーを含めるとカロスに次ぐ規模の大きな地方なのだが、実質的にはそれを二分割し、ジョウト地方とカントー地方で分けるとホウエンよりも小さな地方となる。
そのためカントー以外の人間が思っているほどカントー地方というのは栄えていない。
ぶっちゃけて言えば田舎と言っても過言ではない。
地方ごとに主要都市と地方集落の差異というのはどこも大きいが、カントーの場合主要都市であるヤマブキシティやタマムシシティでもそこまで大規模な発展が無い。
何せすぐお隣のはずのジョウト地方との交流すら実質的にはセキエイ高原とクチバシティ以外無いのだ。
因みに実機金銀などにおいて実装されるヤマブキのリニアモーターカーは現在開発中であり営業開始は来年以降の見通しらしい。
クチバシティはそもそもカントーにおける玄関口であり他地方からの船が多くやってくるカントー最大の港町であり、セキエイ高原は『カントーポケモンリーグ』の本部であり、同時に『ジョウトポケモンリーグ』の本部でもある。
少し話はズレるが、初代ポケモンでワタルが四天王なのに後の金銀バージョンでワタルがチャンピオンなのはそもそもカントーとジョウトでリーグが別扱いだからだ。
因みに“レッド”はこの両方のリーグのチャンピオンである……否、あった。
どうやら二年前のバトルで何か刺激を受けたらしい、両リーグチャンピオンを辞退して『シロガネやま』に籠った。
正確には辞退しようとしたが、さすがにいきなり二つの地方のチャンピオンが突然いなくなられても困るとジョウトリーグのチャンピオンの地位は返還され、現在はカントーリーグチャンピオンとされているらしい。
空いたジョウトリーグチャンピオンの座は暫定的に前チャンピオンのワタルが引き継いでいるが、未だにワタルを倒す猛者は現れないらしい。
時系列的に言えば多分来年あたりに実機金銀のストーリーが始まるだろうからジョウトリーグに一波乱あるかもしれないと思っているが、まあよその地方のリーグ模様なんて割とどうでも良い。
そもそもこの世界はゲームに似ているが現実だ。あくまで現実なのだ、ゲーム通りに行くとは限らない。
「並べて世は事も無し、だね」
多分来年あたりまたジョウトでロケット団が暗躍するかもしれないが、まあジョウトにおけるロケット団の活躍など微々たるものであり、原作主人公たちがどうにかしてくれるだろう。
薄情かもしれないが、俺にとって一番は俺の家族であり、その次は身の回りの平穏だ。
故にホウエンを脅かす危機に対しては全力で以て対処に当たったが、他所の地方の災禍などはっきり言ってどうでも良い。
実際にカントーにおけるロケット団という悪の組織の暗躍はシルフカンパニー、及びヤマブキシティ自体の占拠というとんでもない暴挙へと繋がったが、原作主人公こと“レッド”によって解決されている。
正直あのピカチュウがいれば正直ロケット団程度なんでもないだろと言わざるを得ない。
エアがオメガシンカまでしてようやく追い詰めたほどの怪物だ、そして未だに進化を止めないトレーナーも含めて“レッド”がいるなら正直この世界の平和なんて確約されたようなものじゃないのか、と思わざるを得ない。
―――まあそんなこと無いのは俺が一番良く分かっているんだけどね。
なんて戯言を考えながらクチバの街に降り立つ。
なるほど同じ港町だけあってミナモシティに通じる物がある。
ただミナモシティは同時に観光都市の側面も持つため景観にこだわりがあったり、あちらこちらに商売をする人や観光する人で溢れかえっているのに比べてクチバは何というか本当に実務的というか、港の付近は倉庫が非常に多く、街まで足を延ばしてもそれほど賑わっている様子は見えない。
中継地点、という印象が強かった。まあ観光などするならば飛行機を使ってヤマブキに直接降り立つだろうし、わざわざ観光目的に船を使う人間など少ないだろうからあくまで主要都市へ行くまでの補給地点程度の役割なのだろうが。
取り合えず最初の目的地はヤマブキシティ、そしてヤマブキを経由してタマムシシティである。
「んじゃ、行こっか、チーク」
「あいサー!」
御供のチークが隣で元気よく声を挙げた。
* * *
オーキド・ユキナリ博士は携帯獣学の研究者たちの中でも最も偉大な人物の一人に数えられる。
研究テーマは『人とポケモンの共存』であり、それに関するいくつもの論文を発表しているが、彼の場合、元が凄腕のポケモントレーナーであり当時の知識と経験が現在にまで大きく影響していると言える。
というかそもそも、オーキド博士が居なければポケモンという存在についての研究は現在ほどに進んでいなかっただろうと言われている。
何せ『携帯獣学』という一つの学問の分類を確立したのは何を隠そう若き頃のオーキド・ユキナリその人である。
何十年も前の話ではあるが、まだ今ほどポケモンという存在に対する研究がメジャーでは無かった当時において自らトレーナーとして研究者として旅をし、地方を渡り歩き『携帯獣研究序説』という本を書いて世間に公表したことでポケモン学会から注目を浴びた。
というか実際問題、彼が公表するまで『ポケモンをタイプごとに分類』という今となっては当たり前のようなことすらできていなかったのがポケモン学会である。
ポケモンが人類の隣人と呼ばれて長い長い時が経つが、けれど人類がポケモンについて知ろうと歩み寄り始めたのは実に最近の出来事なのだとこの世界に来て知った。
現在においてポケモン研究の第一人者と言えばまず真っ先に名前の挙がる人物であり、それ以外にも名が挙がるだろう著名なポケモン研究者の大半と交流を持つ、後世において偉人として語り継がれるだろう人物でもあった。
オーキド博士が為した功績によってポケモン研究は加速する。
次々と新しい学者は生まれ、新しい発見がされ、過去の定説は日々覆されている。
たった一つのジャンルを除いて。
かのオーキド博士ですら容易に手を出すことなどできない、過去何人もの研究者の頭を抱えさせたポケモン最大の謎。
『ヒトガタ』という存在だけは、現在に至るまでポケモン学会においても不可侵領域であった。
* * *
「活気あるね」
「シシシ、楽しそうなものがいっぱいサ」
タマムシシティはカントーでもヤマブキと並んで活気溢れる街である。
というかヤマブキよりも商業向けの街であり、人の賑わいという一点ならば確実にヤマブキよりも賑わっているだろう。
その中核を為すのがタマムシデパートである。
タマムシ最大規模の百貨店、タマムシデパートはカントー全域におけるフレンドリィショップの本店であり、それに相応しい規模と品揃えをしている。
ミナモデパートも相当大きかったが、こちらも負けていないと思える。
ミナモデパートが大規模ショッピングモールだとするならば、タマムシデパートは一つの巨大なタワーと言えた。
広大な敷地に建てられた巨大な建物一つ。それぞれのフロアごとに一つの店舗が入っているのが最大の特徴だろう。
ワンフロアにいくつもの店舗をすし詰めにされたミナモと違い、ワンフロアごとに一つの企業が貸し切って販売しているためどこに何があるのかというのが非常に分かりやすい。
実機では確か四階だったか五階までしか無かったデパートだが、ワンフロア丸ごと一つの店舗で貸切るという形態上、上に上に階層が積みあがって行き、最上階は二十階を超えるらしい。
とは言え今回の目的地はそちらではない。
「チーク?」
「……ん? はいはい、呼んださネ?」
どうやら聳え立つ巨大なタワー状の建物に好奇心が疼いていたらしいチークがタマムシデパートを見つめていたが、こちらの呼び声に気づいてすぐ様やってくる。
「取り合えず今日はこのままホテル行こう、明日目的地に行くから……多分半日で用事終わるはずだし、そしたらタマムシデパート行って見ようか」
告げる言葉にチークがにんまりと笑みを浮かべる。
「オッケーだヨ! それじゃあまずはホテルに行こうさネ」
自分の袖を引きつつ歩き出すチークにゲンキンなやつだな、と内心で思いながらもチークらしいと苦笑する。
「ていうか先に進んでどっちがホテルか分かってるの?」
「……あ」
そう言えばそうだ、と言わんばかりに振り向いて目をぱちくりとさせるチークにくつくつと笑いが零れた。
そうして地図を見ながら歩いてしばらく。
「今更だけど、何しにカントーに来たんだイ?」
「本当に今更だな、お前理由も知らずに着いてきてたのかよ」
幸いにも途中でホテルの看板が見えた。あと少し歩けば到着と言ったところか。
「トレーナーがいきなりカントーに行くっていうから、アチキは楽しそうだし一緒に来ただけだヨ」
「ホント、ノリと勢いで生きてるな、お前」
クチバからここまでだいたい半日、すでに夕暮れが空を染め上げている時間帯だ。
赤信号に足を止め、横断歩道の前でふと空を見上げてみれば遠くの空でヤミカラスの群れが飛んでいる、ジョウトならばともかく、カントーではやや珍しいポケモンだった。
そしてどこからともなくやってきたオニドリルが凄い勢いで西の空へと消えていくとそれに追随するかのようにオニスズメが後を追った。親子だろうか、なんて考えながら目の前の信号が変わるのを待つ。
「ヒトガタの研究をやる、ってのは前に言ったよな?」
「
今何か妙な強調が入った気がするが、気のせいだろうか……?
「研究者になるためには道は二つに一つだ」
一つは研究者の助手になること。
これに関しては雇い主となる研究者さえ同意してもらえれば特に資格も無く雇ってもらえる。
ただし研究内容は研究者に準じ、自由に研究などできなくなる。
そしてもう一つが。
「大学で『博士号』を取ることだ」
告げた言葉にチークが首を傾げた。
なんでこんな遅くなったかって?
短編完結させたらすっごい満足感あって一週間くらいさぼってたんだが、その間にアズールレーン始めたせいでもう他のこと手につかなくなってたんだ(
十二日かけてようやくチュートリアル(3-4周回)終了しました。
というわけでようやくひと段落ついたので執筆再開です。
ところでユニコーンちゃんすげえ可愛い。台詞が一々あざといんだが、でも可愛い。
思わず結婚してしまったわ……。
あとグラブルモニカさん実装されたね、速攻取ってスタメン入りしました。
シエテ入れてるからヘイト吸い取ってくれるのは非常にありがたいわ。