朝、柔らかいベッドの中で目を覚ますと。
「にひっ」
「…………何しようとしてる、チーク」
布団の上に跨り、こちらを見て悪戯っぽく笑うチークがいた。
「ありり? 起きちゃった…………ちぇ、もうちょっとだったのに」
「…………また寝起きドッキリかよ」
その手に持ったでっかい氷が入ったビニールを見て、思わずため息を吐く。
「そんな氷、どこで見つけてきたんだよ」
「シアに作ってもらっちゃった」
「…………上手い事言ってまたシア騙したのか」
「騙しちゃないサ? ちょっと熱いもの
「熱いものってなんだよ」
「アチキみたいな美少女に朝から布団に馬乗りにされたトレーナーのた・か・ぶ・り」
無言で目の前の少女の腕をぐい、と引っ張る。五歳児の自身よりもさらに小さな少女は引かれた勢いでこちらに転がってきて。
「イナズマー! チーク連れてってー!」
ベッドから起き上がりながらずりずりとチークの襟元を掴んだまま引きずって行き。
「はいはいはい、もうちーちゃんここにいたのね。目を離したらすぐにどっかに行くんだから」
やってきたイナズマへ引き渡すと、そのまま襟元を持ちあげる。空中でぷらーんと、持ち上げられたまま揺れるチークがお? おー? と楽しそうに声をあげる。
「おー? ゴメンネゴメンネ? そんなにアチキがいなくて寂しかったかい? イナズマ」
持ち上げられた状態から一瞬で態勢を立て直し、トテトテと走ってイナズマに抱き着く。
「あ、ちょ、ちーちゃん」
「んふふふ~、相変わらずすべすべお肌で気持ちいいサね」
「ちょちょちょ、ちょっとちーちゃん、だから毎朝何やって」
相も変わらず仲の良い二人を部屋の中に置いていきながら、部屋を出て一階へと降りる。
「おはよー母さん、シア」
「あら、おはようハルちゃん」
「マスター、おはようございます」
相変わらず二人で仲良く朝食を作っている母さんとシアに挨拶する。
ちょうど出来上がった料理をリビングにあるテーブルに置かれた皿に盛りつけていたところだったようだ、鼻孔をくすぐる良い匂いに、思わずお腹が鳴り、手で押さえる。
「もうできますので、席についていてくださいね、マスター」
楽しそうに、嬉しそうに、いつもの服の上から、水色のエプロンをつけたシアがフライパン片手にそう言って笑う。
「おっけー、じゃあ楽しみにしてるね、頑張って、シア」
「はい!」
他の男たちが見れば蕩けてしまいそうな笑みを浮かべたシアたちが台所に戻るのを見送り、リビングのテーブルの一席に座る父さんを見つけた。
「おはよう、父さん。今日はゆっくりなんだね」
「ああ…………今日は特に挑戦も入ってないからな、明日と明後日はまた挑戦にきたトレーナーの相手をするから早出になると思うぞ」
父さんの隣の席に座ると、ちょうどテレビでニュースをやっていた。
今年のポケモンリーグの開催についてらしい。
「そう言えばハルト、お前旅はもういいのか?」
ふと疑問に思った、と言った感じで問うてくる父さんに、うん、と肯定して返す。
「探してるやつら全員見つかったからね…………まあ本当に十日もかからないとは思わなかったけど」
そう呟きつつ、視線を向けた先には、母さんの隣で調理器具を洗うシア。
「ヒトガタポケモン…………それを六体か。お前、トレーナーになるんだよな?」
「将来的にはね、まあもう四年か五年は大人しくしてるよ…………あんまり長旅するのは今は無理って、良く分ったからね」
たった一週間、しかも合間合間に実家に戻ったり、移動がエアによる飛行だったりの旅にも関わらず、終わった時に随分と疲れていて驚いたものだ。
「やっぱり体が大きくなるのだけは、待ち遠しいけど待つべきだと理解したよ」
それに十二になれば恐らく原作が始まるだろうし。
ちょうどそれが契機、と言うことで良いだろう。
「そうか、ならば良い…………トレーナーでも無いのにヒトガタを六体も連れていては余計な騒動に巻き込まれるからな、なるなら問題無い」
と、その時。
『それではホウエンチャンピオンのダイゴさんにインタビューを…………』
テレビに映し出されていたのは。
「ツワブキ・ダイゴ…………ホウエンチャンピオン…………」
父さんが呟き、その少年とも青年とも言える程度の年齢の若々しい男を見つめる。
だがどちらかと言うと、自身はその男が連れている少女のほうが気になった。
端的に言って、SFチック、とでも言えばいいのか。
全身が青銅色一色で覆われていた。
年の頃は十三か四かそこらだろうか、やや背は低いが発育はしているらしい、ぴっちりと体のラインに沿うようなボディースーツの上から少女の膝のあたりまで裾の伸びたややサイズの合わない大きなコートを羽織っていた。
手甲に具足と言った装身具がやたらと物々しい印象を与え、対照的に淡い青銅の髪に装着されたヘッドホンとそこから伸びたコードがやたらとアンバランスだった。
表情は無表情としか言いようの無い、一ミリたちとも顔の筋肉が動くことも無く、虚空を見つめるような紅い瞳がただただ不気味でしか無かった。
このデザイン…………これがもし擬人化したヒトガタだとしたらならば。
ダイゴの代名詞的な
「…………やっぱ、厄介だなあ」
実際戦うかどうかは不明だ。ゲームのストーリーでは味方だったことのほうが多い相手だが、それでも最終的には戦うことになるだろう相手。
ホウエンチャンピオン、ツワブキ・ダイゴ。
はがね、いわ、じめんなどのポケモンを好むホウエン最強のトレーナー。
そしてダイゴの切り札にして、相棒、現ホウエン地方のトレーナーに所持されたポケモンで問答無用で最強のポケモンと呼べるのが…………恐らく先ほどの少女。
メタグロス。
エアと同じ第三世代産600族。
今の状態ならば…………だが。
けれど恐らく、自身が将来戦うときには…………すでにあるのだろう、
そうなれば、こちらで勝てるのは…………。
「やっぱ同じ条件にすら立てないのはやばいよなあ」
頭の中で考えていく。今のパーティの仲間たちと、ゲーム時代のダイゴの手持ちを思い出しながら、同じものが出るとは限らないが、それでも傾向は似通るだろうから。
「…………ハルト」
そんな自身を父親が見ていた。
小さく呟いた声は、けれど自身の耳には届かず。
「お前は…………行くのか? その場所に…………頂点に」
次いで呟いたその言葉は、けれどテレビに視線を釘づけられた自身には届かず。
シアと母さんがやってくるまでの僅かな時間、自身の思考が止まることは無かった。
* * *
「あれ? あと三人は?」
「リップルなら外ですよ、シャルはまあいつも通りで、エアは…………」
どこだろう、と首を傾げるシャル。
「ハルちゃん、ちょっと探してきてもらっていいかしら?」
「いいよ、分かった、ついでにシャルも起こしてくるよ」
母さんに頼まれ、二つ返事で返す。
二階に上がり、そのまま屋根裏部屋へと上がる。
ゲーム時代には無かった…………と言うか描写されてなかった部屋だが、ここから屋根の上へと上がれる。
天窓を開き、設置された梯子を昇って。
びゅう、と風が吹いていた。
民家故にそれほど高い建物ではないが、それでも屋根の上となると吹き曝しであり、それなりに風を感じる。
「エア」
そこに彼女がいた。いつものように、腕を組んで屋根の上に寝ころんでいる。
「…………ん? ハルト、どうしたの?」
「朝御飯だよ、降りておいで」
「分かった」
一つ呟き、エアが起き上がる。
そして
「…………横着するなよ」
多分そのまま落ちても、軽傷で済むのだろうが、そもそもエアは飛べる種族故に着地寸前で浮き上がって勢いを殺せばそれで無傷で降りられる。
こちらに天窓があるのだから素直にこちらから出入りすればいいのに、どうしてあのロリドラゴンはいちいち外から昇り降りするのだろう。
ため息一つ吐きながら、天窓から降りていき、屋根裏部屋を出る。
それから二階の突き当りの部屋へと向かい、ノックする。
「シャル?」
とんとん、と数度ノックするが反応は無い。
まあ何時もの事か、と思いつつ扉を開けて中へと入る。
「くう…………すぅ…………ふわぁ…………」
入ってすぐのベッドの上に、掛布団を胸に抱きしめながら口を開いたまま眠るシャルの姿。
このおくびょうオバケは暗いのが怖いくせに夜行性だ。だからなのか、それとも単純にゴーストタイプの性質的な物なのか、朝に弱い。
と言っているのだが、実際問題それほど遅くまで起きていないのは確認されている。
実質的な就寝時間は実は五歳の自身と同じくらいの時間帯であるらしい。
つまり。
「起きろシャル、起きろー」
「くう…………ふわ、ごひゅじんしゃまあ?」
ただの寝坊助娘だこいつ。
「ほら、起きろ、朝だぞ」
抱きかかえていた掛布団をひっぺ返し、肩を揺さぶると、とろんとした瞳で瞼が半分落ちかけたままこちらを見つめて。
「えへへへ」
「あ、おい」
ぎゅむ、っと自身へと手を伸ばし…………胸に抱く。
「んー…………えへへ…………」
「だから、起きろ、こら!」
眠る時に何か抱いてないと眠れない性質らしく、いつも掛布団を抱いているのだがそれが無くなったから次は自身らしい。
「起きろ~~~~~~!!!」
結局、シャルが起きるまでさらに五分以上の時間を費やした上。
目を覚ましたシャルと間近でばっちり視線が合い。
「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
朝からシャルの絶叫が響く、割といつもの日常だった。
* * *
朝食を終え、自室で外出の準備をして家を出ると。
「なにやってんだ」
庭にビニールプールを出して、朝から着衣のまま水に沈んでいるリップルがいた。
「やっほーマスター。見ての通り、水浴びだよー?」
間延びした、何となく眠くなってくる口調のリップルが言う通り、まあ見れば分かる、と言えば分かるのだが。
「なんでそんなことしてるのか、と言う意味だったんだけどなあ」
「んー、ちょっと乾燥しちゃってきてるからねぇ、湿気が足りないんだよぉ~」
そういやこいつ、120番道路のいつでも雨の止まないところにいたよなあ、と思い出す。
そもそもヌメルゴンと言う種族柄なのかは知らないが。
ヌメルゴンの進化条件に、ずばり雨がある。
ヌメラからヌメイルまではレベルを上げれば普通に進化するが。
ヌメイルをヌメルゴンに進化させるには特殊な条件を満たしてレベルアップしなければ、絶対に進化しない。
その条件が。
この条件を満たして尚且つ、レベルが一定以上になるとヌメイルが進化する。
そこから考えると、やはりヌメルゴンと言う種族は生きている上で水気が必要になるのかもしれない。
「ところで気になってたんだがいいか?」
「なあに~?」
「そのポーチ、何が入ってるんだ?」
ちらり、とやった視線の先には腰につけたベルトポーチ。
と言うかポーチごとプールに浸水してるのだが良いのだろうか。
「これは……………………まあ秘密かな~?」
「そう言われると気になるな」
「だ~め、これはリップルだけの秘密」
まあそう言われれば無理に聞くことでも無いと引き下がる。
「んじゃ、研究所行ってくるから、母さんたちに聞かれたらそう言っといてくれ」
「は~いは~い」
多分しばらくはのんびりと庭先にいるだろうし、と言伝だけ頼んで向かう先は言った通りの研究所。
「さて…………博士いるかなあ」
いなければいないでも良い。
どうせ、時間はまだまだあるのだから。
* * *
ヒトガタ、それはポケモンの遺伝子異常から発生した突然変異だと言われている。
ヒトガタ、その名の通りの
それが初めて確認されたのはもう十年以上前だ。それだけの時間が経てば、最早それは見慣れた日常の一部でしかない。昨今のトレーナーからすればヒトガタの存在はやや珍しくはあっても、それでも偶にならば見かける程度のものでしかない。
そんな知識を、この世界に来て、自身は初めて知った。
自身の知るゲームと似ているようで、似ていないこの世界。
だけど、生まれてきてしまった以上、ここが自身の生きる世界なのだと、そう思うから。
かつての仲間たちは今、見目麗しい彼女たちとなってここにいる。
だから旅を始めよう。
自身と彼女たちで。
この世界を、踏破するのだ。
と、言うわけで第一章終了。
あとちょっとキャラ紹介。
【トレーナー】
名前:ハルト 年齢:ごちゃい
前世だと二十歳超えてたらしい。専門卒の就職一年目。
気づいたら赤ん坊。そして気づいたらポケモン世界にいた。
自分の手持ちが全員ヒトガタになってて割とびびった。
【パーティ】
名前:エア(ボーマンダ) 性格:いじっぱり 特性:じしんかじょう 持ち物:秘密
技:「りゅうせいぐん」「りゅうのまい」「じしん」「おんがえし」
トレーナーの呼び方「アンタ」「ハルト」「マスター」
一人称「私」
ロリマンダ可愛い。ツンデレっぽいけど、ぽいだけでツンデレって実は良く分らない作者がそれっぽく書いてるだけだったり。実は割とデレ多い。デレ7、ツン3のツンデレは至高って昔のゲームで言ってた。
自身こそがパーティのリーダーであり、最強である、と言う自負を持っている。ドラゴンなんてプライド高そうだしきっとそんなもの。でもだからこそ、自身の弱さを許せない。矜持と実力、二つのバランスが崩れている間は、どれほど言い繕おうとも、彼女が自身を許すことは決してない。
名前:シア(グレイシア) 性格:おだやか 特性:ゆきがくれ 持ち物:じゃくてんほけん
技:「れいとうビーム」「ねがいごと」「あくび」「みがわり」
トレーナーの呼び方「マスター」
一人称「私」
クールビューティーな子。でもクールビューティーって何か分からない作者のまたもやもどきプレイ。家事とか割とあってたらしい…………と言うか、誰かに尽くすと言う行為に喜びを感じるタイプ。つまりトレーナーに一途な子。あと仲間想い、まあそれ言ったらこのパーティ割と結束高いからみんな仲間想いみたいなものだが。
控えめ、とも取れるくらいに、自分の役割に徹することができる。自分の求められた役割を完璧に熟すことが自分にできることなのだと思っている。それは信頼でもあり、依存でもあるかもしれない。
名前:シャル(シャンデラ) 性格:おくびょう 特性:すりぬけ 持ち物:ひかりのこな
技:「かえんほうしゃ」「シャドーボール」「ちいさくなる」「みがわり」
トレーナーの呼び方「ご主人様」「秘密」
一人称「ボク」
泣き虫っ子。戦闘時いつもびくびくしながらちいさくなってる(物理的に)。
オバケなのに暗いのが苦手、夜何かを抱いてないと眠れない、人見知りの恥ずかしがり屋で、すぐにトレーナーの裾を引いて最終的に後ろに隠れる。
作者はこの子書いてるだけで鼻から愛が溢れそうになる(
臆病者だが臆病なりに矜持はある。引けない時に、振り絞る精一杯の勇気は持ち合わせている。それでもそれが他者を気遣ったが故の恐怖だとするなら本当に臆病なのは一体誰だろうか。
名前:チーク(デデンネ) 性格:わんぱく 特性:ほおぶくろ 持ち物:オボンのみ
技:「ほっぺすりすり」「あまえる」「なかまづくり」「リサイクル」
トレーナーの呼び方「トレーナー」
一人称「アチキ」
お調子者のわんぱく鼠娘。見た目通りの子供っぽい性格で、ちょろちょろと動き回り、忙(せわ)しない。あまり長い間ボールの中に入れておくと、じっとしていられなくてボールががたがた揺れだすレベル。好奇心旺盛で興味が沸いたら一直線につっこでしまうので、よくイナズマに襟元持たれてぶらーんしてる。パーティーの仲間は全員好きだが、特に同じ電気タイプのイナズマに良く懐いている。
人一倍旺盛な好奇心は知識欲の裏返しなのかもしれない、誰よりも知りたがるのは、もしかすると誰よりも未知を恐れているからなのかもしれない。
最後に一つだけ…………散々鼠娘って書いたけど、済まない。
デデンネの元ネタって「ヤマネ」なんだ(
名前:イナズマ(デンリュウ) 性格:ひかえめ 特性:せいでんき 持ち物:たべのこし
技:「10まんボルト」「きあいだま」「コットンガード」「じゅうでん」
トレーナーの呼び方「マスター」
一人称「私」
チークに懐かれており、イナズマ自身もそれが満更でも無いようで「ちーちゃん」と呼んで親しんでいる。チークからセクハラ染みたことを良くされるが、それもまたチークなりの愛情表現…………であると信じたい。
ひかえめな性格であり、一歩引いている、と言うことは視野を広く持っていると言うことでもある。そんな彼女だからこそ、気づけることもあるかもしれないし、そんな彼女だからこそ、深く関わることに二の足を踏んでしまうかもしれない。何せ、関わるには相応に覚悟が必要なのだから。
名前:リップル(ヌメルゴン) 性格:おだやか 特性:ぬめぬめ 持ち物:ごつごつメット
技:「しめつける」「りゅうせいぐん」「とける」「ねむる」
トレーナの呼び方「マスター」
一人称「リップル」
水分抜けると干からびる系ドラゴン娘。パーティで一番身長が高く、だいたい170センチ後半くらいをイメージしてる。雨の日が好きで雨の日はだいたい外で雨に打たれている。種族柄なのか、他人に対して抱き癖のようなものがある。
主にエアとシャルが犠牲者となっているが、偶にトレーナーも巻き込まれる。
粘液を出さなければぬめぬめはしていないのだが、なんか不思議な触感がするらしい。
おだやか、というよりは鷹揚、と言ったところか。その役割と同じように、他人を受け止めることのできる性格で、だからこそ誰よりも心が広く、そしてだからこそ、誰にも心を開くことができない。そんな彼女の心を開かせれるとしたら、彼女にとって唯一無二の存在となるしかないのだろ。
全ての要約:全員実は面倒くさい性格してるから頑張って口説き落とせ