ポケットモンスタードールズ   作:水代

200 / 254
言わなくても伝わるなんて幻想

 

 

 眠い目を擦りながら重い体を起こす。

 何だか最近調子が悪い、そんなことをふと思うが、けれど具体的にどこが、と言われると困るのだが。

 ただここ数日、不調がはっきりと自覚できるくらいまで強くなっている気がする。

 体が怠く、寝ても寝ても眠気が収まらない。

 熱っぽい……ような気もするのだが、他に風邪の症状などは出ていない。

 

「……ふぁあ」

 

 思わず漏れ出た欠伸を噛み殺しながらベッドから降り立つと部屋のカーテンを開き、外の景色を見やる。

 起床時間だけ見ればいつもと同じくらい、朝靄のまだ残るミシロの街並みは七年の間にすっかり見慣れた物であり、特にこれと言った感慨が浮かんだわけでも無いが。

 

「…………」

 

 今は家に居ない少年のことを思い、それに付いて行った少女を思い、二人がまだ帰らないことに少しだけ寂しさを思って。

 

「ふう」

 

 ため息一つ、まだ重い頭を軽く振って、窓を開く。

 途端に流れ込んでくる冷たい空気。ホウエン自体は南のほうで割と温暖な気候にあるとは言えもう季節はすっかり冬だ。

 シンオウなどよりは随分とマシとは言え、寒い物は寒い。

 特に寒いのが苦手な自分としては余り歓迎できる季節でも無いのだが。

 

「んー」

 

 それでもまだこのくらいなら平気だと窓から手を伸ばす。

 見上げた空は薄っすらと暗く、けれど遠くから僅かに顔を覗かせた陽光が差し込んで薄っすらと明るい。

 雲も無く、空の青さと朝焼けの赤で彩られた美しい空を見つめ。

 

「うん」

 

 何時ものように窓縁を掴み、空へと舞いあがらんとして。

 

「……えっ」

 

 ふっ、と途端に全身の力が抜けていく。

 

 ふらり、とそのまま体が傾いて。

 

 とん、と崩れ落ちた体を床に敷かれたカーペットが優しく受け止める。

 

「あ……え……」

 

 言葉を紡ごうとして、唇だけが動き、けれどそこから言葉が出てくることはなく。

 

「……は、る」

 

 誰かの名前を呼ぼうとして、そのまま倒れた。

 

 

 * * *

 

 

「はー……走った、走った。くったくただヨ」

 

 ホテルのベッドの上でぐだーと手足を投げ出して蕩けているチークを見やりながらお疲れと声をかける。

 

「オーキド博士も喜んでたよ、ヒトガタのデータなんて貴重だからな」

 

 毎年のように新しく発見はされてはいるのだが、それでも絶対数が少なすぎる。

 6Ⅴ限定という条件が厳しすぎるのもあるのだろう、単純な確率で考えるならば存在自体が奇跡の塊である。

 それこそ意識的に『繁殖』でもさせない限り絶対数が増えることは早々無いだろうと言える。

 そしてヒトガタは例外なく強い。

 

 この世界のポケモンバトルは実機よりも随分と()()()()

 ただ種族的に強いポケモンを揃えれば勝てる、というものでも無く、実機では『使えない』とされているようなポケモンだろうと育成と戦術次第でいくらでも()()()ことができる。

 そして才能というのは育成の幅を圧倒的に広げてくれる。詰め込める容量(リソース)は才能に大きく左右される以上、どんなポケモンだろうとヒトガタ(6Ⅴ)であるというだけで重要な戦力となり得る可能性を秘めている。

 そんな世界だからこそ、トレーナー業に携わらない研究者がヒトガタを入手する機会というのは皆無に等しい。

 だからこそ、ヒトガタのデータを手に入る、というだけでオーキド博士以外にも多くの研究者が集まっていた。

 

 あのピカチュウのヒトガタとのバトルの後も実験は続き、取れそうなデータはだいたい取ったと言える。

 因みにプライバシーになりそうな部分は削除してもらっておいた。長年人間と共に暮らすヒトガタの感性というのは人間に近い物であるというのを説明すれば割とあっさり通った。

 正直研究者というのはもっとマッド……というかヒトデナシというか、探求心に忠実なイメージがあったのだが。

 

 ―――いや、ポケモンの研究してるのに協力してくれるポケモンの事情や都合を無視するのはちょっと……。

 

 という極めて分かりやすい返答をいただいた。

 後は単純にヒトガタは外見的に人間らしい分、倫理観のようなものもあったのかもしれないが。

 まあそれはさておき、そうして実験実験実験の連続で、気づけば日も暮れていたのでホテルに戻って来た。

 

「チーク……飯だぞー?」

「あーい」

 

 枕に顔を埋めたまま返事をするチークに呆れながらもホテルに備え付けのテーブルに帰り道に買ってきた弁当を適当に並べる。

 基本的に買い食いならともかく、外食というのは余りしないのでタマムシに来た時は街の街路で売っているジャンクフードなど普段食べない物珍しさも手伝って割と楽しく食べていたはずなのだが、二日目、三日目となるとどうにもこの万人受けする味わいが味気なく感じられてしまう。

 

「うーん……帰りたくなってきたな」

 

 シアの作るご飯が恋しくなってきたと思える辺り、我が家の台所事情におけるシアの貢献ぶりが伺える。母さん直伝だけあって、毎日食べても食べ飽きないお袋の味である。

 もそもそと買ってきた夕飯を食べ終え、お茶で流し込むとほっと一息。

 まあそれでも腹に溜まる物が溜まればそれなりに落ち着きもする。

 

「チーク」

「……あーい」

 

 未だにベッドから起き上がってこない少女に声をかければ、先ほどより眠そうな返事。

 少しだけ考えて、仕方ないか、と嘆息する。

 

「お前の分、冷蔵庫入れとくから起きたら食べとけよ?」

「…………あい」

 

 聞いているのかいないのか、半ば夢の中のチークを他所にシャワーを浴びて寝巻に着替えてしまう。

 少しだけテレビを見て時間を潰し、まだ随分と早い時間ではあるが寝てしまうことにする。

 

「……エアたち、どうしてるかなあ」

 

 呟き、目を閉じると日中の疲れもあったのか、すとん、と意識が薄れていった。

 

 

 * * *

 

 

 ごそごそと、体を揺らしながらベッドから這い出す。

 シンと静まり返った部屋の中で、かち、かち、と時計の秒針が時を刻む音だけが響いていた。

 

「……寝てる」

 

 ふと視線を隣のベッドに向ければ少年はすでにぐっすりと眠っており、起きる様子を見せない。

 次いでかちかちとうるさい時計を見やれば夜を過ぎて最早深夜と呼んで差し支えないくらいの時間だった。

 

「お腹……空いた」

 

 呟きながらのそのそと歩き、壁際に二つある電源スイッチの片方を入れれば部屋の手前側に明りが点く。

 奥で眠る少年のほうにも僅かに明りが射しているがまあこれくらいは勘弁して欲しいと思いながら部屋を見渡し。

 

「そう言えば……冷蔵庫って言ってたっけ」

 

 冷蔵庫を開ければ帰り道に買ってきた弁当と後はホテルに備え付けの飲み物が何本か。

 飲むと後で料金を支払わなければならないやつなので、少年は手を付けていないらしい。

 まあそもそも飲み物くらいホテルの自販機でもあるし、帰りに買ってきた分もあるので別にそんな物にわざわざ手を付けたりしないのだが。

 テーブルの上に広げた弁当をもそもそと食べる。

 

「……冷たい」

 

 冷蔵庫で冷えているせいで余計に味気なく感じる。

 さらに言うならテーブルに独りという状況に鬱々としてくる。

 眠くても起きて少年と共に食べれば……と考えて。

 

 それもどうかなあ、と考え直した。

 

 そもそも昨日の一件のせいでどうにも調子が出ない。

 朝から忙しくてそれを意識する暇も無かったが、けれどこうして落ち着いてみるとやはり胸の奥がじくじくと痛みを発する。

 視線を向け、ベッドの上で眠る少年を見つめ、胸の痛みが強くなる。

 

「……やっぱり、好きだよ」

 

 口にして、また胸が痛くなる。

 泣き出しそうになる胸中を必死に堪えて、弁当の残りを掻きこむように詰め込む。

 そうして手元に置いた缶を引っ手繰るように掴み、ごくごくと勢い良く中身を飲み干して。

 

 感じた苦味に硬直した。

 

「……あれ?」

 

 確か買ってきた時は甘い系の飲料(ジュース)だと思ったのだが。

 疑問を浮かべ、缶を注視して。

 

 アルコール飲料。

 

 書かれた言葉に思わず「あっ」という言葉が漏れた。

 

 

 * * *

 

 

 チークという少女の根底にあるのは劣等感から来る『不安』だった。

 

 自分よりも強く、そして魅力的な少女たちが回りいること。

 比して自分は弱く、そして少年に好かれるような魅力など無い。

 

 そういう劣等感が常にチークの中にはあった。

 普段の陽気はそんな劣等感の裏返しでもあり、ともすれば鬱々としてしまいそうなそんな思考から目を背けるための物でもある。

 そして自分が余りにも無い物ばかりだからどうしても『不安』を抱いてしまうのだ。

 

 自分はここに居て良いのだろうか、と。

 

 それでも昔と比べれば随分とマシになったのだ。

 少なくとも、弱さに対する劣等感は随分と薄れた。

 何せ最愛の主が自らを選び、そして頂点へと連れて行ってくれたのだ。

 

 ―――なんでも良い、自分にはこれがある、そうはっきり言えるものが欲しかった。

 

 一番であることはつまりその証明でもあった。

 ホウエン最強のトレーナーの最高の一番手。

 主が与えてくれたその肩書はチークの劣等感を薄れさせてくれたし、ちっぽけな充足感を与えてくれた。

 

 少しだけ……ほんの少しだけ、自分に自信が持てたのだ。

 

 ポケモンとして考えるならば(おおよ)そ最高の境遇であると言えるだろう。

 だが……だからこそ、一つ満たされてしまったからこそ。

 

 覆らないもう一つの劣等感が浮き彫りになった。

 

 努力すれば強くなれた前者とは違う。

 ヒトガタは成長しない……正確に言えば、最初の姿から大きく変わらないし、変われない。

 十年経とうと、二十年経とうと、チークは今の姿から大きく変わることはできない。

 大して少年は一年、どころか日を追うごとに変わって行く。

 最初に出会った時、ほとんど変わらなかったはずの背丈はいつの間にか大きな差ができてしまっていて。

 幼い子供と比べて大きすぎた仲間たちもけれど十年もしないうちに少年と肩を並べて歩くようになってしまうのだろう。

 その時を想像し、その隣にいる自分を想像し、その余りにも酷い光景に絶望したくなる。

 

 それほど差が無かったはずのエアは、少しだけ伸びて今や十二、三歳程度の背丈はある。

 果たしてそれはそれで特殊趣味と言えるのかもしれないが、少なくとも少年はそれを受け入れた。

 じゃあチークは?

 それよりもさらに……パーティの中でも最も小柄なチークは、果たして少年に受け入れてもらえるのだろうか?

 

 そこで受け入れてもらえるなんて、考えられるならば……そんな劣等感は抱いたりしなかった。

 きっと大丈夫なんて、楽天的な思考ができれば、きっとここまで懊悩することも無かった。

 

 悩んで、悩んで、けれど気持ちは止めどなく溢れ出す。

 我慢して、我慢して、それでも日増しに思いは膨れ上がる。

 気づいて欲しい、けれど気づいて欲しくない。

 知って欲しい、けれど知られるのが怖い。

 

 矛盾した心を隠しながら、笑みを浮かべて日々を過ごしてきたチークにとって、昨日の出来事は一つの転換点だった。

 

 その結果も含めて、だが。

 

 

 * * *

 

 

 体にかかる重さで意識が半覚醒する。

 まるで金縛りにあったかのように、体は動かず、意識だけがはっきりとしていく。

 ぴくり、と動く目元。視線をふらふらと彷徨わせながら感じる重さの正体へと向けて……。

 

「……ちーく?」

 

 覆いかぶさる小さな体躯の少女に名を呼ぶ。

 けれど呟きに少女は答えることも無く、真っ暗な部屋の中、薄っすらと夜目に映る少女はきゅっと自身の被っていた布団を掴んだ。

 

「……いひっ」

 

 歪な嗤い声をあげながら、少女がその手を伸ばし、自身の頬に触れる。

 

「チーク?」

 

 再度、先ほどより少ししっかりと名前を呼べば。

 

「はるとぉ~えへへ」

 

 ()のある声が目の前にまで近づいてくる。

 同時に気づく、目の前の少女の吐息から香ってくるこの匂いは……。

 

「酒臭っ……チーク、酔ってんの?!」

 

 感じるアルコール臭に思わず体を起こそうとして。

 

「だ~めぇ~」

 

 もたれかかる少女の重さで押し戻される。

 そのまま少女が頬の当てた両の手をさらに奥へと伸ばし、首へと回される。

 さらにぐっと近づいた距離。そうして。

 

「っ」

「うふふっ」

 

 一瞬押し付けられるように触れ合った唇、その一瞬を逃さず口内へと割って入った少女の舌に、思わず逃げ出そうとして、けれど回された少女の両の手ががっちりと掴み離さない。

 

「お、おま……」

「は~る~と~♪」

 

 窓にかけられたカーテンの隙間から僅かに差し込む月明りが少女の顔を照らす。

 赤く染まり、視線もふらふらと泳いでいて、それでいて楽しそうに、けれどどこか哀しそうな、少女の表情を。

 

 にぃ、とその口元が弧を描き。

 

「今夜は寝かせないヨ?」

 

 呟きと共に覆いかぶさった。

 

 




酔った勢いでつい犯っちゃった……みたいな展開意外と好きです。

あとホテルで独りコンビニ弁当食べてる時の寂寥感は割と半端ない。

因みにこの後のアレやコレ(隠語)はこっちには書かないけど、あっち(意味深)で久々に更新される予定(ゲス顔

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。