ポケットモンスタードールズ   作:水代

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食後に飲む一杯の珈琲は格別

 

 ちゅんちゅんと外を飛ぶオニスズメの鳴き声で意識が覚醒する。

 薄っすらと目を開くと同時に胸のあたりに感じる重さにゆらゆらと視線を彷徨わせ。

 

 そこに眠る全裸の少女の姿を見て、硬直する。

 

「……あ、あー……ああ……うん、ああ」

 

 何故、という言葉が出かかって思い出したのは昨夜の出来事。

 掛け布団から抜き出した右手で思わずと言った感じに顔を押さえ。

 

「……やっちまった」

 

 むしろやられた、というべきなのか。

 最初は少女のほうから……けれど最後のほうにはどちらともなく。

 それよりも問題は。

 

「……ここラブホじゃねえんだけどな」

 

 ()()をしてしまったベッドシーツをどうするか、それが問題だった。

 

 

 * * *

 

 

 探偵業に休日は無い。

 いつ何時事件があるとも分からない身の上で、いつ依頼があるとも分からぬ状況で、呑気に休日を謳歌することはヴィオには許されていない。

 故に本日は営業日である。昨日もそうだったし、ここ一週間ずっと……寧ろこの探偵事務所を開業してから一度だって休んだことは無い。つまり皆勤である。皆勤……尊い言葉だと思う。

 この言葉を裏切るような真似をヴィオは一度だってしたことは無い、それは自慢でもある。

 

 そう、だから。

 

「先生……事務所の掃除の邪魔だからちょっと出かけてきてください」

 

 朝からこんなことを言われたとしても、挫けない……挫けないのだ。

 

「掃除……それは朝食の後に飲む一杯の珈琲よりも大事なことなのかい?」

 

 人間という生物はとかく面倒なもので、食べた後すぐに運動することは推奨されない。

 何より食後の一服というのは一種の至福である。

 食べ終えた満足感、そしてゆったりと過ごす充足感の両方を手に入れることができる。

 そこに熱い珈琲など持ち寄れば……それは最早言葉で言い表すことのできない幸福だろう。

 

「はいはい。分かりましたからとにかくどいてください……ついでに買い物行ってきてください」

「まあ待ちたまえよ……今は営業時間だよ? 事務所の主がいなくてどうするんだい?」

 

 もし依頼者が来たら一体どうするつもりなのか。どんなヴィオの問いに、けれど目の前の少女は嘆息して返す。

 

「依頼人なんて……一週間、どころか一か月以上も来てませんけどね」

 

 ジト目で見つめる少女の視線に僅かにたじろぎながらも、ヴィオは乾いた笑みを返す。

 

「さて……そんなこともあったかな? まあでも今日辺り来るかもしれないし」

「良いから、早く、出て行って、ください!」

 

 告げながら腕を引かれ、そのまま事務所の外に放り出される。

 直後、背後でばたん、と扉が閉まり……。

 

「おーい……セレナ? セレナさーん?」

 

 呼べど待てど少女、セレナの反応は無く。

 

「……やれやれ、年頃だねえ」

 

 苦笑し、起き上がる。

 コートの内ポケットからシガレットを一本、それからライターを取り出し火を点ける。

 口に加えたシガレットから流れ込む煙を堪能しながら。

 

「おーさむさむ……」

 

 呟き、肩を震わせながら歩き始めた。

 

 

 * * *

 

 

 朝靄が残る街中をチークと二人並んで歩く。

 

「……寒い」

「さささ、寒いネ」

 

 二人して体を縮こまらせ、手を擦り合わせる。

 少し暖かい気がしたが、それ以上に寒い。僅かにビルの間を抜けてくる風がびゅんと吹くたびに体が凍えそうになる。

 ホテルを出る直前に風呂に入ったせいで余計に寒さが身に染みる。

 

「ちくしょう……どうせ昼までの辛抱なんだ、どっか適当な店入ろうぜ」

「さささ、賛成だだだだ、だヨ」

 

 寒さのあまり言語がバグったチークを連れて目に着いた喫茶店に入る。

 からんころん、とベルが鳴ってやってきた店員に案内されて窓際の席に着く。

 暖房の効いた店内に腰を据えたところでようやく落ち着く。

 

「……はあ、寒かった」

 

 未だにぶるぶると震えるチークだったが、それでも外よりも随分とマシだったのかこくこくと頷きながら椅子にぴょこんと座る。

 店内を見ればまだ朝早い時間のためかガラガラで人は少ない……というか俺たち以外に、カウンター席で珈琲片手に新聞を読んでいる人が一人いるだけだった。

 暖かさに少し落ち着いたのでメニュー表を広げて見ていると、注文を受けに店員がやってきたので二人分珈琲と軽食を注文する。

 

「他にも何か食うか……」

「もうアチキお腹ぺこぺこだヨ」

 

 まあしっかりと()()したからなあ、と内心でくだらないことを考えていると、一瞬チークの目がすっと細まる、まるでこちらの考えていることを見透かしたかのような不敵な笑みに、思わずたじろいでしまった。

 少しして店員が珈琲を持ってきたのでミルクをたっぷり入れてかき混ぜる。

 ブラックでも飲めなくはないが、正直後で胃が痛くなるのでミルクは必須だった。

 カップの中で混ざる黒と白が白っぽい茶色に変わったところでかき混ぜる手を止めてカップに口を付ける。

 まだ熱いカップが冷えた手を温めてくれて、じんわりと熱を帯びていく手に熱さを感じながら喉の奥へと流し込まれた珈琲が胃の中に落ちて体の芯から暖まっていくような感覚がした。

 

「……ふぅぅ」

 

 吐き出した大きなため息はけれど安心から漏れ出た物であり、対面の席に座るチークもミルクとシュガーをどばどば入れて飲んでは蕩けるような表情を浮かべていた。

 しばらくそうして温まっていると、やがて店員が軽食を持ってくるのですっかり空になった珈琲のお代わりを注文する。

 

「……おお」

「おおおぉ」

 

 店員が置いて行った皿の上に載っていたのはハムや卵、トマトにチーズと言ったオーソドックスなホットサンドだった。

 寒い日に食べるならサンドイッチより良いかもしれない。適当に頼んでしまったが良いチョイスだったと思う。

 

「あちっ」

 

 早速と言わんばかりにかぶりついたチークが中から出てきた熱々のとろとろチーズの熱に思わず悲鳴を上げるが、けれど熱かろうと美味しい物は美味しいと言わんばかりに熱い熱いと零しながらもぱくつく。

 あっという間に皿の上が空っぽになる、と同時に店員が珈琲のお代わりを持ってくる。

 計ったようなタイミングというより計っていたのだろう。

 食後の一杯に飲む珈琲は格別だった。ほっとする、というか安心感のようなものがある。

 先程よりも少し熱いのもゆっくりと飲むための采配だと考えれば心憎い。

 

「ああ……お腹いっぱいだわ」

「アチキも」

 

 成長期とは言え、まだこれからの自分やどう見ても子供なチークではさすがにこれ以上は入らない。

 一息吐いて、ちらりと周囲を見やれば、置いてあるクラシカルな柱時計がぼーん、と一つ鳴った。

 

 午前九時。

 

 本日でカントーを出てホウエンへと帰るわけだが、ホウエン行きの船が出向するのは昼過ぎなのでまだ四時間以上の間がある。

 クチバ行きの飛行便に乗れば物の三、四十分でタマムシからクチバまでたどり着けることを考えれば十二時前後くらいが限度だろう。

 

「時間あるけど、どこか回ってく?」

「あー……できればどこかで休みたいかナ?」

 

 いつもアクティブなチークが、珍しくそんなことを言うので目を丸くしてしまう。

 

「どこか悪いのか?」

「あ……えっと……その」

 

 少し気恥ずかしそうに、頬を赤らめて。

 

「ちょっと歩き辛くて……その、昨日のアレで……ね」

 

 思わず小声になってしまったそんな言葉をけれど確かに耳にして。

 

「……あ……ああ……あーっと」

 

 一瞬間を置き、理解する、と同時にこちらまで気恥ずかしくなってくる。

 ちらり、と視線をずらせばこちらを見ている人間は居ない。正直見られたら恥ずかしさの余り逃げ出す自信があるので良かったと言うべきか。

 

「…………」

「…………」

 

 気まずすぎて何を話せばいいのか分からなくなり、結局無言。

 手慰みに空になった珈琲カップを持ちあげては戻し、あげては戻し。

 一体何をやっているんだろうと思わなくも無かった。

 

「「あ、あの」」

 

 意を決し、声をかけようとした瞬間、同じようにこちらへと口を開いたチークと台詞が被り、再び黙りこんでしまう。

 

「…………」

「…………」

 

 店員がカップを拭く、きゅっきゅっ、という音だけが店内に響き。

 

 誰か何とかしてくれ、と思わずため息を吐き、視線を外へと向けた、瞬間。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 ―――何だこの空気。

 

 事務所を追い出され、仕方なく街中をぶらついていたは良いが、余りの寒さに耐えかねて行きつけの喫茶店でブレイクタイムを楽しんでいるとやってきた二人組。

 カップルだろうか。十二、三くらいの少年とそれより少し年下くらいの小柄な少女。

 こんな時間にこの店にこんな客、珍しいこともあるものだ、と常連感を心中で醸しながら珈琲片手に広げた新聞に目を通していると、窓際のテーブル席に座る二人組の様子がどこかおかしいことに気づく。

 

 二人とも何故か俯いて視線を合わそうとせず、その癖互いをちらちらと見てはまた視線を逸らす、と繰り返している。

 

 痴話喧嘩かとも思ったがそれほど険悪さは感じない。

 だがその割に気まずさのような物も見える。

 

 さて、この二人は一体どうしたのだろう。

 

 探偵(ヤジウマ)の性か、この二人の関係を考えるのが楽しくなってきた、その時。

 

 ―――店の外の道路が爆ぜた。

 

「伏せろ!!」

 

 ヴィオが叫ぶのと同時、飛散したアスファルトの破片が道路に面していた店のガラスを突き破って飛んでくる。

 ぱりぃん、と派手な音がしたのと同時に近くにあった客席のテーブルを盾にして隠れる。

 見やれば店員も咄嗟にカウンター下に隠れたらしい、姿が消えていた。

 そうして窓際に座っていた二人組は……。

 

「チーク!」

 

 少年が叫ぶと同時に少女がテーブルを()()()()遮蔽物として隠れていた。

 あの少女もしかして……そんな推測が頭の中で渦巻くが、今はどうでも良いと切り捨てる。

 外の様子を伺うが、爆音は一度のみ、それが続く様子も無い。

 ゆっくりとテーブルから顔を覗かせ外を見やれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「あいつらっ」

 

 知っている、ヴィオはそいつらを知っている。

 何せ一度は徹底的に戦ったことだってあるのだ。

 カントーの負の象徴、世界最大のポケモンマフィア。

 団員全員が黒装束に胸に『R』のマークを付けたその集団の名は。

 

「ロケット団?!」

 

 ヴィオが呟くよりも早く、その名を呼んだのは……窓際の少年だった。

 

 

 * * *

 

 

 ロケット団。

 

 実機でも世代ごとにいわゆる『悪の組織』とされるやつらが出てくるわけだが、ロケット団はその初代にして、最大規模の集団である。

 一言で言えばポケモンマフィア。ポケモンを暴力装置として使役し、自らの欲を満たす。

 

 それだけ言えば他の悪の組織連中も似たようなものなのだが、ロケット団はその最終的な目的を『世界征服』としている。

 そのため、本拠である『カントー』や地続きの『ジョウト』のみならず、『ホウエン』『シンオウ』『イッシュ』『カロス』にもその手が及んでいる。

 現状国際警察で最も注視されている存在であり、けれど同時に()()()()()()()()()でもある。

 

 理由は簡単だ。

 

 二年前、出会ってしまったからだ。

 

 原初なる頂点。

 

 最強の赤に。

 

 出会って、壊滅させられた。

 

 完膚無きまでに叩きのめされ、そして力不足を悟ったロケット団のボスは組織を解散させた。

 

 だが問題となるのは、それを納得できない団員がいることだ。

 ボスであったサカキのカリスマ性の高さからか、サカキ本人が解散を宣言しても尚、ロケット団の復活を望み、その頂点にサカキに立ってもらおうと暗躍する『元団員』が後を絶たない。

 しかもなまじサカキ自身が姿を消してしまっているため統率を失った『元団員(テロリスト)』たちが野放図にカントー及びジョウトに解き放たれてしまい、各地でテロ紛いの悪事を働いている。

 その神出鬼没さと数の多さに警察機構も手を焼いており、後手に回ることが多い。

 

 ……というのがカントーに来る前に聞いた情報だったのだが、まさかこんなところで出会うとは思わなかった。

 慌ただしい外の状況を見やり。

 

「……どうするかな」

 

 少しだけ考える。

 正直言えば手持ちが全員いれば真っすぐ行ってぶっ飛ばす、で良いのだが……ここにいるのはチーク一人である。

 アタッカーですら無いチーク一人であの集団に突っ込むのは少々躊躇いがある……のだが。

 

 もう一度視線を外へと向ける。

 

 どうやら道路が爆発したのはロケット団の出したポケモンの仕業らしい。

 ぷかぷかと団員の傍で浮かぶマタドガスを見やる。

 その下でのそのそと動くベトベトンを見やる。

 ぱたぱたと羽を動かし飛び回るゴルバットを見て。

 

 最後に傍にいる少女を見やる。

 

「……チーク」

 

「何かナ?」

 

()()()()?」

 

 問うた言葉にチークがくすり、と笑って。

 

「勿論さ、()()()

 

 耳元で囁かれた甘えるような声に、背筋がぞくりとした。

 

 

 




何? 次はR18じゃなかったのかだと?

……そんなこと言ったっけ(今内容考えてます
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