「…………」
告げられた言葉の意味を理解しようとして、たっぷりと沈黙する。
「…………」
沈黙する。
目頭を指で押さえて軽く揉む。
「…………」
腕を組み、頭を悩ませ。
沈黙し、思考を回して。
「…………」
回して、回して、回して。
「…………」
たっぷり一分近くそうして、最終的に出てきた言葉は。
「……は?」
その一文字だった。
* * *
カントーからホウエンへと戻って来ると、真っ先にその気温の差異に驚く。
向かった時はそう気にならなかったが、いざ戻ってきてみるとホウエンはカントーと比べて随分と温暖な気候なのだと分かる。
カントーは寒いと聞いていたのでそれなりに防寒対策をしていたのだが、そのままホウエンに戻ってきてみると十二月の寒空にも関わらずじんわりと服の下が汗ばんでいた。
クチバからミナモへとたどり着くと、そのままミナモからカイナへと高速船に乗って半日でたどり着く。
すでに日も落ち、どっぷりと暗く染まった空を見上げながら嘆息する。
「ダメだな……こりゃ」
午後八時。今から帰るには少しばかりミシロは遠い。
誰かに迎えに来てもらうのも考えたが、まあそこまでして急いで帰る必要も無い……いや、物寂しさもあって帰りたいのも事実だが、無理をする必要は無いのでカイナシティで泊まってから帰ることにする。
幸いにもポケモンセンターに空き部屋があったので問題なく宿は確保できた。
「チーク、ちょっと家に電話してくる」
「あいあいサ」
長旅疲れもあってか部屋に入るとさっさとベッドでダウンしてしまったチークに声をかけて部屋を出る。
ポケモンセンターに設置された公衆電話を借りて実家に連絡を取る。
本来の予定ならば今日には帰るはずだったのだが、一日伸びてしまったのならば言っておく必要もあるだろうと思ってのことだったのだが。
『ま、まま、マスター?!』
「イナズマか? 実はさ」
『たたたた、大変です! 大変なんです!』
「……どうした? 何があった?」
平時ではあり得ないような慌てた姿に、何かまた厄介亊が起こったのかと顔を強張らせ。
『エアが……』
そうして、直後に告げられた一言に。
「…………」
沈黙。
告げられた言葉の意味を理解しようとして、たっぷりと沈黙する。
「…………」
沈黙する。
目頭を指で押さえて軽く揉む。
「…………」
腕を組み、頭を悩ませ。
沈黙し、思考を回して。
「…………」
回して、回して、回して。
「…………」
たっぷり一分近くそうして、最終的に出てきた言葉は。
「……は?」
その一文字だった。
* * *
ポケモンドクターとは一般に、ポケモンのお医者さんと言われる。
言われるというか実際そうなのだが、一言にポケモンの医者、と言っても実のところその種類のようなものがあったりする。
普通に考えれば分かることだが、人間だって外傷を専門とする外科や臓器類を専門とする内科、整形外科、循環器科など『人間』という一つの生物の体に対していくつもの専門を分別しているほどに医者という職種に求められる知識の量というのは尋常ではない。
だがポケモンドクターというものにそういった区別はつけられない。
というかポケモンにとって大半の外傷というのはポケモンセンターで治療したり『きずぐすり』などの道具を使えばあとはポケモン自身の自然治癒能力で回復してしまう。
病気に関してもそうだ、ポケモンというのはとにかく丈夫な生物であり、大半の病気は自分だけで治せるし、治せなくてもちょっとした薬(この場合人間用の薬ではなく、薬剤用に配合されたきのみなどが多い)を処置すれば一日、二日で完治してしまう。
まあそれでも年齢を重ねるごとに衰えるし、そうなれば病気にだってかかりやすくもなる。
それに余程深刻な病気になればそれが原因で死に至ることもある。
故にポケモンドクターというのは必要とされるのだが、ほとんど大半の問題はポケモンセンターで解決できる以上、ポケモンドクターに必要とされる知識の量というのは人間相手の医者と比べて随分と少なくなる。
問題は、ポケモンという存在が一言で括ってしまうには余りにも定義が広いことにある。
例えばコイキングなど魚そのままのポケモンとスピアーなどの虫そのままのポケモン。
果たしてこれが同じ要領で治療してしまって良いのだろうか?
という話。
そもそも水棲のポケモンと虫、動物など陸棲のポケモンでは生活環境も食べる物も違い過ぎるのに、同じ病気になる、などということがあり得るだろうか。
故にポケモンドクターはポケモンの『種類』で専門を作る。
例えば『みず』タイプの水棲系ポケモンを専門にするポケモンドクター。
例えば『ほのお』タイプを専門にするポケモンドクター。
例えば『いわ』や『はがね』タイプなど無機質なポケモンを専門にするポケモンドクターなど。
現実的に考えればそういう風に別れていて当然なのだ。
世界中で六百、七百……未だに知られていないポケモンなどを考えれば八百を超えるかもしれない全てのポケモン全てを見ることのできる医者など普通に考えればあり得ないのだが。
そしてこの世界特有の問題もある。
『ヒトガタ』だ。
見た目からしてそうだが、本来の姿とヒトガタの姿では体の構造が丸っと違う。
あるべき臓器などは同じなのだが、ヒトガタの臓器の配置や血管の繋がりなどは人間のそれに非常によく似ている。
故に専門とする分野のポケモンであろうと『ヒトガタ』であるというだけで勝手が変わってしまうことも多いのだ。
じゃあ人間の医者に見せれば良いのかと言われると、やはり『ヒトガタ』であろうとポケモンはポケモンであり、人間には無い臓器や部位などがあり、人間の医者からしても勝手が違う、としか言いようが無いのが現状らしい。
つまり『ヒトガタ』を診察するためにはポケモンドクターとしての知識と人間の医者としての知識、両方を高いレベルで兼ね備えていなければならない、という難題があるのだ。
なのに『ヒトガタ』というやつは世界的に見ても数が少ない希少な存在であり、例えそれができるとしても『ヒトガタ』を診察する機会なんてもの余程のことが無い限り存在しない。
つまり骨折り損でしかない場合が多いのだ。単純に医者をやりたいなら人間かポケモン、どちらかに絞ったほうがマシであり、『ヒトガタ』のためだけにそこまでやる人間などこれまで存在しなかった。
何せ勝手が違う、というだけで別にポケモンドクターでも診れなくは無いのだ。
先ほども言ったがポケモンの治癒能力は非常に高い。
なので大まかな診察でも後はポケモン自身に治してもらうようにすればどうにかなる。
実際自分が手持ちたちを診てもらうのも、父さんの伝手で紹介してもらったポケモンドクターだ。
うちの手持ちたち全員が専門分野、と言うわけではないが簡単な検査くらいならしてもらえる。
だいたいどんな世界でも共通だが、最初は診療所だ。そこで手に負えなければ専門的な病院の紹介をしてもらう。
まあ勿論、ポケモンリーグチャンピオンとしてポケモン協会に紹介してもらう、という手もあるが、何だかんだと七年も世話になっている人なのでついつい気兼ねなく頼ってしまうのだが、当然専門分野じゃない上に片田舎の町の診療所に過度な期待はできない。これまでも何度か手に負えないと紹介状を書いてもらったこともあったのだが。
今回の場合、ちょっと話が違う。
いや、大分話が変わってくる。
「どういうことかこちらにも分からないけれど」
そう前置きして、ドクターはエアに言った。
「キミはもう、
そんなことを、あっさりと言ったらしい。
* * *
二日前。
ちょうど自分たちが朝からテロに巻き込まれていた頃。
エアが自室で倒れていたのをシアが見つけた。
以前にもあったことだけに、すぐにポケモンドクターに連絡をつけて診察してもらうことになったのだが……。
診察をしたドクターは頭を抱えたそうだ。
ポケモンがポケモンたる最たる理由は体躯の『伸縮機能』にある。
ポケットモンスター、つまりポケットの中に入ってしまうくらいに『縮んで』しまう存在。
これはポケモンとしての生体機能の一つであり、本来は命の危機に瀕した時に体を縮小し隠れるためにある機能だと言われている。
そしてこれを応用したのがモンスターボールである。
どんなポケモンだろうと『ポケモン』である限りこの生態機能は存在しており、逆に言えば通常の動物とポケモンを分ける明確な線引きと言える。
ドクター自身何度も何度も間違いだと思った、らしい。
それでもやはり何度試行しても結果は同じ。
結論だけ言えば。
つまりエアはもうモンスターボールに入れることはできない。
そうすると最早『ポケモン』としての定義から外れる。
ドクター自身別に『ドラゴン』ポケモンが専門というわけではないので絶対とは言えないことだが、体内もまた極めて人間のそれに酷似しているらしい。
『ヒトガタ』なのだから、と思ったがどうやらそれともまた違う。ヒトガタは体内の構造が人間に似ているだけでそのポケモン生来の臓器や器官などはちゃんとあるらしい。例えば『ほのお』ポケモンが体内で炎を生み出す器官や、『みず』ポケモンが水中でも呼吸できる器官などだ。
そういう『ポケモン』らしい臓器や器官すら見当たらない、言って見れば人間の体そのものにしか見えない、というのがドクターからの診察結果だった。
いや、それもまた重要なのだがもっと重要なのはその後。
体内の構造を見る一環でレントゲンを撮ったのだが……
腹部の辺りに横たわる小さなな何か。レントゲンで撮ったせいで良く分からない何かとしか言えなかったが
―――妊娠している、ということだった。
ポケモンには生殖器が無い。
彼らが卵を作る過程というのは未だに学者の間でも推論程度のものしか存在しないのだが、それだけは事実だ。
つまり彼らは直接交尾というものをしない。愛情表現にスキンシップすることはあっても、性交渉をする器官が無い以上直接的な方法で繁殖しているわけではないのは確かだ。
だからポケモンドクターからしてその発想は最初頭から抜け落ちていた。
だがその直前、すでに『ポケモン』の定義から外れている、という結果を踏まえれば決してあり得ない話ではないと考えた。
伝えられたほうからしても驚天動地の話である。
ポケモンが妊娠する、というのはそれほどまでに『あり得ない話』であった。
* * *
「あり得ないだろ」
『現実です、マスター。現実ですよ!』
一瞬遠のく意識をイナズマの強い言葉が引き留める。
数秒沈黙し、大きく息を吸って、吐く。
吸って、吐く。
吸って、吐く。
三度繰り返し、僅かに平静を取り戻して。
「間違いないんだよな?」
『はい、いつものお医者さんが言うには間違いないそうです』
断言されたイナズマの言葉に思考がぐるぐると回る。
まず第一にポケモンがポケモンでなくなる、という事実。
驚きはあったが、同時に納得のようなものもあった。
何故ヒトガタはあれほど人間に近い姿を取るのか。
エアたちを見て人間じゃないという事実にどれだけの意味があるのか分からないほどに人間そのものな彼女たちが今更人間になったから、と言ってどれほど違いがあるのか、という話。
だから驚きはあっても、受け入れることは難しくない。そう、これは、まだ。
問題は。
「……妊娠、て」
妊娠、つまりお腹の中に子供ができた、ということ。
そうなった原因は……。
「……あるけどさあ。あるけどさあ」
レックウザと戦う前日のアレなんだろうけど、なんだろうけど。
むしろそれしか考えられない。
もし万一エアが他に好きな人ができて、とかも考え……られないな。
俺とエアの間に、あの日結んだ絆が未だに繋がれているのがその証だろう。
暖かくて、優しくて、愛しいこの絆がある限り、俺はエアを信じていられる。
だから間違いなく、原因はあの日なんだろう。
「…………」
思わず無言になる。
少しだけ思考し。
「取り合えず明日帰る。エアはもう今日家にいるんだよな?」
『あ、はい……もう寝てます。さすがに自分でもびっくりしたみたいで』
だろうな、と頷く。
同じ当事者の片割れではあるが、エアの場合、自分の体の問題もある。衝撃はより大きいだろう。
「なるべく朝早い内に帰るようにするから、俺が帰るまでエアのこと頼んだ」
『分かりました……待ってますね』
頼んだ、と告げて電話を切る。
それから部屋に戻って。
「おかえりーハルト」
告げるチークの声に生返事を返しながらベッドに倒れ込む。
「……ハルト?」
不思議そうなチークの声を他所に。
「うわああああああああああああああああああ!!!」
羞恥心とやってしまったという内心にバタバタと悶えていた。
先月1話しか投稿しなかった屑がいるってマ?
おひさ。
どうにも仕事のストレスで何も思い浮かばずゲームばっかしてる俺です。
グラブル闇古戦場走りまくったし、これで執筆できるなって思ったら四象やるし、光古戦場もうすぐだし、あとあと最近PSO2復帰しました。5鯖に移動して遊んでるので同じ鯖の人いない?
うっかり常設でリミュエール拾ったからアトライクス武器作ってぶんぶんしてる。楽しいぞ。楽しいぞ。
今回はまあ前から言ってたエアちゃんの妊娠話。
全然言及してなかった気がするから言うけど、メガシンカと違ってメガ進化しても外見変わらないのでエアちゃんはロリマンダのままです。
腹ボテロリ……事案では???