―――アルセウス。
一言で言うならば『カミサマ』だ。
混沌と共に誕生し、宇宙を世界を創造した
そもそも見た人間などいないからそれが本当かどうかなんて誰も分かりはしない。それこそ本人から問いただしでもしない限りは。
ただ一つだけ言えるならば。
実際に実機にそういうイベントがある。伝承とされるそれを裏付けるように、ディアルガ、パルキア、ギラティナの三匹の伝説はアルセウスによって『生み出された』存在だ。
時間を、空間を、異界を司る存在を生み出すほどの力を持った存在。
『世界を生み出す』だけの力があると言われても何ら違和感も無く、不思議もない。
だから、アルセウスというポケモンを一言で言うならば『カミサマ』。
或いは、創造神。
* * *
「アル……セウス?」
人の形をした。
否。
人の形をしているだけの真っ白な何かは確かにそう言った。
アルセウス、と。
確かにこの世界はヒトガタという人間の姿を取ったポケモンが存在するが。
まさか神がごときポケモンまでもそうだとは思わなかっただけに驚き、僅かに呆ける。
そもそも何でそんな存在が自分の目の前にいるのか、そんな疑問を抱き。
「それは
自身の心の内を見透かしたように……いや、きっと見透かしたのだろう。
これはそういう存在だ。何となく理解できる。いや、した気になっている、というべきか。
「呼んだって……」
何のために?
「そうだね、まず最初に感謝を言っておこうか」
感謝? 一体何の?
「あの真っ黒な竜を止めてくれたこと」
あれが放置されてると世界が壊れるからね、と薄い笑みを浮かべながら告げるソレに眉をひそめる。
「そもそも……お前が本当にアルセウスなら、自力で止められたんじゃないのか?」
何せ世界を創造したポケモンである。
最悪でもディアルガやパルキア、ギラティナを動かしてあのダークレックウザを止めることはできたのではないだろうか。
いや、そもそも本当にそれほど全能ならばダークレックウザなんてものの誕生を阻止することだってできたではないだろうか。
「いやいや、それは買い被りさ」
そんな自身の疑問にけれどソレは首を振る。
「
そう言ってソレが片手を持ち上げ、ぴん、と指を一本立てる。
「この指一本分、干渉すれば運命は大きく歪み、世界に大きな影響を立てる。確かにやろうと思えば何だってできる、けれどそれは今ある世界にどれほどの影響を与えるか」
だから理想的だったのさ、とソレは言う。
「キミたちの世界のことは、キミたちの中で完結する。それが一番自然なことであり、当然のことだ」
例えその結果世界が滅びるとしても?
「その時は残念だけど、もう一度
あっけからんと、そう言った。
確かにソレにとってそれだけの話なのだろう。
つまりそれは『神の視点』だ。
上から見ている存在からすれば、それだけの話だ。
「怒っているようだけどね、別に
告げる言葉に、疑問を抱く。
経験とは、そんなことを考えて。
「例えどれだけ干渉範囲を最小限に収めようとしても、
「……彼女?」
一体誰のことを指しているのか分からず、思わず問い返した言葉にソレが首を傾げる。
「キミはすでに一度彼女に出会っているはずだよ?」
「……出会っている?」
一体いつ? そう考えて。
―――なにやってるデシか、おろかもの。
ふと脳裏にそんな言葉が過った。
それが一体いつの記憶だったのか、思い出せないが。
確かに覚えはあるのに記憶が無い。
そうまるで。
「夢を見た、みたいな……」
そんな曖昧な記憶。
「ああ、なるほどね」
何かを理解したかのようにソレが数度頷く。
「そこまで補正が強くないのかな……だから思い出せないわけだ。相変わらず彼女は仕事が丁寧だ」
ぶつぶつと、まるで意味の分からないことを呟きながら。
「けど結局それが良かったわけだ、
視線を落としたまま呟くソレに。
「頼むから理解できるように話してくれ」
げんなりしながら告げれば、はっとなってソレがこちらへ再び視線を戻す。
「ああ、済まないね。今はそれは良いんだ、本題には関係無いから」
「……それで、その本題ってのは?」
何の理由も無く、目の前の『カミサマ』が自分をここに呼ぶわけがない。
だがどんな理由があれば『カミサマ』が自分を呼び出すのか。
相当な物なのだろうと予想して、思わず身構え。
「キミの補正を消すか否か、それをキミ自身に問おうかと思ってね」
そうして告げられた言葉の意味が分からず、戸惑う。
「補正……って何だ」
「そうだね……言うならば、枠組みだ。運命の枠組み。つまりキミがどんなことを思って、どんなことを考えて、どんな風に行動しようと、結局は同じ未来に行きつく……そういう枠組みがキミには当てはめられている」
「……は?」
「えっと……キミにも分かるように言えば……えーっと」
少し考えるように言葉を止め。
やがて言葉を見つけたといった様子でこちらを向いて。
―――主人公補正ってやつだよ。
そう言った。
* * *
自分は特別才能が無い。
そんなことは七年も前に分かっていた。
とにかく才能が無い。別に無能というわけではないが、平凡という枠を超えない。
平凡であることが悪いわけではない。平凡でも努力で強くはなれる……ある程度までは。
エアたち六匹という特別が無ければ、この世界では知り得ない『実機知識』が無ければ、どちらが無くても俺はチャンピオンになることはできなかっただろう。
そしてその両方があったとしても、だ。
特別なポケモンと特別な知識。
その両方を持ってしても
十歳の時、頂点を目指した。
それは伝説の襲来までにまだ余裕があると知っていたからであり、同時に一年目で勝てるとは思っていなかったからだ。
勿論負けるつもりで戦うつもりも無かったが、この世界を知れば知るほどそう簡単に勝てるはずが無いと理解できた。
だから十歳で本選まで出ることができれば良いと思った。
本格的な挑戦は十一歳で、もしダメでも伝説とのいざこざを終えてまた挑戦。
そんな風になるだろうと予想していた。
確かにチャンピオンという地位はあれば楽だが、伝説とのいざこざにおいて必須ではないのだ。
ダイゴは遺跡などにも潜っており古代の神話に関する知識もあり、伝説のポケモンの脅威についてもある程度は理解している。
だからチャンピオンであるダイゴにその脅威を説いてその復活を根拠と共に伝えればダイゴ主体にはあるが同じように動けたはずだ。
だから何が何でもチャンピオンにならなければならないという事情があったわけでも無い。
それでも、本当に……自分でも驚くほどすんなりと自身は頂点へ立った。
その全てが作為だったと、そんなわけは無いと思う。
実際、あの場で戦ったのは自分たちだ。その全てが『カミサマ』の決めた既定路線だったなんて、冗談じゃない。
ただそれでも。
当時は必死に走り続けていたからこそ気づかなかったが。
どことなく
全体的にそんな印象が否めないのも事実だ。
そもそもの手持ち探しからしておかしいと思っていた。
この世界に生れ落ちて五年。
ジョウトからホウエンへと来て、初めてエアと出会った。
その日から十日足らずで自分は手持ちたちを集めきった。
たった十日である。
出会うまでに五年もあって、その間一度たりとも出会うことが無かったのに。
ホウエンにやってきて、ホウエン各地に散らばった仲間たちがたった十日で六匹全員戻ってきた。
まるで俺が出向くのを待っていたかのように次々と起こる事件に、偶然の出会い。
実際、俺が明確にここにいるだろうと検討をつけて出向いたのはリップルだけで。
それ以外の五匹全員が
自身の生まれ……原作主人公の立ち位置というのを考えると。
この世界においても実機におけるストーリーのような何らかの流れがあるのではないか、とそう予想したのも当然の話で。
自分がその流れに乗せられている可能性、というのは何度も考えたことがある。
とは言え、だ。
そんな目に見えず、あるかどうかも不確かな物、結局気にするだけ無駄なのだ。
『きっと運命が味方してくれる』なんて都合の良い考えで運任せな生き方ができるほど楽観的にはなれない。否、そんな生き方最早楽観的という言葉すら生ぬるい、ただの底抜けの阿呆だ。
けれど今明確に、それがあると。
『カミサマ』直々に言われた。
その考えを肯定された。
それはまるで今までの自分のやってきたこと全てが目の前の『カミサマ』の手のひらの上だったのかという錯覚させ覚えて。
「
その思考を読み取った『カミサマ』がそれを否定した。
短くけれど確かに、自身の思考を否定した。
「キミに与えられた補正にそこまでの力はない、精々
出会いやすくなる。味方にも、敵にも。
エアたちと出会ったように、シキと出会ったように、ダイゴと出会ったように、アルファと出会ったように、オメガと出会ったように、そしてレックウザと出会ったように。
つまりその程度。本当にその程度のものなのだと、ソレは言った。
「結果を導くような強い補正は運命線に強い負担をかける。とは言えそうしなければ運命自体が崩壊するのだからそれも止む無しと思っていたんだけどね……結果だけ言えばそれは逆効果だった」
まあキミに言っても仕方ないのないことだけど、と苦笑するように告げて。
「確かにキミに与えられた補正はそう強いものではない。けれど、確かにそれがある限りキミはこれからもずっと出会いやすくなる」
人の人生とは出会いと別れの繰り返しとは言え。
敵も味方も積極的に引き寄せるような人生、というのは中々疲れそうなものだ。
「とは言えだ。それを消すということは正真正銘キミはただの一個の人間に戻るということでもある」
今後何か問題があっても都合よくそれを解決する誰かは現れない。
例え再び世界を滅ぼすような敵が現れるとしても、自身がそれと必然的に出会うことも無くなる。
補正を消すとはつまり面倒ごとが無くなる代わりに利点も多く失われるということで。
「別に問題無いな」
ぽつりと呟く。
少し考えてみたが何も問題ない。
ホウエンを巡る騒動はすでに終わったのだ……ならば今さらそんなものあったところで、と言った気持ちもあるし。
そもそもの話。
「そんなものアテにしたことなんて無いし、無くなっても何も問題ない」
そんな自身の言葉に、ソレが数秒黙し。
「……そう」
薄く笑みを浮かべて一つ頷く。
そうして、手を伸ばし。
「じゃあ、少し失礼して」
自身の頭に触れる。
髪をかき上げられ額が晒される。
一体何が起こるのか、何をしようとしているのかそれすら分からずただ見ている自身の前で。
こつん、と。
もう一本の腕が伸びてきて、指先が額を突いた。
「……はい、お終い」
直後に告げられた言葉に。
「……え?」
思わず小さく言葉を零し、目を丸くした。
* * *
人というのは弱い生き物だと思う。
世界を創り、管理者を創り、生命を創り。
そうして世界は幾星霜と巡ってきた。
その過程において人は生まれ、ポケモンと心を通わせ、共に生きることを選んだ。
やがて人はその数を大きく増し、時に善を為し、時に悪を為し、少しずつ、少しずつ、地上を自らが色で染め上げた。
人というのは弱い生き物だ。
ポケモンのような頑丈な体も無く、ポケモンのような強い力も無く、ポケモンのような逞しい生命も無い。
吹けば飛ぶような脆い体と、ポケモン一匹倒せない弱い力、怪我一つであっさりと失くすような弱弱しい命。
まるで正反対な二つの存在は、けれど手を取り合って共に生きていた。
時に片方が上に立ち、時にもう片方が上に。そうしてまた並んで歩く。
そんな世界とそんな世界に住む命をただ上から見続けていた。
その末に出した結論が、人間は弱い、というものだった。
ポケモンの力無くして生きることもできない弱い弱い命。
それでもそんな弱い命がポケモンの力を強く引き出すのだから、不思議なものだ。
ポケモントレーナーとはそんなか弱い命が強い存在から自分たちを守るために編み出した生きるための知恵であり、技であり、術だった。
トレーナーと共に闘うポケモンは自らが『設計』した以上の力を発揮する。
本来100しかない力を何故か120発揮する。
では存在しないはずの20はどこから来たのだろう?
人はそれを信頼と呼び、絆と呼んだ。
ポケモンはそれを覚悟と呼び、愛と呼んだ。
残念ながら自らには分からない感覚だったが、けれど不思議と嫌なものでは無かった。
好奇心からそれを知りたいと思った。
知りたいと願った。
自らが生み出したはずの命から生まれた自身の知らないその知を得たいと思った。
だから一匹の化身を産み落とした。
それが最初の間違いだった。
因みにすさまじく当たり前の話だけど、アルセウスが実際に世界を創造したというのは『逸話』であって『事実』とは限りません。
神話はあるけど、そもそも宇宙が誕生した瞬間を誰が見てるんだよって話。
もし神話が伝聞からの情報だとするならそれは『アルセウス』本人からしかあり得ないけど、そんなやついねえよ……いないよな???
ただシントいせきでディアルガ、パルキア、ギラティナを生み出すイベントがあるので『伝説種を生み出せるほどの存在』というのは間違いではないみたい。
つうかイナズマちゃん出ないなあ……まあ次回は、次回は出るから。