目の前でぽかんと呆けた表情をする少年を見てソレは笑う。
永劫のような時の中を生きてきたソレにとって、目の前の少年は不思議な存在だった。
どう考えてもおかしい、理屈に合わないのだ。
世界を生み出すほどの力を持ってしてもそれは『あり得ない』ことなのだ。
少年が今生きているということが、本当にあり得ないことなのだ。
本来その場所にいるはずの『主人公』でさえ、あの黒い龍に勝つことはできなかったというのに。
強く力を与えた『一周目』ですら、彼はあの黒い龍に勝てなかったのに。
何故、どうして、少年は勝ったのか。
未だに生きているのか。
少年の大事にしている竜は無事なのか。
誰が見たってこの結末は問答無用のハッピーエンドだった。
世界は守られ、犠牲はほぼ無い。僅かな被害とて取り返しのつく範囲。
上手くやった、としか言いようが無い。
だが同時に、
本来の『彼』より弱く、一周目の『少年』より弱いはずの目の前の少年がけれど最良の運命を導いた。
ソレにすら予想のできないはずのことだった。
本当に予想ができなかったのだ、この結果は、アルセウスにすら。
神と呼ばれ、全能と自負し。
けれどそれを否定するかのような存在が目の前の少年だった。
少年をここまで導いたのは『
だが根本的に少年を『設計』したのはアルセウス自身だった。
故にその限界も、可能性も、全て理解している……はずだった。
『
事実、『二周目』でなければ少年の竜は理を超えることはできなかっただろう。
補正が低いとはつまりそういうことだ。導かれる場所に導かれない。自力が試される。
人という種の限界を考えれば、その自力ですらどうにもならない場合だってある。
今回とてそうだ。
不思議な存在だ、と思った。
あり得ないはずのことを、アルセウス自身は不可能だと思ったことを、けれど成し遂げた少年を、その仲間を。
とても不思議だと思った。
―――彼ならば。
もしかすると、もしかするのかもしれない。
かつてソレが犯した最初にして最大の過ちを。
彼ならば、どうにかしてしまえるのだろうか。
そんなことを思った。
* * *
「キミにとって愛とは何だい?」
ポケモン世界において、アルセウスは全能の存在だ。
この世の全てを創り出した文字通りの『カミサマ』であり、だからこそ全知でもある。
全く実感は無かったがアルセウス曰くの『処置』も終わり、これで終わりかと思ったら特に何も変化が無い。曰く、この『夢』のような世界から帰るにはもう少し時間があるらしい。
―――少しお喋りでもしようか。
なんて提案してきたのは向こうからで。
だからこそ、長年疑問に思っていたことを聞いてみた。
『ヒトガタ』は何故生まれたのか。
間違いなく、目の前の存在はそれを知っていると思った。
まあ答えてくれるかは疑問だったが。
―――返ってきた言葉はそれだった。
「……愛?」
「愛とはつまり感情の産物だ。けれどね
「……は?」
質問の趣旨とはズレているような言葉ではあったが、それはそれで聞き逃せない一言でもあった。
ポケモンとは人類の隣人である、とされている。
だがその最たる理由は
つまりポケモンだって恋をするし、愛を抱く。
卵で生まれるから分かりづらいが、親子の情だってあるし、オスとメスが揃えば愛を育むこともある。
『直接的な行為』をするための器官は無いが、
恋や愛とはつまり究極的には繁殖のための感情だ。倫理や情動を育むごとにそれだけのための感情ではなくなってきているが、根本的な部分はそうだ。
だから解せないのだ。
「愛が無ければポケモン……いや
一体何のために雌雄が別れているのだ。ポケモン以外にも野生動物ですら強い弱いは置いておいても愛情は確かにある。雌雄の別れた生命である以上それは『必然』だ。
「そう……だから、元々はポケモンに『性別』なんて概念は無かったんだよ」
「…………」
心を読んだ一言に眉をひそめる。
矛盾である。現にポケモンには性別は存在していて、雌雄が揃わなければ卵が作れない。
「ポケモンのタマゴとは簡単に言えば『分離した細胞』なのさ。必要なのは『性別』でなく単純な『数』。一匹のポケモンから切り離すことのできる『量』じゃ新たなポケモン一匹生み出すには不足するからね、二匹くらいでちょうど良いのさ」
例えばメタモン。
性別の無いポケモンの卵を作ることのできる不思議なポケモンだが、これはメタモンの細胞がどんなポケモンにでも『へんしん』できる、つまり同化できるからだ。
だからメタモンは大半のポケモンと性別に関係なく『タマゴ』を作ることができる。
逆説的に言えば同量の細胞があればメタモンでなくとも『タマゴ』が作れるということであり……。
「そもそもポケモンに生殖のための機能は存在しない。そんな生命に『性別』なんて存在するほうがナンセンスじゃないかな?」
言われればそうなのだが……釈然としない話ではある。
何せこの世界において『そういうもの』として扱われてきた話である。疑問を抱くことはあっても、それはそれでそんなもの、として流されてきて話でもある。
「だったら……なんで今のポケモンには性別があるんだ?」
そんな自身の問いに、ソレが一瞬苦笑したような表情になり。
「人と出会ったから、だよ」
そう告げた。
* * *
ヒトガタ、と呼ばれているらしい。
人の形をした彼ら、彼女らのことである。
それは進化である。
同時に適応であり。
それは『願い』だった。
遥か太古。
『ゲンシの時代』と呼ばれた大昔よりもさらに昔。
人とポケモンは出会うべくして出会い、そして絆を育んだ。
元来ポケモンに性別は無い。
それは彼らが性別を必要としない繁殖をするためであり、それ故に『愛』という感情は無い。
だが仲間意識はあった。強敵を前に一致団結することもあった。
だがそれだけだ。それだけ、だったのだ。
人と出会ったことでポケモンは変わった。
『友』という言葉を覚えたのだ。
それは人類が最初にポケモンに対して『愛』を持って接したが故の結果だろう。
もし最初に『敵意』で接していれば人類とポケモンは互いの生存を賭けて争う天敵となっていたかもしれない。
だがそうはならなかった。
始まりの時、人類は自らが『愛』を持ってポケモンと接した。
ポケモンもまた、いつからか人類を『仲間』として認識し始めた。
両者は互いに協力して生きてきた。
やがて彼らの間には『友情』が芽生えた。
元より『愛』こそなけれど『感情』自体は存在するのだ。
未知だったはずの感情、だが人類に『感化』されたポケモンはその感情に『適応』した。
ポケモンに性別は無い。
だが人類には性別がある。
人類の生殖方法を考えれば当然の話であり、番を作ることは人類にとって最大の『好意』であり、つまり『愛』だ。
ポケモンに『愛』は無い。
だが人間には『愛』があった。
そうすると共に過ごすうちに、友情を育んだようにまた『愛』を育む人間とポケモンが生まれる。
まるで欠けていた物がピタリとはまったかのように、まるでそれが最初から存在したかのように、ポケモンは人類の『愛』に適応した。
だがポケモンには『生殖』のための器官が存在しない。
故に人間と『行為』を行うことはできない。
だから、『願った』のだ。
―――どうか彼らと『同じ』になれるように。
大好きな彼ら、彼女らと同じ歩幅で生きていたい。
それが『根源』。
だがさすがにそれは不可能だ。
人間とポケモンでは生物としての『規格』が違い過ぎる。
だからアルセウスがそういう『理』を創った。
ポケモンがポケモンのまま人と極めて類似した姿を取れるように。
不可能を可能とする『法則』を創り出した。
そうしてポケモンは人と同じ姿を手に入れた。
それが始まり。
彼らが『ヒトガタ』と呼ぶ、人と同じ姿をしたポケモンたちの始まり。
でもそれは『ゲンシの時代』と呼ばれた過去よりもさらに昔々の話である。
勿論全知たるアルセウスからすれば時間という概念すらも無意味となるため直前のことのように思い出せる程度のことだが、人間やポケモンたちからすれば永劫と称して良いほど遥かな太古の話であり、最早現代までその事実を継承した存在は居ない。
故に誰もその事実を知らないままに、時折ふっと『ゲンシカイキ』と同じ要領で遠い遠い祖先の姿へと『先祖返り』し人の形を取ったポケモンが生まれてくるのだ。
生まれたポケモンたちすらも自身がその形をしている意味を知らず、ただその変化を受け入れることのできる器が極めて強力な個体だけだったために強者の証として世界に波及した。
―――始まりは『愛』だった。
それは進化である。
同時に適応であり。
それは『願い』だった。
* * *
アルセウスは『愛』というものを決して軽んじていない。
人がポケモンと共に在るために最も重要な物であり、ポケモンの力を最も強く引き出す物。
だが同時にそれが酷く不安定であることを知っている。
感情とは理屈ではない。
主観的で、個人差があって、それでいて
だからこの世界を救うための『主人公』を
モチーフにするのは『愛を知らない』人間にすること。
思いやりがあっても良い、優しくても良い、人間味があっても良いし、友達思いでも構わない。
ただ愛を知らない、愛を抱かない、愛に揺れない。
そんな風に『設計』した。
特異点の周囲にいたのは当たり前だが『碓氷晴人』一人ではない。人間は大なり小なり人とかかわって生きていく以上、もっと『有用』な人間……というのは確かにいた。
だがその中でどうして『碓氷晴人』を基準に『ハルト』という存在を創ったのか、その理由が『愛を知らない人間』だったからだ。
全ては世界の滅びを回避するためである。
全知たるアルセウスであるならば、世界を救う方法の一つや二つ簡単に出てくるが直接的に手出ししない、となるとその方法は限られてくる。
故に最初は代理人たる『主人公』を通してこの世界の『異変』を解決しようとした。
だがそれは失敗した。
アルセウスはそれを『手を出し過ぎた』から、だと思った。
手助けし過ぎて『主人公』が望む基準まで成長できなかった。
いくら『補正』をつけようと根本が足りていないのではどうにもならない。
だから『一周目』は失敗した。
そう、思った。
だから二周目は
そうして任せた結果、『主人公』は一周目とまるで異なる存在となっていた。
愛を知り、愛を抱き、愛に揺れる。
アルセウスが不安定と称したそのままの姿で、戦い、傷つき、けれど乗り越え。
そうして当初不可能だと一蹴したはずの可能性へと見事たどり着いた。
「どうしても、計算しきれないんだよねえ」
アルセウスとは『個』にして『全』。
ただ単体にして世界の全てであるが故に、アルセウスはアルセウスだけで完結してしまっている。
だからこそ『愛』というものをアルセウスは知らない。存在を知っていても、知識としてあっても、それを実感したことが無い。
完全なるはずの『カミサマ』の唯一の欠点と言えるそれは、完璧なる『カミサマ』の計算をいつだって乱す不確定要素でしかない。
だが不確定だからこそ、不可能と断じた可能性すらも掴み取った。
「まさか、二周目まで引き継いでくるとはねえ」
一周目の『ハルト』は仲間たちと確かな絆を紡いだ。
それは戦友との絆であり、家族との絆でもあった。
だがそれだけでは足りなかった。足りなかったから彼の最も信頼した彼女は失われた。
そして、失って初めて彼は『愛』を自覚した。
喪失感で浮き上がった愛情を、失ってから初めて自覚したのだ。
そんな彼に感化されたように彼女たちもまた自覚する。
最初は友情だった、次は親愛だった。そして恋愛へと至る。
この世界においては
だが一周目においては確かにあったはずの事実であり。
完全にリセットしたはずの二周目の世界でけれど何故か彼も、彼女たちもその影響を継いでいた。
その結果がこれなのだとすれば、全く皮肉ではある。
そうしなければこの結果へと至れなかったとするならば。
彼が、彼女たちが、『愛』を自覚しなければここに至れなかったというならば。
一周目という犠牲が無ければ、この結果には決してたどり着けなかったのだろう。
アルセウスの理解の及ばない『愛』がこの結果を導いたのならば。
アルセウスにはこの『異変』を解決するだけの力が無い、ということに他ならなかった。
「……それは、不味いねえ」
悠久の時間の中のたった一回、とは言え。
アルセウスは『カミサマ』だ。
『カミサマ』にもどうにもできないことがある、というのは少しばかり不味いのではないだろうか。
何より。
「……知りたい、と思わされた」
『愛』を知りたい。
そう思ってしまったから。
「……ふふ」
少しだけ笑みを浮かべ。
―――そうして。
え?! 次回イナズマちゃんが出るとかいった屑がいる?! 一体誰だい、そいつは!
とまあ冗談は置いておいて、案外終わらなかった神様編。
一応これで終わるので次回は目が覚めてからの話。
神様? 未来編あたりで出てくるよ? ……多分ね。
ワンチャンヒロイン化ある? 無いよ(