ポケットモンスタードールズ   作:水代

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恐怖と覚悟の選択

 

 

「……あっ」

 

 小さく呟くと共にはっとなる。

 かたかたと鳴るミシンの音に、いつの間にかぼんやりとしていたことを自覚する。

 手元を見やればいつの間にか縫い目のついた布がある。

 

 どうやら無意識的に作っていたらしい。

 ほっと一息。すでに五年、六年と繰り返してきた作業だけに最早慣れたものとは言えミシンを使っていたのだから相応に危険なことだったと自省する。

 

 ほとんど出来上がった新しい衣装を見やり、再びミシンへと手を伸ばして。

 

 スイッチを切る。

 

「……ふう」

 

 嘆息一つ。

 どうも今日はこれ以上やる気になれない。

 いや、どうもなんて言ったが理由は分かっているのだ。

 

「……はぁ」

 

 それが分かってしまっているからこそまた溜息。

 それから自己嫌悪が少々。

 

「私、嫌な子だなあ……」

 

 原因なんて一つ。理由なんて明白で。けれどそれを追求することも無ければ、解消しようとも思わない。

 自分からは動かない。自分からじゃ動けない。だからこんな状況になっているというのに、それでも未だに変わろうとすることもできない。

 

 弱い、弱い、弱い。

 なんて弱いんだろう。

 

 三度目の溜息。

 ふと時計を見やれば日付はとっくに変わっている。

 ああ、また徹夜かなんて思いながら眠気で重くなった体を引きずりながら部屋を出る。

 階下に降りてすっかりカラカラになってしまった喉を潤そうと台所の冷蔵庫を開く。

 何か無いかと見やればモーモーミルクがあったので飲んでしまう。

 

「……ふう」

 

 南のほうに位置するホウエンとは言え十二月ともなれば寒い。

 そんな中で冷蔵庫から出したばかりのモーモーミルクを飲んだせいでぶるりと全身が震えた。

 種族の関係で寒いのは苦手だったが、逆に頭は冷えた気がする。

 そして冷静になってしまったから、余計に考えてしまった。

 

「はあ……ホント、嫌な子だ、私」

 

 喜べない。

 

 私だけ、喜べない。

 

 みんな驚きはしながらも、同時に喜びを持って迎えたのに。

 

 私だけ、私だけ。

 

 エアの妊娠を。

 

 喜べなかった。

 

 

 * * *

 

 

 病院へと行くエアたちを、帰って来るマスターを迎えるため、と言って見送った。

 朝の内に帰ると言ったマスターを迎えるために一人残る、別におかしなことではない。

 

 でも本当はそれだけじゃない。もっと黒くて、醜い感情があったのをイナズマ自身自覚していた。

 それがあったから自分はついていなかった、それがあったから家に残った。そう思っている。

 

 簡単に言えば見たく無かったのだ。聞きたくなかったのだ。

 

 エアと主との間にできた子供。

 

 ああ、なんて羨ましいんだろう。

 なんて妬ましいんだろう。

 

 ずきずきと胸が痛み。

 じくじくと心が疼く。

 

 でも多分、それだけならば苦しくても、痛くても、我慢できたはずだ。

 その……はずだったのに。

 

 帰って来た主とチークを見て、すぐに気付いた、すぐに察した。

 

 ああ、とうとうこの二人も……。

 

 それを理解して、また苦しくなった。また痛くなった。

 それは行動した者としなかった者の差だろう。

 当然だ、自分は主に対して何も言っていない。何の行動も起こしていない。

 

 だからそれは当然なのだ。

 

 動けなかった者に、ただ待っているだけで得られる結果なんて碌なものじゃない。

 そんなこと分かっているのに……それでも。

 

 怖いのだ。

 失敗したら、どうしよう。

 拒絶されたら、どうしよう、そう思って。

 

 もし……万一にも、()()()まで失うようなことになれば。

 

 だったら自分は、そんなことになるくらいなら、自分は。

 そんな風に思って、それでも、進んで行く仲間たちを見て嫉妬して。

 何て馬鹿なんだろう、何て愚かで、惨めで、醜いんだろうと自嘲して。

 

 それでも変われない。

 

 どう足掻いてもイナズマという自分の根底に根付いたソレは消えることが無い。

 一度は自らの最愛の主に認められたとしても。

 いや、認められたからこそ。

 

 その主に見捨てられるようなことが耐えられない。

 

 そんな可能性がほんの僅かでもあるならば、それが怖くて、怖くて、怖くて。

 

 どうして自分はこんなに憶病なのだろうと内心吐き捨て。

 

 それでも今日も何も変えれない。変えられない。変わらない。

 

 そう思って、いたのに。

 

 ―――思っていたのに。

 

 

 * * *

 

 

 目を覚ます。

 

 一瞬まだ宇宙空間にいるような錯覚を起こすが、直後の自分が自室のベッドで寝ていることに気づいた。

 上半身を起こすとまだ暗いことに気づいて時計を見やればまだ夜も半ばな時間だった。

 

「……夢?」

 

 先ほどまで現実味を持ってアルセウスを名乗るソレを話していたような気がするのだが、果たしてあれは夢だったのか。

 いや、そもそも前にもこんなこと無かったか?

 そう考え、思い出そうとしてもぼんやりとした思考でそれを思い出すことも無く、思考が空回る。

 

「……ま、いいか」

 

 やがて、夢だろうと現実だろうとどちらでも良いか、と結論付ける。

 中々面白い話だったが今の自分の直接関わるような話でも無かったし、もし現実かどうか知りたいならその内聞いた話の内一つ二つ検証でもしてみればいいだけだ。

 

「半端な時間に起きちゃったなあ……」

 

 二度寝しようにも思ったより眠くならない。

 しばらく布団の上でゴロゴロとして見たが、どうにも眠れず諦めて起き上がる。

 

「ちょっと喉乾いたし、何か飲むか」

 

 呟きつつ階段を降りて。

 

「……あ?」

「え?」

 

 リビングに電気が点いていた。

 誰か起きてる? と疑問に思いつつ入ればそこにイナズマがいた。

 

「……ま、すたー?」

「こんな夜中にまだ起きてたのか?」

「え……あ、ま、マスターこそ」

 

 イナズマの手元のモーモーミルクの入ったビンを見やり。

 

「ちょうどいいや、ちょっとくれ」

「え?」

 

 イナズマの手からビンを引っこ抜くと残った中身をそのまま飲み干す。

 

「あっ」

 

 一瞬イナズマが何かを言いかけて、止まる。

 ごきゅごきゅ、と中身を飲み干し、空になったビンを机の上に置いて。

 

「え……なに?」

「あ、いや……その……」

 

 はっきりしないイナズマの態度に首を傾げる。

 

「……つ……ス」

 

 ぼそり、と何かを呟きながら唇に手を当てたイナズマだったが、やがてはっとなって。

 

「そそそ、その、このビン、捨ててきますね」

 

 顔を赤くしながら今しがた中身が無くなったばかりの牛乳瓶を引っ手繰るように取って、そのまま歩いて行くのを見送る。そうして少し待っているとイナズマが戻って来る。

 

「ま、マスター……まだ居たんですか」

「居ちゃダメか?」

「あ、いや……そんなこと、無いですけど」

 

 まだ少し頬が赤いようだったが、それでも平静を取り戻してはいるようだった。

 どうも様子がおかしい気もするが……。

 

「こんな夜中にどうしたんだ?」

「徹夜で服作ってたら喉乾いちゃって……マスターこそ、もう寝たんじゃなかったんですか?」

「変な夢見て起きた……んでまあちょっと眠れなくてな」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながらそんなことを告げて。

 

「あー、目が冴えてんだ。ココアでも淹れるから、良かったら少し話さない?」

 

 問うたその言葉にイナズマが目を丸くして。

 

「……はい」

 

 笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 * * *

 

 

 自身の主が手ずから入れたココアを一口飲んでほっと息を吐く。

 舌を満たす優しい甘さと体の内側からぽかぽかと満たされる熱に心まで溶けてしまいそうだった。

 白濁したミルクココアの上にぷかぷかと浮かぶマシュマロを一つ摘まんで口の中に放り込む。

 ココアの熱で半分溶けかかったとろとろのマシュマロが口の中で踊る。

 すぐにまた一口、ココアを飲めばカカオの香りとマシュマロの独特の甘さが絶妙な組み合わせとなって口の中を楽しませてくれる。

 

「……ほっ」

 

 漏れ出た吐息はけれど外気の寒さに反するように白く暖かい。

 隣で同じようにココアを飲んでほっと一息つく主の姿に心がぽかぽかとしてくる。

 

 幸福だった。

 

 好きな人の隣で、一緒にあったかいココアを飲んでいる。

 

 ただそれだけで心が満たされていた。

 

「なあ、イナズマ」

 

 だから、そう、だから。

 

「何か悩み事か?」

 

 不意に問われたそんな言葉に、言葉に詰まった。

 

「……なんで、とか聞くなよ?」

 

 喉元まで出かかった言葉をココアと一緒に飲みこむ。

 じんわりとした熱が胃に落ちて、体の隅々まで広がって行くような感覚に平静を取り戻していく。

 

「分かっちゃい、ますか」

 

 嘘だ。

 

 自分たちは()()()()()()()()

 それは決して物理的な繋がりではない。概念的な物でもない。

 極めて精神的な繋がりであり、だからこそお互いにお互いのことが分かってしまう。

 

「目が、声が、態度が、物語ってるからなあ」

 

 お見通しだ、と苦笑する主に嘆息する。

 できれば今だけは、都合よく気づかないで欲しかった。

 気づかれなければ……そうすれば、まだ我慢できたのに。

 

「……で、どうしたんだ?」

 

 そんな優しい声で語り掛けないで欲しい。

 嬉しい、主が気にかけてくれている。それが嬉しい、本当に嬉しい。

 でも今は……今だけは、ダメなのだ。

 先ほどまでの幸福感で、箍が緩んでしまっている。

 

「…………」

 

 言っちゃダメだ、と普段から抑え込んだ言葉が口から溢れそうで。

 それを必死に抑えようとして。

 

「イナズマ」

 

 止めてと叫びたかった。

 

「大丈夫だから」

 

 そう言って抱き留められる。

 

「大丈夫」

 

 背中に当てられた手が温かくて。

 

「あ……」

 

 口が、勝手に動き出す。

 

「わた、わたし……」

 

 止めろ、止めろ、止めろと何度心が叫んでも。

 まるで自分の意思など関係ないと口が勝手に動き始める。

 自身の抱えていた物を吐き出すように。

 つらつらとべらべらと、言葉が溢れ出して止まらない。

 不安も、嫉妬も、恐怖も、恋慕も。

 吐き出して、吐き出して、吐き出して。

 

「…………」

 

 全て吐き出したところで、ようやく身勝手な口が止まる。

 けれどその時にはもうすでに遅すぎて。

 全身がぶるりと震えた。

 言ってしまった。全て、言うつもりなんて無かったはずの言葉も、思いも全て、吐き出してしまった。

 直後に恐怖に襲われる。元より、それを恐れていたからこそずっと黙っていたはずなのだ。

 

 もし、こんな身勝手な感情で主に嫌われてしまったのなら。

 

 そんな恐怖が全身を駆け巡る。

 俯いた顔はきっと真っ青になっているだろう。視線を上げることができない。

 視線を上げた先に、失望に満ちた主の顔を見ることが恐ろしくて、上げられない。

 覆水盆に返らず。けれどもう言ってしまった。今更言わなければ良かったなんて意味を為さない。

 

 どうしよう、どうすれば。

 

 そんな思考だけがぐるぐるとイナズマの脳裏を駆け巡って。

 

「イナズマ」

 

 名を、呼ばれた。

 

 

 * * *

 

 

「イナズマ」

 

 名を呼ぶだけでびくり、と肩が震える。

 未だに自身より幾分か上背の高いはずの少女がどうしてかとても小さく、幼く見えて。

 変わっているようで、根底は変わっていないのだな、と実感させられる。

 

 けれど少女をそうさせたのは自分だ。

 

 この怖がりの少女がここまで拗らせてしまったのは、結局自身が少女の信頼を勝ち得るだけの行動を示さなかった、それが原因なのだから。

 家族だから、絆があるから。それを言い訳に今まで行動に移してこなかった結果が目の前の少女の態度であり。

 

 ああ、本当に……なんて馬鹿なんだろう、俺は。

 

 エアはきっと分かっていた。そんな俺の馬鹿さ加減を分かっていた。

 だからあんなことを言ったんだ。あれは俺にケジメを付けさせるための言葉じゃない。

 

 イナズマやリップルを思っての言葉だったのだと、今更になって理解する。

 

 きっと二人は、他の四人とは違う。

 

 イナズマもリップルも、きっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 シャルのそれが精神性の幼さのせいだとするならば、この二人の場合精神性が高すぎるせいというべきか。

 辛さや痛みを()()してしまう。しまえる。

 取り残されることを()()してしまうのだ。

 

 同時にそんな自身の内心を見せることを躊躇ってしまう。

 特にイナズマは本質的には引っ込み思案だ。

 自分から動くということができない。常に『誰か』が引っ張ってくれるのを待っている。

 

 だからこそ、俺から動きべきだったのだ。

 

 手を引いて一緒に行こうと言ってやるべきだったのだ。

 

「……ごめんな」

 

 抱き留め、腕の中で震えるイナズマにそう呟く。

 

 震えていた。

 

 感情を絆が教えてくれる。

 

 イナズマが感じているその感情を。

 

「ごめん……イナズマ」

 

 怖がっている。怖がらせてしまっている。

 俺が不甲斐ないせいで、俺が我慢させたせいで。

 ここまで傷ついてきたことに、気づけなかった。

 

「ちゃんと言えば良かった」

 

 余計なことばかり考えていないで、たった一歩、踏み出せば良かったのだ。

 少なくとも、俺は知っていたはずだ、イナズマがそういう性格なのだと。

 その本質的な部分を七年も前からとうに知っていたはずなのだ。

 知っていたはずなのに、深く考えなかった結果がこれだというのなら。

 

 ―――いい加減、覚悟決めなさい

 

 エアに言われた言葉を思い出す。

 そう、覚悟……必要なのは覚悟だ。

 背負う覚悟。貫く覚悟。

 そんなもの、当の昔にあったはずなのだ。

 

「イナズマ!」

 

 少しだけ、意識的にトーンを大きく。

 腕の中でびくりとイナズマが震えた。

 

「今まで言えなかった、でも今言う。今言わないとダメだって思うから、言う。聞いてくれ」

 

 ぐっと、胸の内に抱えるように、イナズマを抱き留める力を強める。

 少しだけ苦しそうに、腕の中でイナズマがごそごそと動こうとして。

 

 

「お前が好きだ」

 

 

 告げた言葉に、腕の中でイナズマがぴたりと硬直した。

 

 

 

 

 




やっと5人目……。
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