―――苦しかったんです。
自分だけが取り残されるようで。
―――妬ましかったんです。
自分には得ることができないと諦めていたものが。
―――怖かったんです。
醜い自身の本心を知られることが、嫌われることが。
―――それでも、好きなんです。
どうしようも無いくらいに、自身が主のことを、好いていた。
* * *
「お前が好きだ」
告げられた言葉に体が硬直する。
その意味を理解すると同時に頬が紅潮する。
「え……あ……う、嘘」
「嘘じゃねえよ……こんな嘘、吐くわけないし、第一
うわ言のように呟いた自身の言葉に、主が返す。
確かに
そしてそれが自身の求めている好きと同じであることも。
「だ、だって……わた、し」
それでもまだ、信じられなくて、心のどこかでその言葉を信じ切れなくて、だって、だってと呟く自身にぎゅっと、手が回され、抱きしめられ、胸元に押し当てられる。
とくん、とくん、と早打つ鼓動の音。それが幾分通常よりも早く。
「緊張、してます?」
「するに決まってんだろ」
ゆっくりと、見上げた主の……自身の大好きな人の表情は。
―――自身が主を見る時と、同じ表情だった。
「……あ」
同じ、なんだ。とそれを見て、ようやく実感する。
同じ、なんだ。と何度も心の中で呟く。
同じ、なんだ。私の気持ちと。
同じ、なんだ。私の想いと。
同じ、同じ、同じ。
好きという言葉はつまりそういう意味なのだと。
自分の好きと同じなのだと、ようやく気付けた。
「好き、です」
つまりそれは。
「私も……好きです。アナタが、好き、なんです」
そう思うと、途端に目頭が熱くなり。
つう、と頬を一筋、涙が零れた。
「わた、し……わたし、わたしも! すき、すき! 好きなんです!」
ボロボロと、後から後から止めどなく零れる涙が熱くて。
火傷しそうなくらいに熱いそれはけれど拭っても拭っても収まることが無い。
唇が震える。言葉が上手く話せないことがもどかしくて。
つっかえながら、どもりながら、それでも絞り出すように、伝えたくて、伝えたくて、伝えたくて。
この気持ちを、思いを、アナタに伝えたくて。
怖がってたはずの気持ちも、恐れてたはずの想いも。
「好き! 大好き!」
気づけば、全部曝け出してしまっていた。
* * *
「どうすっかなあ」
一つ嘆息。
椅子に腰かけたまま、自身の胸の中で泣き疲れ眠る愛しい少女の姿に少しだけ戸惑った。
下手に動かせば起こしてしまいそうで、どうにも動けない。
だが今はまだ、自身よりも上背の高い少女だ。今の自分の小さな体躯でいつまでも抱えていられるはずもなく。先ほどから腕がぷるぷると震えている。
「……行けるかな」
せめて居間のほうへ。置いてあるソファまで運べれば……約数メートルの距離。
数秒躊躇い。二度目の嘆息で吐き出した息と共に覚悟を決める。
いわゆるお姫様抱っこ。イナズマが起きてたらまたあわあわしそうだが、寝ているので今の内である。
背はあるが、細見のため思っていたよりは軽い……軽いが今の自分のサイズではかなり厳しい……が、それでも男の意地というものがある。歯を食いしばってどうにかこうにかソファまで運ぶことに成功する。
最早腕はがっくがく。明日あたり筋肉痛になるだろうことは間違いない。
それでも起こさずに寝かせたイナズマの安らかな寝顔を見ていれば、まあそのくらい安い物だと思う。
「よっせっと」
息を吐きながら自身もまたソファに座り、膝の上にイナズマの頭を乗せて枕代わりにしてやる。
旅などで散々歩いたせいか少し筋肉質で硬いがまあその辺は許して欲しい。
そう思ったがどこか嬉しそうなイナズマの表情に、苦笑しながらその髪を梳く。
さらさらと、滑かな髪に指を通せば流れるような感触があった。いつまでも触れていたい、そんな思いすらあって。
「ああ……うん」
納得した、と一つ頷く。
「やっぱ俺、お前が好きだわ」
愛おしい。その感情が素直に胸の内より溢れてくる。
エアに色々言ったし、パーティの仲間たちと次々と結ばれていることに思うことはあるけれど。
それでもやっぱり、俺はこいつらが好きだ。
まだ伝えていない、彼女も。すでに伝えた彼女たちも。今目の前で眠る彼女のことも。
悲しい表情は
泣き顔も
楽しそうに笑っていて欲しい。
幸せそうに微笑んでいて欲しい。
結局そうだ、エアが言う通りだった。
俺が背負う覚悟があるかどうか、それだけの話であり、それだけの事だった。
気持ちなんて、最初から分かってたはずだし、最初から決まっていたのだ。
俺が受け入れなかっただけの話だし、俺が気づかないフリをしていただけの話。
それでももう逃げるわけにはいかないし、向き合うしかない。
俺はこいつらが好きだ。
その事実から顔を背けることはできないのだ。
* * *
良く寝てるなあ、と内心思いつつ。
ソファで眠る
少年の膝で眠る少女と愛おしそうに少女の手を握ったまま眠る少年を見てほっと息を吐く。
「良かった……」
この様子を見れば二人が上手く行ったことは理解できる。
だから良かった。心底安心した。
「そんなつもり無かったけど、
あれとて結局長年貯め込み続けてきた思いが、蓋をしてきた想いが、抑えきれずに出てしまった結果ではあるが理由はどうあれ長年一緒に連れまわした少女に先んじて思いを交わし合ったことは事実だっただけに、どうしたものかと思っていたが。
「んー……エアあたりが上手く言ってくれたかな?」
少々奥手のきらいがある少年がいきなりそんな活動的になるとも思えないので多分
あの性格からは想像もできないくらいに『視野が広い』彼女のことだ。今の少年の抱える問題の歪さだって理解できているだろうし、それに対して少年が自分からでは動けない……そういう性質であることだって分かっていただろう。
だから……多分自分と少年が家に帰って来てすぐ辺りだろうか。恐らくその辺で彼女が何か言ったのだろう。
結果は目の前の光景である。
「ニシシシ……はぁ、良かった」
二度目のため息。
茶化してしまいたいが、茶化しきれない内心が誰も聞いていないと分かっているからこそ漏れ出ていた。
少年が好きだ。
少年のことを愛している。
だが同時に。
彼女たちのことも好きだ。
家族だと思っている。
仲間だと思っている。
戦友でもあるし。
最愛の親友たちであるとも思っている。
だから少年が自分たち全員と関係を持つことを許容できるし。
未だ思いを通わせていなかった親友の想いがようやく実ったのならば嬉しくも思う。
「良かったね……イナズマ」
その手を引いて、いつも走り出すのは
それを仕方ないなあ、と言った表情をしながら、けれどいつでも後ろから付いてきてくれるのが
イナズマがずっと抱えていた感情を察していたからこそ、素直に祝福できる。
「ま、アチキもいつまでもは譲らないけどね」
その内隙あらばまた誘惑しようと思う。
彼女たちを親友だと思っている、家族だと思っている。
だがそれでも少年を好きなのは、愛しているのは自分だって同じなのだ。
偶には譲ることもある、でも隙あらば構って欲しいし、できれば愛して欲しい。
「それでも今日のところは、だネ」
主の部屋から持ってきた掛布団と毛布を二人にかける。
十二月のホウエンは寒い。さすがにそれすら無しでは風邪だって引くだろう。
後はエアコンのスイッチでも入れておけば良いだろうと思いながら。
「……おやすみ、二人とも」
呟きながら電灯のスイッチを落とした。
* * *
ぶるり、と背筋を震わせる。
突き刺すような寒気に半覚醒の頭のまま瞼を開き。
午前五時三十分を示す時計を見やる。気づけば窓の外が薄っすらと白んでいた。
「……朝か」
十二月の朝は寒い。いくらホウエンが南のほうにあると言ってもこの季節はさすがに手足が震えてくる。
「起きろ、イナズマ」
軽く揺さぶる。
「……ん……ぅ……ん」
僅かに反応を返すイナズマの肩をさらに揺すれば僅かにだが目が開き。
「ます……た……?」
俺の姿を認め、そう呟いて。
「……なんで、マスターが」
不思議そうに呟き。
「ああ……夢かあ」
一人で勝手に納得し。
「……えへへ、ますたー」
両手を伸ばし、俺の首に回すと顔を持ちあげて。
「ん」
「んっ?!」
そのまま唇を触れ合わせた。
二秒、三秒と時間が流れ、互いの唇を触れ合わせたまま十秒近くが経過したころ。
「…………」
ゆっくりと、間近に迫ったイナズマの目が開かれていき。
「…………」
その表情が驚きと困惑に見ていく。
「ま、マスター?!」
ずさあ、と後ずさるように離れソファの端まで後退する。
「……お、おはよ、イナズマ」
突然の事態に動揺してしまい口調を乱す自身に、けれどそれどころでは無いとイナズマが目を白黒とさせる。
「な、なんでマスターが……って、あっ」
そこまで呟き、ようやく昨晩のことに思い至ったらしい。
途端に白い肌が、頬が、見る見るうちに赤く染まっていく。
「あ、あの、あのまま、マスター?! き、昨日の、その、えと」
しどろもどろになるイナズマに落ち着けと告げる。
「で、でもその、あのさっきは、その」
手を伸ばし、待ったをかける。
空回っている思考に待ったをかけ、深呼吸するように言う。
吸って、吐いて、と言われるがままに繰り返すイナズマ。
二度、三度と繰り返すうちに少しは冷静になったらしい、先ほどよりはマシな表情でこちらを見やった。
「そ、その……すみません、ね、寝ぼけちゃって」
「……良いよ」
少なくとも、昨日……いや、時間的には今日だろうか?
とにかくすでに思いは交わし合ったのだ。
「もう俺たちはそういう関係なんだ……だから、お前が望むならいくらでもして良いよ」
「……い、いくらでも」
ごくり、と生唾を飲みこむイナズマに、おいおいと嘆息する。
「何か変な想像してない?」
こいつら昔からそういう『変な本』の影響を受けている節があるのでジト目で見つめてやれば、面白いように慌てだす。
「べべべっ、別に、そそ、そんな変なこと?!」
顔を真っ赤にしたり真っ青にしたり、忙しいやつである。
まあこいつの趣味に関してはすでに羞恥(周知)の事実ではあるため今更の話である。
基本的には隠したいよう(その割に隙だらけだが)だし、これ以上は追及しないでおく。
「はあ……なんつうか、本当にお前ってやつは」
いつからこんな子になってしまったんだろう、と思ったが七年前……俺がまだ五歳だったころからこいつはこんな感じだったな、と一人でに納得する。
「けどまあ……そんなお前に惚れた俺も俺か」
漏れ出た一言に、イナズマの顔が真っ赤に染まる。
「……あ、あの、マスター」
「マスターじゃなくても良いぞ。名前で呼んで良い」
そう告げると、イナズマがびっくりしたように目を丸くして。
それから数秒考えこみ、ちらちらとこちらを見やり、さらに黙りこんで。
「……ハルト、さん」
「何だ?」
告げる俺の名に鷹揚に頷く。
すでに何人もに呼ばれた名だ。すでに慣れたと言えば慣れた。
とは言えイナズマからすれば相当に違和感があったらしい。
「ハルトさん……ハルト、さん……ハルトさん……ハルトさん」
何度も、何度も俺の名を呼ぶ。
確かめるように、自らに刻み込むように。
そうして十か、二十か、それぐらいの数、名を呼び続けて。
「あの、ハルトさん」
「ああ」
ばっと、顔を上げる。
その目は強い意思があった。
昨日までのイナズマとは対称的な、強い意思が籠った瞳だった。
「昨日の言葉……本当、何ですよね」
「当たり前だろ……何度も言うけど、嘘であんなこと言わないよ」
そっか、と呟き、俯いて胸の前で手を組む。まるで祈るような姿だと思った。
「信じます……信じています。すみません、それでもやっぱり少しだけ信じれきれないです」
震えていた。
組んだ両の手が、僅かに震えていた。
「信じたいんです……でもごめんなさい。やっぱり私はどうしても信じ切れないから」
だから、だから、だから。
躊躇うように三度呟いて。
「もう一度だけ、証拠……ください」
目を閉じ、少し上を向く。
「大好きだって……言って」
少女が何を欲しているのかそれを理解し。
「何度でも言ってやるさ」
呟きながら少女の頬に手を当て。
「好きだ、イナズマ」
顔を寄せ。
「愛してる」
その唇に触れた。
イナズマにデート回作ろうか悩んだけど無しにする。
もう3回も同じことやってるし、このパターン飽きたろ。作者は飽きた。
なので告白を二度繰り返すというパターンで攻めてみる。