四か月ほど前、家を買った。
正確には建築の依頼をしに行ったというべきだが。
というのも俺の手持ちだ。
元々家族三人で過ごしていた家にプラスでヒトガタが十二匹。完全に許容オーバーである。
アルファなど平時は庭に勝手に作った池の中で寝ている。朝飯時になる頃には日課の遊泳も終えて家の中に戻って来るが、家の中にアルファの部屋は無い。オメガも基本的にコタツと結婚しているし、アクアなど物置で寝ている。いや、本人的には窓の無い暗い部屋なのでそれなりに気に入っているようだが、それでも狭いのは事実だろう。
因みにサクラは精神性の幼さから誰か傍についていたほうが良いだろうということでだいたい毎日交代で一緒に寝ている。
食事を取るのだって数人ずつ交代にしなければリビングの机とダイニングのソファ全部使っても席が足りない。
さすがにこれはやばいだろう、ということで家を建てることにした。
ミシロはまあご存じの通りの田舎町であり敷地なんて有り余っていると言っても過言では無い。
なので敷地だけは安く広く手に入るし、建築技術に関してこの世界にはポケモンという頼れる隣人がいるのでかなり高い水準にある。
そしてチャンピオンという地方でたった一人だけに許された地位のお陰で資金はたっぷりあったので手持ちたちの要望をいれつつ設計された家はかなり大きなものとなった。
とは言えポケモンの力を借りれば一カ月か二カ月程度。
敷地の確保やら設計やらで二カ月くらいはかかったので、ちょうど年末になる頃には完成する予定だと聞いていた。
とは言えシアとピクニックデートしたりシャルとカナズミ行ったりカイナでお祭りデートしたりチークとカントー行ったりとこの数か月そこそこ忙しかったので頼んでいたこと自体は覚えていたのだが、工期を意識することは無かった。
とは言え俺が忙しくしている間にもこつこつと工事は進められていたらしく。
そうして年末前には完成予定だと言われていたことを思い出したのは業者から連絡を受けた時だった。
* * *
実家から徒歩一分。
ミシロの田舎ぶりから言えばご近所どころか隣の隣、程度の距離だ。
引っ越しも楽なもので、適当に段ボール詰めした荷物をオメガ筆頭に力持ちなポケモンに運んでもらうだけ。
ベッドなどの重い荷物もポケモンの力ならば楽々と運べるし、さほど苦労も無さそうだった。
「あとこの段ボールでこっちは終わりかな?」
とは言え十三人である。正確には人間は俺だけだが。
通常のポケモンならともかく、ヒトガタというのは人間に極めて近い。
そのため一人一人に個室を作ったし、これまで実家に置いていたそれぞれの私物がある。
家具などは実家から持って行く物は少なく、これを機にと大人数で使えるような大きなものを購入したが、それを除いてもけっこうな量になった。
「こうしてみると個性が出てるなあ」
エアの私物は漫画が多い。基本的にエアはぶらぶら出かけることが多いが、冬には家に引き籠るので暇つぶし用に本を貯め込んでいる。前にも言ったがバトル漫画みたいなのが好きらしく手広く集めているようだった。
シアの私物は少ない。正確には家事用品が多く私物と呼んで良いのか微妙なラインの物が多い。まあ普段から家の家事の大半を母さんとやっているのだし、必然的にそうなるのかもしれない。あれで本人も半ば趣味のように取り組んでいるのでそれはそれで良いのだろう。
シャルの私物は寝具とあとは部屋の片隅に置かれたヌイグルミくらいだった。後はシアやイナズマが与えた衣服や化粧品などが少々。ただあの巨大なカビゴンドール一体いつの間に買ったのだろう。
チークの私物は雑多としている。好奇心の為すがままに集めたみたいな規則性の無い品々だが意外にも保管は丁寧に行われていた。その辺りは案外マメらしい。
イナズマの私物は正直一番多い。クローゼットに大量に詰め込まれた衣服の数々。家族全員分の服を七年かけて作りため続けてきた結果らしい。正直これを荷物に纏めるのが一番手間だった。
そして。
「……なーんにも無いな」
リップルの私物は無かった。
よく考えてみればリップルが強く何かを欲したのを見たことが無いのを思い出す。
その結果がこのがらんどうな私室なのだとすると、俺の想像以上にこいつ闇が深いんじゃないだろうかと思わなくもない。
ただ一つだけ、窓辺に置かれた写真立てを見やる。
七年前に取った俺たち七人の写真。それに最近撮った家族全員での写真。
その二つだけがリップルの部屋で唯一の『色』だった。
「…………」
リップルに対する俺の印象を一言で表すなら『曖昧』だ。
一見すると精神的に大人なだけに見えるが、一歩引いて俯瞰して、そして自分というものを表に出さない。
いつもニコニコと笑みを浮かべて、表情の裏側が見えない。
以前も言ったがリップルは俺たちの仲間の中で一番精神年齢が高い。
外見的にも一番成熟しており、言わばリップルは俺たちよりも『大人』なのだ。
だからこそ自分を隠す術を持っている。
感情よりも理性で喋るし、内心を上手く隠して喋る。
一歩引いて見ているからこそ、仲間たちの変化にも気づくし、さり気無くフォローを入れてくれる。
気づかれにくいがパーティの潤滑剤のような存在だ。
だからこそ、リップル本人の『我』というものを俺はほとんど見たことが無いし、聞いたことが無い。
強いて言うならば。
―――いつまでも、みんなで一緒に……そう願うのは傲慢かな? マスター?
リップルは家族を求めている。
もっと言うならば
とは言え、あの頃より随分と増えた家族を見れば、この家で孤独になれるほうが少ないだろうけれど。
もしかすると、だからこそ今まで何の問題も無かったのかもしれない。
エアも、シアも、シャルも、チークも、イナズマも。
それぞれ心の内にそれぞれの思いを抱えていた。
悩んで、苦しんで、それでも受け入れて。
当たり前だ。彼女たちは『データの中の存在』なんかじゃない。
現実に生きて、目の前にいる一個の存在なのだから。
だから、あるのかもしれない、リップルにも。
心の内側に抱えたナニカが。
今日に至るまで俺はそれを見たことが無い。
唯一それらしきものに触れたのは、きっと六歳の時に家族で行った旅行の時。
―――明日何が起こるかさえ分からないのに、どうして何年も後の未来を当たり前なんて言えるの?
あの瞬間零れ落ちた言葉は、確かにリップルの本心だった。
いつも笑顔で本心を隠し、一歩引いて外から俺たちを見ていたリップルが零した確かな本音だった。
―――不安だよ、明日リップルや他のみんなはマスターといられるのかな? 明後日は? 一週間後は? 一か月後は? 一年後は?
憂うような瞳で自身を見つめた少女に。
縋るような表情を自分へ向けてきた少女に。
果たして俺は、あの時なんて言って返したのだろうか。
そんなことを少しだけ考えてしまった。
* * *
新築の我が家は思ってた以上に広かった。
「……というか旅館じゃね、これ」
洋風の旅館、みたいなちょっと矛盾したワードだが、新しい我が家を一言で表現するならそれが一番ぴったりだと思った。
因みにこの世界、大半の場所で玄関で靴を脱ぐ習慣が無い。
玄関はあっても玄関口は無い。玄関開けるとそのままリビングとか割とザラだ。
割と日本文化の強いカントー、ジョウト、ホウエン地方ですら家の中で靴を履いたまま過ごす。
これが意外とストレスだったりする。
自身はあくまでジョウト生まれのこの世界の人間ではあるが、記憶の中で平成の日本で過ごしてきた記憶が二十年分根付いているのだ。価値観などがそちらに寄るのも当然のことであり、靴を脱がずに過ごすというのは割とカルチャーショックが強かった。
極々一部の超和風テイストな旅館とかならば靴を脱いで、というのもあるのだがそれだって文化というより拘りと言ったほうが正しい。
つまり靴を履いて屋内を歩く欧風文化がこの世界の基本なのだ。
たかが靴を履いてるだけだろ、と思うかもしれないが実際にやってみれば良い。
靴を履いて過ごすというのは、現代日本人の価値観で言えば極めて窮屈で強烈な違和感がある。
それを毎日毎日というのは非常に精神的苦痛が伴う。
そのため実家では両親に頼んで靴を脱いで過ごすようにしてもらった。
というかこれ自体はジョウトに住んでいた頃にはもうやっていたので、ホウエンでの実家の間取りは玄関口を作ってそこで靴を脱ぐことを前提としている。
この習慣はハルカちゃんたちからすると少し不思議に映るらしいのだが、そんなことは知ったことではないと押し切った。
当然ながら新築した我が家も靴を脱いで上がるスタイルだ。
近々クリスマスがあるのでみんなを招いてクリスマスパーティでもしようかと画策中である。
両親やオダマキ一家は勿論のことミツル君たちも呼んで楽しくやりたい。
「……ミツル君かあ」
実のところ、伝説戦のためにミツル君と別れてからの動向は全く把握していなかったのだが、どうやらほぼ一人で旅を続けていたらしい。
そして最近知ったことだが全てのバッジを集めてホウエンリーグに挑戦し、しかも本選出場決めた挙句にシキを倒してホウエンリーグ優勝。
つまり、次のチャンピオンリーグにおける挑戦者である。
正直びっくりした。
トウカジムで苦戦していた様子はよく見ていたし、才能があるのは分かっていたが、それでもまだもう一年か二年は経験を積まなければならないだろうと思っていただけに、あのシキを破ってリーグ優勝を決めたという事実に本気で驚かされた。
因みに今年のホウエンリーグはダイゴも出ているが、シキとガチンコで殴り合った結果、ギリギリでシキが勝ったらしい。
まあ何だかんだ言ってもあのレジギガスがいるのだ。レジアイスを手に入れたことによりさらに育成が進んだらしく、あのレックウザ相手に一撃で大ダメージを与えるほどに強さがある。
ダイゴのスタイルは基本的に受けて殴るだ。最硬という言葉が良く似合う男だが、だからこそレジギガスというどんな守りも真っ向から打ち砕く圧倒的パワーは正直相性が悪いと言わざるを得ない。
恐らくダイゴが読みを重視して戦えばシキも負ける可能性は十分あったのだろうが、ダイゴは基本的に自分のパーティの完成度に対する絶対的な自信を持っている。
基本万能な男だが、主軸となるのは『統率』能力だ。だからこそ、指示で勝つよりもパワープレイを好む。
そして単純なパワープレイという意味ではシキは恐らく世界でも五指に入るだろう。
そもそもが一手目で『とくこう』を最大まで積んでくるサザンドラがいるのだ。あれで大半のやつが詰むし、それを退けても強烈な異能と異能を生かした凶悪なポケモンたち。
パワープレイとパワープレイのぶつかりあいではあったが、伝説のポケモンというアドバンテージで一歩、シキがダイゴの先を言った形になった。
ミツル君は育成能力はそれなり、統率能力もそれなりだが、とにかく読みが深い。
読み勝って勝つ。
典型的なトレーナータイプだ。
単純なポケモンの質ならばシキが勝るだろうが、シキは指示が単純になりがちな弱点があるのでそこを突かれて負けた形になった。
一応ホウエンリーグ本選まではテレビ中継なども入るので、後で確認もしたが。
読み勝つことによって生まれる相手の隙を見逃すことなく致命の刃を刺し込む。
つまりそういうタイプのトレーナーだ。
正直なところ『読み勝つ』ことを苦手とするシキや自分のようなトレーナーからすると極めて不利な相手と言える。
しかもミツル君は自分のパーティについてかなり詳しい。自身に師事していたのだから当然と言えるかもしれない。
読みを得意とするトレーナーに情報面で負けている、というのは中々に怖い話。
「でもなあ」
そう、それでも、だ。
勝つだけなら容易いだろう。
簡単な話だ。
レジギガスすら児戯に見えるほどの圧倒的な伝説の暴力はトレーナーの読みがどうこうという話じゃない。
同じレベルの暴力で持ってしか抗うことを許さない絶対的な力だ。
「まあやらねえけど」
やってしまったらミツル君本気で心が折れるんじゃないだろうか。
そもそも自分はあの二匹をポケモンバトルに連れ出すつもりは毛頭無い。
それこそまた『伝説のポケモン』レベルの存在が暴れ出さない限りは。
と、なるとパーティメンバーについて考える必要がある。
「エース不在なのがなあ」
エアはもうポケモンバトルができない。
ポケモンで無くなってしまっている以上当たり前の話だが、そうなるとパーティの絶対のエースが使えなくなったということである。
エアはこれまで常にパーティの中心で、主軸だった。
だからこそエアを抜いたパーティとなると、これまでと全く異なる物になるだろうし。
「いっそ、自由に作ってみるか」
これまでのパーティは俺の趣味だった。だからこそいつもの六人がメインだった。
けれど何だかんだで手持ちの数は増えたし、だったら新しくパーティを作ってみるのも良いかもしれない。
幸いこの世界には『裏特性』などの実機には無い技術がある。
ならばどんなポケモンを選んでもある程度は戦えるし、後はトレーナーの力で補える。
「……ふむ」
少し考え。
「楽しくなってきたかも」
ふっと、笑みを浮かべた。
おひさです。
古戦場から逃げ出しながらようやく風邪も治ったので久々に更新。
因みに次回から二話くらいかけてミツル君戦やるよ。
データ作ったけど、久々に読者に白目剥いてもらえる仕上がりになってるので楽しみにしてね♡
というか殺意が高すぎて作者が白目剥いた。