いけそうなら未来編もこのやり方で行く予定。
「驚きました?」
「まあね」
少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて訪ねてくる目の前の少年に、くすりと笑う。
「才能あるのは分かってた。でもまさか一年で来るとは思わなかったよ」
「……必死でしたから」
顔を伏せ、そっと呟く少年の声に黙する。
やがて少年が顔を上げて……目を細め、まなじりを吊り上げて自身を視線で射抜いた。
「これが、ラストチャンスですからね」
「……へぇ」
当然の話、別にリーグで負けたらもう挑戦できなくなる、というルールは無い。
なのでまた例え負けても少年は来年またリーグに挑戦することはできる。最も、また予選と本選を勝ち抜く必要はあるだろうが、一度到達した場所だ。さらに一年精進を重ねればそれもまた不可能ではないだろう。
それでも、たった一つだけ。今年と来年で変わる物がある。
「……挑ませていただきます。師匠……いえ、
チャンプ、チャンピオン。
つまり、ホウエンで最も強いトレーナー。
つまり、自分のこと。
「ふふっ」
すでに各所には言ってあるが、自身がホウエンチャンピオンとして戦うのはこれが最後だ。
このバトルの勝敗に関わらず、自身はホウエンチャンピオンの座を退き、研究職のほうへと移る。
元より伝説のポケモンが巻き起こす災害を止めるための手段の一つだったのだ、すでにホウエンの伝説の脅威は収まった。ならばこれ以上この地位に固執する意味も無い。
だから、これが最後。
最後のチャンス。
そう、つまるところ。
目の前の少年は戦いに来たのだ。
師である自身と、全身全霊を賭けて。
「面白い」
腰に下げたホルダーからボールを一つ手に取る。
「でもまあ、容易く超えられるとは思わないことだね」
少年もまた、同じようにボールを一つ手に取り。
「……元より、簡単に勝てるとは思ってませんよ」
互いに振りかぶる。
「なら、来なよ! ミツル!」
「勝たせてもらいます、ハルトさん!」
―――あ、あの…………ハルトさん、ですよね?
あの日、出会った少年が。
―――応援してます、その、チャンピオンリーグ、頑張ってください!
挑む側だった俺を応援していたはずの少年が。
―――ボクはミツルって言います。
受けて立つ側となった俺に、挑む側として現れた。
ちょうせんしゃのミツルがしょうぶをしかけてきた!
* * *
「さて、行こうかチーク」
「頼みます、ヴァイト!」
交差する一瞬の視線。
互いが投げたボールから光が放たれ。
「さてさて今日も今日とてお仕事さネ」
「グルアアアアアアアア!」
こちらの場にはチーク。
そして相手の場には……ガブリアス。
「相性わっる」
『でんき』タイプのチークと『じめん』タイプのガブリアスの相性は正直悪い。
正直選出に関しては完全に読まれてメタられた感じがあるのは確かで。
「ま、行くっきゃねえな」
残念ながら迂闊に交代して、ガブリアスの強烈な一撃をもらうのは避けたい。
なので……。
「いつも通り、ゴリ押していこうか」
「アイアイ、了解さネ」
“つながるきずな” *1
いつも通りに絆を繋げ、途端にチークが走り出す。
「ヴァイト……プランA」
呟きと共にガブリアスが咆哮を上げて走り出す。
“なれあい”
だが最初に能力を積んだ分だけチークのほうが早い。
ガブリアスが攻撃行動を取るより早く飛び込むように相手に触れて。
「お仕事完了さネ」
本当はここからさらにマヒさせたり、交代技を繰り出したいのだが残念ながら『じめん』タイプにはそれができない。
だから直後に攻撃行動に移るガブリアスの一撃に耐えての交代しか無い。
ガブリアスが振りかぶった両腕を大地へと叩きつける。
“じしん”
放たれた一撃が大地を脈動させ、チークを大きく揺らす。
「うぎゅ……い、いたひ」
弱点タイプの強烈な一撃に見舞われ体力を大きく失ったチークが膝を突き。
“ほおぶくろ”
直後こっそり隠し持っていた『オボンのみ』を食べて体力を回復させる。
とは言え、実機でいうところの50フラットバトルならともかく、レベル制限のない現実のバトルにおいて『ほおぶくろ』による回復効果はそれほど大きく無いのだが。
「チーク!」
「大丈夫……まだ、行けるさネ」
それでもHPの半分以上は回復できたらしく多少気力を取り戻したチークをボールに戻しながら。
“スイッチバック” *2
「ぶん殴れ! アクアァァ!」
即座に次のボールを投げる。
「応ともさ」
“とうそうほんのう” *3
同時に現れる少女の姿に、ミツルが僅かに目を見開く。
ミツルとは二年近く師弟を続けていた仲である。
だからこそ、手持ちの大半の情報はミツルも知っている。
そして『読み勝つ』タイプのミツルにとって『知っている』というのは大きな利だ。
逆に言えば『知らない』というのは大きな不利となる。
特にヒトガタは外見ではそう簡単に種類を特定できないほどに奇襲性が高い。
アクアはミツルと別れてから手に入れたポケモンだ。故に未だにミツルにも情報が抜かれておらず。
「ぶっ飛ばせ!」
指示を飛ばすと同時にアクアが拳を振り上げる。
「まあ、予想の範囲内です」
直後にガブリアスが赤い光に包まれてミツルの元へと戻って行く。
“スイッチバック”
ガブリアスと入れ替わるように出てきたのは。
「キュォオオオ!」
赤い甲殻で全身を包まれ、両の手に大きな鋏を持ったポケモン。
「ハッサムかよ!」
読まれた、と内心で舌打ちしたがすでに指示は出している。
“れいとうパンチ”
放たれた拳は、けれどハッサムの硬い甲殻でやすやすと受け止められる。
そしてお返しとばかりにハッサムがその鋏を握りしめ。
「クキョウ、プランC」
“バレットパンチ”
“きせんをせいする” *4
放たれた鋼鉄の拳がアクアへと突き刺さり。
「ふん」
突き刺さった拳をけれど痛みを感じさせない様子でアクアが掴み取り。
「お返しじゃああ!!」
“アームハンマー”
放たれた拳が容赦なくハッサムへと突き刺さる。
「グ……キュオオ……」
がくん、と崩れ落ちかけたハッサムだったが。
“ぺネトレートバレット” *5
拳を固める。反撃が来ると理解するもけれど技を放った直後のアクアにそれを回避する術は無く。
がちん、と歯を食いしばり来る攻撃に耐えようとする。
直後。
“バレットパンチ”
“パレットパンチ”
刹那の二連打。的確にアクアの『きゅうしょ』を打ちぬいた二撃にがくん、とアクアの膝を落ちる。
「アクア!」
「わか……っとるわ!」
それでもまだ耐えるアクアがさらに拳を固め、すでに『ひんし』寸前のハッサムへと振り下ろそうとして。
“バレットパンチ”
“■■■■■■■■■■”
“きせんをせいする”
それよりも早く放たれた一撃がアクアを貫く。
四発目の『バレットパンチ』。メガシンカした様子は無いが、それでも三発ですでに痛手を負ったアクアには十分なトドメである……とミツルは予想したのかもしれないが。
「効かん!!」
気炎を吐きながらアクアが拳を振り下ろした。
“ばかぢから”
『ちからもち』なその剛腕がハッサムを捉え、一撃でフィールドの外にまで吹き飛ばす。
「……っ!?」
その光景を見て、予想外だと言わんばかりにミツルが動揺を表す。
まあ倒せると思ったのだろう、実際のところ中々にダメージを受けているのも事実だ。
何のポケモンと予想したのかは知らないが、アクア以外ならほぼ倒れていたダメージだ。
二発ほど『きゅうしょ』に入ったのでシアでも恐らく耐えられなかっただろう。
『ゲンシカイキ』していなければやられていた、かもしれない。
だがあのカイオーガと太古に争った『ゲンシラグラージ』の耐久力は並大抵のものではないのだ。
だがこれで先に一体、リードを取った。
アクアの残り体力は三割あるかないかと言ったところか。
だが相手次第ではまだまだ戦える。
「…………」
ミツルが逡巡したように手を止める。
だがすぐに次のボールを手に取り。
「グレン!」
ボールを投げる。
出てきたのは。
「コウガァ!」
全体的に青に斑模様の白……ゲッコウガだった。
「……嫌なのが出てきた」
特性『へんげんじざい』によって自身の『タイプ』を変更できる数少ないポケモン、ゲッコウガ。
何より型が多く読み切れない厄介な相手だ。
ミツルのような『読み』が得意なトレーナーに持たれるとこちらとしては対処に困ることこの上ない。
「どうするかな」
一瞬の迷い。
問題点は二つだろう。
ミツルがアクアを『ラグラージ』であると気づいているか否か。
そしてあのゲッコウガが『くさむすび』を覚えているか否か。
だが覚えていない、と考えるのが余りにも楽観的が過ぎる。
とは言えここまで使ったのは『れいとうパンチ』と『アームハンマー』に『ばかぢから』。
肝心の『みず』技も『じめん』技も使っていない以上、ラグラージであると一瞬で見抜けるとは思えない。
むしろ使った技だけ見れば『かくとう』タイプだと予想してくるだろう。
とは言え、だ。
もし読まれていた場合、確実にアクアが沈む。
今回アタッカーは三体しか入れていない以上、アクアがやられれば一気にきつくなるのは目に見えている。
であれば交代が安全ではあるのだが。
『みがわり』とかされるとそれはそれで面倒ではある。
逡巡の迷い、そして。
「戻れ、アクア」
安全を取った。
「行け、リップル!」
そうして代わりにリップルを場に出して。
「グレン、プランD」
“みがわり”
“へんげんじざい”
“へんぽうじきょう” *6
―――ゲッコウガの『すばやさ』が上昇した。
ゲッコウガの全身から抜け出すようにヌイグルミが出てくる。
ゲッコウガ自身の体力を使って作ったそれは盾になるかのようにゲッコウガの目の前に鎮座した。
「っ!」
やっぱこうなったかと顔を歪めて。
“スコール” *7
直後に『ねったいこうう』*8が降り出す。
基本的に『あめ』状態と同じなので互いの『みず』技の威力が上がるのだが、リップルに関して言えばそれほど問題にはならないだろう。
とは言えリップルの攻撃性能であれを倒せるか否か。
そうして一つ息を吐きだす。
少し場が膠着してきたと感じる。
さて、どうするかと考えて。
“とんぼがえり”
“プ■■ニ■■■■ダー”
直後にゲッコウガが走り出す。
だがミツル君は何の指示も出していない。
そのことで一瞬反応が遅れた。
「リップル!」
だがそれ以上の遅れは許されない。即座に声を発し。
ゲッコウガがリップルを蹴り上げる。
その勢いのままにボールへと帰って行き。
「サナ!」
代わりに出てきたのは……サーナイト。
ミツルの主力の一人であり、自身が育てたポケモンの一体。
“トレース”
“きょうしん” *9
『トレース』によってリップルの特性が写し取られ、直後にサーナイトが全身を震わせるとオーラのようなものを発する。
一段と高まる圧力に、やばいと思うと同時に。
「いっけ!」
“りゅうせいぐん”
―――サーナイトには『こうかがない』ようだ。
直後に降り注ぐ流星。
けれど『フェアリー』タイプのサーナイトにはそれは通じない。
読まれた、と内心で毒づき……同時に気づく。
サーナイトの前方に未だに鎮座するヌイグルミに。
「『みがわり』?! 引き継いだのか!」
ゲッコウガの『みがわり』が未だに残っている事実に驚愕する。
耐久力の多寡の問題ではない。これで実質的に一度だけ攻撃が無力化されるも同然である。
否、自身の弟子なのだから『つながるきずな』を参照に何か作っていてもおかしくはないのだ。
むしろそれを予想しなかった俺自身が悪い。
だが今はそれもどうでもいい、後回しだ。
思考を回す。
あれを強引に突破する方法は……ある。
だがそれをミツルが予想していないとは思えない。
どうする?
どうする?
どうする?
思考し、思考し、思考し。
「……やるか」
一つ覚悟を決めて、ボールを握り。
「戻れリップル」
赤い光がリップルを包み、ボールの中へと戻していく。
「来い」
そうして、代わりに出すのは。
「シャル!」
俺の切り札、その一枚だ。
ミツル君のデータは全部終わったら出します。
思ったより進まなかったな……あと2話くらいかかりそう。